言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

今年讀んだ本

2018年12月25日 21時42分47秒 | 文學(文学)

 1 『リズムの哲学ノート』山崎正和 中央公論新社

リズムの哲学ノート (単行本)
山崎 正和
中央公論新社

 2 『批評の魂』前田英樹 新潮社

批評の魂
前田 英樹
新潮社

 

 3 『学級の歴史学』柳 治男 講談社

の歴史学 (講談社選書メチエ)
柳 治男
講談社

 

 山崎は、今年文化勲章をもらつた。「この章をいただいたのは国民からで、国民に感謝する」などといふことをどうして言ふのか、授章した嬉しさに動転したのかもしれないが、あまりに不似合ひな言葉に絶句した。日本の現代文学においてほとんど無視され続けた氏の文業であるが、私は氏の労作を愛読し続けてきた。これから新著が出るのかどうかは分からないが、何度でも読み直したいと思ふ。時評については、その主張がどれぐらゐ現実とずれてゐたのかを知ることも再読する意味の一つである。それは揶揄するためではなく、論理的に考へるといふことがじつは真偽とはほとんど関係ないことであるといふことを知ることは、論理性だとか合理性だとかをとかく強調する時代であるが現代は、さういふことの過ちを極めて博学ですぐれて論理的に考へるのに、山崎の作品はとても貴重である。これもまた非難してゐるのではない。さういふ人物は滅多にゐないといふことである。

 2は、少々古めかしい文藝評論である。小林秀雄を論じることは現代の若手の批評家には興味の対象ではない。したがつて、小林を論じることも古めかしいことである。しかし、批評理論だか現代思想だかの影響を受けて、作品そのものの生命を殺して自分の主張を論ふやうな現代の批評の文章は面白くない。有体に言へば、文學ではなくなつてゐるのである。さういふなかにあつて、前田の文章は文學のそれである。讀み進めるのが惜しくなるやうな、とても幸せな時間だつた。またかういふ作品が出てくることを期待してゐる。

 3は、古いものである。今年、学校が壊れていくとはかういふことかといふことを知ることとなり、学校とは何かを考へることが多かつた。そこでたいへん有益であつたのが本書である。教へるためには教師や制度や組織はどうあるべきか、その単純な目標を実現するために学校の有り様は考へられるべきで、さういふところから出発しない施策は理想主義であり、観念論であり、現実無視である。平和主義が戦争を呼び込むやうに、理想主義は現実を破壊する。不快な一年であつた。

 番外。これも古いものである。森鴎外の「木精」である。少年が成長する上でコダマは必要であつたが、自立するにはコダマによつて突き放されなければならない。そのコダマがいつたい何を意味するのか、そのメタファーは明らかではないが、少年は確かに自立した。極めて短い小説であるが、とてもよいものだつた。

木精
森 鴎外
メーカー情報なし

 

 

 

 

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