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真夏の真空地帯

2010-08-14 05:46:53 | Scene いつか見た遠い空

残暑お見舞い申しあげます。
今夏は海も野フェスもお盆もないまま、都心に引きこもり、ノンストップで取材と原稿の日々。
↑おうちでイタリアのイスキア島を舞台にしたヴァカンス映画『太陽の下の18才』を観ながら、
サンライト・ツイストなヴァカンスを夢想中。。BGMはもちろんこれ
(私がこの曲を初めて知ったのは、ムーンライダーズ「カメラ=万年筆」のカヴァー曲だった)
それにしても、この映画のカトリーヌ・スパークはキュートだなあ。当時まだ17歳だって。



さて、BGMをCHICANEの「Low Sun」に変えてと。

思うに、今年の夏ほど蝉時雨が待ち遠しかったことはないような気がする。
代々木公園など緑が多い所でも7月は蝉時雨がどこか控えめで、パンチが足りなかった。
うちに居てもちゃんと蝉時雨が聴こえるようになったのは、8月に入ってからのこと。
早朝、生まれたての蝉が深呼吸するように鳴き始める瞬間こそ、真夏の醍醐味。



オフのない日々、朝と夜の間に間に見上げた空はいつも、
真夏の真空地帯のようだった。
そこにあるのは、夢と現実が交わる深淵。
同じ空でも、同じ表情に出逢える奇跡はない。







昨夜も今夜もペルセウス座流星群が北東の空に流れているらしいけれど
都心の空は少し曇っていたのと、常夜灯の光のせいか、はっきりとは確認できなかった。
ただ、流れる雲の間に間に瞬く星たちの数は意外と多く、夜が明ける一瞬前には
いわゆる“限りなく透明に近いブルー(by村上龍)”が、星たちを静かに飲み込んでいった。





これは、先日ちづこさんのお友達が撮影したという 虹色に輝く珍しい彩雲の写真。
まるでサンタンジェロにいる天使の羽のよう。目撃するといいことがあるそうです。




台風が日本列島に接近していた日、
浜松町駅のコンコースで猛烈な蝉時雨を聞いた。
「ワルキューレの騎行」のクライマックスみたいな
それはもうファナティックな感じの蝉時雨が、
浜離宮恩賜庭園の方から間断なく。。

左手に東京タワー、右手にスカイツリー、真下に浜離宮が見渡せる某社の絶景会議室で
長時間ミーティングをして帰る頃には、蝉時雨もすっかり静かになっていた。



そういえば、先日取材で行った田町のタワーマンションも絶景だったが
もっと驚いたのはホテルのような吹き抜けロビー。奥にはシックなライブラリーもあり
さらに上層階にはカスケードが流れ、グリーンが生い茂るリゾートフルなラウンジが。。
しかも配置されている家具はすべてカッシーナの特注品だそう。ふしぎバブリー空間でした。




昨日、フラワーデザイナーの方のインタビュー記事をせっせと書いていたのだけれど、
彼女のネットショップに花を注文する人の中には、「愛してるよ」というメッセージ付きの花を
クリスマスに複数の女性に贈る男性もいるのだそう。ひえーっ(記事には書けない)。。
きっとその男の人は何もかも得ようとして、しまいには何もかも失ってしまうのね、永遠に。

取材帰りに見た、灼熱の太陽に焼かれた薔薇たち。
美しいものほど朽ちていく姿は壮絶だけれど、それもまた美の形。






そして今夏も、ワンデイ、ワンアイスクリーム。
注:ハーゲンダッツのビッグサイズはさすがに1日では消費しませんので、念のため。
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摂氏35℃の色即是空

2010-07-28 11:59:47 | Luna もの思う月

寝入りばな、窓にぬうっと現われた金色の満月と目が合って、
思わず「ひっ」と小さく叫んだ。
とっさのルナティックな瞬間。

ついこの前まで、日暮れとともに こんな透き通った
生まれたての三日月が出ていたというのに。



先週、銀座と新橋で見上げた月は、まだ猫の瞳のようなアーモンド形だった。



地球上で火山爆発があった年は、空が美しく澄むのだとか?
真偽のほどは分からないけれど、確かに今年はボルケーノ騒動があったっけ。
ともかく、今夏は連日の澄んだ夕映えを観るのが楽しみでしょうがない。
近くの陸橋で夕空を撮っていたら、「わぁ」と通りすがり女の子が眩しげに溜息をもらしたり
「おっ」とおじさんが立ち止まって携帯で撮影したり。今夏の夕空には不思議な魔力が宿っている。

キムナオさんにデジカメ写真を見せたら、「フォトショップで画像修正してる途中みたい」と(笑)
確かに 刷毛でサッと描いたみたいな暮色や、イレーサーで消すのをミスったみたいな夕雲が。。
でも、もちろん画処理は一切なく、まんまの夕映えです。



またどかんとブログに間が空いてしまったので、例によって近況をさくっとプレイバック。

まずは、先日みっちゃんと「ちいさな薬膳料理教室 鳥の巣」を主宰している
鳥海明子さんご夫妻のおうちへ。

和のしつらえが心地よい部屋の窓から見える夕景色がしだいに濃く染まっていくなか
振舞っていただいた手料理の数々は、暑さにふにゃっとなっていた夏の身体をはっと目覚めさせ、
五臓六腑にしみじみ沁みこんでいくような絶妙な風味食感だった。ご馳走さまでした!
こんなに愛情深い料理を魔法のようにささっとできる奥さん、私も欲しいかも!


こちらは先週末、近所のSPBS(渋谷ブックセラーズ&パブリッシング)で行われたトークイベント
「動き出した電子書籍『AiR』、その表も裏もぜんぶ話します」の模様。
作家の瀬名秀明氏、桜坂洋氏、北川悦吏子氏などなどのぶっちゃけ話、なかなか面白かったです。

紙媒体と電子書籍は決してヴァーサスではなく、いい意味で棲み分けていくのだろうな
と改めて確信。どっちかだけにこだわっていても 楽しい未来は拓けないはず。


その翌日、軽井沢から日帰りで来ていたSTUDIO TORICOのキムリエさん&キムナオさんと
ご近所のNEWPORTへ。トリコチームと話していると仕事の話もほんと楽しい。
バックにホルガー・チューカイやアート・オブ・ノイズやトーキング・ヘッズや
マイケル・ナイマンの「ZOO」サントラがかかっていたりして、風景が一瞬にして80sに。
あ、STUDIO TORICOでは、先日取材した「モールトン展」の本も鋭意制作中なのでお楽しみに!


7月は取材集中モードなのだが、いろんなインタビューの中でもとりわけ印象深かったのが
中央大学名誉教授の小山田義文先生と、南方熊楠 顕彰会理事の田村義也先生。
小山田先生の著作『世紀末のエロスとデーモン』は取材内容とは直接関係なかったけど
86歳にしてなお、花のエロティックな暗喩について嬉々と語る教授にしびれました。
また、南方熊楠研究者の田村先生による熊楠像や、エコと熊楠を巡る緻密な検証も大変興味深く。

で、数年ぶりに 水木しげるの『猫楠』を書棚から引っ張り出してきて読み返したのだけど
天才なんて枕詞をつけるのが気恥ずかしくなるほど人間離れしているね、熊楠も水木しげるも。



仕事の間隙を縫って、銀座のギャラリーGKで開催していた「本多廣美作品展」(写真右・中)と
ギャラリー小柳の「須田悦弘展」にも行ってきた。全然毛色は違うけど、前者は木版画、後者は木彫と
どちらも木を自在に操るアーティスト。本多さんは不思議な幻想譚の挿画のような世界観が魅力。
須田さんは楚々とした草花そっくりの木彫による利休的インスタレーションが心憎い。

そして昨日は馬喰町のオーガニックカフェ ハスハチキッチン(左)で超ロングミーティング後、
「馬喰町ART&EAT」などをオーリエさんと散策。昭和レトロな雑居ビル特有の
昭和的モダニズムを活かしてリノベーションされたお店やギャラリーは、
アンティークのあしらいがいちいち巧いなぁ。



そういえば、故ニキの月命日前夜17日、
たったいま生まれたばかりのようにつややかな漆黒の翅をひらめかせて私を先導する
麗しいカラス揚羽に出逢った。
ふと、かつてニキを動物病院に連れて行った時、眼前をふらふら横切っていった
枯葉のようにぼろぼろのカラス揚羽のことを思い出した。
おわる命とはじまる命、それぞれの瞬間。

                      ↑熊谷守一の〈鬼百合に揚羽蝶〉

7月20日は高校時代からの盟友みるの10回目の命日だった。
その日の空も、彼女が大好きな深い深いブルーだった。
その青はやがて、潤んだ緋色の空へと吸い込まれていった。
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モールトンと猪熊弦一郎

2010-07-11 19:14:04 | Event

子供のころ、母の差す日傘の影から少しも身体がはみ出さないように注意深く歩きながら
この傘の下は「別世界」だな、と思ったことがある。
灼熱の世界から自分を庇護してくれる、小さな影の魔法。
何かのかたちで、自分がそんなささやかな傘みたいなものになれたら、と夢想する。

と、近年は“どこでも日蝕”みたいな遮光率99.9%の日傘ばかり使っていて、何か風情が足りない。
ふと、クローゼットにずっと眠っていた昔ながらの白い日傘をそっと開いてみた。実に5、6年ぶり。
瞬間、傘の下に「別世界」が広がる。 よく見ると、レースの生地に、故ニキの懐かしいほさ毛が…。
思えばニキの黒い三角耳のシルエットも、触れると瞬時に「別世界」へといざなう存在だった。



ここのところ取材や打ち合わせが瞬間風速的に立て込んできたうえ、
いよいよ佳境のW杯観戦続きで、またブログ更新がすっかり遅れてしまった。
例によって、ざっとプレイバック。


この2週間ばかり、恵比寿や代官山に行く機会が多く、旧山手通りをしばしば自転車で往復した。
その道すがら、どうしても気になるのが、この辺りの瀟洒な一角には珍しい、
妙にだだっ広い更地に 日々すくすくと緑を増殖させている植物の存在だ。


