いつか猫になる日まで

思いつくまま気の向くまま
その日のマイブーム

盗作…ねぇ

2006-02-28 23:15:42 | Weblog
民主党関係、ビミョ~な……(笑)。昨日の野田さん保身の予測は外れましたが。
それより、ニュース見てたら、こんな記事を見つけました。

ミステリー小説は盗作と提訴 [共同通信社:2006年02月28日 12時10分]

「ダ・ヴィンチ・コード」の裁判で審理が開始
[ロイター:2006年02月28日 15時53分]


『レンヌ=ル=シャトーの謎―イエスの血脈と聖杯伝説』なる本は知らないので、
お利口な方に判断して頂くとして、自分は事の真偽には関知しません。
(どんなものだろうと思ってAmazonで検索したところ、ヒットしました。
なんか手強そうな本だなぁ。内容は面白そうだけど、レビュー見てちょっと引き気味。
しかも軽い気持ちで買って覗くにはお値段がよすぎ!まぁ機会があったら覗いてみます。)
が、『ダ・ヴィンチ・コード』は面白かった。
それだけに、なんかちょっと引っかかるものがある。

盗作はいけないんだろうけど、いや、いけないんだけど、
そもそもどこからが盗作で、どこまではセーフなんだろうか。
自分、根本的にここからよくわかってません。(そのくせ取り上げてしまった)
訴える時に、「ここの部分がこのように盗まれていて…」ってやるのかなぁ。

アイディアの盗用って言っても、この記事だけじゃ程度とかちょっとわかりませんが、
明らかに文章頂いちゃいました、意図的にネタ喰いましたってのは論外としても、
面白い話だから、面白いネタだから、って読書を楽しんでて、
結果的にその時書いてた著作が影響を受けることってあると思う。

今回の場合、やっぱり資料として見たわけで、その意味である程度はネタ喰ってるのかも。
(下巻311ページの訳者付記にも楽しむための参考資料の1つとしてあげられているし。)こういう場合、どうするんですかねぇ。
それでもやっぱり、訴えられたら「盗作」呼ばわりなんでしょうか。
ぜひ結果を知りたいところです。

そういえば以前、あるグループの曲がパクリだって言われてた時に聞いた言葉。
「音はドからシの組み合わせなんだから、メロディーが似ることはあり得る」。
決してパクリを奨励するつもりはないけど、なんか納得してしまいました。
好ましい音、心地よい音の組み合わせって、実際あると思うし。
(問題の曲は、当時聞き比べのサイトがあったので聞いてみました。
メロディーが露骨にそっくりすぎて、自分的にはちょっとアレだった。)

振り返ってそれが言葉になってもあり得るんじゃないかなぁ。
勿論、音に比べたら遙かに組み合わせはたくさんあるだろうけど、
理論上のものであって、使う言い回しってある程度限定されてるんじゃないだろうか。

んなこと言うなら、今自分が使っている言葉の組み合わせ(表現)だって、
絶対どこかの誰かのパクリになってるはず。
新鮮ネタを思いついても、自分が知らないだけで、誰かがやってることだったりするし。
料理方法が違うだけって言うことは、実際によくあるじゃないですか。

繰り返すようですが、盗作はやっぱりいけないと思う。
たとえ意図してなかったとしても、creatorとしての姿勢の問題だし、
自分だったら、その程度の創造力しかない自分が情けなくも恥ずかしくなる。

特に話を書いてると、力一杯その時読んでる小説のトーンに影響受ける癖があるので、
もしかしたら無意識に(いろいろなものを)使ってしまったことがあるかも知れない。
気付いたら書き直しはしてるけど、気付かなかったことがあったかも知れない。
ま、自分の場合は趣味の作家「ごっこ」なんで、自分だけの問題ですが。

価値観は人それぞれですが、
言われた方、「もしかして意図せず使っちゃったかも知れない、ごめん」って…
…やっぱりいえないかなぁ。
でもってパクられた方も、すぐに目くじら立てないで、
「そっかぁ、あの○○がパクるぐらい自分の作品はすごいんだなぁ」
とかって思えないモンかなぁ。(それで自作も売れたら万々歳じゃん?)

