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救急外来

2006年01月26日 22時15分04秒 | 実習先で考えたこと
昨日で急性期の基礎実習が全て終了しました。

今回実習でお世話になった先生は、看護学科唯一のダンディズム。
「すごいしっかりした先生」ってイメージだったけど、遅刻するし、記録出しても読むのすごい時間かかってるし、「なんだ先生もダメなとこあるんじゃん♪」ってなんか逆に微笑ましかったです

学生はただでさえ実習緊張してて、指導者さんの前に立つと更に緊張する。
そんな時、先生にまで緊張してたら身がもたないと思うんだよね。
今回の実習は、先生のおかげでいい意味で気が抜けて、リラックスした状態で学ぶことが出来ました。

先生と仲良くなれたぶん、いっぱい質問とかできて。
記録も一生懸命見て「ここもっと深めたほうがいいんじゃない?」とかアドバイスくれるから、どうしたらいいのかわからないってことがなくてやりやすかったし、今まで出一番学びが深かったかもって思います!!
指導教員は完璧なよりも少し抜けてるくらいの方がいっぱい相談できて、結果的に良い教育が出来るのかなぁって思いました!

・・・もしかしてこれは全部先生の策略だったのでしょうか?笑


今日の実習先は「外科外来」だったのですが、すぐ隣りの救急外来に搬送されてくる患者が多かったため、一日そちらで実習させていただくことになりました。


「患者の変化が急激かつ重篤で、その場での迅速な判断・処置が必要である」。
急性期の特徴、救急搬送患者の特徴を思いっきり見せつけられた気分でした。

救急搬送されてくる患者さんは、急性期にあり変化が激しいというだけでなくて、その症状が重篤であることも多かったです。
患者さんの状態は刻一刻と変化していくので、迅速なす処置、診断、治療が開始されなければならないんだなぁと思いました。
救急外来では一人が現在の症状を緩和するための処置を行い、一人が診断をするための情報となる検査を行い、一人がモニターから全身状態を観察し・・・というように、一人の患者に対して同時に複数のケアがなされていて。
「処置を行いながらの診断」がとても重要になってくるんだなぁって。

今回関わらせていただいた患者さんのことを話そうと思うと、結構プライベートに触れることになっちゃうからあんまり離せないんだけど、「クリティカルな状態」ってのを間近で見たのはすごいショックだった。

呼吸苦を訴えて搬送されてきたおじいちゃん。
小柄で目がパッチリしてて、すごいかわいいおじいちゃんだった。
医師は私達学生にその方の呼吸音を聞かせてくれ、「これが粘髪音だよ」と教えてくれた。

私は呼吸の異常音を聞いたのが初めてだったので、その音を聴取できたことですごく興奮していた。

そこにおじいちゃんの奥さんが呼ばれた。


今回の実習目標には、「急性期患者の家族の体験を知る」という目標もあったので、これはっ!と思い横で説明を聞かせていただいた。



医師から告げられた言葉は、
「このまま治療をしなければ明日、明後日には亡くなるでしょう」だった。


ショックだった。

医師から先に病名は知らされていたが、そんなに重篤な状態にあるとは思っていなかったから。



急性期の特徴は「その発症が急激であること」である。
このおじいちゃんと家族を見ていて、その急激な変化は家族にも大きく影響するのだと思った。


それまで普通に毎日一緒に過ごしていた人が、急に倒れ病院に運ばれ、色んなチューブにつながれ苦しそうにしており、そこでいきなり医師から命の期限を宣告される。

それってどんな体験なんだろう。
私には想像することしかできないが、とても大きなストレスであり、家族が危機状態に陥るのも当然だと思う。

その家族の気持ちに寄り添う看護ってのももちろん必要なんだけど、救急の特性上一番守らなきゃいけないのは次に運ばれてくる人の“命”で。

他の患者さんの容態を観察していなきゃってのもあるんかもしれんけど、家族への説明が普通にみんなのいるシャーカステンの前で行われてるのにビックリしたよ。
家族の前平気でみんな通るし、足元で探しものしたりもしてるし。

慣れちゃってるのかなー。怖いなー。
せめて椅子ぐらい用意して座らせてあげてほしいし、カーテンで仕切るくらいの配慮があってもいいんじゃないかと思った。

身体的側面への援助が一番の重要事項となる救急で、家族ケアまで充分に手をまわすことは現実的にはなかなかむずかしいことなんだろうなぁと思った。


おじいちゃんと奥さん、元気になるといいな。

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ICU見学実習

2006年01月20日 15時02分04秒 | 実習先で考えたこと
昨日の実習ではICUを見学させていただきました。
ICUの設置目的は、
「内科・外科系を問わず、呼吸・循環・代謝、その他重篤な急性機能不全患者を収容し、強力かつ集中的に治療を行うことによってその効果を期待する」ことにあります。
つまり、ICUは原疾患に対する原因治療というよりも、生命の維持に重大な影響を及ぼす呼吸・循環・代謝などの機能不全に対して全身的な治療・看護を行う場所である、と言い換えることが出来ます。



