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看護師を目指していた自分。

2007年04月21日 00時30分22秒 | 看護のこと
最近考えていること。

「看護ってなんだろう?」
「私の進むべき道ってなんなんだろう?」

まさか自分がこんな悩みを持つようになるなんて、大学に入ったばかりの頃は思いもしなかった。

私が「看護師になりたい!」と最初に思ったのは、多分小学校にあがってすぐくらいの頃。
なんでなりたいって思ったのかは全然覚えてない。
保育園の卒園アルバムに書いた「ほいくえんのせんせいになりたい」という夢は、スチュワーデス、ケーキ屋さん、ペットショップ屋さんなどを経て、いつの間にか看護師に変わっていた。

以来、私の「看護師になりたい。なるんだ。」という思いはただの一度も揺らいだことはなかった。

だけど実際私は働く看護師さんというやつに、大学に入って実習に出るまでほっとんど会ったことがなかった。
私のなかの「看護師」のイメージは、時々テレビで放映される〝密着!熱血看護師24時〟的なドキュメンタリーの中で患者さんに寄り添いたいと願いながら日々熱意をもって仕事をしている看護師の姿そのものだった。
実際に働いている看護師をみたのは、知り合いが入院して病院にお見舞いに行った時、ちらっとナースステーションにいる看護師さんの姿を見たくらい。
今日に至るまで、看護体験すら一度もしたことがないからね。

テレビの中の看護師さんと、人づてに聞いた看護師さんの話にはギャップがあった。
「患者さんの心に寄り添うケアをするのが看護師なんじゃないの?看護師ってなんなんだー!」
小さい頃から漠然と抱いていた憧れとともに、そのギャップも私が看護の道を志す一要因となった。

それにプラスして、自分の身内が倒れたときに助けてあげられる人になりたい、看護の知識を生活に活かしたい、そんな想いが重なって、高校生の私は看護大学に行くことを決意した。
〝大学〟にこだわったのは学歴で周りに負けたくないと思ったからっていうただそれだけ。

基本自己中な私が看護の道を志した理由なんてこんなもの。
もちろん志望理由書にはこんなこと書けないからw部活でのマネージャー業をとおして人をサポートすることの喜びを知ったとか、看護や医療の分野の知識にとどまらず幅広い教養を身につけたいとか云々語ったけどね~


そんなこんなで本当にここまで全く悩むことなく進路を選び取ってきた自分。
自分は絶対看護師になるんだって思ってたし、4年間を終えた来年は看護師として働いてる姿しか想像してなかった。

でも。

大学に入って、実習に行ってみて、自分がしたいと思っていた「患者に寄り添うケア」なんて、こんな私には出来ないんじゃって痛感させられたし、意外と患者さんのことなんて考えないで自分でいっぱいいっぱいな自分に幻滅させられた。

全人っていうサークルに出逢って「集団の力」をすごい感じるようになって、養護教諭の授業や保健師の仕事も面白いなぁって興味持って勉強するようになった。
ファシリテーションやコーチングのスキルに関しては学ぶことが本当に楽しいし、養護の専門教養の勉強や教職教養の勉強も本当楽しい。

そんなこんなで、最近興味が看護から他の分野にシフトしてきていたんだ。

それを私は「いろんなことを知ったことで視野が広がって、看護以外の世界も見えるようになってきた良い徴候なんだ!」って思ってたんだけど。

ど~も最近、それが〝看護〟からの逃げでしかないように思えるんだな(><。)

看護って学問は、私が思ってたよりずっと頭を使う学問だったし、それを実践に結び付けていくことってすっごくすっごく大変で。

私は実習に出る度、どんどん看護が苦手になっていった。


いつの間にか私のなかで「看護師になりたい。なるんだ。」の想いは小さく小さくなっていて、最近では「私の進むべき道は看護ではなかったんだ」とまで思うようになっていた。