ま、そういうわけにもいかないか。無茶言ってるのは自分でもわかるぐらいだから。
特に『ダ・ヴィンチ・コード』は世界的ベストセラーで、映画化されちゃったもんね。

たださ、本好きとしては自分の好きな世界の中でまで
「権利」とか振りかざして欲しくないし、結局これってお金の問題絡んでるわけだからさ、
あんまり「金、金」ってして欲しくないだけなんだけど。

お粗末な顛末

2006-02-27 23:33:44 | 思った事
例の件についての民主党の動向。
正直、最初はホントかいな?と思って見てはいたんですが。
本当だったらおもろいし、嘘だとしたらどこでどう整理するんかいなぁ、
と、とことん無責任に傍観者の立場でずっとニュースを追いかけていました。
ただし、おもしろ半分に見てたから、なんも書かなかったわけで。

一応動向が決まったらしいので、以下、無責任発言します。(宣言)
「前原民主党」、激しく失望いたしました。(もともと支持者じゃないけど。)
大体本当だと主張するなら、いったいいつ警察に持っていくのかと思ってたけど、
行かなかったってことは、結局幹部の方も疑ってたんじゃないのぉ?
だとしたら、永田議員、何かのスケープゴートですか?

聞いた印象では、後先考えない非論理的・猪突猛進な人だなぁと思ったけど、
まぁ実際には永田さんのこと、よく知らないからとりあえずニュートラルに考えて。
基本的に肩を持とうとは思わない。病院に逃げ込む辺り、情けない。
けど、なんかかわいそうですね。
それでも謝って済まそうってのには、同情の余地はありません。
(これで明日、バックレでもしたら、「かわいそう」も取り消しね。)

まぁ、選挙ってのは(結果見えてても)すごーく大変だし、
議員は辞めちゃうと「ただの人」以下だから、生活もエライコトになるしね。
(落選議員の哀れさは、突然のリストラ以上です。本人・家族だけの問題じゃないから。)
でも、ことがことだから、それくらいはやむなし、と考えます。
党内のアレコレがあるって事情はわかるけど、ご本人そこまで厚顔な人なんだろうか?

それより「顔」としての責任のあるはずの前原代表。
この人も知らない人だけど、それだけに党首としてのあり方に注目してたんですが。
あまりに視野が狭いというか、自己保身に過ぎるというか。器ちっちぇ~(笑)。
はっきり言って、個人的にはすかんわぁ。

といっても岡田前代表についてだって、
大負けした衆議院選挙の際、サクラがてら生ものを見に行ったぐらいで、よく知らない。
知らないけど、
「政治家オーラはあるけど、(党首としては)生真面目すぎて面白味がない人やなぁ、
そのせいですごく損してへんかなぁ(相手は小泉さんだし)」という印象はもった。
(あのときは小沢さんの方が面白くなったんじゃないかなぁ)
でも(生真面目そうだから)その分きっちりとはしてるなと思ったし、
だから党首を引責辞任ってのは(政治家的に当然だけど)さもありなんという気がした。
好きか嫌いかっていわれたら、うーん、あんまりお付き合いしたい人じゃないけど。

そんな人のあとだけに、現代表のアバウトさがすごく鼻につくのね。
別に自民党支持するわけじゃないけど、この件に関しては自民党の発言、まだ説得力ある。
まるで大人が子供の我が儘をあしらってるってかんじじゃん。

喧嘩売る時は、それなりにリスクがあるのは当然。
だから勝つためには周到に準備して、勝てるという信念のもとにふっかけるべき。
でもって、それでも負けたらリスクは潔くかぶるべし。
政治の世界ならば、なおさらじゃないですか?
それなりに筋を通せば、その後政治の世界(周辺部含む)で生きていやすいみたいだし。

準備を怠って、しかもこれだけ騒がしておいて、
ぬけぬけと保身図ってんじゃねぇよ、ってカンジすかね(笑)。
それとも、前原さん野田さんを保身させないと、あとが続かないほど、
もしかして今の民主党って人材不足?(って、言っちゃいけないことかしら??笑)
小沢さん、菅さん、如何なモンでしょうか?

