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「奇想の系譜」 辻 惟雄 ちくま学芸文庫

2019-03-17 | 読書



初版が34年前に出版されている。この本の2004年に著者は72歳。解説は服部幸雄(当時千葉大学名誉教授)この本は読み継がれ再販され、傍流と思われていた画家たちを江戸時代の絵画史を彩る人気スターにした。



意表をつく構図、鮮烈な色、グロテスクなフォルム、ーー近代絵画史において長く傍系とされてきた岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、蘇我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳ら表現主義的傾向の画家たち、本書は奇矯(エキセントリック)で幻想的(ファンタクティック)なイメージの表出を特徴とする彼らを「奇想」という言葉で定義して、「異端」ではなく「主流」の中での前衛と再評価する。刊行時、絵画史を書き換える画期的著作としてセンセーションを巻き起こし、若冲らの大規模な再評価の火付け役ともなった名著、待望の文庫化。大胆で斬新、度肝を抜かれる奇想画家の世界へようこそ!図版多数、解説服部幸雄

この裏表紙の言葉が、この本を見事に解説し語っている。

取り上げられている6人の画家たちは、子供時代から絵しか目に入らず、描くことにしか興味を示さず、家業を投げ出してでも大袈裟に言えば絵に命を捧げた。まずは慣習通り当時の一流と言われた流派に属し師匠の元で修行をしている。その力量を認められて重用される場合もあれば、才能が小さな組織に収まりきれ、ずまたは自己の要求するままに外に飛び出し、結果世間に受け入れられて成功するものもあれば、貧窮生活に喘ぎ、あるいは地方に流れて行き、そこで中央には認められないままに大衆の中で才能を開花させるものもいる。ただその先進ゆえか、奇矯さからか広く理解されず、今まで残っている作品が少ない。
今になって新たな視点から評価が高まってきた。そんな時に鑑賞に耐える作品がもっとあっただろうと思えるところに、保存状態が悪く、または散逸し、あるいは火災で焼けてしまったらしいということは、こんな素晴らしい研究書を読むと、著者でなくても残念に思われる。
その上、研究者にも画家の出自や足跡がわかりにくいそうで、おいおい発見されることもあるかもしれないという顧望も書き添えられている。

著者がおよそ50ページを割いて語っている岩佐又兵衛と、蘇我蕭白の章は一段と力が入り、図版に照らして解説を読むと、岩佐又兵衛の「山中常盤」や「牛若の盗賊退治」の血みどろなシーンも裏に潜む画家の意思の強さ、技術の高さが理解できる。
又兵衛の解説で、1に奇矯な表現的性格。「一種の名状し難い気うとさ」「鈍重な物凄さ」2に古典的、伝統的なテーマを扱いながら、その内容を卑俗な、当世風なものにすり替えようとする、いわば「転合絵」とでもいうべき要素。3は人物の描写に共通する風変わりな特徴、、、クセの強い形と解説する。
このほとんどは6人の画家に共通するところがあると何か腑に落ちる気がした。
また

宗達が底抜けに明るいロマンティシズムを唄い上げる一方で、岩佐又兵衛や山雪(狩野)の偏執と奇想が横行した寛永という時代はなかなか一筋縄ではいかない時代だったようである。

幻想の博物誌ーー伊藤若冲
若冲は錦小路の青物問屋の長男だったが弟に家業を譲り、隠遁生活を始めた。世俗には関心がなく、学問も文字にも疎く、作画三昧で暮らした。有名な鶏の絵のように動植物を主に描いた。写生主義を唱えた円山応挙に先行したとも言える。細密な美しい写実は今でも目にして驚嘆する。
虫や貝殻の様々な絵柄について

シュルレアリスムの作品を連想させるようなこの驚くべきイメージは全く若冲のオリジナリティに属するものなのだ。このような内的ヴィジョンは鶏の描写にも共通している。
73歳の折の大火で多くの、作品が消失した、気落ちした若冲はそれでもその後も独創的で個性を発揮した名作を生み出している。

晩年の、格天井の花の絵やナイーブな人形図などを見ると若冲から衒気と気屈さを取り除けば意外とアンリ・ルソーに似た純真な画家の眼がそこに発見されるのではないかという気がしてきた。

狂気の里の仙人たちーー蘇我蕭白
新しい画壇の風潮の中で才能や技量においては、
いずれにも引けを取らない蕭白が曽我派という前時代の遺物を何故にあえて担ぎ出したかについて、彼はもちろん何も言い残してはいない。ただ明らかなのは蛇足十世の厳しい肩書きが徹頭徹尾蕭白の人を食った自己表現の手段として利用されたことである。
生来の気屈な性格が世人の顰蹙を買い、時には狂人呼ばわりをされる一面は無論あっただろうが、一方でその痛快な生活態度と作画ぶりに、密かに快哉を叫ぶことも決して少なくなかったと思われる。

と著者は好意的で

彼の狂躁的な作風を代表する彩色「群仙図屏風」の人物を一例にとっても、衣服の文様など細部の仕上げに見られる恐ろしく入念で緻密な筆使いが「異常さ」の効果を演出する画家の冷めた意識を物語っているのだ。

確かに表紙にもなっている龍の顔や波や指の節のトゲだった様など、アクの強い特徴的な奇妙な表現を得意とした彼の作図が、今になると多くの絵画の進展に伴ってその力強さや奇矯さがあまり目立たなくなり、構図や薄気味悪い妖気にもさほど驚かなくなり、返って関心が高まっていることも納得できる。

超獣悪戯ーー長沢盧雪
まだ居た、奇人変人の応挙門下長沢盧雪。彼は応挙の代役として出向いた南紀で多くの作品を残した。
応挙に準じる墨絵のぼかしで立体感を作り出す手法は師を凌駕するほどで、数枚の図柄を見ても面白い。
晩年のクローズアップ手法や人物の描き方に気味の悪いものを感じるが、図版に上がっている「四睡図」などはユーモラスながら奇矯な感じもしつつ面白い。

幕末怪猫変化ーー歌川国芳
三十歳で当時流行っていた「水滸伝の豪傑」を描いた武者絵が大衆に認められる。
(図版の掲載がないので見てみたいとおもう。九紋龍史進、花和尚魯智深など五人が一枚刷りになっているという)。
これが大当たりで百八人全部書いているそうで、展覧会はないものだろうか。
その後絵の方向が変わり、北斎に倣ったというが、その不気味な想像力の産物はおどろおどろしい。

ヨーロッパの実証科学の成果が、幕末の浮世絵師荒唐無稽な怪奇表現に一役買ったとは皮肉な巡り合わせだが、彼らの新奇なものに寄せる並外れた好奇心と、たくましい想像力には感嘆させられる。

裸体で合成された顔や「写生百面叢」の面白さは筆者によると、目の覚めるような新鮮なアイデアに溢れているそうだ。
水野忠邦の言動・風俗取締りの元で、人物に不自然な紋所を入れたり、異形の幽霊に紋所をつけたり、時代に合わない武器を持たせたりして始末書を書かされたそうだ。
国芳の性格については”弟子も多く、浮世絵界の大物であるにかかわらず、野卑な風体をしており、闊達な気性で版元からの注文が気に入れば賃金の多少にかかわらず引き受けるが、気が向かなければいくら好条件でも断ってしまう。欲には疎い方”と言っているそうだ。
愛猫家で猫をたくさん描いている。

あとがきや解説でも随分教えてもらったがあまり長くなるので、忘れないように紹介だけにした。
少し前に読んだが、おおかた忘れているので、東京の展覧会を羨みながら再読した。






HNことなみ

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