正体はひまわり。どうやらここに、壮大なひまわり畑を計画している人がいるらしい。
満開になったあかつきにはデ・シーカの「ひまわり」みたいな様相を呈するのかと思うとわくわく。
もし何かの建設予定地を利用したお遊びなのだとしたら、実に粋なはからい。
いっそこのままここを花畑にしてくれたら、もっと素敵かも。


そのひまわり畑の並びにあるヒルサイドテラスで、6/29~7/4「モールトン自転車展」が開催された。
キムリエさん&キムナオさんの運営するSTUDIO TORICOで今展の図録を制作することになり、
私も関係者の取材で何度かお伺いした。


キムナオさんことフォトグラファー木村直人氏が撮影したモールトン写真を
ベースにしたイベントポスターも、非常にアーティスティックでした。

ちなみにモールトンとは、英国生まれのアレックス・モールトン博士が開発した
工学的にも芸術的にも傑出した自転車のメーカー。一見、ゆるいお洒落自転車のように見えるけれど
時速80km以上出るタフさと、エレガントなルックスが同居したちょっと別格の自転車なのだ。


ヒルサイドテラス前の駐輪スペースには、いつにも増して自転車がずらり。
当然ながら、モールトン率高し。マイ ビアンキは、とても肩身狭し。。
会場に入ると、新旧あらゆるマニアックなモールトンのミュージアムのようだった。


牧歌的なカゴをのっけても、小径ホイールだから美しくおさまる。

これは、今年で90歳になるアレックス・モールトン博士と、博士の住まい兼ファクトリーのあるお城。
撮影by木村直人氏。キムナオさんのモールトン城の見事な写真の数々はこちらをcheck!



‘60~'70年代のモールトンの広告も、レトロフューチャーな感じでいいなぁ。



モールトン博士のサスペンションは、オースチン・ミニにも使われている。イラストby寺田克也。

ちなみに、寺田克也自身も、宮崎駿男や大友克洋、鳥山明も熱烈なモールトン愛好家なのだとか。
オーガニックなSFファンタジーな世界観とモールトン、なにか解るよな気もする。。

STUDIO TORICOではモールトン展の図録を鋭意制作中なので、お楽しみに! 



モールトン展最終日の7/4は、オペラシティで開催していた猪熊弦一郎展の
最終日でもあったので、夕刻、キムリエさんと初台に滑り込み。


会場は、谷川俊太郎の「こどもの ころから えが すきだった いのくまさん おもしろい えを 
いっぱい かいた」という一文で始まる絵本の中に分け入っていくような展示がなされており、
猪熊さんの絶妙な筆致と色彩感覚、ワンダーチャイルドな世界観にとっぷりと魅了された。




少し遡るけど、キムリエさん、レイちゃん、カッシーとも、久々に集合。
ルナスービトも加えて頭文字をつなげると「リルレカ」。アヒルストアでわいわいした後は
みんなでうちに流れ、さくらんぼなどつまみながら朝までリルレカゆるトーク。




七夕ウィークは、ベランダジャングルから笹をわさわさ伐って、花瓶に活けてみた。
短冊はあえて下げず、心のエア短冊に思いを込めて。




先日、石川啄木生誕100年記念本「風紋」に続き、今年2月に極寒の盛岡を取材した「望郷」も
無事完成したので、新宿での打ち上げに参加。この面々でまたお仕事できると楽しそうだなあ。
…と、お店に向う途上、東口の一角で、路上パフォーマンスに遭遇。

ネクタイもジャケットも跳ね上げたまま、このポーズでずっと静止していた。すごい筋力!
‘90年代にアート界を一世風靡したローバート・ロンゴの「Men in the city」を思い出した。




先週は間隙を縫って「セラフィーヌの庭」の試写会にも足を運んだ。
家政婦をしながら画を書き続けた老嬢の凄まじい芸術的衝動に眼を見張りながら、
記憶の深海から立ち上ってくるような憧憬を覚えた。最近観た映画の感想は今度まとめて書きます。
と、帰りに通った有楽町のとあるガード下には、古い映画のポスターがわざと
すたびれた感じで貼ってあり、昭和の映画セットみたいな空間になっていた。




昨日は、素敵なマダム千鶴子さんのお誘いで、狂言を観て来た。演目は「越後狐」と「附子(ぶす)」。
お茶目でよこしまな応酬が渦巻く室町コントで暑気払い。演じたのは人間国宝 野村万作さん他。
Tweetにも書いたけど、狂言のツボは、おばかなボケツッコミとオフビートな笑い。
神奈川県立音楽堂には初めて訪れたが、モダニズム美学が随所に溢れた実に好みの空間だった。
コルビュジエっぽいなあと思い、帰って調べてみたら、前川國雄の1954年作品だった。やっぱり。


この日、よく見ると、千鶴子さん(写真左奥)とミュールが酷似!訊けば同じデザイナーの品でした。
さらに千鶴子さんと 彼女の幼馴染まりこさんは、髪飾りと指輪がまったく同じで、
しかも指輪はつけている指まで同じだった! すごい奇遇の連鎖。


帰り、渋谷駅前でドクター中松の名をノリノリ連呼するテクノな選挙カーと鉢合わせした。
スクランブル交差点を渡る人々の足並みもそれに合わせてタッタカ ハイスピードになっていた。

さて、ほんじつ、せんきょ。これから雨夜のお散歩がてら、投票に行ってきます。


今夜は選挙速報もだけど、本丸はW杯決勝。
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ハーフタイムの朝焼け、菖蒲、TUTTO NERO!

2010-06-26 22:58:57 | Scene いつか見た遠い空

6月25日未明、ハーフタイムにはっと目撃した一瞬の朝焼け。すがすがし。
夏至ウィークの今週は、朝夕なんども薔薇色の空に出逢った。



先週は、明治神宮御苑の菖蒲田の花菖蒲がやっと満開になったようなので観に行った。
今年は例年より遅咲きだったよう。緑陰のしじまに広がる濃淡紫のたおやかな点描。



閉園間近の夕刻、都心とは思えない鬱蒼とした林は人影もまばらで、
木陰からきらきら覗く夕陽と、翠風にそよぐ葉ずれの音がおそろしく快かった。

清正井は昨今のパワースポット人気で見学規制されていたので、遠慮した。
花菖蒲も清正井の湧水を得て毎夏咲き誇っているわけで、
このみずみずしい花々の息吹を身近に感じられれば十分かと。


林の途上にキノコ発見。

明治神宮にも久々に立ち寄った。ここの境内で私が一番落ち着くのは、
この夫婦クスノキの大木のぐるり。



かわいい巫女さんも パパラッチ。

参道にはなぜか 仏ブルゴーニュから贈られたというワイン樽がごろごろ。
明治天皇がハイカラ趣味で葡萄酒がたいそうお好みだったからとか。
その向かいには日本酒樽もごろごろ。なんだか神妙にして豪気な参道。

それにしてもこの参道の砂利道をじゃりじゃり歩くと 決まって小学1年の遠足で
ここに来た時のことを思い出す。刺繍入りパフスリーブのシャーリングブラウス&
若草色のホットパンツにおかっぱ頭で(遠い眼)。。。


帰りは代々木公園をお散歩。
この日に限らず、ここのところ旺盛な植物から立ち上る香気に吸い寄せられるように
出かけると必ず代々木公園に寄り道している。薔薇はピークを過ぎたけど、まだまだ香り高いし。




紫陽花はただいま絶賛開花中。




公園の周囲にも、路傍のニッチな溝にも、雑多な工事現場にも、花と虫がしたたかに横溢。




あ、うちのベランダのクチナシも開花! この小さな花がひらくだけで馬鹿みたいに心ときめく。
クチナシ特有の濃厚クリーミィな香りが、子供のころからすきですきでたまらない。




週末はみっちゃん、まいかさん、ちよさんと久々に谷中の猫カフェ29へ。
猫さんたちが思い思いに闊歩する中で美味しい時間。

帰り、「のみすぎるにゃ」と猫さんたちにたしなめられ、反省。



W杯はあっという間に16強が決まった。前回決勝まで残ったフランスとイタリアはあっさり消えた。
とくに今回のAzzurriは、リッピがイタリアにFantasiaを忘れてきたから仕方ないのかなぁ。。
翌日のガゼッタ・デッロ・スポルトの一面に極太文字でどーんと踊っていた見出しは
「TUTTO NERO!(ぜーんぶ真っ黒!→お先真っ暗)」。
Azzurri(青ユニ)へのいかにもイタリアらしい辛辣な皮肉と罵倒。
4年前の天国から、地獄へ。カルチョの神様は、ジェラートのように甘くはない。
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夏至の赤い空、POST FOSSIL、マグナムサッカー

2010-06-23 02:27:48 | Scene いつか見た遠い空


夏至の黄昏時、まだ明るかったけど、ふと夕陽の熟れた匂いを感じ、PCを消してお散歩に。
日の傾きかけた通りには、梅雨の晴れ間に遊ぶ 生あたたかく湿った空気。
ふらりと立ち寄った近所の神社には、早くも茅の輪がお目見えしていた。


と、鬱蒼と生い茂った杜の参道に、黒や白のふわふわした塊が、勢いよく転がる鞠のように
いくつもぽんぽん飛び出してきた。…ワールドカップの観過ぎ?と思いきや
まだ生後2か月ほどの仔猫たちだった。そのあまりに無邪気な仕草とまなざしが
たえまない水しぶきのように私のまわりを跳ね続ける。
そのうちに母猫とおぼしき白黒猫が毅然と現れ、じっと私を見つめた。


夏至の夕刻の真空時間。なぜだか、不意につっと落涙。
振り向くと、木々の向こうに見える空が真っ赤だった。




帰途、またもや足下に素早く動く気配を感じて立ち止まると、今度は蛙くんだった。
実は蛙はたいへん苦手なのだけど、「だるまさんがころんだ」みたいに微動だにせず、
石に擬態している姿はなんだか憎めなかった。(この蛙くんの種類、わかるひといますか?)