以上、これまでの動きに対する超私的・無責任感想でございます。
まだ党内ごたごたで面白そうだから、もうちょっと無責任Watchingしてるつもりですが。

豪華客船

2006-02-26 23:59:52 | Weblog
飛鳥Ⅱの公開船内見学に行ってきました。

一応間近で撮ったのがこの写真。あまりちゃんと撮れてないけど。
(詳しくは郵船クルーズ株式会社のホームページで。)

何でも、横浜を母港とすることになった大型客船だそうで。
そっかぁ、横浜って港町だったんだ…と今更ながら思い出したような次第。

外国まで行くような大きな客船に(見学とはいえ)乗るのは初めてです。
船といえば幼い頃に行った(らしい)大島までの行程と、
大阪南港~大分までのものと、あとは青函連絡船ぐらいしか乗ったことがない。
見学なら日本丸とか戦艦三笠とか(笑)もいったけど。
何しろなかなかご縁がありませんから。

子供の頃、父が貰ってきてくれた世界の帆船カレンダーがすごくきれいで、
写真部分だけ切り取って、部屋中に貼っていたことがあります。
友達の部屋には好きな歌手のポスターとか貼ってある、そんな年頃なのに。
こんな自分、変わり者でしょうか?

で、その飛鳥Ⅱですが、中はすごく素敵でした。
とっても大きな上等なホテル。
(というか、タラップを上がって一歩中にはいると、そこはホテルのフロントそのもの)
ラウンジだのレストランだのはたくさんあるし、ダンスホール、シアター、舞台、
カジノ、プール、スパとかトレーニングルームまであるし。
なんかほとんどのものが揃っているって感じで、さすが豪華客船。

当たり前なのかも知れないけど、なんせ生まれて初めて本物を見たモンですから、
結構興奮してしまいました。
貧相な発想ですが、あのタイタニック号ってこんな感じだったんだろうなぁ
と、ようやく「映画」が実体を持って想像出来るようになった気分です。
(アレはしませんでしたよ。雨も降ってたし)

バーで仕事をしていたお姉さんに聞いたんだけど、
船の中の時計って、その船がいる場所に合わせるんですって。
ってことはよ、1日が必ずしも実質24時間ではないこともあるんだ。
23時間だったり、25時間だったり、飛行機だと多分わからないけど、
船でゆっくり外国に向かったりすると、そういうことって体験出来るんだろうね。

客室は見せてもらえなかったけど、どこも敷き詰められた絨毯がふかふかで、
足下がとっても気持ちよかった。
お金持ちになったら、世界一周…とまでは行かないけど、
こんなので何日もかけて旅をしてみたいなぁ。
根拠はないけど、なんだかちょっと豊かな気分になりました。

追記
就航セレモニーがあったそうでした。
[読売新聞社:2006年02月27日 00時26分]
日本船籍としては最大の豪華客船「飛鳥2」(5万142トン)の就航セレモニーが26日、母港となる横浜港の大さん橋で開かれた。

洋書

2006-02-25 23:25:02 | Weblog
昨日の捜し物のついでに見つかった過去の遺物、その2。

『STAR TREK 1』 (ADAPTED BY JAMES BLISH)
(初期テレビシリーズのシナリオをもとにして書かれた小説の第1巻)
むかーしむかし、読めもしないのに買ったSTAR TREKの原書です。
でも、なぜアメリカの連ドラがイギリスで小説化されたのでしょう?

