曲学阿世:真実を追求し、虚実の世間に迎合するようなことはしたくない。

真実を曲解し不正な情報によって世間の人々にこびへつらい、世間にとり入れられるような、ことはしたくない。

九州ツアー出発前に埼玉県へ。災害被災地で不足するであろう軽トラック2台を、共同使用車両として県内で活動する民間団体に届けました。

2019年10月15日 15時48分28秒 | 政治

 

れいわ新選組認証済みアカウント @reiwashinsen                    2時間2時間前           

九州ツアー出発前に埼玉県へ。災害被災地で不足するであろう軽トラック2台を、共同使用車両として県内で活動する民間団体に届けました。れいわ新選組は様々な民間団体と共同で被災者支援に全力を尽くします。

  
  • 山本太郎 全国ツアー 【第二弾・九州】
    10/15(火)18時〜 街頭記者会見 宮崎県・宮崎山形屋前
    ※ボランティアでご協力下さる方は、2時間前に現地集合でお願いします。 機材設営のお手伝い、物販・寄附ブースの準備など、お力を貸してください! pic.twitter.com/5tqxOx6vJ

 

  
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 誰にも明日交通事故で動けなくなる可能性がある

2019年10月15日 14時14分59秒 | 政治

 

                                 

                       「植草一秀の『知られざる真実』」
                                     2019/10/15
           誰にも明日交通事故で動けなくなる可能性がある
             第2456号
   ウェブで読む:https://foomii.com/00050/2019101506000059362 ──────────────────────────────────── 日本国憲法に次の条文がある。
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有す る。
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国 民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び 将来の国民に与へられる。
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的 身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されな い。
第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわた る自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、 現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託された ものである。
台風19号の襲来に際して、台東区が設置した避難所に避難した路上生活者が 台東区の職員によって利用を拒絶された。
台東区は通常の避難所とは別に、外国人観光客や日本人の帰宅困難者のために 東京文化会館を解放したが、路上生活者は東京文化会館の入り口付近に、塀で 囲まれている箇所があり、そこに避難したが、台東区の職員から移動するよう にと告げられ、避難を拒絶された。
テレビではNHKが「命を守る行動をしてください」と繰り返し叫んでいた。
史上最大級の台風が東京を直撃した。
屋外にとどまることは命の危険に直結する。
台東区職員が示した行動は人間性が疑われる行動だ。

世田谷区は同区と神奈川県との境を流れる多摩川の河川敷に住んでいる路上生 活者(ホームレス)の人たちに対し、事前にチラシを配って台風と避難所の情 報を知らせた。
対応に天と地の開きがある。
台東区長は自民党の区議、都議を経て区長に就任した服部ゆくお氏。
世田谷区長は社会民主党国会議員を経て区長に就任した保坂展人氏である。
どちらの対応が正しいのかは明白だ。
台東区の対応は憲法違反である。
日本国憲法前文は、
「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに 生存する権利を有することを確認する。」
と明記している。
また、
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に 対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政 の上で、最大の尊重を必要とする。
の条文も置かれている。
台東区の服部区長の対応は、安倍内閣の基本姿勢と通じる。

安倍首相は国会質疑で、「生活保護は権利である」ことを認めなかった。
「生活保護」は生存権を守るための制度であり、この制度を利用することは国 民の権利である。
ところが、安倍首相は生活保護を「権利である」と明言せず、多くの地方自治 体が生活保護の利用を極力抑制する行政運営を行っている。
路上生活者が生命の危機に直面し、避難所を訪れても、これを排除するのは安 倍内閣の冷酷な対応と平仄を一にする。
日本国憲法第25条は、すべての国民に、「健康で文化的な最低限度の生活を 営む権利」を保障している。
台風襲来の際に、命の危険が生じ、避難所を訪れた国民に対して、避難所の利 用を拒絶することは、日本国憲法第25条に反する違憲行為である。
そもそも「路上生活者」をこの状態に放置していることが憲法第25条に抵触 する。
日本の政治をどう変えるべきか。
何よりも重要なことは、国家がすべての国民に保障する最低ラインを引き上げ ることなのだ。
そのための具体的施策が、最低賃金の大幅引き上げであり、最低保障年金の引 き上げ、生活保護制度の是正だ。
生活保護制度利用の要件を満たしているのに生活保護制度を利用できていない 国民が8割以上を占めている。
利用要件を満たす人に対する実際に利用している人の比率を捕捉率という。
日本の生活保護制度捕捉率は国際比較上も極めて低い。
国民が権利としての生活保護制度を利用しにくい「空気」が作られている。
日本の主権者は「弱者を排除・差別する政治」を選ぶのか、それとも、「生存 権保障によって弱者をなくす政治」を選ぶのか。
問われているのは私たち主権者の判断でもある。

