言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

「マルクス・エンゲルス」を観る

2018年06月09日 09時47分37秒 | 映画

 大阪にゐる時にしかできないことの一つは、名画座で映画を観ること。それでも観たいものがない時には観ない。それほど映画好きではないといふこともかもしれないし、映画に義理立てする必要がないといふ意味では自由であるといふことかもしれない。

 今年は、カールマルクス生誕200年といふことらしく、この映画が出来たやう。現代は「若きカールマルクス」で、エンゲルスの名はないが、まあ『共産党宣言』を書くまでの話だし、それは二人の共作であるから邦題でもいいのではないか。

 二人の死後にソ連が出来、共産主義が亡霊どころか実体として世界を不幸に陥れたといふことを知つてゐる現代人には、このあまりに思想的に無邪気に国王やら政府やらを攻撃する「元気よさ」が描かれたこの映画には拍手は送れない。そもそもマルクスのユダヤ人としての恨みやら貧困への呪ひやらはあまり伝はつてこない。エンゲルスはマンチェスターの紡績工場の御曹司であるし、その援助があつてマルクス一家は生きて来られたといふところは正確に描かれてゐる。

 天才のあふれ出す知性が当時においては共産主義といふ思想に焦点を当てざるをえなかつたといふことなのであらう。「友愛」を掲げるカール・グリーンやヴァイトリングを手厳しく批判し追ひやり、当時の左派勢力に大きな影響を持ち『貧困の哲学』を書いたプルードンを論難してその思想に対する批判書『哲学の貧困』を発表する様子は、とてもいきいきとした映像として印象に残る。

 果たしてかういふ思想的な真剣勝負が私たちの国にはあるだらうか。その思想的貧困状況を考へながらこの映画を観て、羨ましいとも感じた。(118分)2017年フランス・ドイツ・ベルギー合作  シネ・リーブル梅田

マルクス・エンゲルス 共産党宣言 (岩波文庫)
Karl Marx,Friedrich Engels,大内 兵衛,向坂 逸郎
岩波書店

 

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