山上智の「古代史開封」

未だ我が国の古代史の謎が解けていない。
そんな未知の世界に挑戦する物語である。
「真実の歴史の道は一本である」

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第八回古代史開封

2011年07月18日 18時13分36秒 | 日記





【安房神社と安房系図】
 



安房神社の安房氏系図初文によれば、
「神武天皇は、初めて国の天皇の御世に天富命に東の地に粟忌部を分け、麻・穀木を作ることを命じる。また、天太玉命を立て天富命の御子飯長姫を斎主をもって為す。由布津主は物忌を司ることを命じる。お互いに補佐するように」
と書いてある。
「物忌」という言葉が妙に気になるが、先を進めよう。
そうなると気になるのは徳島県の阿波忌部神社である。たしか主祭神に天日鷲命を祀っているはずである。さらに詳しく調べることにした。
四国阿波忌部神社社伝によれば、
「天太玉命の孫天富命は、阿波忌部を率いて東国に渡り、麻・穀木を植え、天太玉命社を建てた、これが安房社でありその地は安房郡となり安房国となったと伝えている」
ちなみに阿波忌部系図を見てみると、
天日鷲命―大麻比古命―由布津主命―訶多々主命
となっていて社伝と系図が違っている。
おかしいと思い安房忌部系図を調べてみると、
初代・神武天皇=天富命
二代・綏靖天皇=由布津主命
三代・安寧天皇=訶多々主命
このように、天皇に仕えた名が記されている。
安房氏系図では、神武天皇の命令によってとあり、なんら不自然ではない。そして神武天皇に仕えたのである。
そうなると徳島県阿波忌部神社は、後世に何らかの理由によって建立されたのかもしれない。これも日本の歴史を意図的に作り変える目的の一つなのかもしれない。そんな気がした。
ここでじっとして調べ物をしても答えは出てはこない。やはり物忌奈之命と阿波命の祀ってある神津島に行かなければ答えは見つからないだろう。
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