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ラナ デル レイとの邂逅(再掲載)

2018年08月20日 | I LOVE M 

最近のお気に入りは ラナ デル レイ なのである。

そも最初に耳にしたのは、

息子のプレーヤーから流れてくる音楽。

DJを趣味にしてしまっているのだが、

代理本人は

彼のオリジナルのほうが好みである。

ソースはどちらかというとプログレだったり

どういうのか、判らないが

どうも、「ハード」で「タイト」なタイプで

一般で流れている聴きやすいソフトメローやテクノではない。

これで、踊れるのか?

と、いう編成をしているのだが、

やはり、嗜好は分かれるようだ。

ちょっと、先を走っている、と、いう解像耳のようで、

二つの映画を思い出す。

一つは、バック ツゥ ザ フューチャー

主人公 マイク(だったかな?)が過去に戻り

父母の交際を確実にする学園祭の時に

ジョニー ビー グッドを弾くのは、良かったのだが

ついつい、乗りすぎて

ギャン鳴きのギターワークに走っていく。

周りは踊れなくなり棒立ち状態。

やっと、それに気が付いたマイクは

「君たちには早すぎたようだね」

と、いうセリフを吐く。

 

もう一つは

サタデー・ナイト・フィバー

ジョントラボルタがディスコのキングさながら

見事な踊りを披露していくわけで、

皆様、これに倣えで、同じダンスを踊っていく。

中心的でリーダー的な存在であった。

ところが、バンドが演奏し始めた音楽。

誰も踊れない。つかめない。というもので

ジョン・トラボルタも立ちすくんでしまうし

まわりも、その音楽にブーイング。

ところが、

一人の女性がホールに滑り込むと

小むつかしくて踊れないなど、なんのこと?

と、いうがごとく、さっそうと踊り始める。

 

息子の曲作りを聴いていると

まさにその通りなのであるが、

ただ、やかましい(語弊がある)だけでなく

ムード系もこなす。

そして、そのトライも万化するwww

先日もクラシック仕立てでつくりあげていたし

テクノも他・・専門用語多すぎて頭にはいってないが、

なかなか、こなしていると思う。

その中で深夜遅くのブースということで、

かなりメロデアスな曲を作っていた(編集というべきだが)

これは、聴き惚れた。

聴き惚れた中でさらに聴き惚れた曲があったので、

ミュージシャンとアルバムタイトルを尋ねてみた。

 

それが、ラナ デル レイだった。

曲はダウンロードしてきたものだという。

調べてみると、ユーチューブなどにでていた。

タイトルは、

ヤング アンド ビューティフル だったと思う。

早速、その曲が含まれているアルバムをさがしたが

無い!!

さらに調べると

その曲は、映画音楽に書き下ろしたものらしく

アルバムとしてはその映画のサウンドトラックにしか含まれていない。

映画のタイトルは

華麗なるギャッビー

レオナルド・デカプリオ主演のほう。

どうも、代理くらいの年になると

ロバート・レッドフォード

ミア・ファーロ

好青年のロバートと

異色の抜擢ともいえるミア

(なにせ、ローズマリーの赤ちゃんとか、ホラー的イメージの人

ある意味、コケティッシュでもあるので、ギャッビーの相手役としては的を得ている)

どうも、こちらのイメージが強いのだが、

デカプリオのほうも、なかなか、味がある。

レッドフォードだと、格好よすぎて、あの結末が微妙にみじめに見えてしまわなくもない。

 

で、あるのに

挿入歌としては、全然きがついていなかったwwww

それもそのはずで、サントラ盤を購入してみると

ラナのヴォーカルのバランスが悪い。

 

そして、別途、ラナのアルバムを購入したが、

最初、ぱっときくと、やはり

ヤング アンド・・・ほど

メロディアスでないためか、

彼女の独特の声のほうに耳がいっていた。

何回か聴くうちに、曲も声も

染み入ってくる。のに、きがついた。

 

世間の評価は二分しているといっていい。

暗い。(悪い)

はまる。(良い)

 

代理的にはアンニュイと感じるが

暗いものではない。

なにか、生活の中でふと立ち止まったときに

ひょいと、流れ込んでいて、自分を支えている「影」(見えてないという意味で)に気が付く。

その「影」が柔らかく暖かいものだと感じるのに似ている。

(抽象的で、すまない)

 

そういう意味で

その「影」の感じ方の違いだろうという気がする。

肌身になれて、気が付かなかった、懐かしい「MONO」を

しみじみと漂わせてくれる。と、感じた人は、はまる。だろうし

そういう「影」をあるいは見たくないと感じる人には、暗い。だろう。

本人は(ウィキから)

自らを「ギャングスタスタイルのナンシー・シナトラ」だと名乗っており、彼女がリリースする曲には全体的に悲しみを表現している物が多い。そのため、自身のジャンルは「サッドコア」だと公言している。


残念ながら、ナンシー・シナトラが判らないが

芯(コア)はサッド(悲しみ)なのだろうけど、

日本的に言うと

悲しみではなく

哀しみ・・という感じ。


漢字の意味合いの違いは人それぞれかもしれないが

悲しいというのは、主観的に感じる。

哀しいというのは、悲しい状態を客観的にとらえ

時に芸術的ともいえる捉え方や

一種、悲しみから解脱したうえでの達観も表す。


ラナ デル レイ


目下、お気に入りのミュージシャンである。

 

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