フランスからのお客様、クロードさん、今日はブカレストで最後の一日となりました。ステファン一家とマリアン一家はそれぞれバカンスに出かけてしまい、ブカにはいません。昨夜クロードさんが一泊したビクター宅も今日はウィークディとあってご夫妻ともどもお仕事。マイダーリンも仕事。
というわけで、このワタクシが観光ガイドを務めることになりました~「日本人ガ、フランス人ニ、ブカレストヲ案内スルノ!コレハ、ケッサク!」と昨夜に決まったこの案にみんな大賛成。
そういえば5月にTPCに参加したとき、その宿舎で一緒になったスロバキア・チームの女の子達に、私がルーマニア語の「コンニチハ」を教えていたんですよね~。そのときクロードさん、「コノinternationalな様子ガ、TPCナンダヨ。」と喜んでくださいました。
朝9時半にクロードさんをビクター宅からピックアップ。やはり街の中心を見ていただこうとピアッツァ・ウニリ(=統一広場)から旧市街へ先ずご案内。大通りから少し中に入って1808年築造のブカレスト最古の木造ホテル、ハヌル・ルイ・マヌックから北方はアンティーク・ショップ通り(ただいま補修工事中のところもあり)。
クロードさんご自身、古いラジオをコレクションしておられて、築200年の石造りのご自宅の一室はまるでミュージアム。アンティーク・ショップ巡り、一軒一軒お店を訪ね歩いておられました。
店のアンティークグッズの価格はお安くはないけれども品質は確かであること、ひとつのお店に一台しかアンティークラジオを置いていないところでは価格はかなり高いめであることを教えてくださいました。
パリには古いラジオ専門のお店がいくつかあって、そのうちの3軒ほどはクロードさん御用達、古いラジオが入荷すると店主が直々に電話をかけてきて、店頭に並ぶ前に取り置きしておいてくれるそうです。「収集家ハ、欲シイ、ト思ウト、幾ラデモ払ッテシマウンダヨ。」とクロードさん。
ピアッツア・ユニバシタテ(=大学広場)までぶらぶら歩き、ガイドブックに載っているような象徴的な建物の前で記念撮影。
インターコンチネンタル・ホテルは、共産主義時代からの5つ星ホテル。前には日本の旗もなびいていますが、中に入ったことはありません・・。
地下鉄で北上、ブカレスト最大面積のヘラストロウ公園へ。ひとつの湖の周りを1周するだけで6キロ、いくつもの湖がある公園なので一角を横切り、公園横のテラスでお昼時間となりました。クロードさんは習慣上、毎日決まった時間に三食をいただいているそうです。
「昼ハ11時半カラ、アペリティフ(=食前酒)、12時からランチ、1時から30分、コーヒータイムデ、寛(=くつろ)グ。夕方は7時半カラ、アペリティフ(=食前酒)、8時からディナー。毎日時間ガ決マッテイルノデ、友人達モヨク訪ネテ来テクレルヨ。」、奥さまは毎日、お茶の時間に訪ねてきてくれるたくさんの友人ために、大きなケーキを一台焼いておられるそうです。『人と出会うのが一番』とおっしゃるクロードさんらしい日々のようです。
ゆっくりピザとビール、食後にアイスクリームとコーヒーもいただいて、向かいにあるヨアンダ・バラシュ陸上競技場に立ち寄りました。
毎年、ここでブカレスト警察チームの合同練習があってその後全ルーマニア警察官対抗の陸上競技大会に臨むこと、来週にはここでルーマニア・ベテランズ選手権大会が行われることなどを説明。
隣にはルーマニア陸上競技連盟の会館もあり、今日は前に「SZG」のナンバープレートの車が止まっています。この車はルーマニアの誇るオリンピックチャンピオン・ガブリエラ・サボー選手のもの。引退後は陸上競技連盟のためにご尽力されています。
この写真を見てマイダーリン、「何故、中ニ入ッテイカナカッタノ?サボー選手ハ、ヒロコノコトヲ覚エテイルヨ。『私ハ、サボーノ友達、サボーニ会ワセテ。』ト、クロードヲ、サボーニ紹介出来タノニ。」といいますが、いやぁ、ちょっとそこまでは度胸がありませんでした。
昼からはヘラストロウ公園内にある「ムゼウル・サトゥルイ」(=ヴィレッジ・ミュージアム、農村博物館)へ。ルーマニア各地方の18~19世紀ごろの農村の建物がそのまま移築され、オープン・エアでぐるりと散策できます。
