「モラルハラスメント」という言葉に出会ったばかりのあなたへ・・・

「モラルハラスメント」という言葉に出会ったばかりのあなたへ

これは、「モラルハラスメント」という言葉に出会ったばかりのあなたへの
私からの手紙です。

私は、ここに書いてあるとおり、現在母子3人の生活をしています。
夫とは10年前に出会い、8年前に結婚しました。
結婚後7年で家を出て、1年が経過しました。

5歳年下の夫との結婚は、夫に対し、当時から切れ易い、異常にナルシストなど
多少の不安はあったものの、極めて恵まれた幸せな結婚でした。
波乱万丈な人生を送ってきた私が、ようやく幸せを手にした瞬間と
皆が祝福してくれました。
夫の家族、義父母、義姉皆が私のことをとても歓迎してくれました。
親戚一同も、あたたかく、「家族だと思って」と優しく接してくれていました。
やっと手に入れた幸せだと思い、私はかなり努力をしました。
夫の言う事をできるだけ尊重し、立てて、良妻賢母でいようと思い、
自分のことは二の次といつも思いました。
夫が毎週末必ず2日とも、車で30分かけて実家に帰り、
夫婦揃って夕飯をご馳走になりに行くのも、
ヘンだヘンだと思いつつも夫に合わせていました。
義父母が最初は私を「お客さん」扱いしていましたが、
そのうちに「老後の面倒はあなたが見るのだから」とか、
「孫はこのように育てる」(まだ妊娠もしていない)とか、
極めてコントロール的な発言が増え、それもヘンだヘンだと思いつつも
何より結婚できて家庭を築けたという喜びが大きく、
私はついニコニコと受け止めていました。

最初の子供を妊娠した頃、私達夫婦は共働きでした。
妊娠を知ったその日から出血をしており、流産の兆候があると診断され、
あくる日に掻爬手術するかもしれないと言われました。
絶対安静を言い渡されていたので、タクシーで帰宅すると夫が待っていて
その旨を告げると、「明日の旅行はどうするんだ」と言われました。
私達も含めた夫の友人夫婦達8人で、旅行に出掛ける予定になっており、
夫は車を出し、運転する役目を引き受けていました。
「嫁さん流産しかかってて絶対安静だから、旅行は行けないから、
俺だけ行くわ。」と夫は勝手に友人に電話をしていました。
身内もそばにいないし、ちょうど休日だから、そばに居て欲しいと言うと、
「車の件で友人達に申し訳が立たないから、辛抱してくれ」と言われました。
結果友人達の配慮で旅行そのものがキャンセルとなり、
翌日救急で運ばれた時も夫に付き添ってもらえたからよかったのですが、
「この人と一生添い遂げられるのだろうか」と初めて思ってしまいました。

切迫流産を理由に十数年勤めた会社を退社した私は、妊娠中、夫に、
完全に家に取り残され、監禁されているような感がありました。
夫は外出を控えるよう命じ、妊娠8ヶ月の時には義父の車の不調を理由に
私の車を取り上げました。
夫がスーパーに買出しに行くのを極度に嫌っており、
妊娠中だからという事情も通じなかったので、
その頃から私が毎日スーパーに15分かけて、通う毎日が始まりました。
「米」すら自分で運ばなければならないので、1キロのものしか買えませんでした。
当時住んでいたアパートから店まではかなりの登り坂だったので
なんども苦情を訴えましたが聞き入れてもらえず、結果それは出産の時まで続きました。

夫は自ら立会い出産を希望し、「父親学級」にも4回フルで参加しました。
産後は同室のお母さん方達から、「子煩悩なパパでよかったね~」と言われるほど
病院に毎日顔を出し、息子を抱き続けました。
そのころの私は、息子に向けられる夫の笑顔が、誇らしく嬉しくて堪らなかったのですが
今思えばその出産を最後に、夫の笑顔が私に向けられることはなくなったのでした。
それはジェラシーではなく、嫌がらせのように、
子供には笑うが私には笑わないと、夫は一貫した態度を取り続けました。

出産後
「仕事が忙しい」
「ストレスで何もやる気が起きない」
というのを理由に、夫は一切家庭を顧みなくなりました。
毎日午前様の帰宅が続き、休日は昼まで寝ていました。
休日も仕事だなんだと出掛けることが多く、稀に家に居ても全く無言で
ただゲームの画面を睨み続けるか、テレビの画面を睨み続けているか、
ただ寝ているかの日々が始まりました。
私もはじめての、慣れない育児にてんてこ舞いだったので、
夫との距離がどんどん開いていくことに気付かず、ただ、
今はお互いに大変な時期を乗り越えようと懸命に頑張っているのだと
思っていました。いつか子供が大きくなったら夫婦の時間も持てるだろうと
その頃には夫の笑顔も戻ってくるだろうと信じていました。
時を同じくして、夫は私に
「アホちゃうか」「頭悪いのお」「お前はなんにもわかっていない」と
あざけるように笑い、さも残念そうにため息をつくようになりました。
「仕事を辞めて家庭に入ると、ここまで堕ちるかねぇ」と、たびたび肩をすくめました。
ずっと孤独で、周囲に友人もいない中での育児。
たまに夫と話す機会があるとこのように嘲笑されたり、
嫌悪感丸出しの顔でため息をつかれたりの連続で、
その言葉に傷つき「酷い」と泣いたりすると、
「お前は冗談も通じない、頭の固い奴だ」
「嫁というのはバカでかしこい女がいい。お前はかしこくてかしこい、かわいくない女だ。」
などと夫から言われるようになりました。
時を同じくして、夫は極端に私とのスキンシップを避けるようになりました。
避けるというよりも、「毛嫌い」するという表現が適切かもしれません。
「どうして、夫婦なのに避けたりするの?」というと
「お前は何もわかってない」
「どこの夫婦が、子供産まれたあとにベタベタ寄り添ったりしてる?」
「そんな夫婦がいたら今すぐここに連れて来い。」
「アホちゃうか」「色情狂」「変態」
そのように私を罵りながらも、子供には満面の笑顔と
思い切りスキンシップをあてつけのように与え、
私が、少しでいいからその笑顔か接し方を分けて欲しいなどと言うと
「お前は子供か」
「ならオムツしろ、ミルクを飲め。」などと嘲笑っていました。
「まあ、飯炊きのお前が赤ちゃんになったら困るのは俺とおふくろだけどな」と
その「飯炊き」というフレーズは気に入っていたらしく、繰り返し投げつけていました。
また、
「俺は釣った魚には餌をやらない主義なんですよ。」と繰り返し言われたし、
「生きているうちに言っておくが、お前が死んだら俺は49日の法要が終わったら
直ちに次の嫁探しに入るから、それは生前に了承しておいてくれ。」
などと言われました。どうしてそんなに酷いことを言うのか尋ねると
「全然酷くは無い。お前の死後の子供達と俺のことを考えれば当然のことだ。」
「また、わざわざそうお前に断っておくというのは俺の優しさだ。」などと
たびたび言われていました。
「結婚して良いことは何?」と夫に尋ねたことがあります。
「ああ、良いことはひとつもないけど、しなければ予測できた利益は限りない。」と
答えました。それでは後悔しているのかと聞くと、
「人生は1本の道しか選択できない。俺はお前と結婚するほうを選択してしまった。
もし、していなければ、と思うことばかりだが、もし結婚していなかったら
結婚すればよかったと思ったかもしれない。選択を二つできるとしたら両方するけど
あいにく結婚するほうを選んだから、しなかった道は計れない」などと言っていました。
このように、方法を替え、手段を替えつつ、夫は
「お前には飯炊き以外の価値がない。」
という狭いコーナーに私を追いやって行きました。

夫とそのように関係が悪化していくなかでも、月並みに子供達は成長し
切迫流産で私を寝たきりにした息子は近所でも有名な元気でやんちゃな男の子に
1歳8ヶ月違いで生まれた娘は、体型は小ぶりながらもとても元気で、
私は育児に手を焼きながらも、近所での人間関係や、
公園で出会ったママ友とのコミュニケーションに居場所を覚えるようになりました。
まわりはいい方ばかりで、毎日遊びに来てもらったり行ったりを繰り返し
おかずやお菓子のお裾分け、食材を借りに行ったりもできる間柄になっていました。
育児のことも、どんなことでも、相談できる隣人とママ友が、
私にとってはいつしかかけがえのない存在となっていました。
二人の孫を義父母はよくかわいがって下さったので、育児に追い詰められることも無く
義父母と子供達が楽しそうにしていると、ああ、幸せだなと思いました。
ただ、心の底から幸せを感じられないのは何故だろう、
何故、いつもこんなに焦燥感や、枯渇感があるのだろう、
自分はどんな幸せな状態でも、幸せを感じられない人間なのではないかと
たびたび自分の感性を疑ったほどでした。
それでも、私は心の底から幸せではなかったし、そこでの生活で得た幸せを
少しずつ、少しずつ、苛まれている感に常に苛立ちを覚えていました。

積み上げても積み上げても、見えないところからさらさらと崩れていく。
それでもめげないで、頑張って積み上げるけれど、全然積み重ならない。
この焦りは何なんだろう。ずっと考えていました。

夫が私に度々注意するのが面倒なため、はなから「禁止」と言い放つことが増えました。
 ・外食の禁止
 ・携帯所持の禁止
 ・妻側家族との接触の禁止
 ・妻側友人との接触の禁止
 ・会話禁止時間の設定 ①テレビ観賞中②新聞閲覧中③ゲーム中④就寝前
 ・許可時以外のスキンシップの禁止
このような禁止事項を遵守して、尽くしていればいつかきっと、
夫は私にあのころのような笑顔を向けてくれるようになると
すがりつくように信じていました。
「頑張るから、いつかはわかって欲しい。」
「今未熟な彼も、いつかはわかってくれる。」
そのような淡い希望をどうしても捨てられなかったのは、
それを捨てれば生活ができなくなるからでしょう。
他人から見れば明らかに、今振り返れば当人から見ても明らかに異常なこの禁止事項を
私は遵守しつつ、細い細い光に向かって歩いていました。
いつしかその細い光は見えなくなり、厚くて限りなく高い硬質の壁が
私の目前に立ちはだかるような圧迫感を、
そしてそのような異常な環境に置かれる事による脱力感と虚無感を
生活の中で毎日感じるようになっていました。

気が付くと子供達は4歳と2歳になっていました。
結婚5年目の頃でした。今から3年前になります。
この頃になって初めて、夫と私の人間関係がおかしいと気が付きました。
おかしいと気が付いて、いろいろな人に相談をしました。
高校時代からの親友の助言を得ました。
「後悔しないように、最後の最後まで、逃げずに向き合って」
その言葉を胸に、その後2年間の間、とことん夫との「間柄」の形成と、
夫と良好な関係を築けるよう努力しました。
以来二人で出掛ける機会も作り、二人で話す機会も設けました。
ですがやはりことごとく夫に裏切られ、その度にこてんぱんに傷つけられました。
その後夫の浮気、2度の流産、度重なる暴言と長期にわたる無視を経て、
とにかく「夫が怖い」という事実の前に、とうとう私の身体に
症状が表われるまでになってしまいました。
それは「動悸・息切れ・身体の震え」という症状でした。
夫の帰宅する時間になるとそのような症状が出て、
帰宅して夫がそばに来ると、そばに居る側がビリビリとしびれるように
なってしまっていました。
声をかけられると、飛び上がったりしてしまうようになっていました。
私が約2年後に最後に行き着いたのは
「夫との間に積み重なるものは、全く無い」という結論と、だからこそ
「私が求めるものは夫との間には得られない」という結論と
身体の諸症状でした。

そしてその頃、インターネットの掲示板に於いて、
「モラルハラスメント」という言葉と「自己愛性人格障害」を知るに至りました。

「モラルハラスメント」については「モラルハラスメント被害者同盟」にまだお越しでなければ是非行って読んで下さい。
ここには、「モラルハラスメント」についての全てが書かれているだけでなく、
BBSには、あなたのようにその渦中に居る方、私のように命からがら逃げ出した者、
もしくはモラルハラスメントを受けたことはもう遠い過去だけれど、
あなたや私のように苦しむ人たちのために、胸を貸してくださる方々の書き込みが
毎日のようになされています。(当時ではなく後にここの方々によって私は大いに救われました。)

私はこのサイトを知り、また、「モラルハラスメント@RING」
へ訪れ、モラルハラスメントについて熟読しました。
当然、どちらのサイトでも紹介されている「モラル・ハラスメント-人を傷つけずにいられない」を注文して読破しました。
また、脱出後に買った「夫の言葉にグサリときたら読む本」も私はとても参考になったと思います。二人は別世界に居ると知ることは、大きな気付きでした。

そこからの経緯についてはブログでも触れてあるように、大きく分けて
「気付き」→「脱出計画」→「実行」→「心の脱出」→「心の平静」
の道を辿りました。
あ、「脱出計画」→「実行」の間に「DVによる鼻骨骨折」があります。
この「気付き」(2003年12月)から「心の平静」(最近)までに
1年と少しを費やしています。
これは、誰かと比べたわけではないですが、短いほうではないかと思っています。
この間に、私は離婚調停を第一回、第二回と経験しています。
長くなりましたが、これが私と夫の出会いから、離脱までの
大まかな流れです。
(脱出については「完全脱出マニュアル」
を参考にして下さい。)

続きます。
「続きはこちら」
コメント ( 19 ) | Trackback ( 4 )
« 「ぼたもち作... 「モラルハラ... »
 
コメント
 
 
 
いままでの疑問がその一言にありました (さや)
2005-05-09 00:31:10
お返事ありがとうございました

もらはと言う言葉を初めて知り衝撃をうけています。

私も五歳とししたの旦那と6年前に結婚しやはり子供がうまれてすぐにおかしいときづきました。今おもえばモラハの特徴にすべてあてはまり、いままで私がかわれば彼も変わるのか、話しをきいてもらえるよう努力したりなどいろいろありました。離婚の話しはもう何年も前からきりだしていますが子供をおいていくことが条件などと言われてずっとそのままでおりました。子供は赤ちゃんのときは全く面倒をみなかったのに今はよその子供に接する様に優しい声色でわざとらしく喋りかとおもえば常にダメダメといろいろ禁止したりおまえは悪い子だといったり、様は自分になつかなかったり、言うとうりにしないとおもちゃをかってあげないとかなどいってはげしく怒っています。離婚したくても子供を虐待しているわけでも、私に暴力すれすれの事はしますが決定的な事が無いので困っていました。この事を知って何かしんぽしそうです
 
 
 
こんばんは (まっち~からさやさんへ)
2005-05-10 01:27:31
さやさん



こんばんは



>もらはと言う言葉を初めて知り衝撃をうけています。



そうですね、知ったときはたとえようのない衝撃ですよね。

何より「こんなに共通点がある」ということと「夫は治らない」ことに

衝撃を覚えませんか?