・・・だけど。
実習のことで担当の先生に「この4年間の看護の学びを振り返ってみなさい」って言われて、はたと「・・・看護?あぁ、そういえば私看護がしたくてこの大学に入ったんだっけか」って思い出したの。

最近忘れてた、看護への気持ち思い出せるかなって、うちにある看護師さんが書いたエッセイを読んだり、図書室から借りてきたエッセイを読んだりってことを、卒論・実習準備でクソ忙しいこんな時期にあえてやってみた。



彼女たちのエッセイを読むと、やはり看護って仕事は魅力的な仕事だなぁと思う。
今日一日で三冊のエッセイを読破し、改めてそう思った。

だけど。
自分の実習記録を読む気力、探し出した文献を読む気力はなぜか湧いてこない。


エッセイを読むのと、自分が実践的に看護をするのは全然違う。

何が違うのか。
エッセイからは責任があまり感じられない。

もちろん筆者の方がその経験をされた時には看護職としての重い責任の下に業務をされていたのだろうが、私にとってそれは結局他人事。
責任を感じることなくはたからみる看護ってなんて面白くて人間的なんだろう。
それが今日の感想。

うん、私がこの3年間看護を学んできて一番感じたのは多分自分に求められてる責任の重さだわ。
私にはまだこの責任の重さに立ち向かっていくだけの自分の能力に対する自信がない。

だから看護が、病院が怖いんだと思う。

この怖さは働き始めて何年かたてば消える怖さなのかな?
それともこんなこと考えちゃう私はやっぱり看護師には向いてないのかな?
養護教諭や保健師の仕事に魅力を感じてるのはその職業に課せられている責任の重さがまだ実感できてないからなのかな?

いろいろ、考えることはある。
このまま逃げの姿勢で看護から身を引いたら、結局他の分野でも同じ結果になるような気がするし。


あと一年で答えが出せるかは微妙だな。
すっごくすっごく揺らいでいるけど、目の前には既にいっぱいいっぱい課題があって、看護に対する思いすらふらついているのにそれでもどんどん前に進んでかなきゃならない。
今は猪突猛進、前進あるのみって感じだけど、これがひと段落ついた時、私の看護観、将来への展望はどんな風に変わってるんだろう。

先が見えないのは不安だけど、とりあえず前に進んでいかなきゃだなー。
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2 コメント

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看護観と責任の大きさ (sirisu)
2007-04-21 02:11:07
書き込み失礼します。現役15年の看護師です。
今年度に学生指導に着くことになっているので、ブログを興味深く読ませていただきました。
学生期間中は技術と知識を身につけるのに精一杯な人が多い中で、看護観と看護師の責任についてきちんと考えられるのはすばらしいと思います。
少々不安を抱えておられるようなので少しばかり現役の意見を書き込みます。
>この怖さは働き始めて何年かたてば消える怖さなのかな?
消えません。人の命がかかっていることもあり、何十年仕事しようと自分の能力が足りているのかと怖さを抱えて仕事をしていくことになります。
むしろ、この恐怖感をなくさないことが失敗や事故を起こさないために「看護師として必要な危機感」です。
なれてきてしまうと見落とすものが多くなってしまいます。自分の楽観的判断を自分で疑うくらいの危機感を持ち続けないといけないのです。
看護師の能力のひとつとして重要なことです。
ので、看護や病院を怖がるくらいのほうが看護師に向いているんじゃないかなぁと思いました。


Unknown (悠貴)
2007-04-22 23:47:09
>sirisuさん
コメントありがとうございます!
看護にかかる責任の重さは、昨年度実習に出て初めて実感して、領域を重ねるごとにその想いはどんどん大きくなっていって、そこに楽しさ・面白さを見出せなくなってしまっていたのですが、怖さを感じてしまうことも悪いことではないと言っていただけて少し気分が楽になりました。
怖さを忘れず、自分が「これだっ!」って思えるような看護の面白さを探求しつつ、来年の今頃までには進路を決められていたらいいなぁと思ってます。
ありがとうございました!

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