
きのうは、午前中に、
クラシックギターとフラメンコギターの
弦替えとクリーニングをし、
リサイタルでは恒例の
屋外練習時場に赴いた。

神社にリサイタルの
成功祈願をし、
手水の清らかな水に
痛めている両手を浸して
緩和して頂けるようにお祈りした。

『さくら変奏曲』が
プログラムにある時には
必ずや、桜の散り際に訪れ、
花弁の散り方を第一変奏で
模倣するのを常としている。

きのうは
残念ながら強風で
練習開始前にギターが倒れ
2番弦が切れてしまい、
曲の練習が出来なくなった。
なので、仕方なく、
トレモロとスケールの練習だけにした。

出しなに、カミさんが
「風強いから、寒いよ…」
とは注意してくれたものの
「だ〜いじょぶだー…」
と、志村けん調に高を括ってたら
この始末だった。
それと、母親が
亡くなったばかりなので、
すぐに、スピリチュアルな解釈で
(寒風に当たってたら、
体調崩すから、弦を切って
長時間にならないように
したんかなぁ…)
なぞとも思いが浮かんだ。
【ふと思うは神心
あれこれ思うは人心】
ともいうから、
カミさんと亡母の心配が
起こした現象かもしれなかった。
暗在系と明在系は
シンクロするのである。
…
なので、早々に切り上げて、
馴染みの鮨屋に
お昼を頂きに寄った。
店の最も目立つ処に
A1判のポスターを
で~んと貼って頂いていた。
当日は法事が入り、
店では行けないが、
引退した大親方が
おいで下さるとの事で
嬉しく思った。
…
開店十分前に入店させて頂き、
さっそく、若旦那に握ってもらった。
いつも、カウンター端の常席で
お好みで握って頂く。
まずは、小肌から。
初夏には、まだ遠いが、
新子のような小振りな片身を
二枚付けで。
香りもほんのりで
味も淡さが感じられた。
つづいては、細魚(サヨリ)。
けっこうな肉厚で
白身の旨味の奥に
特有の微かな苦味があった。
この苦味が
楽しめるようになると
大人と言えるかもしれない。
白身つづきで、鶏魚(イサキ)。
夏が旬だが、海も温暖化で、
もう上がっているという。
血合いの赤身と薄桃色の身との
グラデーションが美しく、
店に寄っては、白身ではなく、
色物と呼ぶ処もある。
〝白身っ喰い〝なので、
お次も皮剥の肝のせ。
これは、身肉がいささか
水っぽかったが、
肝の脂がそれを補っていた。

ここで、煮物の穴子を…。
軽く炙るので、ほんのりと
苦味がのり、味に深みが増す。
握りの〆は
中トロで…。
赤身の香りと
仄かな酸味に、
脂の旨味が加味されて
極上な味に構築されている。
サビ入り海苔巻きに
卵焼きで、仕舞とした。
鮨は満腹になるほどに
食べるもんじゃない
としている。
実は、名人・志ん生が
幼い頃の志ん朝に
そう窘めたという逸話から
それに従っている。
江戸っ子の「粋・鯔背」の
美意識なのだろう。
談志家元は
「腹いっぱい、というのは
下品だねい…」
と言ったものである。
…
きのうの名人戦の
開幕戦は、後手番ながら
ソーちゃんが定型的藤井曲線を
描いて勝利した。
しかも、最終盤では、
驚異の39手詰を読み切っていた
というから、
今年の詰将棋選手権で
全問正解のパーフェクトで
優勝しただけはある。
コメント欄には、
もはや、人間ではない・・・
棋神の領域・・・
という言葉も多く見かけた。
七番勝負の
幸先のいいスタートである。
相手は、またしても、
かつての二人研究会仲間で
兄貴分の永瀬ッチである。
…
きのうは、
大阪のミカちゃんと
千葉のマリっぺから
立派な籠盛り花が届いた。
亡くなって、まだ、四日しか
経っていないのが不思議だが、
ご霊前は花や果物のお供物で
段々と賑々しくなってきた。
…






※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます