泉野アーカイブズ・図書館問題研究所 in 石川県

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金沢市民の歴史:浅野川・東山界隈(その2)

2006-02-10 04:00:46 | Weblog
 というのも、2004年4月から、浅野川大橋そばの 真言宗の小寺院「源法院」にかかわりができたのが 発端だ。詳しい経緯は 後述するとして この源法院の庫裏に、寺守をかねて移り住んだ女性友禅作家の伝手でいわばパート「寺男」よろしく出入りさせてもらうようになった。
 源法院は 寺の由緒によると元和3年(1618)年に僧張清により「再興」された寺であり、浄土真宗が多数派を占める金沢では数少ない真言宗に属する。
 この寺院は、江戸時代金沢と江戸をつないだ飛脚「江戸三度」(月3回往復)の飛脚たちが城下直下の飛脚問屋を出てまず祈願に立ち寄る寺であった。
 加賀前田藩の江戸三度は先年直木賞作家山本一力氏の「かんじき飛脚」として週刊新潮に連載された。
 江戸時代には、川向こうの東の郭との縁も浅からぬものが伺える。(詳細は後述)これは、室生犀星の養家として知られる犀川大橋河畔の、同じく真言宗の「雨宝院」の場合とよく似ており、本尊のほかに、不浄を焼き払う「烏枢沙摩明王」がまつられている点も平仄があっているように思われる。縁切りの願掛けが行われていたらしいのも、東西の郭や岡場所を背負った寺としての共通点であるようだ。
 このお寺を基点に、金沢の近世から近代への町人の息吹を確かめていくことができたら、面白かろうというわけである。すでに書かれて先人の業績におそわりつつ、界隈の地域の息吹の記録を掘り返し再構築しみることができたら、と願いはじめた。地域アーキヴィストたらんとする私の原点にできたらとの思いもある。(つづく)

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