曲学阿世:真実を追求し、虚実の世間に迎合するようなことはしたくない。

真実を曲解し不正な情報によって世間の人々にこびへつらい、世間にとり入れられるような、ことはしたくない。

ゴーン特別背任事件核心はここにある

2020年01月09日 09時26分05秒 | 政治

                                 

                        「植草一秀の『知られざる真実』」

                                         2020/01/09

               ゴーン特別背任事件核心はここにある

             第2534号

   ウェブで読む:https://foomii.com/00050/2020010906000062501
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海外逃亡したゴーン被告が逃亡先のレバノン・ベイルートで記者会見を行っ
た。

記者会見は失敗だったと判断できる。

会見をしなければ、ゴーンという人物は優秀な人物であるとの幻想が世間一般
に残存した可能性があるからだ。

ゴーン氏が問われている罪は企業の財産を私的に窃取したというものだ。

企業の財産を横領し、私腹を肥やしたというものだ。

この疑いに対する無実の証明が皆無だった。

日本の刑事司法手続きに多くの問題点があることは知る人はみな知っている。

その前近代的な制度によって人権を侵害されてきた者は多数存在する。

しかし、記者を集めて説明する機会を得たにもかかわらず、ゴーン被告は自分
が無実潔白であることについて効果的な説明ができなかった。

保釈中の不法な海外逃亡自体が犯罪である。

ゴーン氏はクーデターだと主張するが、司法取引を利用した立件であるから、
検察と日産の連携は存在しても不自然ではない。

クーデターであるとのゴーン被告の主張が説得力を持つためには、ゴーン氏が
問われている背任の罪についての無実の証明が必要不可欠である。

背任の事実が存在するなら、日産から排除され、罪を問われることに正当性が
ある。

ゴーン氏は自分自身が完全に無実潔白であること、無実潔白であるのに日産に
よって犯罪者に仕立て上げられたことを証明する必要があるが、この肝心な部
分についての説明が会見の前半部分の説明では存在しなかった。