>私も五歳とししたの旦那と6年前に結婚しやはり子供がうまれてすぐにおかしいときづきました。今おもえばモラハの特徴にすべてあてはまり、いままで私がかわれば彼も変わるのか、話しをきいてもらえるよう努力したりなどいろいろありました。



おお、ウチと似てますね。

モラに対する努力はすべて無駄な努力ですから、

そういう無駄な努力をしてきたことにも、ショックをおぼえますよね。



>離婚の話しはもう何年も前からきりだしていますが子供をおいていくことが条件などと言われてずっとそのままでおりました。子供は赤ちゃんのときは全く面倒をみなかったのに今はよその子供に接する様に優しい声色でわざとらしく喋りかとおもえば常にダメダメといろいろ禁止したりおまえは悪い子だといったり、様は自分になつかなかったり、言うとうりにしないとおもちゃをかってあげないとかなどいってはげしく怒っています。



このままじゃ、お子さんの精神も不安定になりそうですね。

どうか、ネットである程度の情報を収集したら、役所の女性センターに駆け込んで下さい。

いつでもなんでも、話しに来て下さいね。待っています。

 
 
 
はじめまして (ゆう)
2005-11-14 15:46:17
モラルハラスメント・・私も最近被害者だと言う事がわかりました。ただ、まっち~さんの様に酷い状態ではなく、優しい時も多々あるのです。

ただ、普段から私を馬鹿にするような発言や態度、束縛・わざと嫉妬するような発言をする・くだらない嘘をつく、そして1度怒り出すと徹底的に無視し、子供たちを私に近づけないようにするなどの嫌がらせ。

それでも私が逆らうと暴力に訴える時もあります。

それでも外では機嫌が良く、他の人にも好かれているので単に裏表の激しい人と理解していました。

今日、このブログを読ませていただいて共感できるところが沢山ありました。

主人と買い物に行くと、時間がかかり怒られるのが怖く異常に焦ってしまう・靴を履いているときに後ろに立たれると焦ってうまく履けなくなるなど・・。

それは私の性格が異常なんだと思っていました。

実際、私自身、至らないところが沢山あるので主人のせいには仕切れない部分があるのです。



そして9/18の日記、愛すると言う事を読んで涙が出ました。私は母子家庭で育ち、母はその後再婚したのですが愛された記憶がないのです。

常にけなされ小さな事で殴られ、名前で呼ばれる事すらなく・・。いつも憎しみの目で見られ私を怒る材料を探しているようにみえました。

私も主人に愛されたいと願っているのだと気がつきました。

でもそれが分かった今も、主人の事を自分では愛していると思っています。私の場合は、まだ主人の愛情表現があるからかもしれません・・。

酷い事を言われても・・時には優しい時もある。

それにすがり付いているだけなんでしょうか・・。

今は答えが出そうにありません。



今、まっち~さんは再婚されてお幸せそうで自分の事のように嬉しく思います。

本当に優しい方のようで・・良かったですね。

同じキズを持ったご主人様とどうか仲良く、これからももっと幸せになってください。



長々とすいませんでした。



 
 
 
そういう事だったんだ (さよちゃん11)
2006-05-15 12:29:06
 母は後妻に入り娘の私一人を生み 色々な軋轢からか私にだけ 辛く当たるのだろうと思ってました。 しかし他人の前ではとてもいい人なので 誰にも言わず 父や異母兄も知らず ずっと我慢し 自分を抑えてきましたが、もう55年 疲れました。あの人といるだけで めまいがするようになりました。

 子供も大きくなり 私が一番時間が有るので 父の介護でこの15年 1年の半分は実家に行ってました。親孝行などでなく 自分自身の納得の為に。介護の大変さなどいいのです。母が怒鳴り散らしさえしなければいいのです。兄や他人様にする気配りのほんのちょっと 私にしてくれればいいのです。

 洗濯物の干し方 たたみ方、タオルのたたみ方、食器のしまい方、スプーンやフォークにいたるまで、私だけでなく 人のすることは気にくわないのです。他人様には 兄嫁には当たれないから 私にだけ朝から晩まで当たるのです。もう 気の休まる時がないのです。

 何度も何度も裏切られ 今後はもう帰省しないと決めましたが、親を切り捨てる自分自身をせめていました。いつも頭の中に母の事があり、ご飯も食べられなくなってました。白髪も増えました。

