曲学阿世:真実を追求し、虚実の世間に迎合するようなことはしたくない。

真実を曲解し不正な情報によって世間の人々にこびへつらい、世間にとり入れられるような、ことはしたくない。

(朝鮮半島南北首脳の「板門店宣言」に思う)

2018年05月18日 13時11分10秒 | 政治経済、社会・哲学、ビジネス、
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◎「日本一新運動」の原点―411

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

〇 時局妙観
朝鮮半島
南北首脳の「板門店宣言」に思う)

 4月27日(金)、韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩労働
党委員長は首脳会談を行い、朝鮮半島の「完全な非核化」実現を
目標とした「板門店宣言」に署名した。昭和28年7月に休戦し
たままになっていた朝鮮戦争を本年内に終わらせる意思なども確
認した。文在寅大統領は記者発表で「朝鮮半島でこれ以上戦争は
起きない」と強調した。
 朝鮮戦争が始まったのは昭和25年6月だった。当時私は新制
中学校3年生で明確に記憶している。高校3年の時に休戦となっ
たが、朝鮮半島で、いつ戦争が再発するかも知れないという状態
で、「65年」という歳月が過ぎた。
 率直に言って、今年12月に83歳となる私の人生の「65年
間」は、朝鮮半島がどんな事態となるかという不安と、期待の中
で生きてきたといえる。太平洋戦争でさまざまな苦難を強いられ
た両親や親族から「朝鮮で戦争が再発すれば日本も巻き込まれる。
どんな事態になっても食っていける職業に就け」などと説教を受
けたりしてきた。自由で奔放な人生を過ごしてきた私だが、心の
奥底に朝鮮半島の平和と安定が日本人の幸せのもとだという潜在
意識をもっていた。何としても、今回の「板門店宣言」を通じ、
「米朝首脳会談」を成功させてもらいたい。
 私と同世代の人たちは恐らくこんな感じを共有していると思う。
ところで、私が違和感を持ったのは、この歴史的な「板門店宣言」
に対する日本の新聞やテレビなどの論調である。ほとんどが「非
核化の具体策が示されていない」とか「平和体制の実現には懸念
がある」とか、さらに「一九九一年十二月の南北非核化共同宣言
を超える内容ではない」と水を差す指摘である。
 何しろ数カ月前までは「一触即発」の米朝関係であった。確か
に懸念もあるが、情況はこれまでと違い「核戦争」の可能性が頂
点に達している。何としても、世界中の非核化による平和体制の
確立に繋げなければならない。 その責任はトランプ米大統領や
金正恩委員長、さらに主要国の政治指導者にある。否、「人類の
危機」という歴史認識に立つなら、現存する人類全体の責任とい
える。難航は当然予想されるが、この機会を絶対に逃さず「核兵
器の排除」と、「日本国憲法第九条」を、世界憲法の基本とする
ことの実現を目指すべき時が来た。


(『我が輩は保守本流である』・その後)

 4月20日に発売はしたものの、10日が過ぎた4月末までに
そんなに多くの人々に読まれた形跡はない。それでも電話で5人、
手紙で6人が意見をくれた。ネットでの反応はアナログ人間なの
で全体を掴めていない。マスメディアの反応はハナから期待して
いないが、元朝日新聞政治部記者で活躍していた「脇正太郎」が、
〝メディアウオッチ100〟で書評を出してくれた。「野党共闘
をどう実現するか」の項を要約しておく。

 今日の政治状況をどうやって刷新するのか、平野氏の解は「最
優先すべきは、安部政権に代わり国民から信頼される政治結集、
政党の結成や選挙協力体制です」と明快だ。
 しかし、協力体制の構築は壁に突き当たるのが常だ。小沢氏の
「知恵と力を活用すること」と提唱されているが、アレルギーが
障害になってきたことを平野氏も認めている。・・・・・
 共産党を含むことができるかも難題だ。他野党が違和感を口に
するためだ。平野氏は「日本の政党の中で倫理性、健全性で最も
優れている」と高く評価する一方で「綱領や党名が問題で新しい
展開をすればそれは新しい歴史をつくることになります」と提起
している。さて共産党はどうする。

『我が輩は保守本流である』を、与野党の国会議員の何人かに届
けたが、礼と感想を言ってくれたのは、共産党の小池書記局長と
穀田国対委員長の二人だけだった。脇氏の書評とは関係ないが共
産党の「倫理性と健全性」を証明することだ。ご両人との話は電
話だったが、現時点では〝オフレコ〟としておこう。
 書籍の売れ行きが遅い理由は、著者である私の不勉強であると
思い、改めてエドマンド・バークについての訳本を読んでみた。
『保守主義の精神』(ラッセル・カーク著、中央公論新社)だ。
そこには、現在、わが国でもっともイメージの悪い「忖度」とい
う言葉を、訳語ではあるがバークが活用していることがわかった。
 正統派クリスチャンだったバークが「神の摂理を忖度する」の
が、Conservatismの原点だ、ということである。議会民主政治や、
憲政の常道を忖度することは、近代民主主義社会では国民全体の
責任でもあり、義務でもある。問題は、何のための「忖度」か。
誰に「忖度」するのかだ。
 そういえば、衆議院事務局時代に土井たか子社会党委員長から
「平野さん、自民党のために知恵を出すのではなく、国民のため
に知恵を出してよ」と何回か叱られた思い出がある。知恵を忖度
と読み替えてもよい。                (了)




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