(今もそうですが)英語じゃ、半分も内容が読めません。
で、早川文庫の翻訳本を片手に、雰囲気だけ読んでるつもりになった記憶が。
そうそう、「英語の勉強してるの!」と、見とがめた親を言いくるめた記憶もある。
(おっきな音で洋楽を聞いているのもそうやって誤魔化したなぁ…)
まだ現役で英語の授業を受けている頃の話です。

SFMでは原書の紹介とか載っているので、表紙写真とかも見かけますが、
手にとってつくづく眺めると、日本の文庫本ってきれいに作られてるんですねぇ。
表紙の絵も日本語版と全然違うし。
(そういえばこれって、ドクターがいなかったのね。記憶違いに気が付いた。)
まぁ、紙質が違うから、何しろ軽い。それはペーパーバックの勝ちだけど。
しかし、この本、いくらで買ったのでしょうか。全く記憶にない。

いわゆる「海外から輸入された本」ってのは、これを含めても数冊しか持っていません。
「読めない」本を買う余裕はないので。
(読めるようになりゃ問題ないんだけど、いかんせん英語の壁が厚い)
特にSF小説などは翻訳物が好きだし、
興味がある作品が必ずしもすぐ訳出されるとは限らない。
SFMで現地の出版状況を知って、指をくわえているのは今も昔も変わりません。

“そう思うんだったら英語力を磨きなさい!”←その通りです。

そういえば。
実はドイツ語版のSTAR TREK小説も持っていたりして。
しかもこれは日本で訳されていない奴。確かファンが書いた商業小説と聞いた気が…。
ドイツ語!すごく憧れてて、1年間学校で勉強した、と記録は残っているのですが、
記録だけです。英語以上に手も足も出ません。
独和辞書はアクセサリーと化し、ベルリンの壁より厚く高い壁に未だに阻まれています。
この本は多分憧れだけで買った、完全に本棚の飾り。(意欲目標だったと思われます。)
ちなみに、現在は本棚にすら置かれておりません。(って、どこにしまい込んだっけ?)

成長…?

2006-02-24 23:59:28 | Weblog
ちょっと時間があったので、しばらく前から気になっていた捜し物を断行。
その過程で、恐ろしいものを見つけてしまいました。
90年代に書いていた短編小説の(構想と下書き)原稿。しかも手書き。
ま、こういう場合「時間がなくても見てしまう」ってのがお約束でしょう(笑)。

当時、同人誌なぞを作っていたので、最低年間3~4作書いていました。
構想メモ以前の、ネタの書き散らしとか、一つのストーリーのシーン別書き込みとか、
製本時のページ割りとか、ほとんど落書きですね。
お話自体も基本的に頭から書き始めることが多いのですが、
途中でシーンを差し替えたり、ごっそり書き直したりするので、
当時からノートではなく、ルーズリーフ両面にごちゃごちゃと書き込んでいました。
しかもご丁寧に書いた日付入り。
そんな紙が200枚ほど、ファイリングされてしっかり残っていたりして。

元々はオリジナルの小説を書いていたのですが、
当時は既存作品のキャラクターなどに勝手な設定を付けてお話を創っていました。
生意気にも、いろいろな本を読んで面白いと思った展開や技法を自分なりに試そうとして、
メモの脇にもとにした作品名とか、参考シーンのメモとかまで書いてある。
勿論、自爆していることが多いのは、技量不足でしょう。
ある意味、当時の読書ノート的意味合いもありましたね。
もっとも、メモされている作品名はほとんどが今言うところのラノベ系でした。

昔作った作品ってのはたいていの場合恥ずかしいことが多い。
時間が経っている分、少しは冷静になってるし、客観的に見ることが出来るので。
一応完結しているものが9作ほど出てきた(メモはその倍ほどありました)のですが、
そのほとんどが赤面もの。
内容も内容なんですが、それを割引いても今見ると
文章力そのものが、とても人様にお見せ出来るレベルじゃありません。

偉そうに「作品」なんて言ってますが、すべて下書きです。
最初はルーズリーフに手書きをするのですが、
それをもとにパソコンで清書がてら、話を膨らませていくというのが自分の作り方なので、
完成した作品は必ずしも下書き通りじゃない。
ごっそりシーンが入れ替わったり、追加・削除なんて当たり前。
大体下書きの倍ぐらいになるのですが、
実は原稿用紙換算をしたことがないので、自分の話の長さを把握してません。

