
”Shake Away/Ojo de Culebra ”by Lila Downs
リラ・ダウンズのアルバムはこの場でも以前、触れた記憶がある。
メキシコの生んだ、鮮烈な作風と苛烈な人生で強烈な印象を残す土俗系シュールリアリズム画家のフリーダ・カーロ。彼女の生涯を描いた映画の主題歌をリラ・ダウンズが歌い、それに絡めてリラに関する文章を書いてみたのだった。
その情感の濃さにおいて大画家フリーダと計り合えるくらいのリラであり、主題歌を歌ったのではなく、彼女が映画の主演をしたような気がしてならない、いや、そうであってもまったく不思議はない、なんて事を書いた。
1968年、アメリカ人の父親とメキシコのアメリカ大陸先住民の母親との間に生まれ、メキシコとアメリカを往復しながら成長したリラ・ダウンズは、当然というべきか、アメリカとメキシコ、先住民と西欧などの文化の軋み合いの狭間で、錯綜した感情を持って成長していった。
その想いを、アメリカ大陸先住民の伝統的衣装に身を包み、今日的問題意識を持ちつつメキシコの伝統文化に切り込む、みたいな屈折したポジションを取るシンガー・ソングライターとしての自己表現に託したリラの重く深い音楽は、まさに画家フリーダの後継者みたいに、私には見えたものだった。二つの文化の間で引き裂かれた自己を抱えつつ、メキシコの血と大地の伝承を歌う者。
とか言いつつも、あちこちの音楽をつまみ食いする浮気者の悲しさ、そんなリラが今年になって、このような別の意味で問題作を夜に問うていた事を私はつい最近まで知らずにいたのだった。
今回のアルバム、まずジャケからして違う。まるでアメリカン・コミックスの登場人物みたいにワイルド&セクシーなポーズをとったリラであり、これまでの文学少女的翳りを感じさせる姿とは180度の転換を感じさせる。
その内容もまた同様に。なにごとか吹っ切れたかのように、バッキングのメンバーの多彩な国籍が象徴するような、メキシコとアメリカ、北アメリカと南アメリカを一跨ぎに踏まえた”ロックでポップなメキシコ大衆音楽”を彼女は演じている。
そいつを象徴するナンバーが、たとえばラテン・ジャズ調のアレンジのほどこされた、おなじみのナンバー、”ブラック・マジック・ウーマン”だろう。これまでのリラなら非常に地に足のついた泥臭い処理を行なうところである。
が、今回の、ファンキーなホーン・セクションに煽られつつ、ジャズィーにシャウトするリラは、ジャケ写真のままの非常にポップなパフォーマーとしての姿を表している。
どのような経緯があったのかは想像するしかないのだが、ともかく、より広い世界目指して走り始めたリラの姿勢を、ここでは全面支持しておきたく思う。というか、こいつはかっこいいぜ、リラ!と一言、掛け声を。
とはいえ。アルバムを聴き重ねるうちに、いくつか複雑な思いに囚われる瞬間もないではないのであって。
そいつはたとえば、陽気なラテンリズム炸裂する各ナンバーの狭間に収められた、” Would Never ”とか” I Envy the Wind ”といった、いかにもアメリカの白人シンガー・ソングライターが作った、みたいな(実際、そうなのだろうが)曲におけるリラの歌唱のはまり具合である。
良いのである。聴いているこちらもスッと落ち着ける気分になるし、歌っているリラ自身も、安らぎのうちにそれらのナンバーを歌っているのがこちらにも伝わってくる。彼女の安楽椅子は、こちら側にあるのだ。
あれこれ言いつつも、実際のところ、父の故郷であるアメリカ合衆国の大学で学位を修めているリラなのである。
それ以外の、混交文化の相克の中から生まれ出たナンバーが、かなりの努力の元に音楽として成立させられている、やっぱり頭でっかちの”創作物”である事実が、ここで逆に照射されてくる。
とはいえ。その”力技の創造”が彼女の選び取った戦いであり、ポップな姿をとろうと彼女は退くわけには行かない。それが彼女の背負った”業”であるのだから。
などと思い始めると、装いはポップではあるものの、やはりこれは従来のリラのアルバムと同じ流れのうちにある、重さを量ってみれば変わりはない作品であると再認識されても来るのである。そんな受け取り方を彼女は望まないかも知れないが。
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リラ・ダウンズ初聴きの私をも、彼女を理解したように思わせてしまう詳細な解説、ありがとうございます。最近、エル・スールさんに行ってきたのですが、残念ながら、前作を聴く時間はありませんでした。
リラの初期ものの感想もお聞かせ願いたいですねえ。
いつかぜひ、聴いてみてください。