「路上生活者」は「健康で文化的な最低限度の生活」を営んでいない。
国は、こうした人々の生活水準を引き上げる責務を負っている。
それが憲法第25条の正しい実践である。
主権者のなかのどれだけの割合の人が生活保護制度を利用しているのかを示す のが「利用率」である。
日本の利用率は2%に満たない。
生活保護利用の要件を満たしている人のなかで、生活保護を利用できている人 の比率は2割以下である。
独、仏、英などの欧州諸国では捕捉率が5割から9割に達し、利用率も5%~ 10%程度に達している。
日本では生活保護利用を「権利」でなく、「施しを受ける」と位置付ける「空 気」が支配している。
生活保護の不正利用がやり玉に挙げられるが、不正利用の件数は全体の2%未 満、不正利用金額は全体の0.4%未満で、例外的にしか不正利用問題は存在 しない。

生活保護を利用することは基本的人権の行使でしかない。
ところが、日本では生活保護を利用することに「引け目」を感じさせる空気が 創出されている。
その「空気」の醸成を推進しているのが、「弱者切り捨て」首長が君臨する自 治体なのだ。
2007年から約10年にわたって神奈川県小田原市の職員が、
「保護なめんな」「SHAT(注:生活保護悪撲滅チームの頭文字をとった略 称)」
とローマ字と英語で表記したジャンパーを羽織って、生活保護受給者宅を訪問 していた。
ジャンパーには「私たちは正義」、「不正受給者はクズだ」といった趣旨の英 文もプリントされていた。
2017年1月に事実が大きく取り上げられ、職員の対応が「受給者を威圧す る」と批判された。
小田原市は問題顕在化後に対応を是正したが、日本全体ではいまなお、生活保 護に対する歪んだ認識が広がっている。

ウーマンラッシュアワーの村本大輔氏が
「ホームレスを区が受け入れないのは税金を払ってないからというツイートを みた。おれは高い税金を払ってる。それは税金を払えない人の分も負担させて もらってる。
だから社会ってのは税金を払ってない人もいていい場所。税金は払える人が払 えばいい。社会は誰であっても1人も見捨ててはいけない。」
とツイートして反響を呼んだ。
反響を呼んだことについて村本氏は、
「当たり前のことがこんなに響くなんて世の中狂ってる。本気で。」
と述べるとともに、
「生まれたときから障害を持って親に捨てられてホームレスになった人もい る。彼は死んでいいのか?おまえもおれもいま稼いで税金払ってるのはたまた まな。明日交通事故にあって動けなくなって社会が見放したときに何を思 う。」
とツイートした。

私たちがどのような政治を実現するべきなのかが問われている。
二つの考え方がある。
第一は、自助努力、自己責任ですべてを処理すること。
この場合、問題になるのは、「がんばったか、がんばらなかった」だけでな く、「恵まれていたか、恵まれていなかったか」が結果の差に強く影響するこ とだ。
第二は、国家がすべての構成員に必要十分な最低ラインを保障すること。
さまざまな要因で、生存が困難な状況に直面することがあり得る。
だから、国家がすべての人に差別なく、必要十分な最低ラインを保障するの だ。
前者の考え方がリバータリアニズム、後者の考え方がリベラリズムである。
私は日本の政治の根幹にリベラリズムの哲学を置くべきであると考える。
すべての主権者に健康で文化的な生活水準を保障して路上生活者(ホームレ ス)をなくす。
主権者が考え、主権者が判断して決定するべきことだ。

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