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パリ挑戦権を賭けて、アタックチャーンス!する「音楽とアタシ」

2006年03月30日 00時19分49秒 | 音楽が好き。
アタシは、誰かになろうとするのはやめたんだ。そしてそれから。

思い返せばそれは、ひとの言葉に左右されやすい自分と、なぜだか誰かになりたがる男性に、決別したかったのかもしれない。
仕事を辞めて一年、アタシは執拗に自分と向き合った。正直ひとに会うのがおっくうになったのもあって、ただただ自分との対話に時を費やした。
また、たくさんのいい音楽や芸術を通し、たくさんのことを考えた。
そういうブログを書いてきた。

最近の若手バンドはみんな「四角い箱」をつくっている。ように見える。というのが、アタシにとっては言葉として大正解!、1番の角に飛び込んだ!、と思ってたんだけど、まだ字余りかな。今一度アタックチャンスして、パリ挑戦権を獲得します!何でもわかったふうな口きいて自分の答えを出して、勝手にチューブを抜いて尊厳死だというぐらい、自己完結とはアタシの良くない癖だと思うが。また言う。

今、日本には音楽が溢れている。多種多様な音楽があり、そのなかから選んで聞くことも、かぎりないと思えるほど自由だ。また自分で音楽を作ることも自由だ。盗作であったりしないかぎり発表することも自由だ。だから音楽はこれからもきっと溢れ続ける。
何を思って音楽を作るのも、何をもって良しとして音楽を聞くのも自由だ。でもアタシが好きな音楽は、大きくふたつに分けられる気がしてきた。
ひとつは「人々に愛され、夢をあたえられるような歌であり存在」。いわゆるスターだ。たとえば尊敬する美空ひばりさん。あのひとの歌がなければ戦後生きてこられなかった人が大勢いただろうと想像する。
そしていきなり現代に飛び今のアタシにとってはBoAちゃん。彼女の歌はもちろん、彼女が放つ輝きがアタシを含めたくさんの人を魅了する。
いわば「選ばれたひと」だ。そういうひとはまぎれもなくいる。「歌うために生まれてきた」とはただ褒めているだけでなく、ほんとにそのとおりだと思う。ひばりさんが生きていて歌っていてくれたことによって救われた人がいた。それは歌うことが彼女の「宿命」だったと言えるだろう。
もうひとつは「何かを表現したい、訴えたい衝動に突き動かされできた音楽」。アタシがそう思うのはZAZEN BOYSRhymester。音楽という手段を持って新しい芸術を生み出す、自分を主張する。それはもしかすると最初は、それを聞くほかの誰かのことなんか考えないでできてくるものかもしれない。でもせっかくできた芸術や主張は、誰かに聞いてもらいたいと思うのが人情だろう。そしてなるべくたくさんの人にと願うのも自然な欲だろう。
だが、発信された芸術や主張が、それを受け取る側にいつも誰にでも確実に届くとは限らない。しっかり受け取らなくても、音楽は聞ける。

実際、こんなに考え込んでるのはアタシだけかもしれないし、アタシだって音楽を聞いてる瞬間は考え込んでるわけじゃない。ただこんなことを考えさせてくれる音楽をアタシは聞いているのだ。

「たくさんの人に聞いてもらいたい」と思うのは、悪いことじゃない。スターはそういう音楽で、世の中を明るく照らすこともできる。でもそうではない、芸術や主張が、最初から「たくさんの人に聞いてもらいたい」と意識して、作られているなら問題だ。アタシはいやだ。アタシには「四角い箱」に聞こえる数々のくだらない音楽は、知ってか知らずかそうなのだ。えぇかんじに体裁整えて「メジャーになりたいインディーズ」とかもううんざりなんだよ!なんか腹立たしい。万人に聞きやすいもの作って、楽して儲けようとしてるようにしか思えん。「妥協など微塵もない。そんな音楽が聞きたい。」そう書いた。

そんで「えぇかんじに体裁整える」っていうのは、簡単に言えば二番煎じだ。アタシはそう見下すが、「あのひとみたいにかっこよくなりたい」と言うのとも同じだ。それが悪いことだとまでは言えない。目標を持つことは強い力になる。
でも目標を追うと、簡単に自分を見失える。前を向いて迷いなく進んでいっても、鏡で自分を見ることを忘れれば、目標に到達した時自分がなんなのか、空っぽになっていそうな気がする。
だからアタシはやめたいんだ、「誰かになる」のは。
アタシは歌に関しては努力をしてる。誰かの歌を真似したりするけど、その中から自分の歌い方を見つけたい。自分の体から出てきた歌を歌いたい。それはきっと自分のためだ。自分自身を表す歌が歌えれば、誰にも聞いてもらえなくてもアタシは満足すると思う。でも、その満足した後、誰かに、「これいいでしょ?」ってきいてみたくなるのかも。

