鈍いなまくら刀で社会を斬る!

デザイン・サッカー・世の中など思ったことを(出来るだけ)冷静に、(極力)論理的に

ダークダックスの懐の深さとブルーハーツ

2018年02月28日 20時13分31秒 | エンタメ
ダークダックス(※1)。
ブルーハーツ(※2)。

交わることのない2つのグループが交わった瞬間があった。

これは記憶が定かではないのだが
確か、ダークダックスがやっていた「サンデーダークダックス」というラジオ番組で
全国の一般大衆に最初に(?)ブルーハーツが紹介された。

家族で山梨の祖母の家に行った帰り小仏トンネルあたりだったと思う。
車の中で聴いていてダークダックスの誰かが

「ドブネズミみたいに美しくなりたい」
「写真には写らない美しさがあるから」

この歌詞に感銘を受けました、って言ってた。
そして「リンダリンダ」をフルコーラス流した。

大学の頃から合唱をやっていたうちの父は当然クラシックが大好きで、
ポピュラー・ミュージックはダークかデューク(※3)という感じの人だが、
車で一緒にそのラジオを聴いていて、ブルーハーツを強制的にきかされて
なんとも言えない微妙な顔をしていたのを覚えている。


何が言いたいかと言うと、それを聴いていた母が言った一言。

「さすが慶應の人は違うわね」

ポイントは勿論「慶應」ではなく(苦笑)、全く違うジャンルだろうが、
良い物は良いと受け入れる柔軟さ。
自分の子どもほどのメンバーがやっている拙いパンク・バンドの曲と詞を認め、
全国に紹介しようとする懐の深さ。

これ、大事。
テストに出ます。


(※1)ダークダックス:
    慶應のワグネルの男子メンバー4人がプロになった。
    ロシア民謡とかを歌ってた。リトグリの祖先みたいな感じ。
    角打ちで「ダークでお願いします」って言われたら半身になる。その語源。
(※2)ブルーハーツ:
    日本のパンクバンド。歌詞が最高。
(※3)デューク・エイセス:
    ダークダックスの路線を狙ったグループ。
    歌のジャンル的にはゴスペラーズの祖先みたいな感じ。



感動ポルノ見てます?

2018年02月28日 01時50分47秒 | スポーツ
平昌から日本選手が帰国した。
感動ポルノ全開のマスコミの質問が始まった。

本当に色々な人に支えられているんだなーって言わせたい。

カーリングは、本橋選手が陰で支えたというストーリーを強調したい。
昔、カワイイと持ち上げられていた選手が結婚出産を経てベテランとなり、
チームを一から立ち上げて、スポンサー集めに奔走し、試合では若いメンバーを支えた。
ってわかりやすい感動ポルノだから、それを打ち出したいんだろうね。

でも視聴者もそんなことわかってるからね。
何か30年くらい前からやってることを、ずーっとそのまま
やってる感じだよね。テレビって。

で、視聴者も面倒くさいから、それを黙って見て乗っかってあげる。
このあたり、テレビの人たち、ちゃんと考えたほうがいいと思う。

HONDAファンの恨(ハン)の文化

2018年02月27日 00時45分22秒 | スポーツ
バルセロナでテスト(F1の話です)が始まった。

私の大好きなヤフコメを見ると、まあHONDAファンの
ウラミ・ツラミ・ソネミが渦巻いている。

昨年マクラーレンとアロンソにプレッシャーをかけられたのを、
HONDAファンは未だ根に持っているらしい。

朝鮮半島には「恨の文化」というのがある。

外敵(中国・モンゴル・日本)に蹂躙され、国内は儒教でがんじがらめ。
恨み・辛み・嫉み・ニヒリズム・ルサンチマン、色々な思考と想いが
混ざりあったのが朝鮮人が持つ「恨」という感情。

それをまさにヤフコメのHONDAファンは体現している。

マクラーレンやアロンソが何を言っても許さないという感情。
マクラーレンやアロンソが失敗するのを祈っている。
トロロッソホンダがダメダメでも、マクラーレンが遅ければ喜ぶ。
アロンソがスピンでもしたら大喝采。
絶対、アパートの前に路駐しているメルセデスのエンブレム折ってるね。

日本でも「恨」の感情を持つ人がこんなにいるんだと思う今日この頃。

あまりに貧乏臭くてマイナス思考で何も生み出さないからやめません?