ちなみに筑波に住んでいた学生時代、夏は毎晩のようにガマ蛙の輪唱を耳にしていたにも拘らず、
4年間ただの一度もその姿を拝むことはなかった。それにしても、懐かしいな、無数のガマ蛙たちの
無限アンサンブル。。。あれは、スティーブ・ライヒも顔負けの深遠さだった。


お散歩ついでに買い物しようと立ち寄ったスーパーマーケットの軒先に、今年も登場した鈴虫くん。
バーコードシールによると、「やさい」扱いらしい。餌は確かに胡瓜だけど。。
2匹で980円。佐藤錦より安価なり。

りりりりり・・・



少々遡るけど、先々週、雨上がりの週末、久々にレイちゃんと白金のクーリーズ・クリークへ。
流しに扮したあがた森魚さんが、クール5から松田聖子、ロネッツまで、カバー曲満載の熱唱LIVE。

ちなみに あがたさん、先週の日曜は渋谷で鈴木慶一氏とLIVEだったよう。
ふたりで何を歌ったのか、すごく気になるところ。



アポイントが妙に立て込んだ先週金曜、間隙を縫ってミッドタウン 21_21 DESIGN SIGHTで
開催中の「ポスト・フォッシル:未来のデザイン発掘」展へ。

↑安藤建築は、夜見るとこのままゴボゴボッと地中に格納されるように見える..。


↑これは展示作品の一つ、日常手にするさまざまな印刷物を色別にリサイクルした
ナチョ・カーボネルの一人用椅子、ベンチ、ラバーズ・チェア。

アート、デザイン、消費文化の関係性からトレンドを徹底分析し、次代の価値観を引き出す
トレンドクリエイターのリー・エーデルコートがディレクションした今回の企画展。
さまざまな価値観や既成概念が崩壊しつつあるいま、“デザイン”の根源に回帰することを促す
非常に興味深い内容だった。自然のエレメントやマニファクチュアな感触、オーガニックで泥臭い造形、
ただ研ぎ澄ますだけじゃないプリミティブなゆるさ、無骨で無垢な生きものの体温――

あくまでも私見だが、アートもデザインも、自然に勝る造形はないという大前提を受け入れた
瞬間こそが出発点なのだと思う。自然は凌駕する敵ではなく、共存・共鳴する仲間なのだと。
皮肉でも嘆息でもなく、こんな企画展を あのポストモダ~ンな’80年代に目撃していたら
人々は、私は、いったいどんな感想を抱いただろう? としみじみ思った。

「ポスト・フォッシル:未来のデザイン発掘」は今週6月27日まで。おすすめ。



先週末は、二夜連続で恵比寿のアイロンママさんにてがっつり校正だった。
土曜は帰りに、前日にミッドタウンで落としてしまったサングラスを回収しに乃木坂に迂回。
ちょうどW杯の日本×オランダ戦目前だったためか、ちょこんと覗いた東京タワーが
青くライトアップされていた。あ、“サムライ ブルー”っていうの?

原宿を突っ切って帰る途中、表参道はキャンドルナイトの真っ最中だった。
所々にほのほの灯る焔に、ついつい引き寄せられてしまう夜光虫のような性分の自分。。
やっと帰宅すると、マンションの駐車場に黒猫発見!悠々と毛繕いするさまに見入っているうちに、
じーん。。そんなわけで、自室に落ち着いた時には、既にハーフタイムになっていた。



猫といえば、先日えとさんにいただいたこの黒猫のキーホルダー。頭のスイッチを押すと
瞳がピカッと青光って、「みゅあ~んみゅあ~ん」と、たいそうかわいい仔猫声で鳴くのだ。
しかし、これがミッドタウンのトイレで不意に鳴ってしまった時は、周囲がぎょっとなって焦った。。

と、ミッドタウンで無事に回収したのが、この愛用サングラス。かなりぼろぼろのJILL STUART。
右目の下にいる猫は、いろんな所を一緒に旅してきた旅友。迷子猫さん、みつかってよかった!



6月半ば、FIFAワールドカップが始まった。
日本人だから日本を応援するというナショナリズム魂はもとよりないし、
個人的には、AZZURRIが4年前にまさかの優勝を遂げた瞬間、
「明日のジョー」の如く燃え尽きて灰になってしまったし(笑)、
今年のファンタジスタ無きAZZURRIには萌えられないし、フランスにもジダンはとっくにいないし
…というわけで、当初は冷静だったのだけど、始まってしまうとやっぱり面白い!

「人間が守るべき道徳と義務について私が認識している全ては、サッカーから学んだ」
アルベール・カミュ

たしかにあのわずか90分のゲームには、さまざまな哲学や美意識が凝縮されている。

久々に、愛書『マグナムサッカー』(2006年 ファイドン刊)を開いてみた。
マグナム・フォトの写真家たちによる珠玉のサッカースナップ集。
といっても登場しているのは無名の人々ばかり。



写真集の表紙は、ハリー・グリエールが1998年にカメルーンのカトリック布教区で撮影したショット。
同じくカメルーンのコムトゥでハリーが撮ったこの一枚に、私はなぜかとても惹かれる。
ここに写っている少年たちの姿に、カメルーンのアイコンであるエトー選手が重なる。

今大会のカメルーンはのっけから日本に負け、グループリーグ敗退が決まってしまった。残念。


これは、同じく『マグナムサッカー』に載っているポール・ロウの作品。
1994年、南アフリカにあるネルソン・マンデラの生まれた村クヌの風景。
一見、南イタリアにあるアルベロベッロのトゥルッリのような形態の家と、
牛糞を丸めたような小さな球に群がる少年たちの対比が鮮烈だ。

開催国の南アフリカも、ついさっきフランスと共にグループリーグ敗退が決まった。残念!


「さあ、若者よ 服を脱げ 身をさらせ たとえ荒天であろうとも 
 たとえ不運にして その身を野に伏すことになろうとも
 人生には ヒースの荒野に倒れるより悪しきこともある
 それに 人の人生など サッカーの試合に過ぎぬゆえ」
 ―――サー・ウォルター・スコット
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小さなギャラリー巡り

2010-06-11 19:12:26 | Tokyo 闊歩・彷徨・建築探偵

↑今週は、なんだか こんな気分だった(どんな気分だ)。 
 かわいい絵はⓒぴかぴかの1年生、りんちゃん。
 

さて、ぱたぱたしている間に、ベランダの枇杷がめきめき色づいてきた。


種を蒔いて(実を食べて棄てて)から11年目の結実。烏に食べられる前に収穫したいのだけど、
朝一番の陽光を浴びて金色に輝く果実を もう少し窓から愛でていたい気がする。


南西側のベランダに生い茂っているグミの木も、よくよく見たら赤い実が数粒なっていた。
ニキが逝ったときになって以来、2年ぶりの結実。たまに来るメジロさん、おやつにどうそ。


枇杷もグミも、咲くのは極めて地味な白い小花。でも、それがいつの間にか ある日こんな風に
赤や黄のぷくぷくした実になる。理屈では解っていても、不意に見つけるとほんとわくわくする。
森羅万象に ありがとう! と思う。



先週は、幾つかの小さなギャラリーに訪れた。
まずは、目白の一角に佇む風雅な古民家ギャラリー「ゆうど」で行われた
フード×版画×器のコラボレーションによるOne Dayイベント「幸せのカタチ」展。


目白通りから一寸入っただけで、別世界のような佇まい。庭にはご近所猫の姿もちらほら。
左にいるのは、イベントに誘ってくれたフォトグラファーのみっちゃん。


おうちの中も、ほんもの昭和な香り。なんとなく『阿修羅のごとく』を思い出す。
版画作品を展示していたのはイラストレーターの平岡瞳さん(左の方)。
作品集も見せていただいた。独特の構図感覚と温かみのある感触にとても魅かれた。



中では古本の出張販売もしていたので、みっちゃんと物色。なかなか出物が多い。
私はモラヴィアと開高健の文庫本を入手。どっちもタイトルが“ずばり”すごいね。

Gデザイナーの平野甲賀氏など面白い方々がちらほらいらっしゃる中でも異彩を放っていたのが、
SPAにも連載していたことがあるという漫画家 井上ポルノ氏(右)。超シュールな自著
「Oh,No! なんね〜」を、このあと編集者の方々と下北沢に手売りしに颯爽と向われました。


さて。この日のお楽しみは「ちいさな薬膳料理教室 鳥の巣」を主宰する鳥海明子さん(左の方)の
美肌の薬膳ランチ。繊細な味付けのお惣菜の一つ一つが医食同源思想に結びついている。
あたたかみのある器は、陶芸作家 古川まみさんの作品。


陰陽模様の丼の正体は、ご飯の上のとろろとモロヘイヤ。
ごちそうさまでした!


おまけ。
窓辺から見えた黒猫。みっちゃんが目敏く発見した。
え、どれかわからない?


ZOOM  アップにしても、まるまった黒猫ってロシアの帽子みたいにしか見えないかも。

でも 不意に出逢う黒猫は、どんなときでも嬉しい哉。



古民家ギャラリーを出た後はみっちゃんと別れて目白通りをてくてく。
せっかくこの界隈に来たのだからと思い、前々から行ってみたかった佐伯祐三のアトリエ跡へ。
聖母坂通りから小路に入り、住宅の密集した一角にそれはあった。全然知らなかったのだけど
ちょうどこの4月に「佐伯祐三アトリエ記念館」として開館したらしい。

↑筆致のみならず容貌もシャープな佐伯祐三。


1921年(大正10)に同じ画家である妻・米子とふたりの新居として建てられたアトリエ住宅に、
祐三は家族で渡仏する前の2年間と、1926年に帰国して再び渡仏するまでの計4年ほどしか
住んでいない。そして、わずか30歳にしてパリで客死。愛娘も数日後に同じくパリで病死。

曇り空から仄かに染み出してくる 昼下がりの薄陽を湛えた大きな窓を見上げながら、
2つの遺骨と共に帰国し、1972年に没するまでここに住み続けた米子夫人の
小さな溜息が聞こえたような気がした。


佐伯祐三はここに住んでいた短い期間に、「下落合風景」と題した一連の風景画を残している。
パリ時代の傑作の影で評価も分かれるようだけど、東京郊外の田園から新興住宅地へと
変りつつあった当時の下落合界隈のとりとめのない風景には、独自の美意識を感じる。

それにしても椎名町から目白、下落合界隈って、当時の文芸の士が集う文化村だったのだなあと
改めて。個人的にもいろいろ思い出深いエリアなので、界隈を散歩しながら、しばし じーん。




さて、下落合から今度は西武線で下井草に向かい、ギャラリー五峯で開催していた恒例の
浩江グンナーソンの北欧アンティーク 初夏のフェア」へ。
相変わらず希少なテーブルウエアやテキスタイル、刺繍、レースなどなど
心ときめくアンティークの宝庫! クリアで清々しく、涼しげなのに温かい。






続いては、ファーブル博物館。
行ったのは私ではなく、昔、種村季弘氏の取材でお世話になった川口さん。
エアメールによると、南仏のファーブル博物館をはじめ、あのシュバルの宮殿に
アルチュール・ランボーの生誕地などなどを巡ったそう。なんて理想的なスポッツばかり!




