罹災した。

2008-08-10 22:11:07 | DIARY
罹災者でないと書けないこともあるのでは、と思い
迷ったんですがアップすることにしました。自己満足すいません。

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「大雨で下水道増水、5人流され不明…東京・豊島区」


①8/5

私の家が立っている場所は土地が低く
大雨が降ると家の前の道が冠水することが何度かありました。
それでも今までは床下浸水にとどまっていました。

会社でも大雨が降っていて
豊島区の下水道工事現場での事故があった昼頃も、窓からの視界が煙るほど激しく
家が心配でネットでニュースを見ながら仕事をしていました。

帰宅したのは夜7時。
水は引いていたけれど、道には明らかに冠水した跡がありました。
路面は泥まみれで、どこからきたのかわからないゴミや草が散らばり
汚水の生臭い匂いがたちこめていました。

門を開けると家の敷地内まで水が入り込んでいました。
「床下浸水か…」とドアをあけたら

玄関に置いてあるお気に入りのスリッパはドロドロ。床は泥と砂でざらざら。
部屋の扉を開けたら、水を含んで湿った畳の匂いがこもって息もできない。
押入れに入れていた布団や衣類はすべて濡れて汚れ、扇風機には泥の跡が残り
積んでおいた文庫本は散乱し、足の踏み場もありません。

二階に上がると母が呆然と座り込んでいました。
先に帰宅していた父も憔悴していました。

母によると、夕方5時過ぎから降り始めた雨は瞬く間に強まり
手立てをする間もなく水は室内に入り込み、床上5センチまで上がったそうです。
当時母一人だったのですが、怖いと思う暇もなく
ひたすら物を高いところに上げ、水をかい出したそうです。

コンビニおにぎりで夕食を取ったのですが、喉に通らない。
すべてを明日から始めることにしてお風呂に入ろうとしたら
ガス湯沸し器が故障してお湯が出ず、水でシャワー。夏でもキツイ。
まだ夜9時過ぎでしたが、寝ることにしました。
でも興奮と、大雨の恐ろしさでなかなか寝付けませんでした。


②8/6

罹災後二日間(8/6-7)会社を休みました。朝7時から作業開始。
状況を整理するため、やることリストを書きました。

 ・被害状況確認
 ・保険の手続(家・車)
 ・捨てられるものを捨てる
 ・掃除する

…書くほどのことでもないが、気はすんだ。

壁には地面から50センチほどのところまで泥水の上がった跡がありました。
父に「保険の請求に必要だから写真を撮れ」と言われ
家の周囲を何十枚も撮りました。



この時あまり考えずに短パンTシャツで作業していたので
全身11箇所も蚊に食われ、後で大変苦しみました。

車のドアを開けると、座席の足元には夥しい量の水が溜まり
運転席、助手席、後部座席のすべてから水をかいだしました。
一箇所かい出しただけでも、洗面器4杯は溜まり、大体すんだ後、新聞を敷き詰めました。
エンジンをかけるとゴボゴボという水の音がして、かかりはしたものの
動くか試すのはディーラーに連絡後としました。
対物・対人保険はかけているのですが
風水害にはかけておらず、保険がきかないかもしれない。
二年前の9/1納車だったのでギリギリ保証期間中という一縷の望みにかけていますが…。
(夕方ディーラーがきて車を持っていきました。動くことは動いた)

車の水をかき出していたら10時ぐらいになり、ご近所の片付けが始まりました。
すると妙に馴れ馴れしい山村紅葉似のギョロ目のおばさんが
一軒一軒挨拶していて、私にも声をかけてきた。区議会議員らしい。
次に区の防災課が被害状況を調べるため部屋の写真を撮り
罹災証明の申請書類と見舞金三万円を置いていきました。
その次に保健所が来て消毒薬を二瓶置いていきました。


(200-500倍に薄めて散布消毒する)

冠水したときは保健所が消毒薬散布をやったのですが、今はなくなったそうです。
せめて道だけでもやってほしい…夏だから特に。

昼過ぎに近所に住む祖母と叔母が手伝いにきました。
叔母はかなりおおらかさん(笑)なのですが
非常時は大雑把でも仕事の早い人がありがたい。
片付けにメドがつけば心も軽くなります。

