きょうも寒い。
図書館の本、そろそろ返さないといけないけど、
全部は読めないかな。
なんか勢いで借りられる限度まで借りてしまうけど、
ひどいときは半分、全部読み切ったことは最近ない。
2週間に1回だから、見つけたときに借りないと、
次の回っていうともう出会えないかもしれないから、
とりあえず借りとくっていう習慣になってしまった。
まあ、借りてから縁がなかったなっていうのもあるし、
それもほんとに借りてみないとわからないから。
前に読んだぞっていうのもあるけど、
それはこっちの頭が回ってないだけ。
暖房つけると鼻が乾燥したり頭が痛くなったりするから、
もう夜になると、毛布にくるまるとか、
なんとか自前であったかくなろうとするんだけど、
そういうときに本を読むのはむずかしい。
毛布から手を出さないといけないし、
出すと手がかじかんでページもめくれなくなる。
やっぱり読書は秋で、
冬はあんまり向いてないのかも。
蛍を集めて本を読んだのって誰だったっけ。
蛍雪とかいうから、冬の話かなって一瞬思ったけど、
冬に蛍はいないよねえ?と思ったら別の話なのね。
「猫が小さくなった理由(わけ)」がおもしろかった。
人間が好むものを選んできた結果、
人間にとって役に立つ生き物が作られてきた、と。
ただ、品種改良をずっとしてきたから、
遺伝子組み換えに別に不安はないかなっていうと、
そんなことはないような。
人間がやってきた選択っていうのは、
進化の自然選択とそれほどかけ離れてるわけじゃない気がするけど、
遺伝子組み換えは進化をむりやり起こそうとしている感じ。
遺伝子組み換えの結果がどうなるかも完全には解明できてないし、
生態系をいじるこわさはいろいろ実証されてるもんねえ。
原子力のわからなさと近いものを感じるけど、
取り上げられ方はけっこう違ってて、
それはそれでなんか不自然でもある。
「カラス屋の双眼鏡」もおもしろかった。
最近、研究者の方のエッセイっていうのが流行らしくて、
いろんな方の本が出てるけど、
この方のはけっこう読みやすくておもしろい。
理系、京大ときて、糺の森とか下鴨神社とか出てくると、
森見登美彦さんっぽく感じるのは気のせいかな。
「カラスの教科書」とちがって動物全般についてのエッセイで、
こどものころからの話とか、学生時代の調査の話からいろいろ。
いろいろすぎてネタ切れになってないか心配。
うちもジュウシマツいたけど、
ちゅんちゅんいうだけでぜんぜんなつかなかった。
いそがしくなってきたのとも重なって、
いついなくなったのかも覚えてない。
もうちょっと大事にしてあげればよかった。
あと、ケバエの幼虫の話が出てきたので、
検索してみたけど、検索画面のサムネイルでじゅうぶん。
それ以上は踏み込めませんでした。
ゆうべは「日本の話芸」
文珍さんの「くっしゃみ講釈」おもしろかった。
兎に角のくだりってほかの方もやってたっけ。
なんていうか文珍さんの落語って感じで、
ふつうの落語家さんとはちょっと違う気がするんだけど、
やっぱりおもしろい。
仁鶴さんとかにもつながるような、
バラエティやテレビや劇場とかいろんな中でもまれてきたふんいき。
で、同じように活躍されてきた鶴瓶さんは鶴瓶さんで、
それとはまた違う形の落語をしようとされてるような感じがして、
それはそれでまたおもしろいなあと思う。
大学の時、一回くらいは講義聞いとけばよかったかな。
「落語的学問のすすめ」とかも持ってはいるんだけど、
そのころはなんかそんな感じじゃなくて。