先週は友人たちから素敵な贈りものをいろいろいただき、お誕生月間のありがたみをしみじみ。
と、これはえとさんからの贈りものに忍ばせてあった「筑波大学新聞」。
思うに、私たちが学生時代にはまだこんなのなかったような?
で、うけたのが、学生の生活に「喝」を入れるこんな特集記事。
「自転車」「宗教勧誘」「酒」「心」が挙がるあたり、いかにも。変ってないのねー、今も昔も(笑)


今日からワールドカップだけど、学生のみなさん、
くれぐれも飲み騒ぎすぎてこんな体位で介抱される羽目になりませんように。。


☆さいごにおしらせ。

先日取材した松岡正剛氏のインタビュー記事などなどが掲載された
「Kanon vol.19」が発売になりました。
土門拳の大特集です。土門ファンの方、必読ですよー。

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サイクルダイアリー@軽井沢 新緑編

2010-06-04 09:42:23 | Travel 国内外猫の目紀行


目覚めたら、鳥たちのさえずりがこだまする木立の中に居た。


寝ぼけまなこで、緑の眩しい光線が差し込むウッドデッキのテラスを歩く。
前夜は星野温泉の露天風呂でとろとろになったので、身体が軽い(露天にカルガモもいた!)。
すぐ近くでウグイスがホーホケキョッ。生まれたての雛なのかな、ケキョケキョッって、練習してる。


そう、先週末は軽井沢に 逸楽の逃避行。
東京とはあきらかに分断された、長閑な時間。
キムリエさん&キムナオさんのおうちSTUDIO TORICO で迎える朝は、今年2度目。
前は極寒の2月だったので、庭も雪に覆われ、周囲の木立も氷の世界だったけれど、
今は旺盛な花と緑の浄土! キムリエさんに案内してもらいながら庭の花々をパパラッチ。

なんだかふと、何十年後もキムリエさんと一緒に
きゃふきゃふ山野草を愛でてまわっている様子が目に浮んだ。
ほんとにそうだったら、いいな。


つやつや伸びるゼンマイや、ぷっくり膨らんだ山芍薬の蕾のさなかに、
‘60年代のイタリア映画でしかお目にかかれないような とっぽい車を発見!
噂に聞いていたキムナオさんのもうひとつの愛車 FIAT124ピニンファリーナ・スパイダー。
若き日のマルチェロ・マストロヤンニがローマのヴェネト通りとかで乗り回してそう。。



この日は晴天。絶好の自転車日和。東京より少々肌寒かったけれど、自転車を漕いでいると
身体がぽっぽしてくるので、かえって好都合。野鳥たちやテントウムシ君に見送られ、
いざ自転車3台連ねて軽井沢サイクリングに出発♪



まずは、あさま山荘事件のあったレイクニュータウンに向う途上にある、
キムリエさんたちおすすめの喫茶店ばおばぶへ。水辺に佇む緑陰のロケーションは恐ろしく心地よい。
しかも、’80年代の「別冊 太陽」や、'70年代末の「ロードショー」や「スクリーン」が
なにげにどっさり置いてあって、泣ける(表紙がテイタム・オニールとか故ファラ・フォーセット!)。


そこから今度は軽井沢高原文庫のある一角までぶーんと疾走し、
有島武郎が「生まれ出づる悩み」を執筆したという浄月庵(三笠から移築)もチラ見。
彼が心中したのも、5月の軽井沢だった。

「生まれ出づる~」を読んだのは高校時代。
当時、白樺派には傾倒しなかったのだけれど。


旧軽井沢に向う道すがら、雲場池にも立ち寄った。
木立の奥に鏡のようにつややかな池が広がっていて、胸がすくほど清々しい。
ちょっと上高地を彷彿。




なんと、蛇くんもにょろり!

ぱしぱし接写していたら、三脚を持ったおじさまに「あなた怖くないの?!」と引きつった顔で言われた。
案外かわいいですよー。幼児期、動物図鑑が愛読書だった私は、蛇の頁もフェイバリットだったのだ。
といっても、パイソンのバッグや財布などはぞっとするほど苦手だけれど。


旧軽井沢通りを抜け、さらに木立を行くと、明治創業の「万平ホテル」に到着。
箱根宮ノ下の富士谷ホテルを思わせるレトロなメインダイニングも素敵なり。
資料館には、かつて使用していたバスタブの猫足もいろいろ展示されていた(猫足萌えなもので)。



1952年5月の宿帳には、三島由紀夫のサインが!
「美徳のよろめき」も、万平ホテルを舞台に書かれたのだとか。

「美徳~」も高校時代に読んだが、白樺派より断然好みだった。
背徳的なよろめき女子高生だなぁ(頭だけね)。


帰途、キムリエさんおすすめの女街道をひた走り、
昭和の香りがする「珈琲テラス 街道」前に自転車3台止めて、ひと休み。


キムリエさん&キムナオさんの自転車はモールトン。私も試乗したけど乗りこなせず断念。
ちなみにキムナオさんはモールトン博士を撮影したこともある。その写真がまたいいのだ。
(今月末には代官山のヒルサイドテラスでモールトン自転車展も開催予定だそう)

私はアップダウンで太腿じんじん、このとき既に全身よれよれ状態。。

'70年代当時のままのしつらえがたまらない喫茶店内で、
庭で収穫したというブルーベリージャムを惜しげもなくかけたアイスクリームをいただきながら、
店主のおばあちゃんに昭和の軽井沢史を地で行く話をいろいろ伺った。

若い頃は美智子さんと皇太子がテニスをする姿をうっとり眺めていたものよ、とか、
浅間山が噴火した時は川の字になって寝てたら 窓硝子が全部吹っ飛んじゃって驚いたわよお、とか、
あさま山荘事件の時はおっかなかくてたまらなかったねえ…などなど。
写真がお好きじゃないとのことだったので撮影は遠慮したけど、ほんといいお顔だった。

お店の入口や裏の庭にはスズランやサツキをはじめ、
オオデマリ、オダマキ、イチゴなど百花繚乱だったので見せていただくと、
花を幾つかさくっと抜いてお土産にくださった。ありがとうございます!




軽井沢で過ごした時間は、またもや命の洗濯だった。新緑にいのち洗われる快さ!
生まれたばかりのやわらかな若葉の匂い、鳥たちの甘いさえずり、毅然と潔い翠の風。
3人で自転車を連ね、凛々と生い茂る木立のラビリンスをびゅんびゅん疾走しながら、
心に積った澱や瘡蓋がみるみる剥がれていくのを感じた。


いただいたスズランとオダマキ、ありがたく部屋に飾っている。可憐!
オオデマリはニキキに飾っていた黄色いピンポンマムと一緒に挿した。



今も目を瞑ると、緑のパースペクティブが視界を果てしなく走っていく。
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ニキキと月と金魚まつり

2010-05-31 11:09:00 | Scene いつか見た遠い空
混沌、憔悴、再生、光輝、漸進…もろもろ、変速的な目まぐるしさでわわっと押し寄せ、
ブログ更新がすっかり間延びしてしまった。今週はたまった分を順次アップしていきたいな。


先日、ベランダでこんなハート形に合体したオリーブの葉っぱを発見!
なんてラブリーなの。


先週は折りしも満月ウィーク。思いがけずいとこの旦那様から、
こんなファンタスティックな月の画像が届きました。
先日5月16日のミラクルな金星と月のランデヴーショットと、珠玉の満月ショット。心底じーん。
携帯×双眼鏡でこんなクリアに撮れるんですね。ありがとうございます!!

fly me to the moon♪



金星と月のランデヴー明け、5月18日は、ニキキこと愛猫ニキの二回忌だった。
とてもおだやかなサツキ晴れ。今年もかつてニキの居た所に百合(ソルボンヌ)を活けた。
懐かしい香り。 2年前のはり裂けるような思いが嘘のように、穏やかな時間。

在りし日のニキと百合

かけがえのないものが消えた後に初めて、永遠に失われないものの本質を知る。
その失われないことこそが、原石のような現実であり、永遠にとけない魔法でもあるのだと思う。



ニキキ当日は、ニキの幼年期をよく知るひとと銀座でランデヴー。
ニキが狂喜しそうなお鮨をご馳走に。お刺身を食べると決まって見せたニキのキラッキラした
大満足顔が眼裏に懐かしく浮んだ。 懐かしい時間は、現実の時間と確かに繋がっている。
ふわふわ くすぐったいほどに。

ニキキナイトは蜜蝋キャンドルを灯して追悼。
プロコフィエフとショスタコーヴィチの琴線をゆさぶる弦の旋律に
たぶんニキも耳を澄ませていたと思う。


翌朝、キャンドルから垂れた蝋が三日月形にかたまっていた。
空から月が堕ちてきたのかと思った。





5月23日は小雨降る中、ご近所 代々木八幡宮の「金魚まつり」にふらりと。
正式名称は「五社宮祭」なのだが、金魚を飼うのが流行っていた大正時代には
金魚売の多かったこのお祭りを「金魚まつり」と呼び親しんでいたのだとか。


雨の中で金魚を眺めると、自分も一緒に泳いでいるような気がする。


参道でちょうど金魚みこしをかついできたお子様たちと遭遇した。
フードすっぽりかぶっちゃって、かわいい。
そこへ神主さんがたたっと現れ、お子様たちにお祓いの祝詞。
傍らにいた私も便乗お祓いされた?



