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自衛隊「何があっても助けたかった」20時間以上閉じ込め救助 東広島

2018-07-17 18:02:39 | 日記

【西日本豪雨】
自衛隊「何があっても助けたかった」20時間以上閉じ込め救助 東広島

 西日本豪雨で多数の犠牲者が出た広島県東広島市で、土砂に押しつぶされた家屋に20時間以上、閉じ込められた家族3人が自衛隊に救出された。土砂や倒木に覆われた道を進み、救助に当たった陸上自衛隊海田市駐屯地(広島県)の田中耕一1等陸尉(48)は「何があっても助けたかった」と振り返った。

倒壊した家屋で、家族3人の救出にあたる陸上自衛隊海田市駐屯地の隊員=8日、広島県東広島市安芸津町(同駐屯地提供) 倒壊した家屋で、家族3人の救出にあたる陸上自衛隊海田市駐屯地の隊員=8日、広島県東広島市安芸津町(同駐屯地提供)

 倒壊したのは同市安芸津町木谷の2階建ての木造住宅。当時、家族5人がいた。雨脚が強さを増し、県内に大雨特別警報が出ていた6日午後9時すぎ、長男から消防に通報があった。母親は事前に避難し、長男は7日昼に消防が救助。祖母、父親、次男の3人が取り残されたままとなった。

 田中さんら約25人の隊員は車で現場に向かった。途中に6カ所の土砂崩れがあり、予想以上の悪路に。徒歩を余儀なくされ、スコップで土砂を取り除いたり、チェーンソーで倒木を切ったりしながら、約5キロを少しずつ前に進んだ。先着していた消防の車に乗り、現場に着いたのは7日午後8時半ごろ。通常は1時間半ほどの道のりが、7時間もかかった。

 目の前には横倒しになった家屋。強い雨が断続的に降り、肌寒さも感じる中、「一刻も早く助けなければ」と気を引き締めた。隊員は2階の天井部分から入り、家具などをどかしながら3人を捜した。姿は見えなかったものの、呼び掛けへの反応があったといい「それが手掛かりになり、救助する側の励みにもなった」と振り返る。

 7日午後10時ごろに父親を、約1時間半後に祖母を救出。次男を助け出したのは、発生から約27時間後の8日午前0時35分ごろだった。田中さんは「無事に救出できたことを隊員みんなが喜んでいる」と話した。

日本国民の命を守る自衛隊!素晴らしい無私の救命活動に畏敬の念を抱かずにはいられない。

この自衛隊の諸君に一時でも早く光明があてられる環境を整備しなければ…このような自衛隊の活動を見るたびにその思いを強くする。

これ程の不条理はあるか?こうして数多の日本国民の命を救助していながらその立場は不確実この上ない。  そのような中でも任務を黙々とこなしていく自衛隊員の精神力のなんと強靭なことか!

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