市内西部の高級住宅地に、高級住宅のように建っていて違和感がない。ということは、逆にちょっと分かりにくく見つけにくい。
しかしグルメ派にはこたえられない、グルメ道ここに極まる、というようなお店。ご主人はいわゆる「職人」である。ドイツでいえばマイスター。「料理は文化である」という強い主張が店の隅々まで、あるいは料理の一品一品にまで行き渡っている。
たとえば、この店にはおそらく醤油というものが無いのではないかと思われる。
「寿司は醤油で食べるものではない」というのがその理由。うっかり「醤油を下さい」とでも言おうものなら追い出されかねない。といってそんな偏屈なオヤジには見えない、むしろ生粋の文化人のような風貌のご亭主。弁舌爽やかに寿司の文化性についての講釈も聞かせてもらえる。
何より素材へのこだわりが凄い。この時期、何処の何がおいしいのか、それがそのまま寿司ネタとして、これもこだわりの白米の上に乗っているのである。
素材のもっとも素材らしい味をそのまま味わえるのに、あえて醤油味にしてしまうのは愚の骨頂。その昔、貧弱な流通機構が食材の鮮度を落とすことから考えられた醤油つけを、流通の発達した、鮮度上何の問題も無い現代でもそのまま習慣化しているほうがおかしいというわけだ。
したがってここは塩味。ただ粒塩をパラパラと振っているのではない。それは食べてのお楽しみ。
新鮮な素材は味覚のみでなく、それが目に訴える視覚も美しいし、皿や器のそれぞれに違う色や形も個別性があって楽しい。清掃の行き届いた店内、花や額のあしらえなど、「文化」を味覚、視覚、聴覚(ご亭主の語り)と総合的に満喫できる満足度の高いお店だ。したがってカウンター席がお勧め。
ただ醤油寿司になれた私などにはやや薄味に感じられるのだが、それこそが素材の味というべきで、一度味わうと「また、いつか」とやみつきになるのかもしれない。