人生はすりこぎだ

2018年02月25日 14時20分56秒 | エンタメ
左とん平が亡くなった。

俳優というより「とん平のヘイ・ユウ・ブルース」の方が思い入れがある。

40年くらい前に発売したやつを20年くらい前にリバイバルで再発売した時
何度も何度もCDをリピートして聴いた思い出がある。
R&BやSoul、Jaz 、HipHop、ラップが好きな人は絶対に聴いたほうが良い。
YouTubeにも上がっている。

歌声、曲、歌詞、そして演奏、どれもが最高。
信じられないほどカッコイイ。
1973年だよ。発売。
ミッキー・カーチスはいい仕事した。

レフトとん平
、ありがとう。

合掌


平昌オリンピック卓球とテニスで金メダル!

2018年02月24日 17時15分20秒 | スポーツ
チェコのレデツカ選手、スキーのスーパー大回転の金メダルの後、
本日スノーボード、パラレル大回転でも金メダル。

アナウンサーに、この偉業を何かに例えろと言われた解説者が
ひねり出したのが、

「卓球とテニスで金メダル」だった。

レデツカ、解説の長岡英明よく頑張った。


Trump as a business person

2018年02月24日 16時44分50秒 | 考え事
トランプ大統領は、本当にビジネスマン(ビジネスパーソン)だと思った。

フロリダの高校で銃の乱射があり、亡くなった生徒の親や、その場にいた
生徒がホワイトハウスでトランプに面会をした。
彼らは銃の規制を訴えたのだが、その人々を前にトランプが言い放った言葉が

「教師が銃を持って武装すればこういう事件を防げる」

これは私も驚いたし、なんだこれは、と思った。
が、冷静に考えると、なるほど、とも思った。

アメリカで銃規制(=銃の保有禁止)をするのは不可能だ。
憲法で保障された権利であるし、その憲法を修正するのは不可能に近い。

全米ライフル協会(NRA=National Rifle Association of America)は、
非常に強い集票力と、ロビイング力、そして資金を持っている。そうなると、
そもそも議会が力を合わせることが出来ないので憲法を修正することは不可能であろう。
そしてこのような理由で銃規制が不可能であることは、トランプはよく理解している。

でも政治家として対処しなければならないとなると、現実解として、
このような事件を無くすにはどうしたら良いか。その答えがあの発言なのである。

どういうことかというと、トランプは生徒や親の「真の要望」は、

「銃規制をして欲しい」ではなく、「銃で犠牲になる子どもを無くして欲しい」なのだと
捉え直したのだ。

つまり、問題の定義を変えて、誰も解けない長年懸案となっている
この問題を解こうとしたのである。

学校が狙われるのは、生徒は誰も銃を持っていない弱い存在だからである。
誰も学校では銃で武装していない(警備員は所持しているかも知れないが)。
もし、犯人が銃を乱射して人を殺したいと思ったら、街なかだと一般人も銃を所持して
いるかもしれないし、警官もいるから乱射して沢山殺す前に自分も殺されてしまうかも
しれないが、学校なら誰も銃を持っていないから、警官が来るまで撃ち放題、
殺し放題だと考えるのは論理的だ。

だから学校が狙われる。

日本で「人を殺したかった。誰でも良かった」とかで車で人混みに突っ込むような無差別殺人が
起きると、多くの人が「人を殺したかったら、ヤクザの事務所に突っ込んでみろよ。そんな根性
ないくせに。無辜の人々を狙うなよ腰抜けが」と思うのと同じロジック。