65年前のちょうどこの頃、渋谷界隈は空襲で丸焼けになったと聞く。
神社の奥には、その時に焼け出された家々から拾い集められた無数のお稲荷さんが
ひっそりと奉られている。世の酷い不況も、戦火に比べれば、と思う。
金魚をのんびり愛でるような 平和な日曜を過ごせることに 感謝。



神社の裏道に回ると、高い石垣から身を乗り出すようにして薔薇が咲いていた。
真下から見上げると 頭上から、はらりはらり 濡れた花びらが舞いおちてきた。



帰りはわざと路地をうねうね回り道。
5月の雨に濡れた植物の葉や花びらは、生まれたての蝶の翅のように透明で心洗われる。
うちのマンションの植え込みの紫陽花もほんのり色づいてきた。




26日、OXY STUDIOオーリエさんちにトリコのキムリエさん&キムナオさんと寄った後、
浜松町で打ち合わせ→銀座で原野先生たちと会合と慌しかったけど、いい予感に満ちた一日だった。
27日、ほぼ徹夜で原稿をメールするや、池袋のホテルメトロポリタンに駆けつけ、
キムリエさん&キムナオさんと共に、濃密なロングインタビューを終えると、
その足で軽井沢トリコまで一緒にびゅーんと連れていってもらった。
高速に乗った瞬間、ふぅ~。

快適なキャンピングカーのバックシートより↓

このお二人とおシゴトすると、たとえどんなアウェイでも私にはホームになる。




朝日のような夕日を追って 軽井沢へとひた走る車窓に、薔薇色の雲からのびた天使の梯子を視た。
そういえば、その昔「朝日のような夕日をつれて」という演劇があったっけ('80s懐古)。


夕日が沈むころ、振り返ると、巨きな白い満月が追いかけてきていた。

――この続き「サイクルダイアリー@軽井沢 新緑編」も近日アップ、したいです。
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5月の昨日・今日・明日

2010-05-17 19:33:20 | Greenベランダジャングル記

5月の陽射しに透けた葉脈を眺めていると、
「ぼーくらはみんなっ 生ーきていっるう 生きーているから楽しいんだっ♪」
って、みんなで歌いながら掌を太陽にかざした幼稚園児の気分にふと舞い戻る。

明日はニキの命日“ニキキ”。もう2年になるんだなあ。
5月の木漏れ陽の中で午睡むのが大好きだったニキ。


☆GREEN

先週は一瞬雨がぱらりおちたあと、快い薫風が毎日窓から吹いてきて、緑がしじゅうゆれていた。
なにかが静かにフェイドアウトしていき、なにかが密やかにフェイドイン。

今年初めにせきを切ったように開花した侘び助が凄い勢いで成長している。
11年前、ここに越して来た時は掌サイズの鉢に入っていた筈なのに、今では私の胸の高さほどある。
同じく11年前に食して種を蒔いた(棄てた?)茂木ビワも、今年遂に実がなった。
まだ青いけど、“木の実”好きな私としては、ただただもう無条件にわくわくする。


「雨に濡れた緑を眺めていると、ざわざわしたものが静かに洗い流されていく。
月桂樹、小手毬、ゴールドクレスト、びっくりグミ、ビワ、ばっさばっさ剪定したそばから
旺盛にふき出してくるしたたかな緑の焔に勇気付けられる。
毎朝、ローズマリーと握手し、その香りを嗅ぐのが目下の日課。」 May 11thのツイートより。

最近、試みに始めたTwitter にちょこちょこ呟いているのだが
その時々の自分の呟きは、ちょっとしたメモ代わりになることに気付いた。


勝手にベランダに飛んできて綿毛になったタンポポも、
楚々とした小花を次々に開花させている冬珊瑚も、かわいくて仕方がない。


そうそう、お世話になっているhair splashさんに、愛用の無添加ジザニアシャンプー
買いに行ったら、小林さんがお店の前に繁茂しているグリーンの一部をおすそ分けしてくれた。
ありがとうございます!早速、花瓶に挿してみたのだけど、あいにく植物の名前は判明せず。
左にくるっと出ているこの丸い小さな葉っぱの子ですが、どなたか名前を教えてください。



☆CINEMA

と、これはうちのベランダではもちろんなく、先週、朝一打ち合わせから帰ってきて
スカパーを点けた瞬間流れていた「ひまわり」のラストシーン。
いきなり、じーん。。


さらに、同じデ・シーカの「昨日・今日・明日」が始まり、ついつい観てしまう。
ソフィア・ローレン×マストロヤンニのゴールデンコンビ作品では、
このいかにもイタリア的な濃いーコメディの方が実は好みだったりする。

3話からなるこのオムニバス映画、1話目のふたりはナポリの貧乏子だくさん夫婦。
情けないマストロヤンニと、元気でしたたかなソフィアのおかみさんっぷりがいい。


それが2話目ではガラリと変わって、ソフィアはミラノのアンニュイなブルジョワマダム役に。
作家役のマストロヤンニは彼女の密会相手。退廃的なアバンチュールのBGMはトロバヨーリで、
原作はアルベルト・モラヴィアとくれば、もう完璧でしょ!



で、3話目では、ソフィアはローマの高級娼婦役に。彼女に首ったけのマストロヤンニは
尻軽のぼんぼん役。ディオールを着こなしたソフィアと飼い猫のショットがなにげにかわいい。


ちなみにソフィアが住むペントハウスのセットからはナヴォーナ広場が一望できる。
ベルニーニのバロック噴水があるこの広場は、私が世界で最も好きな広場のひとつ。
ぼーっとしているとき、アタマによく浮かぶ情景でもある。


この映画を観ている最中、お誕生日コール。うれしい。
で、お誕生会。

うそ、先週から始まった「カンヌ映画祭」のレッドカーペットですw

今年はティム・バートンが審査委員長のよう。


ノミネート作品の中では、アッバス・キアロスタミの新作が気になる。



☆ART

『NODE(ノード)』最新号が、ただいま絶賛発売中です。
私は三菱一号館美術館で開催中の「マネ展」に関する記事や、高橋館長のインタビュー、
丸の内アート散策の記事などを書いています。ぜひご一読ください!



アートつながりでもう1ネタ。
最近、うちの近所にかなりコアなアート系古書店「SO BOOKS」がOPENした。ありがたい!
絶版本も多く、見ているだけで時間を忘れてしまう。斜向いには「ラムフロム」もあるし
さらに行けばアートな器が揃う「亘」もあるし、富ヶ谷図書館もある。
なんてことはない静かな通りに凛と咲く小さな花のようなショップが、いい。



☆MUSIC

また長くなってしまったけど、最後に音楽。
昨夜、三日月と金星が天空で親密に接近している情景を目撃した直後から
なぜかアート・リンゼイがむしょうに聴きたくなり、ややこしい原稿を書くとき以外は
ずっと流している。いずれも’95~’97に出たシリーズ。
5月の空と風と きらきらした木漏れ日に音が融けていく。

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黒猫来訪、イタリア映画、黄金週間サイクリング

2010-05-06 09:27:54 | Cinema

初夏めいた黄金週間のあいだに、100本の薔薇はしずかに花びらになっていった。
昨日、ベランダのオリーブやぐみの木の根元にきれいにまいた。
そういえば、『薔薇の葬列』っていう映画があったっけ。



黄金週間は思いがけず毎日のように誰かが拙宅に遊びに来た。
そのひとりが、ムギオくん。3歳。
帰省するふくちゃんの愛猫をお預かりしたのだ。

ニキが星になってから今月18日でまる2年、
うちに猫が、しかも黒猫がやってくるのは初めてのこと。
ニキがいつもいたソファーにいる姿を見つめているうちに、不意に涙がこぼれた。


が、彼をだっこして猫トイレの場所を教えようとしたとたん、ふくちゃんの予言通り
物陰に隠れてしまった。この瞬間から彼とのかくれんぼごっこがスタート。よくもまあこんな所に!
というような隙間にこもっては気配を完璧に隠してしまうので、見つからないこと甚だしい。
うちの何処かに別世界に通じるワープゾーンがあるんじゃないかと本気で疑ったほど(笑)


そんなムギちゃんも徐々に慣れて散策しはじめ、ちよさん姉妹にいただいた猫じゃらしに
またたびをまぶして誘惑したら、ようやく私にすりすりしたり、リラックスポーズになってくれた。

たった3泊4日だったけど、久々に猫がいた暮らしを思い出した。
でも、私はまだ猫と暮らすことはないのだろうな、とあらためて思った。



むぎちゃんが来る前夜はオーリエさんと朝までお喋り。相変わらず彼女は心豊かで話は尽きない。
そして3日はちよさん姉妹とまいかさんが来訪。早めのお誕生日を祝ってもらって楽しかった!
ちよさん手作りのスコーン&苺ロールケーキも美味でした。ご馳走さまです!

夜は久々にみんなでNEWPORTへ。アート・リンゼイの甘い歌声がかかっていてめくるめく。。



4日はあんまりにもお天気がいいので、「イタリア映画祭」や「イタリア映画ポスター展」を
観に行くのに、愛用のビアンキを発進。お堀端を一度 サイクリングしてみたかったのだ。
実際、花の咲き乱れた水辺を疾走するのは快感!