急性期のなかでも、ICUは比較的重症度が高い方が多い。
そこでの看護にはやっぱり特徴があって。

まずフローチャート(血圧・脈拍などのバイタルサインや注意事項、処置内容が書かれた紙)が違う。
普通の病棟だとこういった紙は数日単位の変化が見られるようになってます。
バイタルを測るのは一日一回くらいで、少し注意が必要な患者さんでも三回くらいだと思います。
しかし、ICUではその方の一日の変動を観察するため、2時間おきのバイタルサインの測定が行われていました。
やっぱりICUに運ばれてくる=急性期で変化しやすく、しかも重症度が高いからその変化が命取りになったりで。
2時間ごとに測ってることにもちゃんと意味があるんだなって思いました。

ICU看護は本当に観察が細かい。
高カロリー輸液や点滴などによる水分の流入量、尿やドレーン排液といった排泄物の量も時間ごとにきっちりと測り、記録に書き込みます。
なぜか。
ICUに入室する患者は、前述どおり“呼吸・循環・代謝に障害を持った状態”です。
しかもそれらは単独でというよりも合併していることが多いのです。
電解質バランスの異常・水分出納のアンバランスは、患者の循環動態に大きく影響します。
これらのバランスの崩れは心臓に負荷を与え、心不全などの症状を引き起こしかねません。
よって、IN/OUTを正確に測定する必要があるのです。

特に尿量の観察は、ICU看護に欠かせません。
皆さんは「尿量が減少している」と聞いて、患者の体に何が起こってると想像しますか?
私はこう先生に聞かれ、「腎機能の低下が疑われ、体内に毒素が貯留する危険があります」とこたえました。
でも、それだけじゃなかったんです。
尿量が少なくなる原因として、腎機能の低下のほかに、腎血流量の減少が考えられます。
腎臓に血液がいかないってことは。
腎臓に血液を送る血管に血液が少ないってことで。
つまりは全身の血流障害。循環動態があまりよろしくないってことです。

私は看護師さんに「この方は術後腎不全」と教わり、「そうか、この方は手術時の侵襲に体が対応できず、そのような合併症を起こしてしまったんだな」程度にしか考えていなかった。
しかし、腎機能が低下したのは、そこに血液がうまく届かず、虚血状態に陥ったからで。
先週先生に言われた「記録に根拠がない」ってのはこういうことだったんだなぁって。
すべて思い込みで物事を捉えてたんだ自分って気付かされた。

もっと知識を得なきゃ「患者さんの状況に応じた看護」なんて出来ないんだなぁって思いました。



あとは安静状態を保つことについて。
私が受けもたさせていただいた患者さんは人工呼吸器を装着していました。
でも呼吸器は補助的な意味で用いられ、自発呼吸もちゃんとある方だったのです。
手術から既に一週間経っていて、意識も戻ってきました。

でも。
皆さんは自分の喉にチューブが入れられてる感触、想像できますか?
私はよくわかりません。でも、すごい違和感あるだろうし、ずっとオエーって感じなんじゃないかって思います。
看護師さん曰く、それってやっぱりすごい辛いらしくて。
耐え切れなくて自己抜去してる人、自発呼吸があるのに挿管されてるのが理解できなくて自己抜去しちゃう人、結構いるらしいのです。

この患者さんには、意識が醒めた頃看護師から人工呼吸器について説明がなされたようです。
「酸素状態が良くなったら抜管できますからね。」と。
しかし患者さんは自ら管を抜こうとし、体動によりベッドから転落してしまう恐れもでてきました。
そこで、抑制がされることになったのです。
抑制とは、体動を制限する目的で、患者の脚や腕をベッドに抑制帯で縛り付ける行為です。
この抑制帯については、「患者の人権を侵害している」などという意見もあり、最近では使用が控えられているのですが。
医療者には患者の命を守る義務もあり。

医療者の倫理原則の中の「善行の原則」と「自律の原則」のジレンマだなぁって。

結局この方は抑制帯をつけた以後も体動がおさまらず、昨日は鎮静剤によって眠らされていました。
せっかく意識が戻ってるのに。

授業受けてるときは「患者中心の医療」は当然だって思うし、それを実践したいけど、現場では色々な問題もからんでそれを実現することは本当に難しいんだなぁって思いました。



こっからは実習とは関係ない話。
ただの私の愚痴です(><;)