 偶然モラル ハラスメントという言葉を知り、色々当てはめていくと 実母がモラハラの加害者だと思いました。 

 あんたが悪い あんたが悪い あんたのせいで あんたのせいで と攻め続けられて 私は悪い子 と思いながら大きくなってきましたが、悪いのは母の方だと思いました。

 今 私は良くぐれなかったし 自殺もしなかったと思います。

 今回 静かに 母に わたしに当り散らしたよねえと言ったら そんな事 私はしない。私の性分でそんな事しないと 言ってましたが、本当のことを言われたからでしょう それから一度も電話かかってきません。

 ここで 今までのように 何事もなかったかのように連絡していたら また 元の木阿弥でしょう。

 もう半世紀 私は あの人の母代わりをしてきたのだから もう母を切り捨てても良いでしょう。あの人の支配から 逃れても 良いでしょう。

 この世にこう人がいると言う事を知ってもらいたいです。実の親にも こういうう人がいると言う事を 皆に知ってもらいたいです。

 
 
 
はじめまして (さくらんぼ)
2006-05-18 15:27:04
初めて、家庭でもこういった問題があるのだと知りました。



私の場合、家庭ではなく職場なので、こちらに投稿するのはちょっと違うかな、と思ったのですが、今まで「私の気の持ちようだ」と言い聞かせてきたので、環境こそ違うけれど、共感する部分が大変多く、ショックを受けました。



家庭と職場では解決策も違うのかもしれません。

しかし、こちらのページに出会えたことで自分の状況を少し客観視できたかな、と思います。
 
 
 
舐められてはいけないと思います (さよちゃん11)
2006-05-18 17:21:54
 母が私に当り散らしてきたのは 私が一番 弱くて小さい子供だったから。 私を人間とは見ていなくて 自分の奴隷とか 所有物とか 都合の良い 使える道具としか思っていなかったのです。当り散らしていいんだと 舐めきっていたのでしょう。



 高校生の頃 意を決して 言い返すと 今度は 父に口をきかないとか ご飯を作らないとか 八つ当たりをし、父から誤ってくれといわれた事があり 父も見てみぬ不利でした。この頃は 私は母が恐ろしくて ビクビクしていました。



 (さくらんぼ)さん 会社では どのような状況か わからないので 軽はずみな事はいえませんが 舐められてはいけないと思いますが、どうでしょうか?



話は少しそれますが、病人の介護でも リハビリでも 甘えさせてくれる人の言う事は 舐めちゃって 病人は聞かないのだそうですよ。



 

  
 
 
 
はじめまして。 (あきよめ)
2006-06-07 22:33:32
つい最近、モラルハラスメントを知り、こちらのブログを知りました。

2日かけて全部読ませて頂きました。



夫の数々の言動はこういうことだったのかと、やっと分かったものの呆然としています。

どうしていいのか戸惑っています。



でも、まっち~さんのように幸せになりたいなという気持ちがわいてきています。

これからもずっと楽しみに読ませて頂きます。
 
 
 
今日モラをしりました。 (きたぐに)
2007-01-14 02:04:11
私は現在離婚へ向かって進んでいる2児の父です。
別居がはじまり、現在は平日は私がみています。
そんななかこのモラルハラスメントという言葉を知り、こちらのサイトにたどりつきました。
自己愛と攻撃性。
私が心配しているのはやはり子供のことです。
子供たちも家内の方に懐いています。
が、
わたしも子供を厳しく叱りますが、家内は叱るというより突然激怒して子供が泣くことも。
そしてそのあと手を返したようにごめんねといってハグします。
家内の母親を呼ぶため家を改築しようと着工、支払いの段階になって私の両親におまえの息子は犯罪者だと口走りけんか、結果家はいらないと言い出し別居。
だれが後始末するの?子供への影響は?
モラを知った今となっていろんなことが思い当たります。
もちろん私にもいくつも非がある。これまでも我慢することはしたし、両親との仲裁にはいったり希望は実働としてやってきたつもりだが、すべてがすぐ結果がでるわけじゃない。
私のことについては”なんにもしてくれない”し、”生理的にいや”といわれました。

私が知るかぎりではほとんどが10歳以下の子供は母親が引き取っているようですが、(どちらが悪いを別として)その母親が本当にこのまだ世間に認知されて間もないモラ(略させていただきました)だとしたら、、、。
いま私に向いている矛先が母子家庭となり子供に向けられたら、、。
父親はどうやってこれを説明したらいいんでしょうか。
ニュースのむごい虐待をうけている子供は、、最後まで親を信じています。
散文ですみません。
精神不安定なんでゆるしてください。
 
 
 
