ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

金星の雨、ワルシャワの雨

2010-05-02 03:38:30 | ヨーロッパ

 ”Pod Rzesami”by Dorota Miskiewicz

 何だかはっきりしない終わり方をしたこの冬の間、シトシトと季節違い、かつ粘着質に降り続いた雨のせいで、妙な感覚が体の中に住み着いてしまっている。降ってもいないのに「今、雨が降っている。それも、ずっと降り続いている」という感触が体の奥のほうでうずいているのだ。
 深夜、居間でテレビを見ていても、「いやな雨が降り続くなあ」などと、ふと呟いてしまったりする。窓を開けてみるまでもない、雨など降ってはいないのだが。

 中学の頃に読んだ外国のSF小説のいくつかの中では、金星と言う星は常にひどい雨が降っている星、ということになっていた。あれはどういう理屈にもとずくものか、いつ頃の科学の常識に拠って書かれたものなのだろう。今日、きちんと観測の行なわれた結果、かの惑星は熱風吹きすさぶ凄まじい気候で、雨どころではないと分かっているのだが。

 私が今、意識の裏で感じている降雨も、この金星の雨のタグイかと思っておこうか。
 それら、どこまで科学的根拠があるのか分らない小説群を好んで読んでいた中学生の私のもう一つの趣味が、海外から送信されてくるラジオの日本語放送を聴くことで、それから派生した、共産圏諸国というか東欧諸国への憧れがあった。もとより政治的な知識などない、遠く風変わりな異郷へ寄せる感傷的な幻想でしかなかったのだが。

 その頃の憧れの国の一つである東欧はポーランドからの、女性ポップス歌手のアルバムである。
 ドロタ・ミスキヴィッチとでも読むのか(全然自信なし)、なかなか美しい、お洒落な今日風の女の子であり、ジャケを検めると自身で作詞や作曲もやっているようだ。そう思ってみると、ジャケ写真の姿もなにやら賢そうな雰囲気を漂わせている。
 収められている音楽にしても、そのありようはいかにも繊細な都会調のポップ・アルバムである。それも軽薄にカラフルなのではない、渋くつや消しされたようなモノクロっぽい美しさを持つポップ表現である。

 かってダサいと定評のあった(そして、それゆえに愛好する人もいた)、あの”東欧ロック”の面影は、もう残滓さえ感じられない。高度に整備された大都会の片隅でふと洩らした溜息、みたいな時代の貌がある。
 エレクトロニックっぽい軽やかなロックのサウンドに乗ってドロタ嬢は、愛らしい声で囁き系の歌い方をするが、実は結構実力があるのではないか。そう思えるのは、収められているのがどれも相当に繊細な表現が要求される曲であり、にもかかわらず彼女はそれらを軽々と歌いこなしているからで。

 このような洗練されたポップス盤を前にして、いまさらスラブ民族の心に住む哀愁やら、司馬遼太郎先生がその国の名を呼ぶそれだけでも痛々しさを覚えた、などというポーランド現代史への思い入れなど、持ち出すことも見当違いにさえ思える。
 が、独特の引きずるような重さのあるポーランド語の響きと、ポップな曲調の裏に流れる沈み込むような哀愁に、やはりカチンの森に降っていた雨の記憶など想いを馳せてしまう旧世代の私がいるのだ。まあそんな時は、「違う、それは金星の雨なのだ」とでも自分に言い聞かせておくのが良いのだろう。




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2 コメント

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先を越されてビックリ!(笑) (nanmo2)
2010-05-02 08:49:34
マリーナ号さん、おはようございます。

前々(1年ほど前)から目を付けていたDorotaさん。
そろそろアップしようかなと思っていたら、先を越されてビックリ。(笑)
でも、「この娘は良いですよ~~~」とアップするつもり。
さすがマリーナ号さん、目の付け所が良いというか、同じ感性してますなあ。 (^^ゞ

ではでは。
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nanmo2さんへ (マリーナ号)
2010-05-03 00:03:06
 私もこの娘についてはいつか書かねばと思っていたんですが、そうですか、そうですか。
 ロックとかならともかく、ワールドもので鉢合わせするなんて珍しい話ですねえ。
 でもまあここは共同戦線ということで。どのような切り口で攻められるか、期待しております。
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