スタッフもできればこんなことはしたくないんだと思います。
でもそこには治療効率の問題もからんできて。

現場では、まだまだ医療者の数が足りないのが現状です。
それはなり手がいないからっていうより、病院がそれほど多くの人材を雇うことが出来ないから。

あんまり詳しくは知らないけれど、今の保険点数の制度って、あくどいやり方するやつが儲かるように出来てるようにしか思えない。
どんだけ時間かけて高度な手術しても点数変わらないし。

「医療負担が増加する」って聞くと、冗談じゃないって言う人いるかもしれないけど、それが人件費をまかなうためとか、新しい治療法を施行するためとかだったら仕方ないんじゃないかと思うんだよね。
正直今の人員配置で「質の良い看護を」には限界があると思うし。

理想論ばっか言っててもしょうがないし、今ある資源で最良の医療を提供していかなきゃいけないのはわかるんだけど、お偉い人達は「医療費が高騰してるから」だけじゃなくて、みなさんの支払った医療費はこんなことに使われようとしているんですってのをきちんと説明する必要があるんじゃないかなぁって思いました。


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将来の夢は何かと聞かれたら。

2006年01月15日 01時38分20秒 | 看護のこと
私は大学で看護学科に通っています。
専門学校ではなく、大学を選んだ理由は色々あります。

正直、「学位をもらえる」ってのが一番大きかったです。
周りの人に自慢できる何かが欲しかったから。

でも、それだけじゃなくて。

看護だけで考えが凝り固まってしまうのが怖くて、一般教養も身につけたいと思ったっていうのもあります。

看護以外の学問を学ぶ人達とも交流を持ちたかったってのもあります。

あとひとつ、「養護教諭の資格をとりたい」ってのが、私が大学を選んだ理由でした。



今度の火曜日、いよいよその志望理由書を提出することとなりました。

今、その志望理由書を書いています。

本当は、私が養護教諭の免許をとりたいと思ったのは「ひとつでも多く資格が欲しい」からでした。
周りの養護選択者は最初から養護教諭になりたくて来てる子が多いみたいなのでいえませんでしたが。


でも、大学に入って、教職関連の授業を何科目か受けてきて。

「教育っておもしろいなぁ」と素直に思うようになったのです。

何がおもしろいって、子どもの成長に直に関われることだと思うんです。
この2年間学んできてなんとなく思ったのは、「教師は関わり方次第で子どもをどんな存在にもしうる」ということです。
総合演習で授業案を作り、他のグループの発表を聞き。
「同じ発表テーマでもここまで個性豊かな授業計画が作成できるんだ」と感動したのです。

「今の子ども達が勉強離れしてる」んじゃなくて、「教師の教え方が時代にあわなくなってきた」んだろうなぁと思ったのです。
もう、今の子ども達が興味を持てるような授業が行われていないってことで。
こんなこと書くと反発されるかなぁとは思いますが。
同じ授業テーマでも「おもしろい!」ってどんどん引き込まれるグループもあれば、いつの間にか意識消失させる癒し系なグループもあるわけで。

子ども達は「勉強が嫌い」なんじゃなくて、「今のやり方が嫌い」なんだと思います。
ほら、先生のこと好きだと、その教科の成績が妙に良くなったりするじゃないですか。
それってきっとその先生のやり方がその子にあってるからなんだろうなぁって思って。


自分も、子ども達が興味持って学ぶ姿を間近で見たいなぁと思ったのです。

それで養護教諭に興味がわいてきて。
でも、私には看護師になりたいという夢もあります。
卒業してなりたいものは何かと聞かれたら、迷わず「看護師」と答えます。

そして養護教諭にもなりたいのです。
矛盾してるかな?
でも、私が「養護教諭やりたい」って思って、働く姿想像するときに、「大学卒業して一年目」の自分は想像できないのです。

保健室には様々な悩みを抱えた子ども達がやってきます。
私が最初に「養護教諭」という仕事に興味を持ったきっかけはここにあるわけで。
高校の時、大学の志望理由書にこう書きました。

「保健室で心のケアに携わりたい」と。

そう、私が本当にやりたかったのは心のケアなのです。

私は高校時代それなりに悩みを持っていました。
でも、友達や家族に弱みを見せることがどうしてもできない子でした。
かといって、先生とは距離を持ち、相談するなんてことができない子でした。
でも、保健室の先生は、私がたまたま保健室に友達の付き添いで行ったときに「今度遊びにいらっしゃい」って声かけてくれて。
遊びに行ったからといって、悩みを打ち明けたりするわけじゃないけど、授業さぼって保健室行って、先生や友達と他愛もないことタラタラ喋って。
それだけで安定してた気がするんだな。

そういう配慮って、経験積んでるからこそ出来るっていうか。
社会の色んなこと、知らなきゃいけないんだろうなぁって思った。
もちろん経験だけで全てがカバーできるわけじゃなくて、時には想像する力も必要になるんだろうけど。