武闘派がいるところにいったら自分もやられるから、無辜の人々にいく。

だったら、学校で教師を武装させ、学校で乱射したら自分も教師に撃たれる可能性も高いと
ひるませ、そのような事を躊躇させ(抑止)、実際に起きたら、すぐに教師が犯人を撃てるように
教師に銃を撃つ訓練を積ませる(早期対処)、というのは、とても現実的で実行可能な案である。

少なくともアメリカで銃を規制するよりも「銃で犠牲になる子どもを無くして欲しい」
という顧客の真の目的は達成されるのである。

そもそも、NRAからトランプは資金と票を貰っているから、NRAの意向に沿った発言をしている
と見てしまう。しかし、それをナシにして論理的に考え、何とかして顧客の問題を解決する
ソリューションを提案しようとする「ビジネスパーソン」という視点からトランプの
「教師に武装させる案」を見てみると、学校自治の観点からもそれほど悪い提案ではないのである。

勿論、あの場で、これを出すのが良いのか?というビジネスパーソンのスキル
としての「タイミング」問題というのはあるが。

オリンピック解説、名言出た「旗門よ俺をよけろ!」

2018年02月24日 15時47分39秒 | スポーツ
スキーアルペンの川端絵美の解説が面白い。

アルペン団体
スイス回転の銀メダリスト、ラモン・ツェンヘウゼルンとか
身長2メートルとかあるんだけど、解説が。

「俺様が通る」
「旗門よ、俺をよけろ!」
「あー」
「きゃー」

何か自由でいい。
ちゃんと解説する時はするし。

しかし、私もスキーをやるのでスキーの山の上から滑ってくるアルペン競技
(滑降・スーパー大回転・大回転・回転・複合)は大好きなんだけど、
日本では人気がない。
オリンピックですら放送もほぼしない。やっても録画。面白いのになー。

オリンピック男子では1956年猪谷千春が回転で銀メダルを獲ったのが唯一。
日本人でもちろん唯一だし、アジア人でも唯一。というか、
ヨーロッパとアメリカ・カナダ以外の国でメダルを獲った歴史はない。

オリンピック女子に広げても、日本人・アジア人で0。
ヨーロッパとアメリカ・カナダ以外の国ではニュージーランドが2人だけ。

歴史という大きな壁。
何という恐ろしい競技。



宮原知子のおかげで浅田真央は過去になった

2018年02月24日 13時33分13秒 | スポーツ
女子フィギュアスケートを見たけど凄かった。
ロシアの2人は、別の競技だった。

競技というかクラシックバレエを見ているよう。
スポーツではなく舞台を見ているようで、ザギトワとメドベージェワは
衣装も素敵な感じで役に入り込んだ女優のようだった。
坂本はもっと衣装が綺麗だったら1〜2点高かったなw

しかし、今回のエポックはアナザープラネットのロシアの2人ではない。

エポックは、宮原のフリーがソチでの感動の滑り「浅田涙のフリー」を抜いた、
ということだ。配点が変わっているので単純比較は意味ないが、それでも
浅田を抜いたのだ。
これはもう、我々は浅田の亡霊を見なくてよく、日本の女子フィギュアの選手達も
浅田のくびきから解き放たれたということを意味している。

つまり、フィギュアという競技があの時代とは違う次元に入っているということだ。

理想の作品を目指して敗れた浅田。
一番得点がとれる作品を目指したキム。
バンクーバーのあの時は未だ、どちらが良いかという結論はウヤムヤで賛否両論あった。

しかしソチで、フリーだけは燃えるような魂の滑りが出来た浅田。
あの滑りは誰もが感動したのと同時に、「ショートで失敗しなければ」と誰もが
思ったであろう。
自分の満足いく作品を目指した為に、方向性を見失い、自分の精神も見失って
ショートでミスを連発して、呆然としていた浅田。

あの時の浅田にかけてあげたい言葉は、今、この時点なら明確に言える。

「優勝する為には理想の作品を目指すのではなく、
 一番得点がとれる作品を目指すことがなんだよ」と。

自分の理想のフィギュアを追い求め、散っていった浅田。
今回、宮原が浅田を抜き、坂本ももう少しで浅田を抜けそうだったことからわかるように
浅田のフィギュアは既にひと昔、過去のものとなってしまっているのだ。