渋谷から青山通りを抜け、お堀沿いをすいっと行けば、九段も有楽町も東京駅もすぐだった。



東京駅前に出ると、復元工事中の駅舎が 遂にクリスト作品みたいになっていた。
これはこれで貴重な風景だけど、やっぱり赤煉瓦の外壁が見えないと物足りない。



昨年物議をかもした東京中央中便局も、3割復元(?)工事中。
この昭和モダニズム、個人的には全部遺してほしいんだけどなぁ。

針のない時計が刻む 無言のときが、建物をそっと押し抱いていた。


オアゾの丸善書店にある松岡正剛氏監修の「松丸本舗」も覗いてみた。
つい2週間ほど前に取材に伺ったセイゴオ氏の事務所を彷彿するような本の迷宮。
一見脈絡がなさそうでも、よく見るとテーマごとに唸るような本たちが蒐集されている。
氏の名サイト「千夜千冊」に採り上げられた本も ほぼ網羅されているよう。必見。

書棚には時々セイゴオ氏自身の“落書き”が。これがなかなか面白い。
たとえば「バロックとロシアアバンギャルド。この解読がアートの秘密」とかね。
最近増殖している本のセレクトショップとしては、個人的にダントツと思う。
ここに一生幽閉されても退屈しないでしょう。



九段のイタリア文化会館で開催中(~5/7)の「イタリア映画ポスター展」は
1930年代~1990年までのイタリア版(一部フランス版あり)のオリジナルポスター70点が
一堂に会しており、吸い込まれるように見入ってしまった。

図録などがなかったので、ここには画像をアップできないけど
『太陽はひとりぼっち』『ボッカチオ’70』『狂ったバカンス』『欲望』『赤い砂漠』『昨日・今日・明日』
『アマルコルド』『愛の嵐』のオリジナルポスターはとりわけ魅力的だった。全部好きな映画だし。


そしてこの日のトリは「イタリア映画祭」。

私が観たプログラムは『EX』。邦題は『元カノ/カレ』とミモフタもないけれど(直訳ですが)、
元夫婦や元恋人たちが繰り広げる群像劇は、シナリオが絶妙で 涙が出るほど笑った。
監督のファウスト・ブリッツィはTV出身の気鋭の若手。テンポも実に小気味よかった。
アレッサンドロ・ダラトーリの『彼らの場合』や、
ジョヴァンニ・ヴェロネージの『イタリア式恋愛マニュアル』、
あるいはヴィットリオ・デ・シーカの『昨日・今日・明日』に通じる、いかにもイタリア的な
恋愛どたばた劇は ひたすらばかばかしくて愛おしく、そしてひどくせつなかった。
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百本の薔薇

2010-05-01 02:33:11 | Scene いつか見た遠い空

100本の薔薇が届いた。濃密な薔薇のアロマにノックアウト。







甘い薔薇の香りに包囲されながら、月曜はファッション系、火曜は松岡セイゴオ氏インタビューと、
まったく毛色の違うテキストに没頭。どっちも大変だったけど面白かった!
快い脱力感を携えたまま、銀座でイタリアン。なんなんでしょう? この不思議な心地よさ。
テーブルに猫のグラッパとスワロフスキーのイエローバタフライ。
そしてぐるぐる。。。

翌日、少し遅めの朝食。お土産のトマトの形のパンとプチクロワッサンが妙にかわいい。
BGMはいただきもののCDより、小野リサカヴァーの荒井由美「あの日に帰りたい」。



29日天皇誕生日はフォトグラファーみっちゃんちで恒例のパーティ。
ふくちゃんと西大井で待ち合わせ。駅前の花壇に猫さん。BunoGiorno!
風がやや強いけど暖かくて何より。


同じく西大井駅前のバス停にいた老夫婦。いいなあ、この不思議な一体感。
傍らには「ちょっと一服 しながわお休み石」。この和菓子みたいなゆるネーミングがたまらない。



この日はいかにも黄金週間な快晴! みっちゃんちの屋上でBBQ&e.t.c…
至福の痛飲により、この日の超満月を撮り損ね。。でもすごく楽しかった!!



みっちゃんちで仮眠し、早朝に帰宅。久々に朝の代々木公園を歩いて帰った。
薔薇園の薔薇たちは、蕾という蕾がしっかりスタンバイしていた。




遅めの八重桜も、新緑のソメイヨシノも等しく愛しい。


数日前の雨がつくったと思しき水溜りに、無数の花びらが浮かんでいた。
朝風にふるふるふるえる水面。タルコフスキーの『ノスタルジア』を思い出してめくるめく――



今週は、薔薇以外にもうれしい贈りものが幾つか届いた。
文乃さんの“Secret Garden”で生まれ育ったキバナコスモスとオシロイバナの種。
ありがとうございます。黄金週間に種蒔きして、大切に育てます。


イタリア文化会館からは、山猫書房発行のヴィスコンティ「ルードヴィヒ」。
黄金週間中、イタリア文化会館で開催中のイタリア映画ポスター展も行かなきゃ。



満月に見護られながら黄金週間に軟着陸。
たったいまも、薔薇の花びらのように澄んだ黄金の月が宙に浮かんでいた。

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森村泰昌 なにものかへのレクイエム

2010-04-24 00:10:18 | Art

数日前、朝一取材に向う電車でうつらうつらしていると、
突如、ビー玉が勢いよく飛び込んでくるみたいに、
小学生の一群がキラキラ乗り込んできた。
「えんそく?」「うん、多摩動物園に行くの!」
あー 私も一緒に行きたいーー。ライオンバスに乗りたいー・・・



ぱたぱたしていてちょっと間が空いてしまったけど、まずは先日行った
「森村泰昌・なにものかへのレクイエム」@写美(東京都写真美術館)の感想をさくっと。
(余談ながら、バッグをロッカーに預ける際、指に挟んでいたチケットが天井の換気口にひらんと
巻き上げられ、あわや吸い込まれそうに。これを取り戻そうと「えいっ」と垂直ジャンプした瞬間、
折悪しくロッカールームにおじさま数名が入ってきて、何かのパフォーマンスかと勘違いされる・・)


20世紀を振り返るセルフポートレートをテーマにした今回の展覧会、
ポスターやチケットに使われたアイコンは、1945年に「TIME」誌に掲載された“決定的瞬間”の
換骨奪胎(あるいは擬態、引用、再現、寄生、侵入、陵辱、憑依、追体験、リミックス e.t.c…)。
戦争終結を祝して熱烈に接吻する水兵&ナースはもちろん、背景の群衆たちもすべて森村その人。
今回の森村展は、この作品のように報道写真を題材にしたものが私には図抜けて面白かった。


<なにものかへのレクイエム(ASANUMA 1 1960.10.12-2006.4.2)>2006年
1960年に浅沼社会党委員長を17歳の刺客 山口二矢が襲った決定的瞬間も
登場人物はすべて森村。わーお。同様の作品としては、ケネディを狙撃したオズワルドが
護送中に暗殺される瞬間のショットなどもあり。
「ぼくがやりたかったのは、あのテロの瞬間に手を触れる感覚です」by森村:美術手帖vol.62


「そこまでやるかっ!」と呆気にとられ、それが失笑、苦笑、脱力等々を経て、
やがて「快哉!」と化すのが森村ワールドの醍醐味(私にとっては)なのだが、
20世紀を象徴する決定的瞬間のただ中に入り込んだ今回の作品たちは、
今までの名画の登場人物や女優になりきった作品群とは決定的に異なる印象を受けた。
(今回は今までのように女ではなく、20世紀の男をテーマにしているということもあるが)




アインシュタイン、ガンジー、ゲバラ、毛沢東、ヒトラー(またはチャップリンの独裁者)…。
国籍も思想も超越し、いかなる20世紀のイコンにも森村は化ける。昭和天皇だって例外じゃない。
ヒトラーに至っては、大阪弁まじりのタモリ的いんちきドイツ語でアジる動画作品もあった。
鍵十字マークは「笑」という字をもじったロゴにするなど相変わらず芸も細かい。
自身の身体をメディアとした歴史への侵入。あらゆるイデオロギーの完膚なきまでの粉砕。




ダリ、イブ・クライン、ピカソ、ウォーホール、ジャクソン・ポロック、手塚治虫…。
20世紀のなみいるマエストロたちも、気がつけば森村ワールドの住人に。
ポロックのアクションペインティングショットの前では、たまらず噴き出してしまった。
ウォーホールはちょっとハズしたかな(笑)。映画「バスキア」でウォーホールを演じたD.ボウイより
似てない。まあ、この微妙に似ていないブレ感こそが、森村作品の真骨頂でもあるのだが。 


<創造の劇場/ヨーゼフ・ボイスとしての私>2010年
ヨーゼフ・ボイスに扮した森村の背景の黒板にびっしりしたためられているのは、
森村自身が5時間かけて書いた宮沢賢治のドイツ語訳詩らしい。
よく見ると随所に悪戯がしてあった。ぜひ探してみて。ちなみに美術手帖によると
森村は「言うたらなんやけど、ボイスより男前やねん(笑)」と発言していた模様。


展示会場前のCaféに掲げられた大スクリーンからは、三島由紀夫に扮した森村の檄が飛んでいた。
まさに「そこまでやるか!」の極致。唖然としたまま10分近い映像に見入り、
やがて脱力しながらも微笑している自分に気付く。ロケ地は今はなき市ヶ谷駐屯地にあらず@大阪。
森村がアジったのは、三島のような日本再建の決起にあらず、芸術上の決起。
ただし、衣装は実際の「盾の会」の制服を借りたらしい。

<烈火の季節/なにものかへのレクイエム(MISHIMA)>2006年

大阪出身の森村は高2の頃に三島文学に開眼、大阪万博に沸く'70年、
三島の自決に万博など吹っ飛ぶほど影響を受けた。
西洋美術史をテーマにした作品を作り続けていた彼は
どうしたら日本に戻れるかを思案した時、真っ先に三島を思った。
ゆえに、20世紀の歴史に触れるシリーズ「なにものかのレクイエム」を
始める際、その出発点として、三島事件を選んだという。


ふと、去年犬島で見た柳幸典のインスタレーションを思い出した。
日本の近代化遺産である犬島精錬所の中に、日本の近代化の矛盾の象徴である
三島由紀夫をモチーフに配された柳のインスタレーションは、十代の頃から三島文学には別格の
領域を認めている私には、鳥肌が立つほど美しかった。犬島についての拙ブログはこちら


