言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

今日、メガネを作りました。

2018年07月01日 18時43分01秒 | 日記

 二年ぶりにメガネを作りに行つた。日曜日といふこともあつて混んでゐて半日がかりの一大イベントとなつてしまつた。もつとあつさりと済むかと思つてゐただけに驚いた。

 左目の視力がずゐぶんと落ちてゐてこれまた驚いた。右目の方が疲れてゐるからてつきり右目が悪いのかと思つてゐたら、左目だつた。考へてみれば当たり前の話。左目が悪くなつてゐるから、その分を右目がカバーするから右目が疲れる。そんな簡単な理屈も分からない。自分の身体について、それほど無知なのが私である。

 両親は八十を過ぎて白内障の手術を受けた。そこまで生きたくはないが、いづれ白内障もわづらふのであらう。

 左ひざ、左腰、左目、左ばかり悪くなる。これはどういふことか知らん。何かに気付けとの暗示か。

 メガネ屋に半日もゐれば、いろいろな人が来てゐるのが分かる。若い人はだいたい一人で来る。親子連れもゐるが若い人の多くは男の人だつた。老人はだいたい御夫婦である。車で行かないとどこに行くにも遠いこの近辺では、ついでに買ひ物も食事もするのであらう。二人でああでもない、かうでもないと言ひながら店員さんといろいろな話をしてゐる。視力の落ちていく自分たちの姿を受け入れていくのである。一人で来た御婦人が店員とどんなレンズがいいのか恥づかしさうに話してゐた。独り言のやうにも聞こえた。御主人がゐるのなら隣にゐてあげてほしいと思つた。いろいろと想像してみたが、あまり楽しい方向へは連想がいかなかつた。

 私の父にも贔屓にしてゐるメガネ屋があつた。しかし、もう四五年前から行かなくなつた。以前、帰省した折にメガネ屋に行きたいと言つたので車に乗せていくと、店員に無沙汰を告げただけだつた。しかも、懇意にしてゐた店員は転勤になつてそこにはゐなかつた。自動車免許を返納した父には、新しくメガネを作る気もなかつたのだらうが、挨拶に行きたいと思つた父の姿が嬉しかつた。さういふ父を初めて見たからである。

 目の良さには自信があつたが、メガネを欠かせない年齢になつた。これからお世話になり続ける。今日は家内も一緒に作つた。家内は家内で度が進んでゐたやうだつた。

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