[7月23日15時00分 天候:晴 秋田県北秋田郡鬼里村 民宿『太平屋』201号室]
私は民宿の客室に入った。
そこは和室8畳間となっていて、室内にトイレや風呂は付いていない。
但し、エアコンやテレビ、冷蔵庫や内線電話は付いていた。
前に行った群馬のホテル然としたペンションと比べれば質素であるが、こういうのでいいんだよ、こういうので。
アメニティとしては浴衣にタオル、使い捨て歯磨きなど、最低限の物はあった。
と、その時、ドアがノックされる。
愛原「はい?」
美樹母「失礼致します。御挨拶の方、宜しいでしょうか?」
愛原「どうぞ」
美樹母「失敬致します」
リサと同じ転化組の上野利恵は、妖艶さを前面に押し出した雰囲気だったが、生粋の鬼である美樹の母親は、生粋ならではの素朴さを残している。
いずれにせよ、人食いの性質はあるのだから気をつけなければならない。
美樹母「本日は当旅館をご利用頂き、誠にありがとうございます。私、女将の太平山紗季と申します。鬼の名前は、『紗鬼』です」
愛原「これはどうも。お世話になります」
太平山紗季「あ、どうぞ、お掛けになってください。今、お茶お入れしますね」
愛原「ああ、こりゃどうも」
私は座椅子に座った。
紗季が電気ポットを持って来て、室内のコンセントに差し込む。
まさか、今から沸かすのかと思ったが、既に予め沸かしてあったらしい。
90度くらいになっていて、保温機能が働いた。
紗季「あと、こちら、お茶菓子でございます」
愛原「おっ、こりゃ美味そう。見たことあるな。何て言うんだっけ?」
紗季「柚餅子でございます」
愛原「え?え?何だって?」
紗季「柚餅子でございます」
愛原「……ゆずもち……」
紗季「ですから、ゆべしでございます」
愛原「ゆべしって、漢字でそう書くの!?」
紗季「そうなんです」
愛原「これはまた勉強になったね。だいたい東北の温泉旅館やホテルに泊まると、部屋の茶菓子ってゆべしだったりするけど、皆して平仮名で書くからね」
紗季「珍しい読み方ですからねぇ……。どうぞ、粗茶でございますが」
愛原「ありがとう。元々ゆべしって素朴さが売りだからさ、お茶も素朴なヤツでいいんだよ。……ん、美味い!やっぱ旅の疲れには甘い物だよね!」
紗季「ホントですねぇ……。あ、お疲れでしたら、温泉もオススメですよ」
愛原「あっ、そうだ!ここ、天然温泉が湧いてるんだったね。どんな感じなの?」
紗季「温泉もまた素朴なものでございます」
愛原「そうなんだ」
紗季「乳頭温泉に似通っていまして、白く濁っているんですよ」
愛原「それは凄いね。それなのに、乳頭温泉ほど有名じゃないんだ」
紗季「先に乳頭温泉の方が有名になったのと、そこと比べても交通不便な場所ですから」
乳頭温泉が有名なのは、私は偏に入浴剤の存在が大きいと思われる。
だいたい東北の温泉と言ったら、乳頭温泉が出てくるくらいだ。
紗季「お陰様で、入れるのはここの村民と、当旅館にお泊まりになられるお客様だけでございます」
愛原「空いているから、気兼ね無くゆっくり入れそうだ」
紗季「正しく、それが売りでございます。村内には他にも共同浴場がございますが、殆どが村民で賑わっておりますので、お客様は当旅館のお風呂の方が宜しいでしょう」
愛原「そうなんだ。そう言われると、入りたくなっちゃうな」
紗季「どうぞ。もう既に入れますので」
愛原「そうなんだ。入浴時間って、何時から何時?」
紗季「基本的には15時から翌10時でございます。ですので、お客様がお泊まりの間はいつでも、それこそ夜中でも入れるようになってございます」
愛原「そりゃいい!男女別?」
紗季「さようでございます」
愛原「あ、リサのヤツ、『混浴にしろ!』とか言ってくると思うけど、無視していいから」
紗季「かしこまりました。それと、御夕食でございますが……」
愛原「1泊2食付きだったね。時間は?」
紗季「早くて18時からとさせて頂いておりますが、それで宜しいでしょうか?」
愛原「そうだね。それで宜しく。場所は?」
紗季「1階の大広間で宜しいでしょうか?」
愛原「確か、帳場の奥にそれらしい部屋があったな。あそこか」
紗季「さようでございます。お風呂も1階の奥にございますので」
愛原「分かった。……さすがに、露天風呂は無いよね?」
紗季「申し訳ございません」
愛原「いや、いいよ。今のは冗談」
紗季「本家のお風呂でしたら、露天風呂があるのですが……」
愛原「凄いね!共同浴場ではなく、本家専用で!?」
紗季「さようでございます。『鬼は風呂好き』という言葉は御存知かもしれませんが、こと本家の者達は無類の風呂好きなのでございます」
愛原「凄いね」
紗季「本家の者達と、本家に招かれた一部の客人しか利用できないと言われております」
愛原「そうか……」
紗季「泉質は、こちらにある温泉と大して変わりは無いのですが」
愛原「まあ、だろうね。……で、どうなの?本家の『お姫様』の件は?」
紗季「現在、打診してございます。もうしばらくお待ちください」
愛原「その『お姫様』が、鬼の血を提供したところまでは分かっている。その時の話を聞きたいんだ」
紗季「……私で宜しければ、私の知る限りの事はお話しできますが?」
愛原「えっ、そうなの!?」
紗季「何しろ、私もその場にいましたから」
うそーん!