80年代半ば、ゴッホの自画像になりきった作品を発表し、'86ヴェネツィアビエンナーレでは
マネの笛吹く少年のセンセーショナルなパロディで現代アートの寵児となった森村泰昌。
当時、私はそれをアートというより、一発アイデア的なお笑いエンタテインメントとして享受していた。
が、たぶん私は誤解していたのだと思う。彼の方法論やコンセプトに拘泥する前にまず
彼自身の存在自体が理屈抜きに“ザ・アート”なのだということに気付いていなかった。
時を駆ける美術 (知恵の森文庫)
森村 泰昌
光文社

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「まあ、ええがな」のこころ
森村 泰昌
淡交社

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時間、空間、文化、民族、国籍、ジェンダー、年齢、思想、主客、虚実e.t.c…
あらゆる差異を 自身の身体を通して解釈・超越していく森村アートが向う宇宙はこの先何処へ?
「そこまでやるかっ」と、また性懲りもなく呆気にとられる瞬間を期待してやまない。



今年はなにかと恵比寿にご縁があるような気がする。
一昨日も恵比寿ガーデンプレイス側のスタジオで終日取材だった。
晴れ渡った空に、群れなす鳥たちが見せる無限のアートにしばし見とれる。



今週、文芸季刊詩「Kanon」の取材で松岡正剛氏をインタビューした。
テーマは土門拳のライフワークだった「室生寺」。シブい。実に素敵にシブい。
森村アートに耽溺する間もなく、先週は土門拳&セイゴオをフルチャージ。
実は個人的に土門拳は敬遠ぎみだったので、思いがけず土門と真剣に向き合う絶好の機会となった。

松岡正剛氏が所長を務める編集工学研究所は、以前TVで見た通り、書物の迷宮に覆われた
至福の空間だった。編集の権威にお話を伺うのは恐れ多かったけれど 話の飛躍も流石の幅広さで
非常に興味深かった。(原稿にまとめるのはウルトラ高難度かもですが。。。がんばります!)



先々週、代々木上原で毎春期間限定で開催されているチュニジア雑貨「さらは」さんに
遊びに行ってきた。十数年前にローマから姉とショートトリップで訪れたチュニジアは
いつかきっとまた訪れたい国のひとつ。さらはさんで、クスクスのランチと一緒に
懐かしいチュニジアンティーをいただき、その思いをまた強くした。





先週末、拙宅にて、ライター仲間のちよさん、フォトグラファーのみっちゃん、
映画ライターのたがやさん、デザイナーのふくちゃんと共に、私のお宝DVDでもある
イタリア'60年代のお洒落おばか映画「女性上位時代」を堪能。友人たちと観るとまた違う発見があり、
超年齢的ガールズトークも含めてめちゃめちゃ楽しく、最後はちよさんと朝まで猫談義。

同じ日の夕方、ご学友ひだかが上原で体験取材した際に作ったというフラワーアレンジメントを持って
遊びに来てくれた。しばしほっこりお喋り。この日は折りしもちょうどニキの月命日。
ニキに素敵な花を捧げられてよかった。ひだか ありがとう!



寒暖差も 日々の営みも緩急はなはだしい4月は、空も心も照ったり降ったり。
今週は取材や打ち合わせが瞬間立て込んだせいか眠い。。。
でも昨日、キムリエさんとあれこれじっくり話して、いろんなことが腑に落ちてきた。



ベランダの植物を時々整えながら、土や緑に触れることで、
自分の中でふと蘇るものを感じる瞬間がある。

深呼吸。

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秘すれば花

2010-04-10 19:33:59 | Scene いつか見た遠い空

桜シャワーを浴びながら、春の深部にゆるやかに向う日々。
時折り、清新な花の香りに包囲され、はっとすると、
たいていそこには目に見えない花の精が舞っている。
秘すれば花。見えないほどの幽かな動きの先に、ひらく蕾がある。



先週、ちよさん&さんぺいさんち前の公園で恒例のお花見会。都内の桜スポットと違って
大混雑していることもなく、絶妙な穴場。少々花冷えぎみだったけど、
みんな持ち寄りの美味しい手料理とお酒ですっかりあったまった。

私はブルスケッタのピンチョス風と、手製ジェノベーゼソースを隠し味にした
プチクレープサンドをこしらえ、チュニジア製の籠に詰めて持参してみた。
前夜にクレープを何枚もせっせと焼いているとき、なんだか妙にわくわく楽しかった。


夕刻からはちよさん宅にて引き続き宴。「めんこいにゃんこⓒさんぺいさん」こと こなみちゃんに
例によってまたいっぱい遊んでもらった。だいすきなこなみちゃん、いつもありがとね。
この写真は同じく猫フリークのハカセときゃふきゃふ追いかけっこして追い詰めたときなので
少し怯えた目をしていますが、決していぢめているわけじゃありません!

いつもながらほんと楽しい花見会だった。みんな、ありがとう&大好きです!

夜、代々木公園の遊歩道を歩いて帰ったら、
雨上がりの真っ暗な公園から 潤んだ夜の森の匂いがした。



水曜、久々にマイコミ編集のせきさんと再会。猫好きの彼女、ますますパワフルな猫さんに
なったように感じた。この日も帰りにまたなんとなく代々木公園に寄り道。
平日の夕刻、しかも花冷えの小雨模様。さすがに花見客もごくわずかでとても閑か。

地面はどこもかしこも花びらドット模様。白蝋のようなチューリップをそっと眺めていたら、
傍らを すらりとした黒人のアスリートが「えっ?」というような猛スピードで駆け抜けていった。
3倍速映像のような速さ。もし彼と一緒に走ったらきっと、プーマとちび猫だなぁ。。



木、金曜は2日連続で、朝から恵比寿で打ち合わせ。幸い、気持ちよく晴れたので
マイビアンキでびゅーんと向った。(…最近、世間で矢面のビアンキ。私のは万事快調ですが)
低血圧ゆえ朝はわりとぼよんとしている私だけど、自転車は身体を目覚めさせるのにちょうどいい。
木曜の打ち合わせでお会いした方はとても澄んだエネルギーがあり、いたく共鳴するものを感じた。
金曜にオーリエさんちのブランチミーティングでお会いした方も初対面なのに
なんだか旧知の友人のような心持ちに。素晴らしい人たちとの巡りあわせに感謝!


昼下がり、ガーデンプレイスをゆるっとお散歩しながら
花壇の花から花へ―。目線が蜜の匂いに誘われる“羽虫”に近い(笑)

写美で開催中の「森村泰昌 なにものかへのレクイエム」も観てきた。最高&爆笑!
(森村ワールドについては次回じっくり書きたいと思います)


帰りに代官山や東大、東海大学近辺をサイクリングしつつ帰宅。
桜ほど艶やかではないけれど、春の光と戯れる路傍の花々がむしょうに愛しく、
春風に散った花びらが描く一瞬のアブストラクトアートに、こどもみたくどきどき心ときめいた。






と、こちらはオーリエさんちに活けてあった花々。
天才花人・川瀬敏郎に師事するオーリエさんらしく、花がその生をまっとうしている。
背後の抽象画も彼女が扱っているアートの一部。飾り方を知っているプロはほんとさりげないなあ。




こちらは、拙宅の窓際。緑が一斉にふきだしてきたベランダジャングルにて、
元気のなかった鉢ものの植え替えをした際に剪定したものを棄てるのが忍びなく、
手近な器に挿してみたしだい。オーリエさんの花の後に見せるのもお恥しい投げ入れ方ながら。。
グミはかわいらしい白い小花がいっぱい咲いており、小手毬も挿している内に小さな蕾をつけ始めた。
決して華やかではないけれど、小枝の小宇宙もまたいとをかし。




最近、気がつくと春キャベツと苺を所望している。 なんだか 野うさぎにでもなった気分。
春キャベツは煮ても炒めても漬けても甘くて爽やか。先日、キャベツを剥いていたら、
芯の中にもうひとつ別のプチキャベツがいた!

苺は食後に一粒二粒あるだけでいいのだが、ないと微妙に口寂しい。
先日、中途半端に残ってしまったトマト&バジルをソースにして
故ニキがかつて大好物だったフィラデルフィアチーズ少々と、
姉のカラブリア土産の赤唐辛子を微量加えてペンネに絡めたら 想像以上に美味だった。

何かしなければいけないことからふっと離れ、
料理(といっても手早くできるものばかりだけど)をしている時って、妙に愉しい。
それはたぶん逃避というより、五感の快い解放なのだろう。
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戦後フランス映画ポスターの世界&ヴィスコンティ展

2010-04-02 06:23:22 | Cinema

気がついたらエイプリールフールも呆気なく過ぎ、桜がぶわっと満開。
ここのところ、とってもいい満月が上がっていたなあ。


さて、先月に遡るけど、「戦後フランス映画ポスターの世界」展の第二期が3月末まで
京橋の国立近代美術館フィルムセンターで開催されていたので行ってきた。
ちょうど軽井沢から来ていたキムリエさんと打ち合わせがあったのでお付き合いしてもらった。

年始に見た第一期は1940年代の作品が主だったけれど、今回は1950-60年代の作品が中心。
ルネ・クレマンの「太陽がいっぱい」’60は、仏版のタイトルロゴの雰囲気を
日本版のロゴでも なんとなく踏襲していたのね。
この映画は特にあっと驚くラストがかなしい。ナポリの海岸で束の間の美酒に酔いしれるリプリーこと
アラン・ドロンの満面の笑みと、それにかぶるニーノ・ロータの音楽がたまらない。

小6年の図工の授業でオルゴール用の箱を制作した際、
中身は好きな音楽のオルゴールを注文できたのだが、
私は迷わず「太陽がいっぱい」をオーダーし、
箱の蓋にも「PLEIN SOLEIL」と彫刻刃で彫った。
ルネ・クレマンとニーノ・ロータはその頃からツボだった。



キムリエさんに指摘されて初めて気付いたのだけど、仏版ポスターには必ずデザイナーの
サインが入っている。商業ポスターもアートとして認知されていたフランスならではなのかもかも。
ただ「オルフェ」はデザイナーのサインより監督ジャン・コクトーのサインの方がが断然大きい。

仏版デザインはジャン・ハロルド、日本版は野口久光。どっちも素晴らしいアーティストだけど
「オルフェ」に関しては、ハロルドさんに軍配。構成が秀逸。コクトーがディレクションしたのかな。
この映画を最初に観たのは、高校時代にライブハウスで。以来、コクトーが大好きになった。