そもそも、スポーツにはルールというものがある。
そのルールを守ることが何よりも重要である。
当然、ルールを守れない選手は退場となる。

そして、ルールというのは採点競技においては審判からのメッセージでもある。
1つ1つの所作に点数がつき、その所作の出来具合(GOE)で加点減点がある。
どのような所作をしたらどのような点数になるか、審査員(それを派遣する連盟や協会)
からの非常に強いメッセージである。
今回、そのメッセージを正確に理解し、忠実にというか、それを超える美しさで
実行したのがロシアの2人なのである。

毎年7月に決まるルールという強烈なメッセージを正確に理解し、
日本の女子選手が頂点を掴むことを祈っている。

そして最後に、観客。
もうそろそろ、過去を懐かしがったり「昔は良かった」とか
「あんなのはフィギュアじゃない」とか言うのはやめ、現実を見て、
過去から自由になった方が良い。
進化しているフィギュアのルールを正しく捉えて、前向きにゲームを楽しむのだ。


ちなみに先日の私の予想の答え合わせをすると、4位宮原、5位コストナーが逆だった。
まぁ今回は予想が簡単だったから、全問正解が多かったと思うけど。

【予想】
1位:ザギトワ
2位:メドベージェワ
3位:オズモンド
4位:コストナー
5位:宮原
6位:坂本

【現実】
1位:ザギトワ
2位:メドベージェワ
3位:オズモンド
4位:宮原
5位:コストナー
6位:坂本

ニッポンスゴイデスネー教 経典第1章「下町ボブスレーの巻」

2018年02月22日 23時14分44秒 | スポーツ
先日書いたが
下町ボブスレーの件がレースが実際に始まってまた出てきたので再度。

下町ボブスレーが採用されなかったのは、性能が悪かったからである。
性能が良いのに使わないということはありえない。
単に性能が悪かっただけである。

性能が悪い本質的な原因は、下請け企業は部品をつくれても
全体を作れないということではあるのだが、何より致命的なのは、
車メーカーでいうところの主査がいない。
責任を持つ人がいなかったことが致命的だったのだ。
出てくる登場人物が全て他人事でフワフワしている。

逆にラトビアのソリメーカーは生活をかけてソリを製作している。
あちらも少人数の町工場だ。
もしソリが売れなくなったら生活が困窮するのだ。

下町は言い方悪いが片手間。
本業の空いた時間にやっているだけだ。
ラトビアからすれば「ボブスレーなめんな」だろう。

このプロジェクトはまさに「ニッポンスゴイデスネー教」
の経典第1章に書かれるべきプロジェクトだったのだ。

「陸王」が僕らの心をうったのは、足袋ではもう立ち行かなくなった会社が
会社の命運をかけて、人生かけて、本気になってランニングシューズをつくったからである。

もし今後やるなら、本気で人生かけてやれば良い。応援する。
池井戸潤が「氷王」という題名で小説化してくれるだろう。

よく見たら井戸田潤「和風」というハンバーグの小説になっているかも知れないが。

ノルディック複合ラージヒルでの個人vsチーム戦

2018年02月22日 14時33分34秒 | スポーツ
ノルディック複合のラージヒル。

渡部暁斗はメダルを取れず、ドイツのポディウム独占という結果となった。
あのレースは残念ながら、そもそも渡部1人では勝てないレースだった。
ドイツの3人にチーム戦を挑まれたら個人が勝てるわけがない。

この結果を見た上で、完全に結果論を書いてみたい。
勿論、渡部は全力を尽くしたし、その時点での彼が考える最善の選択を
しているはずである。しかしながら、経過と結果を見て書いているので、
渡部プロの当時の判断よりも素人の私の今の判断の方がが正しい。
結果論なので。