クロードさんご自身もノルマンディーの農家の7人兄弟の2番目として生まれ、子供の頃は週末も学校の休暇も、みんなで一緒に外に出て働いたそうです。
18世紀ごろの半地下にもぐる萱葺きの居宅、水車を利用した圧縮機、農家の庭に必ずあったと言うトウモロコシの貯蔵庫など、農村での暮らしぶりを説明してくださいました。
おおきな木造教会はここで一番の見もの、これもその地方から移築されたものです。
農村博物館を出て南へ、ブカレストの凱旋門です。パリの凱旋門よりもずいぶん小ぶり、町の中心から離れているので廻りは車が通っているだけですが、一見の価値はあり。
ロータリーからは深い並木道が続いていて、あたりは各国大使館などが多く立ち並んでいる閑静な街区です。ブカレスト日本人学校もこの近くにあります。
ゆっくり散策していると程よい時間になりました。ビクター宅にクロードさんを送り届ける約束の時間です。エンジニアのビクターは朝の7時半から3時半が勤務時間、勤務先まで2キロの道を車で通っているので通勤時間はほとんどかかりません。
ビクター宅で軽く食事をいただいていると6時近くになって奥さま、ご帰宅。9時から5時のお仕事だそうで、普段、学校に2年生のエリカちゃんを迎えに行き、宿題を一緒にするのはビクターの役目だそうです。
ただいま夏休み、エリカちゃんは田舎に帰省中。「We miss Erika」(=エリカちゃんがいなくて寂しいわ)でエリカちゃんの写真を持って、みんなで記念撮影。セルフタイマーで撮影する私に、「写真ヲ撮ルノハ、日本ノ、ナショナルスポーツダネ。」とクロードさん。
クロードさんのブカレストでの1週間をほとんど撮影していたので「オカゲデ、my wifeニ、何処ヘ行ッタ、ナド、説明シヤスイヨ。」、明日からは旧来の友人を訪ねてトルゴヴィシュテに行かれるクロードさん、写真を整理してCDにまとめ、すぐに発送しておきますね、フランスに帰った頃には到着しているように!
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というわけで、このワタクシが観光ガイドを務めることになりました~「日本人ガ、フランス人ニ、ブカレストヲ案内スルノ!コレハ、ケッサク!」と昨夜に決まったこの案にみんな大賛成。
そういえば5月にTPCに参加したとき、その宿舎で一緒になったスロバキア・チームの女の子達に、私がルーマニア語の「コンニチハ」を教えていたんですよね~。そのときクロードさん、「コノinternationalな様子ガ、TPCナンダヨ。」と喜んでくださいました。
朝9時半にクロードさんをビクター宅からピックアップ。やはり街の中心を見ていただこうとピアッツァ・ウニリ(=統一広場)から旧市街へ先ずご案内。大通りから少し中に入って1808年築造のブカレスト最古の木造ホテル、ハヌル・ルイ・マヌックから北方はアンティーク・ショップ通り(ただいま補修工事中のところもあり)。
クロードさんご自身、古いラジオをコレクションしておられて、築200年の石造りのご自宅の一室はまるでミュージアム。アンティーク・ショップ巡り、一軒一軒お店を訪ね歩いておられました。
店のアンティークグッズの価格はお安くはないけれども品質は確かであること、ひとつのお店に一台しかアンティークラジオを置いていないところでは価格はかなり高いめであることを教えてくださいました。
パリには古いラジオ専門のお店がいくつかあって、そのうちの3軒ほどはクロードさん御用達、古いラジオが入荷すると店主が直々に電話をかけてきて、店頭に並ぶ前に取り置きしておいてくれるそうです。「収集家ハ、欲シイ、ト思ウト、幾ラデモ払ッテシマウンダヨ。」とクロードさん。
ピアッツア・ユニバシタテ(=大学広場)までぶらぶら歩き、ガイドブックに載っているような象徴的な建物の前で記念撮影。
インターコンチネンタル・ホテルは、共産主義時代からの5つ星ホテル。前には日本の旗もなびいていますが、中に入ったことはありません・・。
