言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

心と歯と、削れたりヒビが入つたり

2018年06月11日 22時20分56秒 | 日記・エッセイ・コラム

 日常の些事を一つ。

 今日は歯科医に出かけた。市の無料検診のついでに歯石を取つてもらはうと思ひ、夕方年休を取つて出向いた。

 初めての歯科医だつたので緊張も多少あつた。歯の治療ではなく、歯の状態を見てもらふのであるからそれも緊張感を生み出す一つでもあつた。そもそも口を開けるといふのもあまりいい姿ではない。

 3年ぶりの歯科医の診断は、概ね良好といふことであつた。気になるのは、根元が削れてゐるのとヒビがあることの二つであると言ふ。ともに原因は「食ひしばり」のやうで、口を閉じて歯が離れてゐる状態を維持しろとの仰せであつた。「たぶん、あなたは口を閉じても歯が当たつてゐることが多いはずだ」との診断である。

 なるほど、さうかもしれない。生徒や同僚の理不尽に腹が立つことが多い。もちろん、こちらの理不尽は棚に上げての話である。お互ひ様と割り切れるほど、こちらは成熟してゐないから、日々その腹立ちを抱へて生きてゐる。やんぬるかな。

 学校とは、教員も生徒も含めて人間観察の絶好の場所である。殊に今ゐる職場はなんだか吹き溜まりのやうな場所で、今までの職場では見たことも想像もしたこともない人、人、人だらけである。さういふ人物たちに囲まれながら、歯はぎりぎりと音を立ててゐたのであらう。

 対策はない。成熟しかないやうだ。せめて歯を磨いて人格を磨く訓練に代へようか。くはばら、くはばら。

 

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