昔使っていたフロッピーの中には完成原稿が眠っていますが、
今更起こすのもなんだから、と放置してあります。
無論、ワープロ時代のものは既に永久凍土の中で永眠中。
ワープロ自体が既に処分されてしまっているので、起こすに起こせません。
ちょうど90年代は自分にとっていろいろな意味で過渡期だったんですが、
書く道具そのものもいろいろと変わった時代だったんですね。

でも、中・高生の頃に書いていたお話よりは赤面度合いも少ないかも。
「お、案外書けてるじゃん」なんて思える作品があったのは成長の跡でしょうか。
若書きには違いないけど、まだ勢いはあるし、中・高生より少しは技量もアップ…かな。
そっかぁ、少しは上手になっていたんだなぁ、と珍しくプラス評価してしまいました。
といいつつ、再びファイルごと奥にしまい込んだのは言うまでもありません。
下手でも一生懸命書いたものだけに、愛着がありますから。

じゃ、その後成長したのかっていうと、してないなぁ(笑)。
そもそも2000年代になってからというもの、一つの話すら満足に完結出来てない。
ルーズリーフに書きかけが3作ほど放置されています。
やっぱりこいつらをどうにかしなきゃなぁ。

で、捜し物2つのうち1つだけ発掘し、本日は終了と相成りました。

2月のお料理教室

2006-02-23 23:59:50 | 料理
今日はターキーを焼きました。

写真のは10キロのもの。さすがにでかい!(笑)
いったい何人分でしょうねぇ。

我が家のオーブンは家庭用のものとしては割と大きめサイズですが、
それでもさすがに5キロまでしか入りません。
先生のお家のオーブンの大きさがお判り頂けるでしょうか?

本日のメニューは
*ミネストローネ
*グリーンサラダ(レタス・クレソン)
*フォカッチャ(ハワイ産のピンクの岩塩を使用。マイルドな美味しいお塩でした)
*ターキー
*ホタテのキッシュ
*ケーキ

実は用事があって、すべての料理の完成を見ずに今日は中座。
終了間際に戻りはしましたが、なんか悔しいなぁ。
楽しみにしているお稽古なのに。
作ったものを頂いて帰り、本日の我が家の夕食となりましたが、
実はケーキには到達していません。
きっちりと感想を書きたいところですが、それもままならず(泣)。

で、中座して何をしていたかというと、例の後任者選定。
3人の方に集まって頂き、簡単ですが引継をして、ついでに長の決定。
実は不安一杯でしたが、ようやく来年の代表者が決まりました。
やっぱり電話だけじゃ、埒があきませんね。

ホッとしたら気が抜けたのか、一昨日ぐらいから咳が出始めました。
ひどくならないうちに治さなきゃね。

お疲れです

2006-02-22 23:53:11 | Weblog
朦朧とした中で一日が過ぎていきました。
多分会話は成立していただろうけど、あんまり記憶がありません。
多分時々、意識があさっての方向に逃亡していたものと思われます。
無理はしちゃいけませんね。
今日が一日、無事に終わったことに感謝。
全部うっちゃって、今日はもう休みます。

コーラス練習

2006-02-21 23:50:19 | Weblog
再び、バンドの練習が始まりました。
というか、先週から練習は始まっているのですが、
例の状態でとても行けなかったので、自分は今週からの参加です。

とはいうものの、新曲のスコアは既に手元にあるのに、実はまだ音が拾い切れていない。
チラチラ見て大まかな流れを確認しただけ。
出だしの音を一度ちゃんと聞いて記憶しないと、全体が掴めないので。
はい、絶対音感なぞ、“絶対”に持ってませんから。

で、練習にいってきました。
さすがに前回やった曲は概ね覚えていましたが、
新曲ははっきり言って、めちゃくちゃ難しい。スコアで見た以上に音が出せない。
足を引っ張らないように…なんていう段階じゃないじゃん。う~
本番まで約1ヶ月、せいぜい精進いたします、はい。(週2回ぐらいしか出席出来ないけど)

