ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

失われた天然

2012-01-12 02:01:16 | 北アメリカ

 ”New Moon Daughter”by Cassandra Wilson

 前回、黒人女性フラメンコ歌手、しかも大幅にジャンル逸脱系の Buikaについて書いたら、なぜかこのアルバムを取り上げたくなってきた。この人、カサンドラ・ウィルソンは、一応ジャズのジャンルの人?
 私は彼女を思うたびに、あるアメリカの黒人映画監督の、「昔の奴隷時代を舞台に映画を撮るにあたって、皮肉な障害がある。今の黒人の俳優たちの顔立ちが皆、あまりにインテリ臭さ過ぎて、”桎梏に苦吟する無知な黒人”を演じさせようがないのだ」なんて独白を思い出したりする。

 彼女、カサンドラは、”今日のジャズ”を歌うジャズシンガーとしても優れているんだろうけど、アルバムに収められている曲の取合せが面白いんだよね。
 このアルバムにしても、”奇妙な果実”なんて重すぎる曲をあえて冒頭にもってきたかと思えばU2の曲あり、アメリカン・ポップスの大作曲家ホーギー・カーマイケルやカントリー・ミュージックの大物、ハンク・ウィリアムズのナンバーを取り上げるかと思えば、あのモンキーズのデビュー曲にまで手を出す。
 そして、「浮かれているばかりじゃないぜ」と言わんばかりにカントリー・ブルース歌手、サン・ハウスの激渋ブルースを唸ってみせる。と思えば、ラストはニール・ヤングの曲で締めてしまう。ほかのアルバムでも、バン・モリソンを取り上げるかと思えば、急にど真ん中、ロバート・ジョンソンを歌ってみたり、やりたい放題。

 そのどれもがユニークなアレンジ、カサンドラ色に思い切り染める歌唱で、それらは毎度、楽しみなのだ、今度はどんな風に料理してくれるのかな、と。
 なおかつ、それらカバー曲の合間合間には彼女の、微妙な渋さを秘めたオリジナル曲群が嵌め込まれているのだから、うまいことをやりやがる。
 まあ、実際、出来過ぎなんであって、安いロック小説の中とかに出てきそうだよね、こんなジャズ歌手。「彼女はそこで思いがけず、昔のアイドル・グループ、モンキーズの曲を取り上げたのだ。しかもしそれは単なる奇をてらったウケ狙いではなく、本格的なジャズ・ボーカル曲になっていたから、うるさ型のファンも黙らざるを得なかった」なんつってね。

 まあ、昔はほんとに絵空事だったわけですよ、こんなマニアなことをする”黒人ジャズシンガー”なんてのは。ところが現実に、ここに存在してしまっているのだ、恐るべきことに。
 でもねえ。ここで話は冒頭に紹介した映画監督の談話に戻るんだけれど。カサンドラの”選曲の妙”は、「おお、そうきたか」と楽しませてくれはするが、実はこちらの想像を絶してはいないんだよね。

 例えば。古い話になるが、黒人芸人スリム・ゲイラードの即興芸のライブなんか聴いてると、「こいつ、なんでこんなことやってるの?」と、呆れちゃういんだけど、そういうものは、ここにはない。カサンドラがこれらの曲を選び出した根拠というか心情というもの、我々も”同時代人”として普通に理解できる。納得できる。
 そこに、面白いことやるなあと感心し楽しみつつも、連中が「話の通ずる奴」になってしまったことの寂しさ、なんて妙な空疎感も存在しないではないのだ、なんて微妙な話、ご理解いただけるだろうか。
 「それでは黒人は永遠に無知の闇の底に沈んでいればいいのだ。とでも言うのかお前は」なんて反論する人がいたりしてね。そんなこと言ってないよ、ちゃんと読めば分かる通りだ。




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