辰姫 ~石田三成の娘の生涯と軌跡~

石田三成の娘”辰姫”を顕彰し、辰姫の真実を伝え残す為のサイトです。

2019年2月の辰姫の墓参り

2019年02月05日 16時58分47秒 | エッセイ (辰姫と私)
 2月になり、月も替わったので、月に一度は必ず行っている辰姫の墓参りに行ってきました。

 空は曇っており身に堪える寒さでしたが、東楊寺につくと雲は晴れ、日の光が辰姫の墓石とその前に立つ私を照らしてくれていました。
 そんな何でもない小さな事も、辰姫の優しい心遣いではと思ってしまう程、日の光に暖かさを感じました。

 辰姫の墓参りの前に東楊寺のご本尊にご挨拶をと本堂の前に立ち、線香をあげようとすると、本堂から「ドンッドンッ」と本堂のガラスを強く叩くような物音が聞こえました。
 てっきり本堂の中で住職様か副住職様がおられ、いつものように私にお声がけ下さるつもりでガラスをたたいたのかと思いきや、本堂に人気はありませんでした。

 スピリチュアルな事や現代につくられた近代宗教など全く信じない私ですが、そんな私にもこうした不可解な事があるのだな・・・などと不思議に思いました。
 まぁ、もしかしたら私が気付かなかっただけで鳥がぶつかって即座に飛び去っただけかもしれませんけどね。

 辰姫の墓前で、保護猫の為に猫写真に精を出している事、その事で辰姫の研究が滞ってしまっている事のお詫び、そして研究によって辰姫の生涯から学び得させてもらった忍辱と慈悲の心、その慈悲の心を小さな命たちである保護猫の救済に向け、日々、猫の写真撮影に精進している事など。そして、”保護猫”と”辰姫”への慈悲と救済を遂げられるよう私自身が想い願う二つの願いと想いを飾る事無く告白してきました。

 そして、般若心経、大悲心陀羅尼、光明真言を読経し、私は僧侶ではないが(しかも無宗教無宗派。宗教には一切属していません(=世間で言うところの信者ではありません)。あしからず。)、もし僧侶の読経同様にその功徳が生じるのであれば、その功徳を余す事なく辰姫へ巡り捧げる事を告げ、回向文を唱え、感謝と想いを告げ、東楊寺をあとにしました。


 保護猫救済の為の保護猫写真。保護猫の写真を飼い主との縁結びのキッカケとすべく、日々、楽しみながらも猫(保護猫)写真をやっているこの頃。
 その保護猫という罪もない小さな命たちの救済の手助けをしたいという想いは、以前にも書きましたが、辰姫(の生涯と人柄)から学び得させて頂いた慈悲というもの。

 だから・・・年甲斐も無く、恥ずかしげも無く言うならば・・・
 私の慈悲の心は辰姫の慈悲の心。
 私の慈悲は辰姫の慈悲。
 そう思っています。

 その辰姫から学び授かった慈悲の心を保護猫の写真という形で実践し、小さな命たち(保護猫)の救済に当たりたいといつも思っています。


 43年という月日を生きてきて、頭ではなく心にまで慈悲というものを浸透させ、そして実践までするほど、学びと影響を与えた人物は、今まで残念ながら出会った事は無かった私。
 私に慈悲という心を心に染み込ませ、それを実践するほどまでにしてくれたのは・・・その人物が四百年以上、世間で知られてこなかった歴史上の実在した人物である辰姫であるとは・・・

 まったくもって、縁とは不思議なものです。
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