遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。

 



なぜだろう? と思っていました。わたしが学んだ知る限りのことを惜しみなくつたえつづけて なぜ 意識の進化がおそいのだろうと。

うすうす感じてはいたけれど 今回理解した。わたしが心血を注いできたのは 図書ボランティア活動をするひとたちの 癒し の場であった。文化をつたえる場 文化を発信する場である前に。

心やさしい良心的なひとたちの集まりだった。

生きているほとんどのひとがなんらかの親子のトラウマをその奥にひきづっている。そして その内在が深いひとたちがいる。

今回 ヒントになることばを聴いた。

①親の愛を得られなかった人にとっては、実感できる「自分自身」というものは存在しない。だから、その場においての役割でしか自分を認識できない。彼らは役割を演じる。自分自身の欲求に疎いから、求められるままに。(あるいは求められていると思うままに)

②いい子の刷り込みがされていて それにこたえよう ほめられる自分になろうと つぎから つぎへボランティア活動に手を出す.(役割を演じる)...そしてまわりを見下すようになったりもする なぜ あのひとはしないの。

自分のなかにいる 傷ついたこどもを癒すために 事実譚 パーソナルストーリーを 履修課目に入れた。それだけでなく 昔話 他者の事実譚 また 現在のよいものがたりにも それを語り 聴くことで 自分がからみとられているものの存在に気がつく ものがたりはもともと ヒトを癒す強い力を持っている。

だが 自分が癒されるだけでは プラスマイナスゼロである。

自分が癒されるために語るのではなく ひとを癒し 鼓舞する 魂をウツ カツ 蘇らせる それが語りの 本質である。そうして 自分も癒されてゆくのである。なんだ これで やっとスタートライン!?

もう 時間がない。 

また 今回ほど パーソナルストーリーの持つ 激烈なまでの復元の力を悟ったことはない。語り手にとっても 聴き手にとっても。

彼のものがたりは 少なくとも 3人の心を 文字通り 切り裂いた。

モノガタリは再生のために生まれる。再生には気づき 気づきにはイタミがつきまとう。そのイタミあるいは束の間の死を救うのが愛 それも無償の愛なのだ。

だが この 愛 というのが惜しみなく奪ってやまない。暗黒の海のように ブラックホールのように。

わたしは わたしの語り に戻ろう。 この 場 がより清らかな ゆるされた 目覚めた まことの 愛 の 場 となるよう 祈りながら 見守りながら。

 



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