証言者すぐに発見できたー!
愛原「お茶とお菓子、すぐに片付けるから!」
紗季「申し訳ございません。私はこれから業務に戻らないといけませんので、お話しできるのは夕食後でも宜しいでしょうか?」
愛原「あっ、そうか。ゴメンゴメン!それもそうだな!」
今のところ予約客は私とリサだけであるが、もしかしたら、これから飛び込み客が来るかもしれないし、予約受付業務とかもあるだろう。
そういうのが一段落してからということになるな。
愛原「食べたら、先に温泉に入らせてもらうよ。浴衣は?」
紗季「あっ、そちらにございます」
愛原「あっ、これね。早速着替えようかな」
紗季「あっ、どうぞどうぞ」
愛原「こういうのはな、着替えてナンボでしょ」
紗季「そうですね。ごゆっくりお寛ぎください。あと、そちらに内線電話がございます。2番を押して頂ければ、フロントに繋がりますので」
愛原「2番ね。了解」
外線は繋がらないので、スマホ以外の電話で外線を使いたい場合は、帳場の公衆電話を使って欲しいとのこと。
確かに、ピンク色の公衆電話があったな。
群馬のペンションと違い、アンティーク風デザインの物ではなく、クリニックの待合室とかにあるピンク色のタイプ。
まあ、ここはちゃんと電波も入るので、恐らく使うことはないだろう。
私は紗季が出て行くと、早速浴衣に着替えた。
私は民宿の客室に入った。
そこは和室8畳間となっていて、室内にトイレや風呂は付いていない。
但し、エアコンやテレビ、冷蔵庫や内線電話は付いていた。
前に行った群馬のホテル然としたペンションと比べれば質素であるが、こういうのでいいんだよ、こういうので。
アメニティとしては浴衣にタオル、使い捨て歯磨きなど、最低限の物はあった。
と、その時、ドアがノックされる。
愛原「はい?」
美樹母「失礼致します。御挨拶の方、宜しいでしょうか?」
愛原「どうぞ」
美樹母「失敬致します」
リサと同じ転化組の上野利恵は、妖艶さを前面に押し出した雰囲気だったが、生粋の鬼である美樹の母親は、生粋ならではの素朴さを残している。
いずれにせよ、人食いの性質はあるのだから気をつけなければならない。
美樹母「本日は当旅館をご利用頂き、誠にありがとうございます。私、女将の太平山紗季と申します。鬼の名前は、『紗鬼』です」
愛原「これはどうも。お世話になります」
太平山紗季「あ、どうぞ、お掛けになってください。今、お茶お入れしますね」
愛原「ああ、こりゃどうも」
私は座椅子に座った。
紗季が電気ポットを持って来て、室内のコンセントに差し込む。
まさか、今から沸かすのかと思ったが、既に予め沸かしてあったらしい。
90度くらいになっていて、保温機能が働いた。
紗季「あと、こちら、お茶菓子でございます」
愛原「おっ、こりゃ美味そう。見たことあるな。何て言うんだっけ?」
紗季「柚餅子でございます」
愛原「え?え?何だって?」
紗季「柚餅子でございます」
愛原「……ゆずもち……」
紗季「ですから、ゆべしでございます」
愛原「ゆべしって、漢字でそう書くの!?」
紗季「そうなんです」
愛原「これはまた勉強になったね。だいたい東北の温泉旅館やホテルに泊まると、部屋の茶菓子ってゆべしだったりするけど、皆して平仮名で書くからね」
紗季「珍しい読み方ですからねぇ……。どうぞ、粗茶でございますが」
愛原「ありがとう。元々ゆべしって素朴さが売りだからさ、お茶も素朴なヤツでいいんだよ。……ん、美味い!やっぱ旅の疲れには甘い物だよね!」
紗季「ホントですねぇ……。あ、お疲れでしたら、温泉もオススメですよ」
愛原「あっ、そうだ!ここ、天然温泉が湧いてるんだったね。どんな感じなの?」
紗季「温泉もまた素朴なものでございます」
愛原「そうなんだ」
紗季「乳頭温泉に似通っていまして、白く濁っているんですよ」
愛原「それは凄いね。それなのに、乳頭温泉ほど有名じゃないんだ」
紗季「先に乳頭温泉の方が有名になったのと、そこと比べても交通不便な場所ですから」