水害を受けた物を捨て、家の前にゴミがどんどん溜まっていきました。
思い出の品が一瞬にしてゴミになるのを見るとつらいですが
捨てるうちになんだか麻痺してきて
被害を受けてない、いらなくなったものまでドサクサ紛れに捨てました。(おい)

母が回収に来た人を見て

 「ゴミの持ち方が慣れてなくてへたくそ」

と言ったので、良く見ると環境庁の下部組織から派遣された人らしい。
通常業務は都の清掃局、非常時の対応は環境庁がやるんですね。
被害翌日の8/6は一日に3回ほど回収にきてくれました。
8/11まで無償で回収・処分してくれるそうです。

片付けの最中も父は保険の対応で電話をかけたり受けたりしてました。
担当者をさんざんたらいまわしされたという。
度重なる地震、風水害で保険会社も忙しいらしいですが
罹災者の立場に立った対応をお願いしたいです。

夕方、東京ガスの担当者が来てガス湯沸かし器を見てくれました。
漏電の可能性があるのでやはり買い替えに。水風呂は続く…。


③8/7

私の家は主な居住スペースが二階なので
比較的被害が軽かったのは不幸中の幸いでした。
多少不便ですが、自分の家で生活できるだけでありがたいです。

ご近所さんは一階の台所が被害を受け、炊事など出来る状態ではありません。
浸水時は床下収納のふたが水の力でもちあがり、ワゴンを載せて抑えようとしたら
それごと倒れて物が散乱し、目もあてられない状態になったそうです。

防災課の方の話によると、
 
 「水は、入ってくる力も強い、が引いていく力も強い」

身を持って実感しました。

濡れた畳を捨てるため、家具をすべてどけました。
水を含んだ畳は非常に重く、気温も高くて大変辛い作業でした。
そして今後、畳をやめて板の間にすることにしました。
作業中も保険鑑定人が被害状況を見に来たりとバタバタしていました。

昼頃に会社から電話がありました。
休みは当初、特別休暇になるはずが、規定に該当せず有休扱いになりました。
ですが課長の配慮で一日は出張扱い(=出勤)となりました。
(罹災による特別休暇は、会社への交通機関が麻痺しないと適用されないという。融通のきかない規定…)
会社の互助会から見舞金がでるそうで、罹災証明と証拠写真と被害額の見積がいるという。
世帯主じゃないと半額しか出ないんですが、もらえるだけでうれしい。

片付けの気分転換に買い物にいきました。
みんな何もなかったように普通でした。
めちゃくちゃになった自分の家が嘘みたいでした。
本当に天災って誰の上にもやってくる。
普通の生活ってすぐに壊れるんだなって思いました。


④8/8

休んでばかりもいられないので出社。
たくさんの方にねぎらいの言葉をかけていただいてありがたい…のですが
会う人会う人に一から説明していたので、会見を開きたい気持ちになりました。(笑)
部署の皆さんからお見舞金をいただきました。ありがたいことです。
(ただこの日、年に二度ある倉庫整理の日だった…休みゃよかった)

片付けも一段落したので、終業後に学校に行きました。気分転換になりました。
学校が終わった後に先生とクラスメイトでお茶をして、店を出たのが10:30。
夜なのにものすごく蒸し暑かった。35℃あったそうです、この日の東京…。
そして帰って水風呂に入り、オリンピックの開会式を見て就寝。


⑤さいごに

罹災後5日経ち、今の時点でやるべきことはすべてやりました。
あとは手配したこと(保険の請求とか、床の工事とか)の始末のみ。
お盆なので職人さんが手配できず、月内に工事が終わればいいかな、という感じ。

今回の罹災は見舞金3万じゃすまないほどの労力と財産の損害でした。
区は下水道工事をして雨水処理能力を向上させてほしい。
自然の力に人間は無力です…。
(この文を書いてる現在も結構強い雨が降ってきて気が気じゃない)

今回良かったことといえば、ご近所の皆さんと顔なじみになったこと。
朝8時前に家を出て、夜10時頃帰る生活ではそんな機会もありません。
ウチの近所は下町なので気さくな人ばかり。
皆さんが頑張ってるのを見て心強かったです。


こんな凹む文を、最後までお読み下さってありがとうございました。

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