ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

世界の果てのピアノ

2007-09-26 04:07:24 | 太平洋地域


 ”Waikiki”by Rene Paulo

 テレビのドキュメンタリ-で見たんだけれど。ハワイ諸島のうち一番東の島は、その島の生物層の調査をする数人の学者以外立ち入り禁止なんだってね。島の本来の生態を調査できるように、なるべく自然のままの姿におかれているそうな。

 昔はアメリカ海軍の基地なんかあったんだそうだけどそこも放棄されて久しく、錆び付いた軍艦の破片が海水に洗われていたりする。打ち寄せる波と吹きつける風以外、なんの物音もしなくてね。時間の止ったような世界。世界の果てってのはつまりあんな場所じゃないかなあ、とか見ていて思ったものです。

 もっとも、そんな島の岸辺にも遠い大陸から、清涼飲料のプラスチック容器なんかが流れ着いていたりもするんだけれど。

 と言うわけで、ハワイアンのムード・ピアノという妙な代物であります。

 このレネという人は、ハワイの高級ホテルのショー・ラウンジ専属のピアノ弾きで、宿泊客のためにハワイの古くからの伝承曲なんかを華麗なソロピアノで奏でるのを生業としている。
 もう相当な高齢なんだけど、かくしゃくとしてピアノに向い、こうしてレコーディングなんかもしている。

 しかし、妙な音楽もあったものです。ハワイの古い曲なんてものは、和音二つ知っていれば演奏出来ちゃうようなシンプルな響きのものが多いのであって。それに大量の代理コードなどぶち込みまして装飾のフレーズをあれこれ織り込み、無理やりゴージャスな響きの音楽に仕上げてしまっている。

 まあ、彼は普通のバンドマン気質の人であって音楽的野心があるわけではない。ひたすらムード・ピアノのプレイヤーであり、ただたまたま、その勤務地がハワイのホテルであっただけである。結果的にそんな音楽が出来上がってしまった、それだけの事であって。

 で、こうして彼のこのアルバムなど聞いていると、例の”立ち入り禁止のハワイ東端の小島”に打ち寄せる波の音など思い出してしまうわけです。

 やはり、そのような場所にあるべき楽器ではないと感じられるのです、ピアノと言う楽器。でも、歴然とその場に存在してしまって、達者なテクニックで鍵盤に指を躍らせる演奏家がいる。そして彼の演奏を、ドレスアップしてカクテルなんか味わいつつ楽しむ人々がいる。人間の営為の、考えてみればずいぶんな奇妙さ。

 昔は、船に乗せられてこの島にやって来たのだろうなあ、ハワイにおける一台目のグランドピアノは。波に揺られて、調整などはメチャクチャになってたんだろうなあ。

 太古から変わらず島に寄せる波や風の響き、そいつは人間などが姿を消してしまった後も同じ調子で聴こえているんだろう。
 ピアノのフレーズの合間から、ふとした弾みで、そんな時を越えた太古の波や風の音が気配として聞こえてきてしまう時がある。人々が築き上げた文明の栄華の間隙をぬって、そいつは人の心に忍び寄り、響き渡る。

 ハワイの地霊の仕業なんでしょうねえ、これは。