乳頭温泉が有名なのは、私は偏に入浴剤の存在が大きいと思われる。
だいたい東北の温泉と言ったら、乳頭温泉が出てくるくらいだ。
紗季「お陰様で、入れるのはここの村民と、当旅館にお泊まりになられるお客様だけでございます」
愛原「空いているから、気兼ね無くゆっくり入れそうだ」
紗季「正しく、それが売りでございます。村内には他にも共同浴場がございますが、殆どが村民で賑わっておりますので、お客様は当旅館のお風呂の方が宜しいでしょう」
愛原「そうなんだ。そう言われると、入りたくなっちゃうな」
紗季「どうぞ。もう既に入れますので」
愛原「そうなんだ。入浴時間って、何時から何時?」
紗季「基本的には15時から翌10時でございます。ですので、お客様がお泊まりの間はいつでも、それこそ夜中でも入れるようになってございます」
愛原「そりゃいい!男女別?」
紗季「さようでございます」
愛原「あ、リサのヤツ、『混浴にしろ!』とか言ってくると思うけど、無視していいから」
紗季「かしこまりました。それと、御夕食でございますが……」
愛原「1泊2食付きだったね。時間は?」
紗季「早くて18時からとさせて頂いておりますが、それで宜しいでしょうか?」
愛原「そうだね。それで宜しく。場所は?」
紗季「1階の大広間で宜しいでしょうか?」
愛原「確か、帳場の奥にそれらしい部屋があったな。あそこか」
紗季「さようでございます。お風呂も1階の奥にございますので」
愛原「分かった。……さすがに、露天風呂は無いよね?」
紗季「申し訳ございません」
愛原「いや、いいよ。今のは冗談」
紗季「本家のお風呂でしたら、露天風呂があるのですが……」
愛原「凄いね!共同浴場ではなく、本家専用で!?」
紗季「さようでございます。『鬼は風呂好き』という言葉は御存知かもしれませんが、こと本家の者達は無類の風呂好きなのでございます」
愛原「凄いね」
紗季「本家の者達と、本家に招かれた一部の客人しか利用できないと言われております」
愛原「そうか……」
紗季「泉質は、こちらにある温泉と大して変わりは無いのですが」
愛原「まあ、だろうね。……で、どうなの?本家の『お姫様』の件は?」
紗季「現在、打診してございます。もうしばらくお待ちください」
愛原「その『お姫様』が、鬼の血を提供したところまでは分かっている。その時の話を聞きたいんだ」
紗季「……私で宜しければ、私の知る限りの事はお話しできますが?」
愛原「えっ、そうなの!?」
紗季「何しろ、私もその場にいましたから」
うそーん!
証言者すぐに発見できたー!
愛原「お茶とお菓子、すぐに片付けるから!」
紗季「申し訳ございません。私はこれから業務に戻らないといけませんので、お話しできるのは夕食後でも宜しいでしょうか?」
愛原「あっ、そうか。ゴメンゴメン!それもそうだな!」
今のところ予約客は私とリサだけであるが、もしかしたら、これから飛び込み客が来るかもしれないし、予約受付業務とかもあるだろう。
そういうのが一段落してからということになるな。
愛原「食べたら、先に温泉に入らせてもらうよ。浴衣は?」
紗季「あっ、そちらにございます」
愛原「あっ、これね。早速着替えようかな」
紗季「あっ、どうぞどうぞ」
愛原「こういうのはな、着替えてナンボでしょ」
紗季「そうですね。ごゆっくりお寛ぎください。あと、そちらに内線電話がございます。2番を押して頂ければ、フロントに繋がりますので」
愛原「2番ね。了解」
外線は繋がらないので、スマホ以外の電話で外線を使いたい場合は、帳場の公衆電話を使って欲しいとのこと。
確かに、ピンク色の公衆電話があったな。
群馬のペンションと違い、アンティーク風デザインの物ではなく、クリニックの待合室とかにあるピンク色のタイプ。
まあ、ここはちゃんと電波も入るので、恐らく使うことはないだろう。
私は紗季が出て行くと、早速浴衣に着替えた。
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