松原洋一・UAG美術家研究所

近世から明治中期頃までに活動していて、ネット検索しても出てこない画家を中心に紹介しています。ただいま宮城県を探索中。

延岡の美人画家・奈須竹堂

2018-03-02 | 画人伝・宮崎

立美人図 奈須竹堂 延岡市内藤記念館蔵

文献:延岡先賢遺作集、宮崎県地方史研究紀要第12号「宮崎の近代美術」、郷土の絵師と日本画家展
参考:UAG美人画研究室(奈須竹堂)


南画家がほとんどだった江戸後期から明治にかけての延岡で、一人異なるのが奈須竹堂である。竹堂は、若い頃に紋書修業のために京都に行き、修業中に三畠上龍に師事した。同門には豊後出身で、国東地方に京風美人画ブームをもたらした吉原真龍がいる。師の三畠上龍は松村呉春の孫弟子にあたり四条派に位置づけられる絵師だが、浮世絵風の美人画を得意とした。

竹堂は帰郷してから家業の紺屋を継ぎ、かたわら美人画を描いていたようである。師の上龍の画風をよく受け継ぎ、四条派の花鳥表現を女性の衣装に取り入れた華麗な画風の作品を残しているが、画家としての逸話は伝えられていない。

奈須竹堂(1840-1893)
天保11年延岡北今町生まれ。家業は紺屋。通称は勝兵衛。紋書修業のため京都に出たが、修業中に四条派の絵師・三畠上龍に師事した。のちに帰郷して紺屋を継いだ。明治26年、53歳で死去した。



「美人画」の系譜: 心で感じる「日本絵画」の見方
高階 秀爾
小学館
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