ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

失われたモーガンタウン

2007-09-20 02:37:46 | いわゆる日記


 ”Ladies Of The Canyon ”by Joni Mitchell

 今、私の机の上には先日、ネット書店を徘徊した際に衝動買いした漫画の文庫本2冊が置かれている。ある種、苦い気持ちでそれを見る私がいる。本の著者名は”樹村みのり”で、書名は”菜の花畑のむこうとこちら”と、”カッコーの娘たち”である。
 どうやら現時点で、出版社のカタログに生きている樹村みのりの漫画は、この2冊だけらしい、と知ったのが私の苦い思いの正体なのであるが。なんでそうなるのかな?なぜ、彼女のその他の傑作群は絶版になったままなのかな?そんな疑問を抱きつつ、衝動的に買ってしまった2冊なのだが。

 樹村みのりの漫画は好きだった。一時、かなり熱を込めて愛読していた。特に、子どもたちの世界を描いた初期の作品が気に入っていた。「病気の日」や「贈り物」や「菜の花」、そしてもう少し大人になりかけた少女たちを描いた「早春」など。

 先日、ここにも書いたが、この夏、知り合いのAさんが交通事故で突然にこの世を去った。何しろ急の事故(当たり前だが)であり、そして慌しく葬儀も行なわれてしまったので、私はAさんの死に顔も見ていない。だから彼がもう私の生活の時間内に決して戻ってこない、その実感がさっぱりわかず、奇妙な宙ぶらりんな感覚の中にいた。そして気がつけばいつの間にか樹村みのりの作品、「見えない秋」がおりに触れて思い出されるようになっていた。

 夏休み中の事故によって、クラスメイトを失った小学生の女の子の戸惑いを描いた作品。光と影が織り成すイメージの連なりによって女の子は、繰り返しやって来る季節の輝きの中の生と死について思いをはせ、そして新しく出来た友達と新しい朝に向って歩き出す、そんな物語だった。

 「ああ、自分が感じているのは、あの漫画のあそこに書かれていたこと、そのままだな」そんな風にふと思うことが何度かあり、ゆっくり出来る時間を見つけて、書棚の奥から樹村みのりのその作品をいつか引っ張り出し、読み返してみたい気分になっていた。
 そんな次第で、先日は樹村みのりの作品をネット書店で検索してみる気まぐれを起こしたのだった。目的の作品は蔵書として持ってはいたが、現在、彼女の作品はどのような形で人々に親しまれているのか知りたくなって。

 結果、唖然とすることとなった。現時点ではこの2冊以外、絶版なのか。あの作品も、この作品も書店の棚には並んでいないのか。古書店や漫画喫茶にあったとしても、いや、そういう問題ではないのだ。樹村みのりの、最も素晴らしかった時期の作品群が刊行物として現役でないと知ったのが無念な気分だった。

 ネット書店での検索結果には、彼女が漫画家本来のとは別の方向で関わった書物の名も散見された。そのあたりから推察するに、もともと関心を持っていた社会問題などに彼女が、あまり効果的でない関わり方をして、それゆえに漫画家としてやや後退した立場となってしまったのかな?とも想像が出来たが、それ以上は詮索しないことにした。
 知ったところで私に何が出来るわけでもないし、いずれにせよ、いつか樹村みのりの漫画作品にきちんと光が当たり、正当な評価を受ける日は来る。そう私は信ずる。

 ふと、ジョニ・ミッチェルの”モーニング・モーガンタウン”という曲を聴きたくなっていた。「青春の光と影」や「サークルゲーム」や「ウッドストック」などなどのヒット曲で高名なアメリカのシンガー・ソングライターであるジョニ・ミッチェルに、樹村みのりは単にファンというより、非常な親近感を持っていたようだ。何かの作品にあったな、「ジョニさんもそばかす、私もそばかす」なんて書き込みが。

 ”モーニング・モーガンタウン”は、ジョニの3枚目のアルバム、レディス・オブ・ザ・キャニオン”の冒頭に収められていた曲。朝もやの中で目覚めてゆく住み慣れた町への挨拶みたいな、みずみずしい感性を伝える、いかにもこれから音楽の世界で羽ばたこうとする新進歌手の心のときめきが伝わってくるような小品だ。
 なぜここでそんな曲を思い出したのか、自分でも分からない。こんな昔の曲、ジョニのファンもジョニ自身も、もう聞き返すこともないようにも思える。あんな”ナイーブ”過ぎる私的フォークの世界も、いまどき流行らないだろうという気もする。

 先に述べた「ウッドストック」や「サークルゲーム」なんて初期作品が収められたアルバム、”レディーズ・オブ・ザ・キャニオン”は、今でも”有効”なんだろうか、聴き継がれているんだろうか。モーガンタウンに通ずる道に、今でも人は行き交っているんだろうか。
 なんて事をふと思った。しつこい残暑は週が明けても去らず、過酷な夏の残滓はまだまだ尾を引く、などとテレビの天気予報が言った。