月の海

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イン・ザ・ファインダー 3

2020年04月13日 00時16分14秒 | イン・ザ・ファインダー
 四月

 今日香の一周忌も終わり結局、私は商店街の本屋さんで
アルバイトをすることになった。
本屋のおじさんとは家族どうしの付き合いもありよく知っていた。
 「明日香ちゃんは美咲と同級生だったっけ。」
 おじさんが言った。
 「えぇ。」
 「美咲の子供も小学生になったんで美咲もなかなか里帰りをしなくなった。」
 「寂しいですね。」
 「明日香ちゃんは。」
 「えっ。」
 「一人で寂しくないのか。」
 「えぇ、まぁ。」
 「きれいなのにもったいないなあ。」
 「そう言ってくれるのは、おじさんだけですよ。」
 私は喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなかった。
 本屋さんでの仕事はレジ打ちなどの簡単な作業だったけど入荷した本を
並べるのは並べる場所が判らないので最初のうちはおじさんについて回っていた。
お客さんがいない時に私が本を並べているとおじさんが。
 「これは明日香ちゃんのカメラか。」
 と聞かれた。以前の会社の社長から貰った一眼レフを一度使ってみようと
レジ台の下に置いておいたのをおじさんが見付けたみたい。
 「あっ、はい。貰った物ですけど。」
 私がそう言うとおじさんはカメラを持ったまま手招きをした。
私は仕方なく本を並べるのをやめてレジの方に向かった。
おじさんは私の方にカメラを突き出し。
 「ちょっと構えてみぃ。」
 と言った。しかし構えるとはどういう事なのだろう。
どうすればいいか分からない私はCMのモデルのように
カメラを両手で持って胸の辺りに構えてポーズをとった。
それを見たおじさんは怒ったように。
 「ファインダーを覗いてみぃ。」
 ファインダー・・・大きいのはレンズだからファインダーて
裏の覗く部分だよね。などと考えながら両手に持っていたカメラを
顔に近づけファインダーだと思うところをを覗くとおじさんが言った。
 「そんな格好じゃ今日香ちゃんが悲しむよ。」
 生まれて初めてこんな重たい一眼レフを持ったんだから仕方ないでしょと
思ったけど今日香が悲しむという言葉には私も辛くなってしまう。
私は今日香のように写真を撮った事は一度もなかったし
今日香と一緒にカメラを持ってどこかへ行く事もなかった。
確かに私は今日香や写真の事を何にも知らなかったんだ。
するとおじさんが言った。
 「左手の手の平にカメラのボディの下を着けて。」
 「えっ。こうですか。」
 「その左腕は胸に付ける。」
 「はい。」
 「それで右肘ももっと下げる。」
 とおじさんは矢継ぎ早に言い立てた。
何でいきなりスパルタ写真教室が始まっちゃうのよ。
しかもこんな時にかぎってお客さんは一人も入ってこない。
私は渋々おじさんの言う通りにした。
そのとたん重いと思っていた一眼レフの重さが感じなくなりカメラが安定した。
これがカメラを構えるということ。
 「そうだ、その状態で左手でズームリングを回すんだ。」
 ズームリングって何。この状態でボディの下にある左手がさわれるのは
レンズだけだった。とりあえずレンズの何か分からない物を回した。
 「そうだ。」
 何がそうだよ。何で私に命令するの。私はここに本屋のアルバイトに
来ているのよ仕事以外の事はやめて欲しい。
そう思ったけどズームリングを回すとファインダーで覗いている景色が
大きくなったり小さくなったりして、こういうことかと納得した。
 「格好だけは一人前になったな。」
 なによそれ、私は一人前になる気なんて全くないのに。
私はおじさんに聞いた。
 「今日香もこうやっておじさんに教えてもらったんですか。」
 「逆だよ。」
 「えっ。」
 「今日香ちゃんはプロだ。おじさんは今日香ちゃんに教えてもらったんだ。」
 私は何も知らなかった。おじさんと今日香にそんな事があったなんて。
 今日香と私は中学までは同じ学校に通っていたけど高校は別々で
私は女子校だったけど今日香は共学に行った。
私は高校ではテニス部に一度入ったけど直ぐに辞めてしまった。
それ以来、部活は一切しなかった。
その頃から今日香は部活で写真部に入って写真を撮っていた。
私は写真には全く興味がなかったので、その頃から今日香と写真の事で
話す機会は全くなかった。
 今日香は大学に入ってからはアルバイトで貯めたお金で
カメラを買って写真を続けていた。
その頃、何かのコンテストで賞を取り家族でお祝いした事があった。
私はそれでも写真には興味がなくて、
その後は二人とも就職してしまい家の中でも写真の話は全く出なかった。
 別に今日香と仲が悪いわけでなく写真以外では買い物に一緒に行ったりはしていた。
でも就職してからは家族旅行はあまりしないし、私は職場の人達と旅行に
行くので今日香が写真を撮っているところを見た事がなかった。