Unknown (さよちゃん11)
2007-03-19 17:57:42
以前の <そうだったんだ>を踏まえて下さい
毎月 父の介護に帰省してます。
 母が薄情な子とか 財産目当てとか 私の事を周りに言いふらし 兄嫁が ”一生懸命しているのに かわいそう”と 私の事を 泣いてくれています。私はもう涙を流すと言う事は 卒業してます。
この年になって モラハラを知り 私は親からやっと離れました。私が子供でなく 母の母親代わりをしていたのです。
私自身の是非のわかる強い性格や まわりの良い友人のお蔭で 良くぐれもしないで 今日までこれたと思いますが 心の傷は負っていると思います。心に闇を抱えていると思います。
でも 今 母を捨てないと 私は 精神的におかしくなる。狂ってしまいそう。
どうして お母さん!こっちを向いて お母さん!と 心の中で 今でも叫んでいる自分がいます。
親から愛されて育っていない子は可愛そう。

私は両親を反面教師として 子育てし 娘とは良い親子関係を持ててます。
親を反面教師とすると言う事を 母は教えたかったのでしょうか? でも それは あまりにも寂びしすぎます。
 
 
 
ありがと。 (りん)
2007-09-10 08:00:47
救われました。

7年間、なぜ?なぜ?の連続でした。

彼は、誰からも慕われ、明るく、頼もしく、カリスマ的な人気者でした。心から惹かれました。
こんなに幸せでいいのかと思う日々がありました。

恋人関係になり一変しました。
私の言うこと一言一言に言いがかりとしか思えない、
小言を長々といい続けます。怒鳴ることもたびたびです。それは二人でいるときだけで、第三者がいると、
これ以上はない笑顔を振りまきます。
いなくなると、不機嫌な態度と、無視です。
理由が知りたくって、何度も話し合いたいをしようとしても、今から考えると理由なんてなかったのです。話し合いにはなりませんでした。いつも、一方的に激怒されるだけした。 
いつしか、おびえ、萎縮して、なんにも言うことができなくなり、あんなにいつも笑ってばかりいた私が、まったく笑えなくなっていました。
私が、言われていやなことを、頭のいい人なので、選んでいうようにもなりました。おろおろしたり、ないたるすることがうれしいような態度です。
わざと、浮気相手を連れてきて反応を見ることもありました。 それでも、私は大好きでした。時折見せる優しさに、すべて忘れさせてくれる魅力がありました。

でも、今。
自分を大切にしようと思います。
彼の中には、愛情も、感謝の気持ちも存在しないのです。利用できるか、できないかなのです。

 * 精神的なつながりを絶つこと。
 * わかってもらおうとか、いつか変わってくれるとかは思わないこと。
 * 話し合いは持たないこと  
 * たった一人でもいいから、自分の状況をわかってくれる相談相手を持つこと。
相談相手になる人は、彼のことを知っているにもかかわらず、彼の2面性を理解してくれる人であることが大切です。
  私にとってつらいのは、彼は、外ではすばらしい人であるために、私の言っていることが、大げさな被害妄想だと思われることです。
 * 彼は、精神的の病だと思って、あきらめる事。 * 勤めて彼のことに無関心になること。      
 
 
 
モラという人種 (ryo)
2007-09-27 04:18:37
この言葉と出会ってから、何とも表現しがたい気持ちになりました。
つらいとか、ショックとか、くやしいとか。
そんな生ぬるい言葉ではないですね。とっくに通り過ぎてる。
虚無感?脱力感?絶望感?
いえいえ、吐き気。殺意。怨恨。憎悪。と言った方が近いかもしれませんん。
まあ、人の痛みを理解する機能がもともと備わってないモラ星人を責めても、全く意味がないという事は頭では分かってはいるんですけどね・・・なかなか自分の感情コントロールも難しい。
しかし、自分の身の回りに(過去も含め)こんなにモラハラが多く存在したなんて・・・

私の場合、一番身近なモラ星人が55歳の父親。
・私と同じ看護学校で面識がある
・↑イコール同業者
・看護師しながらホステスも隠れてしている
・娘と同世代(姉と同い年)

という極めて最低の条件をクリアしてしまった方と
5年に渡り不倫を続けています。投資額は実の娘よりそちらのかたのほうが幾分おおいでしょう。そして娘の私がプライドをかけ、一生懸命やってきた看護師という職業をそういう目でみてたのかと思うと、全身に熱い血が駆け巡り、吐きそうでした。
そして母に対しは、長年に渡り、
「お前や何もできん。」
「価値がない。」
「おばはんの裸や誰が見たいもんか。」
「わしはこの10年間、お前にいじめられてきた。
 もう好きにさせてもらう。」・・・・・と。
さらに、心労で10㌔以上痩せた母に対して徹底的でした。
ある日自分の部屋に戻ろうとしている所を廊下でわざわざ呼び止め、
「わし、なんかお前が弱って死んでしまう気がするわ。おやすみ。」そんな関係がここ2年間は顕著でした。

