「植草一秀の『知られざる真実』」
2019/10/01
消費懲罰税不況が安倍内閣を吹き飛ばす
第2444号
ウェブで読む:https://foomii.com/00050/2019100100300058897 ──────────────────────────────────── 不気味なほどの静寂が日本経済を覆っている。
消費税率が10%に引き上げられる。
一億総中流の時代であれば、消費税に一定の合理性が存在した。
所得税制度が水平的平等を確保していないという重大な欠陥が存在するから だ。
賃金労働者は収入金額のすべてが捕捉され、必要経費の計上も十分に認められ ていない。
他方、医者、自営業者、一次産業従事者などにおいては、収入金額の捕捉が不 十分であったり、各種控除が過大であったりする問題点が存在する。
消費税負担は消費金額に比例することになるから、同等の消費生活を送る者に 同等の負担が課されるという面では水平的平等を確保しやすい。
しかし、日本経済の構造が激変した。
日本の中間層が消滅したのだ。
消滅は言い過ぎかもしれないが、中間層の多くが没落した。
雇用者5605万人のうち、正規労働者は3485万人で全体の62.2% だ。
2120万人は非正規労働者である。
その比率は37.8%である。
正規労働者の比率は6割に過ぎない。
1年を通じて勤務した給与所得者のうち、年収が200万円に届かぬ人が10 85万人いる。
全体の55.2%にあたる2729万人が年収400万円以下である。
安倍首相は「雇用が増えた」、「有効求人倍率が上昇した」などと自慢する が、増加した雇用の大半は非正規雇用である。
一人当たり実質賃金は第2次安倍内閣が発足してから5%も減少した。
日本経済が超低迷していた民主党政権の時代でも、一人当たり実質賃金はほぼ 横ばいで推移した。
安倍内閣下の日本経済では、企業利益が倍増し、企業の内部留保が2018年 度末に463兆円に達した。
アベノミクスは労働者への分配を圧縮して大企業の利益だけを拡張させた。
安倍首相は雇用が増えたと言うが、増えたのは企業が求める低賃金労働だけな のだ。
日本の主権者がアベノミクスによって下流へ下流へと押し流されている。
課税後の企業利益は三つの形態で処分される。
配当、役員報酬、内部留保だ。
株主と企業の役員だけが我が世の春を謳歌している。
内部留保資金は463兆円ある。
この内部留保資金の1%を活用するだけで、増税を1年間延期できる。
5%拠出してもらえば5年間は凍結できるのだ。
消費税増税前の駆け込み消費が盛り上がりを欠いたのは、消費者が完全に消費 拒絶の対応に転じているからだ。
モノを買う予定があるなら、増税前に買ってしまおうと思うだろう。
しかし、その駆け込み消費が極めて低調だった。
このことは「モノを買う予定」自体が消滅していることを意味する。
所得税と消費税の違いをじっくり考えてみよう。
所得税の場合、税額の計算は次のようなものになる。
収入金額から各種所得控除を差し引く。
その結果得られるのが課税標準である。
これがマイナスになると税金はゼロだ。
所得税の場合、夫婦子二人で片働き給与所得者の場合、年収が354.5万円 以下の人は所得税額がゼロになる。
年収が354.5万円を超えるまでは、所得税負担はゼロなのだ。
単身世帯では状況が異なるが、所得税負担が初めて発生する収入金額を「課税 最低限」と呼ぶ。
ところが、消費税率が10%になると、年収が354.5万円以下の給与所得 者にも消費税負担の強烈なパンチが飛んでくる。
年収200万円の人は、その収入を全額消費に回してしまうだろう。
そうなると、200万円の10%が税金としてもぎ取られてしまう。
月給1ヵ月分を超えるお金が権力によってもぎ取られてしまう。
消費者は10月1日から、消費凍結行動に移行するだろう。
日本経済は深刻な消費税増税不況に突入する可能性が極めて高い。
企業の内部留保に課税をするとの提案に対しては、すかさず
「二重課税だ」
の声があがる。
企業が利益を生み出し、法人税を支払ったあとの課税後所得の処分の一形態が 内部留保だからだ。
この内部留保に課税すると二重課税になる。
しかし、それでは消費税はどうなのか。
個人が得た収入から所得税が引かれる。
給与所得者の納税は「源泉徴収」によっている。
給与をもらう前に、税金が100%抜き取られるのだ。
脱税の余地も節税の余地もない。
給与所得者は所得税課税後の所得を得る。
個人が消費をする資金源が課税後の可処分所得だとして、このお金で消費をす る場合、この消費者は課税後所得にまた税負担をかけられることになる。
これもれっきとした二重課税である。
法人の二重課税は許されないが、個人の二重課税は問題がないのか。
消費税は消費をすると罰金を徴収するシステムだ。
したがって、消費税の機能は「消費懲罰税」である。
消費をすると懲罰を与える。
国全体で貯蓄資金が足りず、個人に消費ではなく貯蓄を奨励するのなら、消費 を懲罰の対象にするのも一案かもしれない。
しかし、いまの日本は真逆だ。
消費が低迷して経済が超停滞している。
消費を喚起するべきときに消費に懲罰を課すという最悪の経済政策を実行して いる。
所得の少ない人と所得の多い人の消費行動の違いは何か。
最大の違いは、所得の多い人は所得の一部しか消費しないのに対して、所得の 少ない人は所得の全部または大半を消費に充てることだ。
所得の少ない人の税負担を軽減し、所得を増やす政策が景気回復に有効だ。
だから、最低賃金の大幅引き上げが望ましい。
同時に所得の少ない人の税負担を軽減すること。
「共生」の観点からも、「経済」の観点からも、最低賃金の大幅引き上げは望 ましい政策だ。
消費税が導入された1989年度以降の30年間に実行されたことは、
消費税増税の税収で法人税と所得税の減税を行ったこと
である。
富裕層の税負担は大きく減り、他方で、所得の少ない階層の税負担が激増し た。
消費不況発生を目標に据えるなら正当な政策対応だが、景気回復を目指してこ の行動をとる馬鹿はいない。
しかし、日本にいた。
最低賃金を大幅に引き上げて、政府が何もしないなら、多くの零細企業が破綻 してしまうだろう。
だから、最低賃金を引き上げる際には、政府による補償措置が必要不可欠だ。
労働者に支払う賃金について、国が助成を行うことは珍しくない。
各種の助成措置が実行されてきた。
したがって、最低賃金を引き上げる際にも、中小零細企業を対象に政府が助成 措置を取ることは技術的にそれほど難しいことではない。
年収200万円の給与所得者1000万人の年収を300万円にかさ上げする のに必要な金額は10兆円である。
このすべてを政府が負担するわけではない。
時給1000円で年間に2000時間働くと年収が200万円に、
時給1500円で年間に2000時間働くと年収が300万円になる。
最低賃金を1500円にすることは、年収200万円の給与所得者を年収30 0万円の給与所得者にすることなのだ。
十分に現実的な検討に値する事項だ。
予算編成の抜本改革で、十分に実現することができる施策だ。
消費懲罰税の増税に日本の主権者は「消費拒絶」で対応するべきだ。
大不況は政治権力への批判の低気圧をスーパー台風に発展させる原動力にな る。
2009年の政権交代は年越し派遣村に象徴される2009年にかけてのサブ プライム金融危機不況を背景として実現した。
2020年の政権交代実現に向けて、着実に舞台が整えられつつある。