そして夜。
ようやく後任の最後の1人を引き受けてもいいよ、といってくださる方に巡り会いました。
まだ役割問題は残っていますが、それでもゼロじゃない!数は揃った!!
それだけで肩の荷が下りた気分です。心なしか胃の痛みも遠のいた気が(笑)。
さぁ、これで心おきなく引き継ぎ書類が作れる♪

当面は目の前の、この時間になっても山積みの仕事を明日までに終わらせるのみ…
(本当は練習に行ったり電話したりしてる場合じゃなかったのですが)

反省会(微妙に昨日の続き…かも)

2006-02-20 23:42:21 | Weblog
今日、最後の定例役員会で(といっても、まだ仕事はあるんだけど)集まった時、
無駄話から「人前に立って話すのは…」という話になったのね。
結論から言ってしまえば、それもネックなんだろうね、後任が決まらないのは。

勿論人には向き、不向きってあると思う。
来ていた皆さんは役員を受けられた方たちだから、小さな違いはあれど、
いざとなれば発言もなさるし、前にでてしっかり仕切ることもできる。
それでも、やっぱり声を出す係りとかって、それぞれに棲み分けが生まれるもんね。

自分も確かに去年は自分で文書作って、前に出てしゃべってたけど、
でも、裏方、例えば記録をとるのは他の人に任せっきりだったし、
言葉をフォローしたり、あちこちと連絡とって調整をしてくれる人は別の人だった。
そういうことに自分は向いてないから、お願いしたのね。

今年は文書作成&細かい部分の説明を担当してたけど、
やっぱり調整や記録や、窓口は一緒にやってる人に任せっぱなし。
すごく校正に長けている人がいて、1人でやってた去年より、
文書の間違いとか、分かり難い言い回しとかも今年はすごく減った。

でも、だからって裏方をやってくれた人が、前にでて仕切れないかっていったら、
そんなことない。逆に自分だってやる気になれば、調整とか記録とかも出来なくもない。
だから、思いこみもあるし、自分で決めつけてる部分も大いにあるはずだよね。

でも、引き受け手がないのは、きっと「面倒だ」ってみんな思ってるし、
「前でて責任とるのイヤだ」って言う保身なんじゃないの?
でも表向きそういってしまうと角が立つから、
「向いてないから」「仕事忙しいから」「人前で話せないから」って言うんだと思う。

自分を見極めることは大事なことだろうと思うよ。
それが出来なくて出しゃばってばかりで、ついつい安請け合いしてしまう自分なんか、
その点が欠けてるんだと思う。
そういう「賢い方」が多いんだと思うけど、
ここで言う「賢い」は自分的には既に罵倒語にちかい。
自分も人を非難出来るほど立派じゃないけどさ、逆に保身しか考えない人って、
人間として小さいって思うから、正直自分はお付き合いしづらいな。

って、結局愚痴になってるー。(汗)
今日もまた1人断られてしまいました。ぶーー。
当分仕事が終わりそうにないなぁ…

素朴な疑問

2006-02-19 23:56:06 | 思った事
微妙に硬い系の話。
世の中にはいろいろな宗教だの「教え」だのが蔓延していますが、
いつも不思議に思うのは、その手の団体さんの集会に行くと必ずと言っていいほど
信者さんによる「信仰してよかった体験」みたいなお話がプログラムに入っていること。
行きがかり上、随分いろいろな「その手の団体さん」の集会に参加させて頂くのですが、
結構気になります。

いわでもがな、ですが、
自分自身はどの「その手の団体さん」にも帰属意識を持っておりません。
ただし、(個人の主義主張に反しない限り)郷に入りては郷に従っているつもりですし、
入信を強要されない限り敵意は一切持たず、まして馬鹿にしたりとか、という気持ちは
毛頭ございません。できるだけニュートラルでいるよう心がけています。