ロジェ・バディムの「危険な関係」’62はわりと大人になってから観た。
バディムの感性は理屈抜きで楽しめる。「素直な悪女」も「輪舞」も「バーバレラ」も。



ロベール・ブレッソンの「田舎司祭の日記」’50は、よくもまあ配給会社がOKしたなたぁ(笑)
と思うような斬新(?)な仕上がり。前に紹介した「マノン・レスコー」と同じポール・コランの作品。
ゴダールの「勝手にしやがれ」’59も、その邦題 よくゴダールが許したなぁ(笑)と今さらながら思う。
「盗みや殺しは平気だが、惚れた女にゃ手は出せねえ!」という和キャッチもしかり。にゃ、って。。



同じゴダールの「女は女である」’61のポスターは、この企画展のアイコンにもなっていた秀作。
ゴダールのミューズ、アンナ・カリーナの一挙一動&ファッションがひたすらチャーミング。
デザインはチカことマルセル・チカノヴィッチ。日本公開版(右)のデザイナーは不明ながら、
アンナ・カリーナのコケティッシュさが妙に強調されている。これはこれでキュート。
「若いあなたにピッタリ!セックスと愛がいっぱい!」というミモフタもない煽りコピーはさておき。。


こちらは少し前に再見した「女は女である」より。
アンナ・カリーナとジャン・ポール・ベルモンドの飄々としたやりとりは
「気狂いピエロ」のアナザーワールドみたいで、なんとなくめくるめく。



カリーナのこの真っ赤なカーディガンに憧れて、
私もよく似たカーディガンを密かに愛用している。




週半ば、ナクロプさんのお誘いで「コロンブスの航海」の試写を観にまたもや京橋へ。
コロンブスを巡る微笑ましいロードムービーなのだが、100歳を超える監督の長回しに、
少々眠気を覚えた。ちなみに、コロンブスは最後まで登場しないので、念のため。

試写後、九段下のイタリア文化会館へ。千鳥が淵を通過する際、一瞬 桜に目を奪われる。
イタリア文化会館の前にも八部咲きの桜がふるふると。
ここには先月も訪れたが、白日の下で見るとまた赤さが眩しい。



入口に飾ってあったボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」を恭しく中に運び入れていた
イタリア人スタッフの姿を見て、一瞬、ロマン・ポランスキーの「タンスと二人の男」を思い出した。



イタリア文化会館では、3/26~4/11までイタリアブックフェアを開催しており、
建築、デザイン、料理などの本をはじめ、掘出し物の映画DVDやCDも販売していた。
私のお目当ては、同時併催の「映画評論家・柳澤一博氏のヴィスコンティコレクション特別展」。

ヴィスコンティはミラノの貴族出身。晩年の顔も瞳がいかにも芸術家のそれで魅力的なのだが
若い頃のポートレイト(右)のエレガント&アブノーブルなこと!
(※アブノーブル=アブノーマル×ノーブルの造語。かつて盟友えとうさんが作った)


左は「夏の嵐」のイタリア版ポスター。主演のアリダ・ヴァリは名演だったけど、
私が彼女を初めて見たのは「サスペリア」の怖い先生だったので、そのイメージが未だ消えず。。
右は「ヴェニスに死す」でダーク・ボガード扮する教授を虜にする美少年タジオくん。
まあ、本当に虜になっていたのはヴィスコンティそのひとだったのだと思うけど。



「家族の肖像」は大学時代に観た時はいまいちピンとこなかったけど、
近年観直してみたら、溜息が出るほど心酔した。深い。。。
↓このパンフレットはむかし亡き父からもらったもの。



「ルードヴィヒ 神々の黄昏」は高校生の時に、名画上映会みたいなので観たのだが
上映直前まで友人とお喋りに興じており、盛り上がっていたら、後ろの大人に注意された記憶が。。

高校時代には少々難解だったが、後年観たら、ヴィスコンティの美意識の炸裂にうっとりした。
衣装も背景もキャストもワグナーの音楽も、なにもかもが ぐったりするほど重厚な作品。
ただ、クレイジーキングなルードヴィヒことヘルムート・バーガーのインパクトがあまりに強烈で、
卒業旅行でノイシュヴァンシュタイン城を訪れた時、どうしてもヘルムート・バーガーさん本人が
住んでいた城としか思えなかった。


「イノセント」も高校時代に観た映画。当時、自室にポスターも貼っていた。
ヴィスコンティの遺作となったこの映画は、そのタイトルとは真逆のどろどろと
ヘヴィなドラマなのだが、エゴイストな男爵役ジャン・カルロ・ジャンニーニの怪演がポイント。


男爵を見棄て、黒いドレスを翻して逃げ去っていく愛人ジェニファー・オニールの
美しい後姿のラストシーンを思い浮かべると、決まってニキのことを思い出す。




今週、少し春めいた陽気の夕刻、時々訪れる近所の神社を散歩した。とても心が落ち着く場所。
暮れなずむ夕陽がやさしかった。狛犬の下には、ここでしばしば見かける黒猫がいた。
夕暮ともなると肌寒かったけれど、大きな樹の幹に触れると不思議とあたたかかった。
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六本木アートナイト散歩

2010-03-29 01:07:30 | Art

夜空に月がふたつ。
「六本木アートナイト」でのできごと。


3/27土曜。日没後、ミッドタウンの桜の下にて、レイちゃん&ハカセと合流。
相変わらず肌寒い中、周囲には既にかなりの人垣ができていた。
ほどなく、桜並木の向こうから、巨大な“白い人たち”がふわりふわり登場――

人垣がすごすぎて足下を撮影できなかったのだけど、
彼らは竹馬のような花魁のぽっくりのようなかなり細長ーい上げ底状の足で
キリンのように二足歩行していた。


この“白いひとたち”こと、フランスのパフォーマンス集団「カンパニー・デ・キダム」の
パフォーマンス〈ハーバードの夢〉は、’97年以来、世界各国で披露されている演目だそう。

‘80年代、頭に大きな目玉マスクを被った目玉親父みたいな人々がタキシードで踊る
謎のパフォーマンス集団「ザ・レジデンツ」が来日して話題になったことがあったけど、
あのなんともいえない脱力系のノリにどこか似ているように感じた。

’80年代なら、恐らく「ブキミー!」といわれながら愛でられたであろう存在感。
大真面目なんだかふざけてんだか、アートなんだか大道芸なんだか…という微妙な臨界点がミソ。


彼らは妖しいバルーンオブジェがゆらめく芝生広場をしばし回遊。
そうこうするうち、巨大な頭部がやおら ぽわっと発光した。
すぐそばにいたお子さまが「ぴっかりん!ぴっかりん!」と大興奮。



頭部を時おり明滅させながら、月と東京タワーを背景にふわふわ踊る“白いひとたち”。
やがて、彼らの親玉のような大きな白い玉が、宙に向かってゆっくり放たれると
ベールを脱いだ白い親玉は、夜空を浮遊しながら もうひとつの月になっていった。

白いひとたちは、月の使者だったのかもしれない。



昨年から始まった「六本木アートナイト」は、国立新美術館、東京ミッドタウン、六本木ヒルズ、
森美術館などなど 界隈のアートトライアングルをつないだ一夜限りのオールナイトアート祭り。
気取ってスカした敷居の高いアートではなく、もっと卑近にアートを楽しもうという意図は
あえてキンアカチラシ的な看板やポスターなどのデザインからもむんむん伝わってくる。

メインデザイナーの北川一政氏いわく「スタイリッシュでソリッドで今っぽいシャレたものだけが
デザインなんだという概念や意識には、つねづね疑問を持っています」byアートナイト公式HP

私たちは 他の日でも観られる美術館などのハコモノにはあえて入らず、
この期間しかお目にかかれないものを中心にゆるゆる観て回った。


これはミッドタウンのキャノピー・スクエアにあった映像制作集団「WOW」の映像スカルプチャー。
巨大な円筒に投影された映像メタモルフォーゼに、なにげに見入ってしまった。
こういうのって案外退屈な場合があるけど、これはアイデアが濃密で見ていて飽きなかった。


左はミッドタウンOPEN3周年アニバーサリーの巨大ケーキオブジェにて
ポンチョの私とレイちゃん。 右は六本木ヒルズにいた巨大薔薇オブジェwith月。



左はヒルズ内で見つけた〈六本木の猫道〉というインタラクティブアートby浅野耕平。
実在する猫たちの映像が、ベンチや自転車の周りになにげなく点在していて、微笑ましい。
真ん中は市川 武史のインスタレーション〈オーロラ’10 Roppongi〉。昨夜たまたま
ノルウェーでオーロラを見た方の記事を書いていたので、なんとなく重ね合わせてしまう。

右は桜もいい感じに開いた毛利庭園。池にはチェ・ジョンファのキッチュな蓮〈ロータス〉が
時おり蠢いており、芝生にはBoConcept の真っ赤なロング・ソファにはべった人々が
ムカデのように連なっていた。庭園前は屋台が賑々しく並ぶ夜店状態で、北海道名物イカめしの
滋味深いアロマが一帯に濃厚に漂っていた。私たちもそれにつられて夜桜withイカめし(美味)。


アートナイトは全体にキッチュな印象だったが、
中でもアリーナは郊外の遊園地的様相を呈していた。
そしてここにも、イカめしアロマがしっかりと充満しているのだった。

真夜中以降は53Fの東京シティビューをオールナイトで開放していたので、
そこで夜明けを見る手もあったけど、よいこは早めに帰ることに(笑) 
松蔭浩之氏の最強キッチュ(とおぼしき)作品を体験できなかったことは心残りでしたが。

帰り、界隈の路肩でも幾つかキッチュオブジェに遭遇。
廃材の玩具を再構築して怪獣に仕立て上げた藤浩志の作品のディテールが面白かった。

しかし、背景がなんとも六本木だなあ。。



先週は随分と寒い日が多かったけど、
桜はめげずに着々と開花に向けてシゴトしてたらしい。
私もがんばろううー。
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