「渡部大健闘」「渡部に心の金メダル」で終わらせても観客の我々は
何も進歩しない。渡部自身は素人に言われなくても十分成長するだろうから
置いといて、我々観客も成長しなければという思いから結果論を書いてみたい。

ついでに言うと、金メダルを取った選手たちの「当番組だけに語った感動秘話」
ばっかり流しているワイドショーとスポーツ番組にあきれているということもある。

では。
先ず、結論。
今回のジャンプ1位から得たクロスカントリー(クロカン)での数秒〜数十秒の
アドバンテージは無視すべきだった。ゆっくりスタートして、後続のメイン集団
(オーストリア1人、ドイツ3人)を待つべきだった。これが正解。
しかし実際は単独(陰に1名いたけど)で飛ばし過ぎて失速して負けた。

あれを見ていて、ツール・ド・フランス(ツール)を思い出した。

ツールでは、単独のアタックは成功しない。
逃げの場合は必ず「集団」でなければならない。これは最低条件。
「集団」でないと逃げは無理だが、「集団」だからといって
逃げが成功する訳ではない。逃げるには、「集団」の中にマイヨ・ジョーヌを着る
エースとサポートがセットでいる必要がある。

今回でいうと、あの距離を逃げ切るなら、最初2位にいたノルウェーの選手と
チームを組まなければならなかったのだ。

「一緒にやれば金メダルは俺だけど、君も銀とれるよ。君には望外の結果だろ」と
いう交渉を成立させ、渡部がマイヨ・ジョーヌ、ノルウェーの選手がサポートの共同作戦が
必要だったのだが、このノルウェーの選手はクロカンが苦手というイメージが渡部に
あったのだろう。共闘はしなかった。

その結果、ジャンプ2位のノルウェーの選手は渡部の後ろに居続け、ずっと渡部を
風よけに使い、最終的に渡部より上位でフィニッシュした。

ジャンプで勝てなかった渡部にクロカンで雪辱を果たす、ということは出来たが
メダルを取れずに終わったのだった。でも、もし渡部と共闘していれば、ノルウェーの
選手は、渡部にはジャンプでもクロカンでも負けたが銀メダルは獲れた。
客観的に見て、どっちが良いか自明であろう。
これは渡部とノルウェー選手の二人の明らかな戦略ミスである。

最後の坂の前で板を踏まれたかなんかで脱落したがあれは、ただのアクシデント。
ワックスの問題もあったのかもしれないが、本質的には関係ない。

個人対チームでは個人は絶対に勝てないのが、レースなのだ。

女子フィギュアスケートの順位予想

2018年02月22日 00時52分27秒 | スポーツ
女子のショートプログラム見ました。

ちょっと、ザギトワとメドベージェワが別格。
アナザープラネット。
圧倒的な実力で金銀はこの二人で確定だが、金メダルについて言えば
ザギトワがちょっと飛び抜けている。

1位:ザギトワ
2位:メドベージェワ

だろう。

銅メダルは混戦。
オズモンド、宮原、坂本、コストナーの3〜6位までの選手の
戦いとなるが、オズモンドが頭一つリード。
演技構成点は、オズモンドとコストナーが良い勝負。
でも技術点はオズモンドの方が高いので、オズモンドに軍配。

3位:オズモンド
4位:コストナー
5位:宮原
6位:坂本

の順位で決まり。
ただ、決まりと言いながらも4位〜6位はフリーでミスが出たりすると
入れ替わる可能性があるが、女子フリーではミスはほとんど出ないから、
まあ確定だろう。

現在のジャッジの好きな方向性は完全にクラシックバレエになっている。
勿論、トリプルアクセルが完璧に出来るのなら、トリプルアクセル単発や
コンビネーションで高得点が狙えるが、飛んで失敗するリスクを考えたら
クラシックバレエの方向を突き詰めた方が良い。