ま、自分の価値観に基づく批判ぐらいは呟くことはあるけどさ。

で、冒頭の「信仰してよかった体験」の発表についてなんですが、
実は今日参加させて頂いた団体さんでもあったわけです。
(いったい日曜に何やってんでしょうね>自分。)

お話の内容はどこへ行っても大同小異でして、大体苦しいことがあって、
それが信仰や教えによって乗り越えられた、ありがたいことです、ってパターンですね。
ま、そこはそれ、って奴です。(ほんとは現世利益にはちょっと腰が引けます)
ある程度パターンがわかっているので、最近は特に苦にならなくなりました。
むしろ、「(あなたにとっては)よかったね」って思うゆとりができました。

いつもこの手の話を聞く時、きついなぁと思うのは、申し訳ないのですが
明らかに「大勢の前で話す」ということに慣れていないように見える方が、
持ち時間(5分だったり10分だったり)いっぱい話すという、その行為そのもの。
たいていの場合、原稿を書いてきて、それを読まれることが多いのですが。

ただね、誰がどのようにして人選するのか知りませんけど、
「誰か原稿ぐらい直してやれよ!」と思うわけです。
いっちゃなんだが、論理性の欠片もなく、話になってない原稿ということがあるんですよ。
前後のつながりがめちゃめちゃだったり、状況がちっとも伝わらなかったり、
一番ひどい時には、大事なポイントがわからなかったりもします。
小学生だってもうちょっとマシな作文書くぞ。

ええと、昔の記憶が確かならば、話して内容を確実に伝えるためには、
5分で400字詰め原稿用紙が4~5枚程度、ってのがベストじゃなかったかなぁ。
(一応中学時代、2年ほど弁論部に在籍していたので。)
書くことが好きな自分は、長くなりすぎて5枚にまとめるのに苦労することはあるけど、
(このブログも長いなぁ・笑)
一般に原稿用紙5枚書くのって辛い、という方が(大人も子供も)多いようですね。
持ち時間が10分だったり15分だったりすれば、なお苦痛なのでは?

でもって、人前で話をするのって、原稿があったって結構緊張しますよね。
自分は比較的、小さい頃から(開き直るので)平気ですが、
聴衆が100名を越えたりすると、一応準備が必要です。
10数名ぐらいの会でも突然指名されたりすると、内心ドキドキして、たまに噛みます。
(せめて5分前でいいから一言あれば、それなりに心の準備ができるのですが。)

あまり改まったところで多くの方を前に、個人的なことを話す機会が少ない方にとっては、
かなりの緊張と思われます。特に女性の方とか。
(皆さん、公けの場ではできるだけ自分の考えを仰いませんもの。賢いだけでしょうか?)
そういう方が、個人的体験を数十~数千人の前で発表なさるとどうなるか。
…言うまでもありませんね。

で、思うわけです。
それだけの緊張を強いるのだから、
せめて原稿の段階で第三者がちょっと直してあげてくださいよ。
聞くに堪えない、とは言わないけど、
大事な部分(この場合「信仰してよかった」の部分)が聴衆に伝わらないんじゃ、
本末転倒じゃないの?共感を持つどころか、言いたいことがわかんないよ。
それともこの行為そのものが「修行」な訳なんでしょうか?

もう一つ不思議なのは、聴衆って、既に信心されている方々なんですよね。
信仰したらこんなことがあるよって言うプレゼンテーションなんだから、
布教活動であるならば、有効だと思います。
でも、なんで「集会に参加するぐらい」しっかり信じていらっしゃる方々に対して、
そういうプレゼンするのか、が疑問。
みんなでモチベーションを高めていらっしゃるんでしょうか?

でもね、そうやって「!」や「?」を抱く自分の横で、
同じ話に頷いたり深く同意したり、涙ぐんで聞いていらっしゃる方を見ると、
共感出来ない自分って、もしかして駄目な奴?
「寄って立つ何らかの思想」を持っていることをうらやましいと思うことはありますね。
すみません、だからってやはり特定団体に「信心」はどうしても持てませんが。
「信心」より、教義の意味とか解釈とかの方に関心を持っちゃうので。