歌を練習していても大事なのは、自分を知ることだ。録音して聞きなおしたり、自分のキーや声の出し方を知った上で曲と合わせていく。今はその結果を先生が判断して、次のステップへと進める。
自分らしく生きるために、たくさん考え、自分のことを知ろうとしてきた。自分が思うことを、このブログにもぶちまけてきた。コメントやTBでいろんなひとともつながった。でもそれはわりと、自分からつなげていったものだから、自然と賛成ばかりだ。誰にでもどこにでもつながれるネットだけれど、つながろうという意思がなければ永遠に他人だ。賛成ばかりもらって、自分の中に出た大正解をただただ正当化して、自分の中の常識を作り上げてしまう。それもひとつの真実だが、それとは別の一面からは遠ざかることになる。それは理想だけで塗り固めた、やっぱり空っぽな自分。なのかも。
「ひとはひとりで生きてない」っていうのは、頼ったり頼られたり、糧にしたりされたりすることだとばかり思っていた。でも、「アタシが生きていることを知っているひとがいる。」それだけでもつながっている。いろんなひとの中にちょっとずつアタシがいる。アタシがいなくなったら悲しんでくれるかとかそんなことじゃなくて、アタシがいくら消そうとしたって消せない、そのひとの記憶の中のアタシも含めてアタシだ。
だから自分を知るには、アタシを知るひとたちと向き合わなくてはいけない。

今まで「考えフェチ」ってきたことがすべてまとまってきた。何個かパネルを取って、その間のパネルもアタシの色になってきた。パネルを開けて、答えが見えるだろうか。パリに行けるだろうか!
ヒントをくれたのは、今地元で開催中の、「岡本太郎展」の紹介番組だった。(、って早く本物見に行けよっ。)誰かのためではなく、自分から湧き上がったものを芸術にして、結果ひとを感動させるものを作ったひとなんだろう。そのパワーを受け取ってきたい。(明日あたり。)

自分を知るのは、もう少し時間が要りそうだ。
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 さらに長くなりますが追記::この記事を書き終わって、なんとなくスペシャのSTUDIO GROWN火曜日のことを思い出して、三宅くんのブログも見てみたら、やっぱまたなるほどってこと言ってて、アタシが怒ってるものの正体も見えてきた。また賛成意見かもしれないけど、リアルに音楽を作り発信してるひと側からの考えも要参照。
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2 コメント

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頭の中がリンクしてる。 (popadrop)
2006-04-02 00:26:35
まいどお邪魔します。



あまりにすごい内容だったので、軽々しくコメント書くのもなんなんですが。。。



「いろんなひとの中にちょっとずつアタシがいる。」っていう考え方、まったく同感です!オレ自身が考えてるpopadrop像とアモリさんの考えるpopadrop像はきっと、というか確実に違っているはず。でもどっちも本当のpopadropなんですよね。主体か客体の違いだけで。



うんうん、なるほどな。



アモリさんの「考え」にはいつも驚かせられます。

ついでに驚いたのは昨日うちのブログにコメントいただいて、お返事に岡本太郎引用しましたけど、あれ、ここ読んだからじゃないんですよ。たまたま思いついた言葉なんです。偶然とはいえ、なんかすごいなぁ。アモリさん、オレの頭ん中本当にハッキングしてませんw?プログラム解析されてるとしか思えませんよwww



岡本太郎展、いいですねぇ!オレも行きたいっ!!でも遠すぎる。。。



パリ目指して、考え続けてくださいね。応援してます!
こちらこそぉ? (アモリ)
2006-04-02 19:21:46
なんスかね、この符合は。

その真相を究明するのまでは、さすがにヤんなるほどw無理です。

こちらこそアタシの頭にあるワードが、その通りの意味でpopadropさんの発言に出てきますから。



岡本太郎展、ヤバかったです。

スゴすぎて記事にまとめられず寝かせてます。

とりあえず、途中で疲れるほど引き込まれて、翌朝夢で見るほど好きになりました。



この記事については、なんしか「考えフェチ」という癖のとりあえずの集大成です。よりより考えすぎです。

しかしもう、考えるよりなんかしろってことだとも、ほんとは分かっているのです。が。

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