言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

内田樹『ローカリズム宣言』を読む。

2018年10月07日 11時39分05秒 | 本と雑誌

  久しく更新してゐなかつた。それでも毎日のやうにこのブログをのぞいてくれる方がゐるのはありがたい。感謝してゐます。

  公私ともに大変な時期に入つてゐて、距離を取るのが非常に難しい。そんな時に以前なら福田恆存やら山崎正和やらがとても良い安定剤になつてゐた。が、今は彼らの問題意識よりももつと浅いところで起きてゐる瑣末な(少なくとも私には瑣末にしか思へないことで、私と私の周囲が真剣にならざるを得ない)事態に対処しなければならない時代であるやうだ。さういふ時代には内田樹さんのやうなおしゃべりな感じの文章が心地よい。10年後にはもしかしたら外れてゐるかもしれないが、今読むのはとても心地よい。人は愚痴を言ふとスッキリするらしく、それは猿が毛づくろひするのと同じ効果があることらしい。本を読むことが愚痴を言ふことと同じとは変な言ひ方だが、私にはさう感じられる。

  この本もとても面白かつた。行き過ぎた市場経済への批判には全く同意するし、地方で生活する人が都市社会へのオルタナティブを無意識に提示してゐるのではないかといふ指摘も納得である。

  まあ気楽に読める本である。

ローカリズム宣言―「成長」から「定常」へ
内田 樹
デコ

 

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