言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

内田稔氏の逝去を悼む

2018年04月06日 22時38分55秒 | 日記

 私はただ三百人劇場で、内田さんの芝居を観ただけである。しかし、その声は舞台の底に絶えず響いてゐて、次の役者の台詞をしつかりと支へてゐた、そんな感じで芝居を観、聴き続けてゐた。決して派手ではない。『セールスマンの死』も『クリスマス・キャロル』も懐かしく思ひ出す。

 享年91。大往生である。御冥福を祈る。

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