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憲法の存在しない国になってしまったのか?

2015年11月25日 08時31分08秒 | 政治経済、社会・哲学、ビジネス、

         

憲法の存在しない国になってしまったのか?

2015/11/24

 憲法53条には、「いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば内閣は(臨時国会)の召集を決定しなければならない」と明記されている。

 そこで、あの新安保法制(私は『戦争法』と呼ぶ)について主権者国民はいまだに理解できておらず不安になっているし、環太平洋連携協定(TPP)の「大筋合意」の内容も公表されておらず、わが国の市場を一気に米国等に開放することについても主権者国民は不安になっているし、まずは臨時国会で審議することが自然である。しかも、内閣改造後の所信表明も済んでいない。

 そこで、上記の憲法規定に従って、野党が共同して臨時国会の召集を要求したが、内閣(自公与党)は、「憲法53条には、~日までに…と期限が明記されていない」からという理由で、「外交日程も立て込んでいる」ことも理由に加えて、「臨時国会は召集しない」と決定した。

 しかし、それが国語的にも憲法規範の解釈としても間違っていることは明白である。まず、条文には、一院の4分の1以上の議員の要求があれば内閣は臨時国会を「召集しなければならない」と明記されており、「場合によっては召集しなくてもよい」とは書かれていない。また、これは、行政権を託された内閣が主権者国民の意思を離れて独裁化しないように、三権分立の機能として、国民の直接代表である国会(国権の最高機関)が内閣の権力行使をただすための仕組みである。さらに、憲法条文の中に期限が明記されていないのは、「だから召集しなくてもよい」などという意味ではないことも自明で、「適切な時期しかしあまり遠くない時期に召集せよ」という意味であることは明らかである。要するに、「内閣は臨時国会の召集を野党から要求されてもそれを拒否してよい」という憲法の趣旨ならば、こんな規定はもとより書かれていないはずである。

 憲法は、主権者国民の権力を一時的に託された権力担当者たち(政治家以下の公務員)が勝手に一人歩き(独裁化)しないために定められた枠(最小限の制限)で格式としては最高法である。

 「軍隊」と「交戦権」を禁じているが故に海外派兵を不能している憲法を無視して戦争法を制定し、TPPに関する野党の真摯(しんし)な質問を無視して外交儀礼に明け暮れている…。こんな政府の出現を憲法も主権者国民も期待していなかったはずである。

(慶大名誉教授・弁護士)
 
※小林節一刀両断コラム2015年11月24日より「転載

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