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文士とカストリ-林忠彦写真展

2009-12-10 05:32:24 | Art
むかしむかし中学2年の時、国語のM先生に呼び出された。すごく怖いことで有名な先生に。
放課後、誰もいない教室におずおず入っていくと、先生に1冊の文庫本を手渡された。
「これを読んで感想文書いてみないか」「え、宿題…ですか?」
「いや、おれが読んでみたいだけだ。自分が書きたいことを好きに書いていいから」
――文庫本のタイトルは『人間失格』。そのようにして、14歳の私は太宰と出会った。

いわゆる太宰の“はしか”に罹ったのはもう少し先の高校1,2年の時。とりわけ『晩年』が好きだった。
今年は太宰の生誕100年とかで、太宰の写真をしばしば目にする。
中でも有名なのが、銀座のBARルパンで1946年に撮られたこの写真。撮影したのは、
まだ駆け出しだった林忠彦。「俺も撮れよ。織田作ばかり撮って」と酔っ払った太宰にせがまれ、
林は引きで撮るため、バーのトイレから便器に跨って撮ったという。
太宰が椅子に無造作の載せている足には、妻が購入したという47円の配給靴。
煙草を挟んだ繊細な指が妙に印象的だ。太宰はこの約1年半後に 逝った。

林忠彦は、数十年経てなおこの写真が代表作といわれることについて、
写される側の力がいかに強いかを物語る一枚であると述べている。

先日、そんな林忠彦の写真展「新宿・時代の貌-カストリ時代・文士の時代」
@新宿歴史博物館に行ってきた(~12/19)。
これは林忠彦その人(右)だが、本人もただならぬ存在感。
いつも着こなしが贅沢でダンディだった、と植田正治が証言していたが、まさに。


しかしただならぬ存在感といえば、林忠彦の撮った坂口安吾と檀一雄は唖然とするほど凄い。
くちゃくちゃにまるめられた原稿の渦、万年床、山盛りの灰皿、破れた襖、澄んだ眼光―――
まさに“ザ・無頼派文士”。この圧倒的なリアリズムがかえって、
漫画的にカリカチュア化されているようにさえ見える。

安吾の仕事場は妻にも見せたことがなかったらしい。掃き溜めのような聖域に思いがけず踏み込み、
こんな風にきりとってしまう感性。撮るほうも撮られるほうも、やっぱりただものじゃない。
堕落・安吾も火宅・檀一雄もやっぱりだいすきな作家。決して一緒に暮らしたくはないけれど(笑)


こちらは、もはや妖怪のようにも見える内田百。小鳥を愛でる貌がなぜか苦悶系。
百と同じく猫好きな大佛次郎も林忠彦はよく撮っており「作家の中で一番ダンディだった」
と評している。部屋の散らかり具合も安吾や檀一雄と比べると、どこかエレガントだったりする。



佐藤春夫は十代の頃に読んだ「田園の憂鬱」「都会の憂鬱」が何やら退屈で、それきりだったけれど、
彼は太宰や檀一雄にも慕われていた人物。林忠彦いわく、佐藤春夫のことを
「暗闇から出てきたキリンのよう」と評し、邸を「江戸川乱歩の探偵物に出てきそう」と例えている。
確かに写真からは、江戸川乱歩作品に迷い込んだような異様な妖気が。。



「僕が撮ったなかで一番難しい顔の持ち主だった。名声にまだ顔がついていかなかった
といえばいいのか」と林忠彦にいわしめたのは、三島由紀夫。
「もし背伸びしないですむような肉体を持っていたら、ああいう自決の最期も
起きなかったんじゃないか」という見解には、実は私も同感だったりする。



ひとの貌というのは、生まれついての造作より、どう生きてきて、今どう生きているか、が
逃げ隠れできないほど刻印されるものなのだと思う。特に慧眼のフォトグラファーの前では、
どんなに繕おうと、培われた佇まいと瞳の光輝に、虚実のすべてが写りこんでしまうように思うのだ。


文士のポートレートと同時期、戦後の粗悪な安酒を象徴するカストリ時代の写真にも
林忠彦独自の視点が宿っている。1946年、三宅坂の参謀本部跡で撮った「犬を背負う子供たち」に
ついて林は「自分の食いものもろくにないというときに、イヌにたべものを分けてやっている。
こういう優しさを持った子供がいれば、将来の日本はまだ大丈夫だと気を強くした」と述べている。

1947年に高田馬場で撮った「焼け跡の母子」も、やや傾いだアングルに「初戀とは~」の殴り書きと
途方にくれたような母子の後姿が、ネオリアリスモ映画のワンシーンのように強烈な印象を残す。

