矢内原忠雄――戦争と知識人の使命 (岩波新書) | |
赤江 達也 | |
岩波書店 |
卒論では、内村鑑三をテーマにした。キリスト教は、なぜ日本では受容されないのか、それを内村鑑三の生き方を手掛かりに論じた。大した内容もないので、読みかえすこともしてゐないが、内村鑑三を20歳そこそこの私は、先生もゐない中で読み進めて行つた。キリスト教の専門家から見れば見当違ひの指摘もあつただらう。しかし、唯物史観の塊であつた指導教官からは「主旨には賛同しないが、リアリティがある」と言つてもらつた。
それから折に触れて鑑三を読んではゐたし、引つ越しの度に全集はトラックに揺られて今の我が家の書棚にある。拙い読み方では、日本のキリスト教は鑑三に止めを刺すといふのが印象であつたが、どうやらこの矢内原忠雄といふ人物は、鑑三と同じぐらゐの剛の者のやうである。卒論の時に鑑三について書いてゐた矢内原の『余の尊敬する人物』は参照したが、矢内原といふ人物は、「全面講和」論者といふ強い印象が私にはあつて、それ以上の読書欲を持たせなかつた。
しかし、この本の存在を知り、とても興味を持つた。毎日新聞の書評である。
(以下引用)
日中戦争初期の言論弾圧事件、矢内原事件(1937年)で知られる矢内原忠雄(1893~1961年)は東京帝大教授の植民政策学者、そして無教会主義のキリスト教徒だった。講演「神の国」が右翼などによって問題とされ、帝大教授を辞職した。その信仰の面に光を当てて、生涯と思想を掘り下げた評伝だ。
30年代後半の日本では、「キリスト教の神と天皇のどちらが上か」という「踏み絵」のような問いがキリスト教徒に突きつけられていた。矢内原は注意深く、キリスト教の「絶対的の神」の「上」に国家を位置づけることを訴えた。表面上は神が天皇を中心とする国家の「下」のようだが、「価値においてはキリスト教の神が『上』にある」。だから、矢内原の「神の国」論は「危険な主張」だった。全体主義に対しても二重化した意味を持たせることで、「キリスト教的な普遍主義の立場から」全体主義国家を相対化した。
(引用終はり)
かういふ存在が日本にゐたことを喜ぶ。天皇は日本の神が、その背後に絶対神が存在することを知るべきだと言つてのける勇気は、預言者のものである。聖徳太子が、天皇に仏教を信ずべきと言つた時の衝撃は、かういふものであつたのだらうと想像した。物部氏が恐怖し曽我氏と真剣に対立したのは、それが異教との対決だつたからであらう。矢内原は聖徳太子であつたが、この度は敗れた。東京大学の総長でもあつたし、天皇にも御進講する立場であつたが、キリスト教は皇室に入ることはなかつた。
戦後社会を超えて、現在の日本人が天皇にキリスト教を信ぜよと主張することはないであらう。今それを言へば不敬として保守派から大非難を受けるに違ひない。しかし、それは明治維新が結局「革命にあらず、移動なり」と言つた北村透谷の怒りを聞き流したままであるからだ。漱石でさへ「皮相上滑りの近代」と告白したものの、それを是認してゐた立場を踏襲してゐるからである。和魂洋才とはじつにいい加減な近代といふことである。
少し話が飛ぶが、今日の選挙が人気取りだつたり、同情票で当選したりする状況は、政治とは何かといふことも宗教とは何かといふことも考へずに、瞬間的な気分を生きてゐるから起きてゐる現象である。政治とは、国民の生活を向上させることに尽きる。それに利する人が担当すべきである。「某は一生懸命やつてゐるから、今回は入れてあげよう」だとか、「あいつは最近調子に乗つてゐるから懲らしめてやらう」などとしたり顔で投票するといふ行動は、まつたく近代人の所業ではない。
「矢内原にとって『個人』『人格』『人間』といったものは、<神>と向かい合うことなしには、真の意味では成立しえない。<神>への信仰なしには、人間は真に『人間』たりえない。」(本書239頁)
かういふ近代の用語を原理的に捉へ直していくといふ作業が重要なのだ。もちろん、西洋はそれを時間をかけてやつてきた。今の西洋もまたそのことを忘れてゐる。だから、いろいろないい加減な主張が湧き出してくる。ポリティカルコレクトネスといふのも、単に迎合主義でしかない。その迎合主義を西洋の最先端の思想としてありがたく拝聴するのが、これまた日本の「皮相上滑り」の知識人であるからやりきれないが、それと勝負していくにはやはり本物のキリスト者の言説を学ぶことが必要だらう。矢内原忠雄畏るべしである。
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