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「核兵器を持つことができる」について

2016年04月03日 | 憲法守るべし
安倍内閣は、内閣法制局長官が先の参院予算委員会で「憲法上あらゆる核兵器の使用が禁止されているとは考えていない」と答弁したことを正式に内閣の態度として“追認”した。
旧民主党を除籍され無所属だが実質自民党の鈴木貴子議員の質問主意書に対する答弁書を閣議決定したもので、「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用をおよそ禁止しているわけではない」としている。
これまでも自民党政府は、「自衛のための必要最小限度の『実力』を持つことは憲法9条で禁止されているわけでない」として自衛隊を違憲ではないと主張してきたが、その延長で「核兵器であっても、自衛のための必要最小限度のものであれば持つことも使用することもできる」と主張したのだろう。
しかし、「そのような限度にとどまる」核兵器は、今も将来もあるはずがない。核兵器は強大な大量破壊の兵器であること、放射能など他の兵器が持ちえない恐怖の性能が特色である。このような恐怖の兵器が「自衛の限度にとどまる」ことは決してできないことだ。
日本が攻撃された場合に備える自衛隊が、自衛のためにどこで核兵器を使うというのだろうか。そんな場所は日本中どこにもない。自衛隊は「敵」といっしょに守るべき日本国民までも核の犠牲にするということか。自衛隊が専守防衛に徹する限り核兵器を持ち、使う場面はない。

安倍内閣は、集団的自衛権の行使も憲法は禁じていないとして戦争法を押し通したが、戦争法があってはじめて自衛隊が「核兵器を持つ」、「使用する」ことが現実味を持ってくると思う。今、鈴木議員が質問主意書を出し、安倍内閣が答弁書を閣議決定した意味はこのあたりにあるのだろう。
「わが国は非核三原則により、憲法は核兵器の保有を禁じていないものを含め、政策上の方針として一切の核兵器を保有しない方針を堅持している」と安倍政権は言うが、「憲法が禁じていない」のであれば、「政策的方針」などは、時の政府の判断で簡単に変更できる。そのような例は安倍内閣がやっただけでもいくつもある。
「非核三原則がある」だけでは歯止めにならない。本当の「歯止め」は国民のたたかい・運動があってこそであろう。

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