浅田真央のようにジャンプの選手が好きな日本人は芸術的なキム・ヨナに
負けたみたいな印象があるので、日本のファンの一部はこの方向性は
嫌いかもしれない。

ただ、世界的にこの方向でないと点が出ないので、クラシックバレエに行くか
トリプルアクセルのコンビネーションを美しく飛べるまで突き詰めるか、
どちらかだ。

坂本と宮原についていうと、坂本は宮原より技術点は高かったが、
演技構成点では宮原に負けた。フリーでも同じ傾向のまま、宮原が上に行く。
しかしながら、宮原は伸びしろがほぼないので、もうこれ以上は上がれない。
ここからは上はジャンプを高く美しく飛べる選手でないと無理。

私はアンチ宮原ではない。
彼女はあの体格で十分戦っており、尊敬に値すると思っている。
それは間違いないのだが、生まれ持ったカラダは如何ともしがたい。

もうこれ以上は。

dead-end。

行き止まり。

何か悲しくなってきたので。また。

オリンピックに出てるのは国の代表ではなく競技界の代表なのだ(オリンピックの政治利用問題)

2018年02月20日 01時49分33秒 | スポーツ
オリンピックの政治利用について。

今回「ピョンヤンオリンピック」とまで言われた
ピョンチャンオリンピックでは北朝鮮を筆頭にしたオリンピック(スポーツ)の
政治利用が問題/話題になった。

実は、むしろそれは以前書いた通り
当たり前のことで、オリンピックと政治とは切り離すことが出来ない
不可分のものという前提を、我々は認識し是認すべきである。

今回も安倍首相からLINEがきたが、あれだって政治家がオリンピックを
利用していると言えるし、羽生結弦や小平奈緒にお祝いの電話をして
テレビに取材させたのもオリンピックの政治利用と言える。

しかし、それを批判してもしょうがない。

思い出してほしいが、オリンピックには国の代表として参加し、
開会式には国ごとに揃いのユニフォームで入場してくる。
メダルをとれば国旗が掲げられ、金メダルをとれば国歌が流される。
これで政治とスポーツとを切り離せ、と言われてもそもそも無理な相談なのだ。

だからオリンピックは国が主役にならないよう、「市民」という考え方を
昔から打ち出している。開催地は「国」ではなく「都市」だ。

オリンピックを凌ぐ世界最大のイベント、サッカーワールドカップは
勿論、国の代表として選手は出場するし、コンタクトスポーツなので、
やっている方も見ている方も、つい熱くなり、国家という枠組みや
国民の期待を背負う感はオリンピックよりも強い。
しかしながら、国ごとに入場行進もしないし、勝っても負けても優勝しても
国歌は歌わない。国歌は試合開始前に両チーム平等に歌うのだ。
国旗掲揚もしないが、逆に開催地は「都市」ではなく「国」だ。

サッカーのワールドカップは、本質的にスポーツとか政治とか国とか言う前に
生い立ちからして既に戦争みたいなものだから、国という大きな力で支えながら
「国家推し」を極力減らしているのだろう。

そして、オリンピック。
さて、僕らはオリンピックで何を見たらいいのか。どうしたら良いのか。
国威発揚としての国旗や国歌、それを通しての国の誇りを見ればよいのだろうか?

いや、レースが終わった時の小平奈緒とイ・サンファが答えだ。
最近仲の悪い日本と韓国のエースが仲良し、というような上っ面の話ではない。

ライバルとして世界を転戦し、月に何度も顔を合わせ、お互いを高め合いながら、
しのぎを削り、時には助け合い、世界のスピードスケートファミリーの
一員になっているのがこの二人だ。

ノルディック複合の渡部暁斗とフレンツェルも同じだ。世界を転戦し、
同じ価値観や文化、commonsenseやunwritten ruleを理解、共有し
ノルディックスキーファミリーの一員として切磋琢磨している。

だから、勝負が終わったらお互いに一人の人間として、そしてその競技の一員として
お互いを認め、立場を尊重し、理解することが出来るのである。

我々観客は、オリンピックでは、ここを見なければならない。

オリンピックという4年に1度、多くの人が注目する、accomplishment。
この到達点に達するまでのコンテクストとストーリーを自国の選手が
世界の選手と共有している、このことに目を向けるのがオリンピックという
祝祭の見方なのだ。

