言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

太陽の塔に桜は似合ふか。

2018年04月02日 08時05分03秒 | 日記

  どうといふこともない感想を一つ。

  大阪の夜桜は5年ぶり。この5年ほどは桜の見頃は4月だつたので、3月中にこれほどの開花状況は好機だ。そこで万博記念公園に出かけた。ここは若い人が多かつた。家族連れもゐたが、大学生やら若い男女やらが多く賑はひは独特。大道芸人がさうした人々に囲まれ盛り上がつてゐたし、各地〝美味しい〟ジャンクフードが店を出してゐてさながらグルメ博のやうであつた。

  桜は満開。ライトアップされて夜空に映えて美しい。その美しさはまるつきり人工的なものだが、そもそもソメイヨシノも人工的なもの。小林秀雄は下品と評してゐた。その通りであらう。ソメイヨシノ、ライトアップ、ジャンクフード、まさに人工空間。そこに太陽の塔がそびえる。これはこれでいいと思ふ。

  偽物でしか味はへない春だが、さうと知つて楽しむのも粋である。さううそぶいておく。

 

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