そして先日、怒りと情けなさが頂点に達し、モラ夫である父親に対し、
「お父さんにとって幸せってなんなん?
何で結婚なんかしたん?
なんで子供なんか作ったん?
これからどうやって生きていく気?」
と言うと。。
2秒後に力いっぱいの平手打ちが私の右頬にとんできました。今まで手なんか上げたことないのに。
「親をそこまで責めて!!!」と彼言った。
よほど彼も追い詰められてたんでしょう、私の言葉に。
でもこの言葉、典型的モラの考え方ですよね。こんな当たり前の質問に、答えを持ってない答えられないのに家庭を持つ方が間違っていると私は思うのです。

こんな人間って、最期、どう死んでいくのでしょうか。
「あいつらが全部悪い、俺は悪くなかったのに!!」
と言って死んでいくのでしょうか。
モラルハラスメントの加害者の晩年とはどのようになるのでしょう。
私の場合、父親はまだ幸か不幸か、元気ですが、年老いたとき、どう接したらいいのか漠然とですが不安です。
看護師という職業柄もあるのか、モラと言えど、死にそうな親を見捨てる自分ていうのはいかがなものかと思ってしまうのです。
自分が後悔しないために出来るだけの事はすべきなのかなーとか。
そんな自分が嫌になる。
母だけでなく、実は私も被害者なのか・・・・・?


 
 
 
気持ちが楽になりました (みゆき)
2007-10-04 19:26:58
まっちーさん、はじめてブログを拝見して、この手紙を読ませていただきました。私は一年前に結婚し、その5ヵ月後に夫との生活に耐え切れず実家に帰りました。夫にモラハラの傾向があることが、少しずつわかってきました。それでも、私が至らなかったからでは、とかわがままだったのでは、と自分を責めています。夫がモラハラであると信じたくない気持ちもあります。でも、まっちーさんのブログを見て、新しい人生を再スタートしようという元気をもらいました。夫はローンで購入したマンションを異常なくらい大切にしており、私は壁にカレンダーも時計もかけることを許されませんでした。掃除が行き届いていない、と責められたことも何度もあります。別居するようになって以来、夫は人が変わったように優しく私に接するようになり、「君の信頼を取り戻せるように僕が変わるよう努力するよ」と言います。でも、私はこの人と暮らすことはもう二度とないだろうと確信しています。離婚を何度か提案したのですが、聞き入れてもらえず、もう半年以上になります。どうしたらいいのでしょうか?
 
 
 
混乱しています (さく)
2008-05-04 22:05:30
このHPだけでなくここなんか変だな?と感じて色々と調べていくうちにこれは私が感じていることと一緒だと思い衝撃的でした。加害者とはどういう人いうのか?とうところをみてみると自分も当てはまると思うし、かといっていつも主人にはチクリチクリといわれてなんとも表現できない心の不安事がおきていました。相談しても私以外の人にはとてもいい顔をしますし分かってはもらえす、私の我慢が足りないのか色々と考えましたが。本当に思考能力が産後悪く体調が悪くなり今思うと産後のひだちも悪かったのでしょうが、なんか休めませんでした。やさしく休んでねといわれても、主人が帰ってきて嫌な顔をしたりため息をされたい無言で片付け始めたり結局休めませんでした。今は子供が2歳と5ヶ月結婚してすぐ妊娠してしまったのでこの状態が続いています。
たださっきもかいたようにひょってして私が加害者なのか?と感じてしまうこともありとても複雑です。
 
 
 
モラ夫 (りんこ)
2008-05-26 00:40:58
○×新聞が主催・管理者になっているサイトの中に、お悩み相談の掲示板があり、相談者のコメントから「モラハラ」というものに突き当たりました。

そののち、モラハラについて書かれた本を入手。
呆れるほど、自分の夫の行動・暴言とそっくりな事(セリフ)が書かれており、ただただぼーぜんとするだけでした。

文中には「モラハラ夫からは、離れる(逃げる)のが最良です。」とだいたいが結論づけられていて、頭ではそれを理解しつつも私には、一度離婚経験もあり、また同じ別れを繰り返すのかと思うと、どう踏み出せば良いか分からなくなってしまいます。(前の夫はモラハラではありませんでした。)

まっちーさんのように、その後良い方に出会い幸せな再婚をされている方も多いようですね。

私は、行き着くところまで行かないと気が付かない自分の愚かさがほとほと身にしみています。
なぜ、今このような相手を引き付け、再び結婚までしてしまったのか、悔やんでも悔やみきれません。
 
 
 
友達になってください (はるまき)
2009-02-28 23:01:01
わかりやすいブログです。わかる~似てる似てる~て思いながら読ませてもらいました。1月に離婚したものです。明日から再出発、生活の稼ぎ、あてはないですが子供と二人の暮らしはじめます。不安もあり腰痛持ちで、弱気になってきました
実家はすめないんです。家族も離婚したら厄介者扱いです。あれだけ、あんなおとこあんな男!離婚
離婚!と罵っていたのに家族も被害者です。
しかし、私が頼ると拒絶…だから4ヶ月実家にいましたが、この度やっと自立の道へ。弱気になってるとこへ、あらためてためこんなブログみつけて、あぁ間違いじゃなかったぁ 別れてよかったんだとおもわせてくれて!ありがとうございます
 