(以上、林忠彦の写真と「」内の林忠彦コメント引用文はすべて同展の図録より)

新宿歴史博物館の地下展示室の入口には、太宰と記念撮影できるフォトスポットも設けられていた。
一人でじーっと見ていた私に、スタッフのおじいさまが飛んできて「お撮りましょうか?」と
声をかけてくれたけど、もう17歳のはしか娘じゃないので、丁重にお断りしました(笑)


外に出るとすっかり真っ暗になっていた。新宿歴史博物館の向かいの建物の壁一面が
紅く色づいた蔦でびっしり覆われており、暗闇に灯った無数の焔のように見えた。




先週はプチ忘年会的な集まりが幾つか。
週半ば、13年ぶりに復活したという表参道のイルミネーションを縫って
青山のAWkitchen figliaでデザイナーのシンシマさんやまいかさんたちとゴハン。
美味しいイタリア料理を食べるとほんと元気になる。




週末はユミさん&セージさんご夫婦のラグジュアリーなおうちへ。
ここで会う方々はみんな面白い人ばかり。左写真の手前のpucci帽の方は敬愛するオーリエさん。
ユミさんもオーリエさんと同じくインテリアデザインのプロなので、空間もしつらえも心憎いほど
心地よい。ファッションデザイナーのセージさんのドレス作品も初めて拝見。素敵でした。




そして日曜午後は、ちよさん宅でお鍋。ますます猫娘なこなみちゃんにもいっぱい遊んでもらった。
映画ライターたがや女史セレクト抱腹絶倒シネマDVDもあれこれたっぷり観賞。
その感想は長くなりそうなので、追って書きます。


帰りに、ちよさん&みっちゃんの韓国取材みやげのカラフルなお菓子をいただいたので、
翌日さっそくおやつに。穀類の素朴な味わいで、甘さも上品。ごちそうさまでした!

ちなみにこの蓮の葉皿は、盟友えとさんの誕生日プレゼントに選んだものだけど、
あまりに気に入って自分用にももう1枚連れてきてしまったのだ(去年も確かそうだった。。)


こちらはシンシマさんが先日みんなにプレゼントしてくれたBABBIの
BUON NATALE (イタリア語でMerry Christmas) チョコ。おしゃれ&ドルチッシモ!



と、これは最近、近所にオープンした成城石井で見つけた和三盆糖のポルポローネ。
コーヒーと好相性。パープルの蝶の器はレイちゃんにいただいた北欧もの。どっちもお気に入りです。


でもって、こちらは昨日ひだかから届いた贈りもの。シックな古布に付いた猫のひとのブローチと、
彼女の知り合いのカメラマンさんが作ったという在来野菜のタネテヌグイbyかまわぬ。
たまたま昨夜、仕事で加賀野菜や江戸東京野菜などの伝統野菜について書いていたので奇遇!




幾つか原稿を書かせていただいているNODE最新号が発売になりました。
10月末に取材した布施英利さんのアイウエアにまつわるインタビューも面白いのでぜひ。
いわく、「土門拳の写真集『風貌』の中には、壊れた眼鏡の縁をテープで無造作に留めた
細菌学者・志賀潔のアップがあるが、外見など気にしない強さはまさに格好良さの極致」と仰っており、
先の林忠彦の撮った文士たちのポートレートにも通じるものがあると思った。

しかし、布施さんはあらためて藤田嗣治そっくり。そういえばこの時、芸大の授業で使うためとかで
レプリカ骸骨パーツを鞄いっぱいお持ちで、「いま職務質問されたら大変」と仰ってました(笑)



昨日、赤く膨らみつつあったシャコバサボテン(クリスマスカクタス)の蕾が遂に開花!
7年前、取材の帰りに、寒風の中で命の灯火のように赤々と咲き誇っていたこの花に目を奪われ、
思わず連れてきて以来、毎年クリスマスシーズンになると律儀に咲く、というか灯る。
そう、この花を見つけたのは、父が亡くなる前夜だった。


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コメント
 
 
 
散らかった (まきヲ)
2010-05-11 20:57:25
はじめまして。

坂口安吾 散らかった部屋、で検索して、こちらに辿り着きました。

読み応えのある、とてもいいモノを読ませていただきましたので、記念カキコです。

 
 
 
安吾 (LunaSubito)
2010-05-11 21:10:34
うれしいコメント、ありがとうございます!
しかし「安吾 散らかった部屋」で検索して
ここに辿り着くというのも何かのご縁でしょう(笑) 
林忠彦の傑作文豪写真の中でも
この安吾と檀の「散らかった部屋」は、あるいみ
もっともインパクトがある決定的瞬間かもしれませんね。
 
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