「心のケア」ってのは、看護でも養護でも大切にしたいなぁって思ってる。
看護と養護は全然別のものじゃなくて、通じるものは必ずあると思うから。

将来の夢は?って聞かれて堂々と「養護教諭です」って答える自信はない。
他の養護志望の子と養護コースの選抜競い合うことに後ろめたさを感じることもある。
でも、養護教諭になりたいって思いも本物なんだな。



だから私はこの志望理由書を出すことにするよ。

これから先、看護や教職について学んでいく中で考えはどんどん変化していくんだと思う。
いつか振り返ったとき、後悔するようなことはしたくないから。
今やりたいって思うことを精一杯やっていこうと思います。
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日帰り手術室

2006年01月12日 22時30分12秒 | 実習先で考えたこと
今日は日帰り手術室の見学でした。

前回の実習が通常手術の見学だったので、今回は両者の違い(主に手術侵襲の大きさや回復過程の違い)に焦点をあてようと思い望んだ今回の実習。


つかせていただいた患者さんはCAG(心臓カテーテル検査)の方。
侵襲の違いとか、違いすぎてあんまり比較ができませんでした・・・

麻酔も局所で普通に意識あるし、終わり次第すぐ立って歩けちゃうし。
ただ、注意しなければいけない点が違うんだなぁってことはわかりました。


局所麻酔って意識は清明なままなんですよね。
患者さんの不安が強ければ強いほど、そこで発せられる医療者の言動や態度って残ると思うんですよ。

専門的な用語がとびかい、横文字がいっぱい使われてるのを聞いてる患者さんは、一体何が行われているのかわからなくてとっても不安だと思うのです。

でも、心カテ検査を全て“患者さんがわかるような簡単な言葉で”説明しながら行うことはとっても難しいことだと思うんです。

だから、全て説明し理解してもらうことだけがインフォームドコンセントじゃなくて、適時「順調に進んでますよ。」とか、「一番難しい処置はもう終わりましたからね。」っていう状況説明の声かけが大切なんだなーって思いました。

今回のカンファレンスの議題として、「急性期の患者の特徴とは」っていうのがあって。
そのなかでも身体的特徴に重点をおいて話を進めようとしたんけど、ここにきてみんな「急性期」の定義が曖昧だってことに気付いてしまって。
自分達の中に「急性期」の明確な定義づけがなされていないから、その特徴は?って聞かれてもいまいちうまく説明できないんじゃないかなーって。


急性期の定義って、教科書的に言えば
「病気が急激に発症し、強くて激しい症状を伴い、しかも病気の進行が
早い場合をいう。通常のホメオスタシス(恒常性)や治療経過では修復不可能な期間」です。

適応は、
急性疾患の発症
手術後
外傷
慢性疾患の急性憎悪


うちらのなかで「急性期」と「クリティカル」の区別ができてなかったんだなーって思った。
(クリティカル:生体機能に多大な障害がもたらされ、生命の危機的状態にあること)

「急性期=生命の危機状態にある」みたいに思ってた。
でも「急性期」って結構幅ひろい言葉で。
風邪みたいに軽度なものから、心筋梗塞みたいに危険が差し迫る重症なものまであって。

でもどんな症状であろうと、こちらの働きかけ次第で状況が急激に変化してしまうってところが共通してるのかなって。
だからこそ、看護師の観察する目、そこから患者にどのようなことが起こってるのか判断する力が必要なんだなって思いました。


あと、前に向こうのブログで「内科は検査、外科は手術などの治療をするところ」なんだろうって書いたんですが。
どうも違うようです。

私が今回実習させていただいてる病院では、外科外来でもバンバン検査します。
看護師さん曰く、「がんを疑って受診される方は大体外科にいらっしゃいます」だそうです。

皆さん“がんになったら外科”って発想あります?
私なら多分内科に行っちゃうと思うんですけど・・・

患者さん達は自分の病気に対する不安から、本やインターネットを駆使して情報を得ようとしているんでしょうか。
だから「がんは外科」っていうのをみんな知っててやってくるのかなぁって思って。


「病気」ってのはやっぱり多くの人にとって非日常的なもので、それに対する不安ってすごいんだなぁって改めて思いました。
自覚症状が急激に出始めて、その変化に対する不安もあるだろうし、仕事や学校を休まなきゃいけないとか、家事を人任せにしなきゃとかの役割変化もあったりで。

そういう不安、しっかり捉えなきゃいけないなぁって。
でも、「不安」って言っちゃうと漠然過ぎて。
その方の不安が何から生じてるものなのか。を捉えなきゃいけないんだと思いました。


そのためには社会的背景だったり身体的特徴だったりにも目を向けなきゃいけないわけで。
私にはそこを観察する力が足りないなぁって思うので、次の実習はっそこを見れたらなぁと思います
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