 
 
しってるよ (はるまき)
2009-02-28 23:15:09
さよさん、私もよくわかるよほんとに
 
 
 
モラハラかわからないけど (あやめ)
2010-05-05 12:08:36
転勤族で実家が遠くて、何かあってもすぐ逃げられません。
モラハラなのか、大人になれない人と結婚してしまったのかわかりません。
体と経済力は大人だけど、精神的に中学生な人と暮らすのは、怖いです。
今年にはいってから、夫の四回目の借金に気がついて、いろいろなサイトをみていくうちに、自分がDVを受けていたこと、モラハラを受けていたかもしれないことに気がつきました。
DVといっても、物を投げたり、暴れることが、たまにある程度なので、該当しないと思ってました。髪の毛掴まれたこと、昔はあったけど、物にあたる方に変わってきたので。
でも、「俺を怒らせると、また暴れるぞ」と脅して、私の意見や行動をふうじるのは、普通の夫婦じゃない。幸せに暮らせる夫婦じゃない、家族じゃない!
普段からモラハラというよりも、自分に従わない時にでます。
経済的に母子家庭になってやっていけるか、両親が助けてくれるか、不安要素はたくさんあるけど、時期をみて逃げます。このままだと、心と体が壊れてしまいそうだ。

それまでだけ、壊れないためと、脱出準備に頑張れ。
後日、笑顔で、この文章読み返せますように。
 
 
 
そうだったのか (小春)
2010-05-11 09:22:05
こちらのサイトを友人から教えてもらいました。
モラルハラスメントという言葉を知ったのは最近でした。
帰宅しない夫、放置状態の家族。
母子家庭のような生活を何年も続けてきました。
帰宅した夫に文句を言えば「何も悪いことしてない」
それなら許されることなのでしょうか?

時々思い出したように 子供の将来を話す夫。

母は子育ては女の仕事だから あなたに任せてるのでしょ?信頼してるのよ。

子育てはふたりでするものではないのですか?

私が変われば夫も変わるのだろうか?

ここでよく見かける言葉です。

まさに私もそうでした。

でも何も変わらなかった。

今 私は羽のあるうちに飛び立つ準備をしてます。

次に書き込む時は飛び立った報告ができた時です。

 
 
 
Unknown (みゆき)
2012-04-11 11:46:09
いま心臓がバクバクしています。
私にもまさしく似たようなことがありました。

夫の不倫にショックを受けての流産。
なのに、夫は入院中つまり掻把手術前後の私に
「約束していた飲みがある」と堂々と言っていました。
結局行かなかったのですが、その時に私は
「行ってきていいよ、行けば?」と勧めていたのです。

夫は暴力は振るいませんし、普段は優しい人です。
ですが、この時の私はモラハラ被害者であったような気がします。
彼の言っていることが明らかにおかしいのに、それを後押しするしか考えられなかった自分。
自分の子供が亡くなるというのに、自己都合を優先させる夫。

後から考えてもやっぱり私の「あれはおかしかった」という感覚は間違ってなかったんですね。
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
モラルハラスメントとは (ACの自己ブンセキblog)
モラルハラスメントという言葉をご存知でしょうか? 傷も血もあざも、何も見えないけども、 なぜか息苦しくて、辛くて、力がなくなっていく…。 何もする気力がなくなっていく…。 そんな状態に陥ってしまうのが、このモラルハラスメントの怖いところです。 こ
 
 
 
離婚について (透明な海のように)
離婚調停に申し立てをしてから、 精神的に不安定な状態が続いています。 今日は、ちょっと暗いテーマですが、 自分の気持ちの整理のために書いて見ます。 モラル・ハラスメント 昨日、All About Life のサイトに、 「夫婦の愛が冷めるとき」とい
 
 
 
離婚について (透明な海のように)
離婚調停に申し立てをしてから、 精神的に不安定な状態が続いています。 今日は、ちょっと暗いテーマですが、 自分の気持ちの整理のために書いて見ます。 モラル・ハラスメント 昨日、All About Life のサイトに、 「夫婦の愛が冷めるとき」とい
 
 
 
33.モラル・ハラスメント? (35歳からの自分探し~非オニ嫁日記)
結婚してから、すぐに妊娠し、ぎりぎりまで仕事は続け、そのなか妊娠を隠してローンを組み家を買った。妊娠中毒症で出産前後1ヶ月は入院生活、その後は姑とのストレスの日々、そして病気がちで手のかかるGUY…。ストレスの要因が山積する生活のなか、すぐには気づ ...