5 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 Unknown (当事者) 2007-09-03 19:15:06 「個性です」と言われても実際アスペルガーに生まれて生活していると「こんな個性なんかいらんわ!」と思うことが多々あります。面と向かって言われたら、私なら怒るでしょうね。 さらにもうひとつあります… (たまご) 2007-09-08 17:39:55 ためになる記事、いつも楽しく読ませていただいてます。ありがとうございます。 >「ニーズ」「困り感」「個性」といわれると>だったら努力して直せよ もっとがんばれよと言われてしまう。これも確かにその通り。>「ニーズです」「個性です」と言ってもなかなかわかってもらえないでしょう。>でも「障害です」ならわかってもらえるかも知れません。そうですよね。理解していただきやすいかもしれないです。でも…ごくごく、軽度に見える発達障害の子たちはさらに、「障害です」と言っているのに、困り感や困難さは、やっぱり理解されずに「障害と言って甘えてる」と言われるのです…。だから、もう障害でも個性でもなんでもいいや~相手にあわせちゃえ~支援さえしてもらえるなら!!「この子はこの子」と、理不尽な言葉を投げかけられるたびそう思います。 Unknown (みつ) 2007-09-09 21:20:39 障害と言って甘えてる・・そうですね。見えにくいだけにそうやって甘えてるとか 逃げてるとか言われますね。うちの息子も就職してから 企画書を書くときノイズキャンセラとしてヘッドフォンをしていていい加減な仕事をしていると言われました。このほうが仕事に集中できると言ったときそう言われたそうです。甘えてる。逃げてる。・・・と。 セミナー受講して (tyatya) 2007-09-24 10:21:26 品川先生のセミナーをライブ会場で受講して、質問に回答いただきちょっとだけお話させていただきました。社会的スキルを身につけさせる、ラベリングしない、個性としてとらえる・・・10数年前から子供に対して実践してきました。それでも、出来ることと出来ないことの差がドンドン開き、社会人手前で、「この子こんなに苦しんでいたんだ・・・」と実感させられました。とても無理をさせたんだ・・と自分が愚かな親のように思えました。世の中に認知してもらおうとするときに、これを「生まれつきの脳障害・・出来ることもあるけど、努力しても出来ないままのこともある」・・というふうに表現するのは間違いでしょうか?少なくとも、日本の風土では『個性』としてとらえると、その子の器では乗り越えられないことまで求められ、出来ないと批判され・・・結局自信をなくしてしまうのです。品川先生のセミナーに頷きながらも、どこかで釈然としない気持ちが新たに湧いてきました。 それってあり? (きみ) 2009-02-09 13:03:29 私は現在知的のケアホームで働いています。入居されている方で、「僕らはみんな平等なんだから」と言っていますが、足が不自由なためよく頼みごとをされます。「新聞」と言えば新聞を手渡し「お茶」といえばお茶を・・・。それに対して「ありがとう」の言葉すらないんです。一度「なんで、言わないの?」と尋ねたことがあります。すると、「ぼくは障害者だから」と・・・。そうやって障害をたてにする方もいるのが事実です。 規約違反等の連絡 コメントを投稿 ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
>「ニーズ」「困り感」「個性」といわれると
>だったら努力して直せよ もっとがんばれよと言われてしまう。
これも確かにその通り。
>「ニーズです」「個性です」と言ってもなかなかわかってもらえないでしょう。
>でも「障害です」ならわかってもらえるかも知れません。
そうですよね。
理解していただきやすいかもしれないです。
でも…
ごくごく、軽度に見える発達障害の子たちは
さらに、
「障害です」と言っているのに、
困り感や困難さは、やっぱり理解されずに
「障害と言って甘えてる」
と言われるのです…。
だから、もう障害でも個性でもなんでもいいや~
相手にあわせちゃえ~
支援さえしてもらえるなら!!
「この子はこの子」
と、理不尽な言葉を投げかけられるたび
そう思います。
そうですね。
見えにくいだけに
そうやって甘えてるとか 逃げてるとか
言われますね。
うちの息子も
就職してから 企画書を書くとき
ノイズキャンセラとしてヘッドフォンをしていて
いい加減な仕事をしていると言われました。
このほうが仕事に集中できると言ったとき
そう言われたそうです。
甘えてる。逃げてる。・・・と。
社会的スキルを身につけさせる、ラベリングしない、
個性としてとらえる・・・10数年前から子供に対して実践してきました。
それでも、出来ることと出来ないことの差がドンドン開き、社会人手前で、「この子こんなに苦しんでいたんだ・・・」と実感させられました。とても無理をさせたんだ・・と自分が愚かな親のように思えました。
世の中に認知してもらおうとするときに、これを「生まれつきの脳障害・・出来ることもあるけど、努力しても出来ないままのこともある」・・というふうに表現するのは間違いでしょうか?
少なくとも、日本の風土では『個性』としてとらえると、その子の器では乗り越えられないことまで求められ、出来ないと批判され・・・結局自信をなくしてしまうのです。
品川先生のセミナーに頷きながらも、どこかで釈然としない気持ちが新たに湧いてきました。