同じなのは性別くらいで、生まれや肌の色、家族構成、風習、宗教、
何もかも違う人たちが、競技のライバルという関係性の中で、競い、話し、
世界を転戦しながら同じ時間を過ごす。勿論、その中に衝突もあるだろう。

しかし、同じ競技をしているという1点で彼ら彼女らはお互いを理解し
文脈を共有し、一つの文化、「スポーツ文化」を作るのだ。

その「スポーツ文化」の結実点がオリンピックなのである。

個人が国家という枠組みで閉じず、競技そのものと、ライバルに自己を開示していく。
そこには建前や、面子、強がり、言い訳は存在しない。裸の自分と裸の相手がいるだけだ。
そのせめぎあい、ぶつかり合いから生み出されるのが、「スポーツ文化」なのだ。

つまり、小平とイが見せてくれたのは、国家の代表ではなく「スポーツ文化」を基礎とした
スケート女子界の代表としての姿なのだ。

オリンピックには誰もが国家の代表として出場しているが、入賞以上に入ってくる
トップオブトップの選手たちは例外なく、その競技界を代表する者として競技している。
だからこの4年間に起こったストーリーを全員がそれぞれ噛み締めながらオリンピック
という舞台に立つのである。

そんな選手たちを「日の丸」「日本代表」「国民の期待」という狭い視野で見てしまう
ことは、本当に勿体無いことであるし、「スポーツ文化」を否定することになる。

オリンピックに出ている人は「国の代表」ではあるが「競技界の代表」でもあることを
オリンピックを見ている我々は絶対に忘れてはならないのだ。


「獣のような滑りの」小平奈緒は気が付いて良かった

2018年02月19日 01時59分06秒 | スポーツ
「獣のような滑り」とか言ったTBSのアナウンサー。
「女性に失礼」とか批判がスゴイらしいけど、あれには伏線がある。

背骨の動きを活かした、スケーティングにしている小平のフォームが
チーターやヒョウの動きに似ているとコーチでもある結城匡啓教授が
言ってたからだよ。

その流れがあってのこと。
にわかでもないただの視聴者が反応しているだけだから無視して問題ない。

この件は終了。

そなことより、ちょっとだけ努力して、たまたま限定された条件で
良い成績をおさめて、次世代のスター的にマスコミに取り上げられて
そのままどっか行った人たち。もしくは、その予備軍たちへ。

人生かけてる、羽生結弦や小平奈緒を見習ったほうが良い。

いま15歳とか17歳でちやほやされても、あっという間だよ。
競技人生。

精神的に成熟していない人が多いから、20代後半で
「あれ?何も成し遂げてない」
ってことに気が付いて、みんな急に「求道者」になるけど、カラダが全くついてこない。
もう遅い。

今回のスケートで言うと小平奈緒と高木美帆は途中で気が付いて間に合った。
フィギュアの浅田真央は間に合わなかった。
スキーモーグルの原大智は間に合ったけど、上村愛子は間に合わなかった。

だから、スポーツで一流になりたかったら、精神的に成熟するという目的の為だけに、
10代前半に海外に拠点を置いて勝負した方がいい。
そうしないと絶対に後悔する。

日本のマスコミは、スポーツ選手と仲良くなって、ずっと一緒にいる「なんとか番」
という方法が大好きだ。勿論、同じやり方は外国にもある。
サッカーなどは特に特定チームをずっと見続けて40年とかいう記者がザラだ。

ただ、日本のマスコミと外国のマスコミが違うのは、批判をするかどうかだ。
日本は選手と友達になり、選手が嫌がることや、選手に嫌われることは書かない。
マスコミの本質を忘れた行動を平気でとるし、それを良しとする国民性がある。
だから、自分のミスで負けたとしても

「なんとか選手、惜敗」「世界が見えた!」「自分自身に金メダル」

という見出しをつけられる。
そして、若くして才能を見出された選手は、マスコミと日本国民に、
じわじわと真綿で首を絞められるようにして、才能と時間とを奪われていくのだ。