地下鉄で北上、ブカレスト最大面積のヘラストロウ公園へ。ひとつの湖の周りを1周するだけで6キロ、いくつもの湖がある公園なので一角を横切り、公園横のテラスでお昼時間となりました。クロードさんは習慣上、毎日決まった時間に三食をいただいているそうです。
「昼ハ11時半カラ、アペリティフ(=食前酒)、12時からランチ、1時から30分、コーヒータイムデ、寛(=くつろ)グ。夕方は7時半カラ、アペリティフ(=食前酒)、8時からディナー。毎日時間ガ決マッテイルノデ、友人達モヨク訪ネテ来テクレルヨ。」、奥さまは毎日、お茶の時間に訪ねてきてくれるたくさんの友人ために、大きなケーキを一台焼いておられるそうです。『人と出会うのが一番』とおっしゃるクロードさんらしい日々のようです。
ゆっくりピザとビール、食後にアイスクリームとコーヒーもいただいて、向かいにあるヨアンダ・バラシュ陸上競技場に立ち寄りました。
毎年、ここでブカレスト警察チームの合同練習があってその後全ルーマニア警察官対抗の陸上競技大会に臨むこと、来週にはここでルーマニア・ベテランズ選手権大会が行われることなどを説明。
隣にはルーマニア陸上競技連盟の会館もあり、今日は前に「SZG」のナンバープレートの車が止まっています。この車はルーマニアの誇るオリンピックチャンピオン・ガブリエラ・サボー選手のもの。引退後は陸上競技連盟のためにご尽力されています。
この写真を見てマイダーリン、「何故、中ニ入ッテイカナカッタノ?サボー選手ハ、ヒロコノコトヲ覚エテイルヨ。『私ハ、サボーノ友達、サボーニ会ワセテ。』ト、クロードヲ、サボーニ紹介出来タノニ。」といいますが、いやぁ、ちょっとそこまでは度胸がありませんでした。
昼からはヘラストロウ公園内にある「ムゼウル・サトゥルイ」(=ヴィレッジ・ミュージアム、農村博物館)へ。ルーマニア各地方の18~19世紀ごろの農村の建物がそのまま移築され、オープン・エアでぐるりと散策できます。
クロードさんご自身もノルマンディーの農家の7人兄弟の2番目として生まれ、子供の頃は週末も学校の休暇も、みんなで一緒に外に出て働いたそうです。
18世紀ごろの半地下にもぐる萱葺きの居宅、水車を利用した圧縮機、農家の庭に必ずあったと言うトウモロコシの貯蔵庫など、農村での暮らしぶりを説明してくださいました。
おおきな木造教会はここで一番の見もの、これもその地方から移築されたものです。
農村博物館を出て南へ、ブカレストの凱旋門です。パリの凱旋門よりもずいぶん小ぶり、町の中心から離れているので廻りは車が通っているだけですが、一見の価値はあり。
ロータリーからは深い並木道が続いていて、あたりは各国大使館などが多く立ち並んでいる閑静な街区です。ブカレスト日本人学校もこの近くにあります。
ゆっくり散策していると程よい時間になりました。ビクター宅にクロードさんを送り届ける約束の時間です。エンジニアのビクターは朝の7時半から3時半が勤務時間、勤務先まで2キロの道を車で通っているので通勤時間はほとんどかかりません。
ビクター宅で軽く食事をいただいていると6時近くになって奥さま、ご帰宅。9時から5時のお仕事だそうで、普段、学校に2年生のエリカちゃんを迎えに行き、宿題を一緒にするのはビクターの役目だそうです。
ただいま夏休み、エリカちゃんは田舎に帰省中。「We miss Erika」(=エリカちゃんがいなくて寂しいわ)でエリカちゃんの写真を持って、みんなで記念撮影。セルフタイマーで撮影する私に、「写真ヲ撮ルノハ、日本ノ、ナショナルスポーツダネ。」とクロードさん。
クロードさんのブカレストでの1週間をほとんど撮影していたので「オカゲデ、my wifeニ、何処ヘ行ッタ、ナド、説明シヤスイヨ。」、明日からは旧来の友人を訪ねてトルゴヴィシュテに行かれるクロードさん、写真を整理してCDにまとめ、すぐに発送しておきますね、フランスに帰った頃には到着しているように!
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