長々と同じ話を繰り返しているだけで、優秀な経営者との説が風説に過ぎな
かったと多くの者が感じたと思われる。

「コストダウン 叫ぶあんたが コスト高」

これは、1999年の第一生命サラリーマン川柳の第1位作品だ。

ゴーンの手法を詠んだ川柳と理解できるが、冷酷にコストを切るだけなら冷血
人間なら誰でもできる。

人間を大切にしながら企業を立て直してこそ名経営者なのだ。

人間や取引先を消耗品として取り扱い、単に企業の利益を出すだけなら、難し
い話ではない。

そして、企業経営者として重要なことは自分自身の身辺が身ぎれいかどうかで
ある。

最前線で汗水流す労働者と豪華なオフィスで命令だけ下す経営者の年収格差に
は限界を設けるべきだ。

本当の優れた経営者は企業活動が生み出す果実の分配において、末端の労働者
に手厚く、自分自身に対する報酬に対して抑制的に行動する。

これが優れた経営者の基本姿勢である。

ゴーン流は真逆だ。

それでもその報酬が正規に認められた正統性のあるものであるなら、ギリギリ
許容範囲になるだろう。

ところが、不正な手法を用いて、自己の報酬をかさ上げすることは、企業に対
する背任行為になる。

刑法はこれを犯罪と認定して刑罰の対象にしている。



刑事司法のあり方として、

適法手続き、罪刑法定主義、法の下の平等、無罪推定原則

などを満たさねばならない。

いまから230年以上も前の1789年フランス人権宣言にこのことが明記さ
れている。

しかしながら、日本の刑事司法においては、これらの大原則が守られていな
い。

これはこれで重大な問題だが、この問題が存在することは、背任罪の免責理由
にならない。

ゴーン氏が無実の主張をするなら、起訴されている特別背任の事案について、
無実の証明をする必要がある。

その証明ができなければ、日本の刑事司法制度に多くの問題はあるが、ゴーン
被告の行動は犯罪行為であるとの見方が揺るがない。

罪を犯していない者が日本の司法制度を糾弾して、その苦難から脱出を図った
というなら賛同を得るだろう。

無実の人間が犯罪者に仕立て上げられることは最大の誤りだからだ。

しかし、罪を犯していることが事実であれば、日本の刑事司法に対する批判の
説得力は格段に低下してしまう。

この部分が決定的に重要だ。

ゴーン被告にとっての本当の転換点が1月8日の記者会見になった可能性があ
る。



生産活動の果実は資本と労働で分け合う。

アベノミクスは労働への分配を最小にすることによって、資本への分配を最大
にすることに全力を注ぐもの。

日本の経済政策が完全にこの方向に転じたのは2001年だ。

小泉純一郎政権が始動させた「新自由主義経済政策」は、資本の利益を極大化
させることを目的とするものだった。

労働規制撤廃と表現すると、良いことか悪いことか区別がつかなくなる。

しかし、その制度変更で誰が得をして、誰が損をするのかを見れば、制度変更
の意味がはっきり分かる。

労働規制撤廃で得をするのは資本で、損をするのは労働である。

したがって、労働規制撤廃は資本のための施策であって、労働者を苦しめる施
策である。

派遣労働が広く解禁された。

派遣労働が企業にとって好都合なのは、いつでも簡単に首を切れること。

労働コストが低廉なこと。

2001年以降、非正規労働の比率は上昇し続け、労働分配率は低下し続けて
きた。

これが新自由主義経済政策の目的なのだ。



労働者への分配を減らし、資本への分配を増やす。

企業経営者への報酬は資本への分配から拠出される。

労働者への分配を絞りに絞った経営者が、自分自身への分配を激増させる。

企業経営者の報酬激増が2000年代以降の日本の特徴だ。

日本の経営者の報酬は欧米に比べて低い。

これが法外な企業経営者の報酬を正当化する根拠とされてきた。

日本がおかしいのではなく、欧米がおかしいのだ。

フランスでは企業経営者の法外な報酬が一般に認められていない。

とりわけ政府が出資している企業においてはこの傾向が強い。

だから、ゴーン被告はフランス以外の子会社等を使って自己の報酬を拡大させ
た。

フランスでもゴーン被告が不当に私腹を肥やした疑いに対する捜査が行われて
いる。



最前線の労働者に対する経済的処遇を引き上げて、企業経営者の法外な報酬を
抑制する。

これが正しい方向である。

その具体策が最低賃金の引き上げなのだ。

日本企業の内部留保資金が470兆円にまで積み上がっている。

その一部を、最低賃金を引き上げるために活用する。

年収200万円の1000万人労働者の年収を300万円にするために必要な
金額は10兆円である。

小さな金額ではないが、実現可能性のない金額でもない。

中小零細企業に最低賃金を大幅に引き上げろと言えば、その企業自体が倒れて
しまう。

このような企業の場合には、政府が財政資金で最低賃金引き上げの費用を助成
することが必要だ。

現在の最低賃金は790円/時間だ。

この最低賃金では、年間2000時間労働しても158万円しかもらえない。

その一方で、企業経営者は、冷酷なコストダウンを実行しただけで年間に5億
円、10億円も報酬を得る。

これが間違いなのだ。



最低賃金を全国一律で1500円に引き上げる。

その分、高額報酬者の報酬を引き下げればよい。

ワークシェアリングという言葉がある。

労働機会を分かち合うというものだ。

日本では低所得の労働者にこれが強制されている。

安倍首相は雇用が増えたと自画自賛するが、労働者一人当たりの実質賃金は5
%も減少した。

その一方で企業経営者の不当な高額報酬が野放しにされている。

ワークシェアリングではなくインカムシェアリングを実施するべきだ。

高額報酬を切り下げて、最低賃金を引き上げるのだ。

これを実施すれば、最低賃金引き上げに伴う財政負担を大幅に軽減できる。

重要なことは、ゴーン被告が本当に不正を働いていなかったのかどうかを精査
することである。


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