だから、圧倒的に海外を勧めますね。僕は。

何より、経験論でしか語らない日本のスポーツ界と違って、データとサイエンスに
基づいたトレーニングをしてくれるしね。

たまたま信州大学には、いい教授がいたから小平奈緒はよかったけど。



目から鱗の北朝鮮美女応援団(あっ「いわゆる」を付け忘れた)

2018年02月18日 12時53分04秒 | スポーツ
北朝鮮の女性応援団。

アイホの女子日本代表選手がKOREAとの試合を終えて、
「応援は全く気にならなかった」
「試合内容に関係なく、ずっと同じような応援をし続けていたので」
と言っていた。

これは、なるほど。

試合に関係なくのべつ幕なしで応援し続けているのは、
応援が定常になってしまうので、選手としてはプレッシャーは無いと同じ。

よく考えると日本のサッカーも同じだったりする。

Jリーグも日本代表も、いっつも太鼓叩いて一定の応援。
試合に関係なくやってる。
たまに上半身ハダカでピッチに背を向けて応援している
名実共に寒いウルトラスがいる。

こういうのを見ると、北朝鮮の女性応援団と良い勝負で、
まったく成熟してないなー、とガッカリする。

樋口コーチが師匠満知子に並んだ瞬間

2018年02月17日 16時55分10秒 | スポーツ
フィギュアスケート男子はほぼ事前予想通りになった。
ただ、実際に目にすると大感動。
思わず涙が出た。

さて、涙を拭きコーヒー飲んで落ち着いたところで。

先ず。

宇野昌磨の銀メダルは、宇野とハビエルが逆かと予想していた。
何故ならハビエルがミスるとは思わなかったから。
でも彼も無事にポディウムでよかったよかった。

チェンの5位も浅田真央(6位)パターンと同じ。
ショートでミスしてフリーで開き直ってチャレンジして全選手の中で
フリー最高得点(浅田は違ったけど)。でも逆にショートで上手く行っていたら、
こんな無理なチャレンジしないだろうから、ショートでミスしてこその
点数だった。

さて、帰還した王、羽生の金メダルについては、ジャッジも前大会王者が直前にケガ、
今大会で復活、というストーリーに乗って思わず高めに付けちゃった感も若干あった。
団体の宮原のジャッジに文句言ってる人はこういう時は都合よく黙ってるが。

でも、ジャッジも人間。更に試合だけ見ているわけではなく、
オリンピックに関係ない時期から有力選手の練習を見に行ってるし、
オリンピック期間中にも当然、選手の練習見ている。
勿論、パーソナリティも知っているから、先入観から思わず多め、
思わず厳しめ、というのはしょうがない。
別稿で書いたけど、体型にも左右されるしね。

予想外の宇野については、僕自身が彼のパーソナリティがわかっていなかった。
銀メダル後のインタビューが非常に面白かった。

選手の滑りを全部見て点数まで見て、自分の演技構成を完璧にやり遂げれば
1位になれるとわかっていた。最初で転んで、(1位はだめだけど)、自分頑張れって
思って滑った

みたいなことを言っていた。結構驚き。

羽生に頭クシャってやられた時も、ちょっと嫌がっていて
子ども扱いするなよ、ちょっと羽生ウザっ、みたいな感じだったし。
ちょっと冷めてるというか、客観的な視点が強いというか、マイペースというか。

宇野とは逆に樋口コーチが熱い。
試合中は、リンクのフチを叩いて「頑張れ」って応援してたし
KISS&CRYでは、点数みて「えっ!」って言って絶句して固まってるし。

まあ、あの時は師匠(山田満知子+伊藤みどり)に追いついた瞬間で、
嬉しさと感動というか、想いもひとしおだったからかな、と思う。

まー、日本のフィギュアファンというか日本国民からすると、理想的な結果に
終わったフィギュアスケート男子だった。

あ、そういえば、羽生はプーさん命って訳でもないらしいね。