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反日教育の正体

2010年12月28日 16時58分02秒 | 社会・報道・警察・教育
一止 羊大(いちとめ よしひろ)氏の著書。

本書は、先に出版された↓この本の続編とも言ふべき本です。 読後感想も投稿済みです。

学校の先生が国を滅ぼす 公立学校元校長の衝撃レポート

http://blog.goo.ne.jp/liebe-kdino-schumi/e/24b8eb0d0159fee5ac456506300f7e8c

今回、一止氏は大阪府立高等学校教職員組合(府高教)の国旗・国歌に関する「討議資料」を題材に「日の丸」「君が代」を否定する日教組・全教の主張の嘘や誤り、欺瞞を暴く目的で本書を刊行されました。(はじめに P3)

「学校の先生が国を滅ぼす」の感想でも書きましたが、今回もしみぢみ・・・・・・

『日の丸と君が代がキライで、目ざわり(P150)だの聞くのがいやだのいふのなら日本から出て行けばいいのです。ご自分の好きな国歌と国旗の国に行けばようござんす。
てか「日の丸を見て嫌な思ひをする人がゐる」といふことを理由に、国旗掲揚を拒んでゐますが、そんなことを言い出したら世界中で国旗も挙げられないし国歌も歌えないことになります。
そんな個人の感情など、一国の国の教育方針に考慮する余地はありません。そんなこともわからないのか。』
↑ これと同様のことを、本書で一止先生も仰つてゐます。
かつて、ヨーロッパは世界のあらゆる地域を植民地にし、先住民を殺しました。アフリカ・カリブ・南米でフランス語・スペイン語が主流なのはその名残です。しかし、ヨーロッパのどの国も国旗は当然掲げてゐるし、国歌も否定してをりません。なのに、「日の丸・君が代は侵略戦争の象徴」とするのであれば、植民地を持つてきた国に対しても「侵略戦争の象徴である貴国の国旗を日本国内で揚げるな、アフリカやカリブの国々で揚げるな」と主張しなければおかしい。一貫しません。
さういふ行動を「日の丸・君が代」を否定する人たちはやつたでせうか? まづ、やつてからおホザキください。この人たちが敬愛してやまないロシア(ソ連)の侵略行為に関しても糾弾しないと主張が一貫しません。 「国旗(この人たちの言葉では「日の丸」)が侵略行為の象徴」とおホザキなら真つ先にロシア大使館に行き、「日本の領土である北方領土を返還せよ、目障りな旗を降ろせ」とすべきではありませんか?

民主党の議員で「国旗・国歌法」に反対した氏名がP22-24 に記載されてゐます。「日の丸」が国旗でない、「君が代」が国歌でないと言ふ誤(ご)主張は今あーたがたがゐる「井の中の蛙」状態で主張できるものです。しかしながら、世界で認識されてゐる日本の国旗は日の丸であり、国歌は君が代です。オリンピックや世界大会を見れば一目瞭然です。外国の銀行や空港で両替をする場合、国旗で各国の通貨が表されてをりますが日本円は日の丸が象徴してゐます。

民主党議員は、この現実をだう把握してゐるのでせうか? 海外に行き、「日の丸は日本国旗ではないし、君が代も国歌ではありません。日の丸を撤去してください」と会談の場で言ふのでせうか? 一度、やつてみてください。気が狂つた総理大臣や外務大臣として各国から相手にされないでせう。

と言ふか、繰り返しますが日の丸・君が代がイヤなら日本国籍を返上し好きな国旗と国歌の国へご移住ください。わざわざキライな国旗と国歌を背負い海外に行き、国の政治家として失態を曝し、諸外国から「ルーピー」などとバカにされる必要はありません。

「日本は国際社会で尊敬も信頼もされない」(P152) と主張する教組は、「尊敬も信頼もされない」のはあーたがた始めとした日本国籍を翳しながら日本国国旗と国歌を否定する行動に象徴される、自国を貶めることをしてゐるからです。 自国の国旗を尊重することを教へない結果、国旗掲揚に起立・脱帽しない、国旗に礼をしないといふことを諸外国の国旗に対しても行なふ、といふことをすれば、相手国は不快に思ひその人を尊敬も信頼もしないでせう。

国際社会で尊敬も信頼もされない、原因を作つて主張してゐるのは民主党、共産党、社民党そして日教組・全教組のあーたがたなのです。そこをよく理解・認識して直すやうに。 こんなことをこんなネツトや本で指摘されるのは、人間として大変恥づかしいことであることを、よく自覚してください。

本書には、サツカーの日本代表選手であつたN氏が君が代について「ダサいですね。気分が落ちていくでしょう。戦う前にうたう歌じゃない」と発言したことに触れてをり、きちんとした教育を受けてゐればこんな発言をしなかつたであらうと仰つてゐますが(P128)、まづ感ぢたのはこの選手本人の人間としての感覚のズレです。 「戦う前にうたう歌」が国歌ではありません。国歌といふのは国を代表するあらゆる場面でうたう歌なのです。この人は、試合だけしか頭に無いやうですが、さういふ環境に育つてきてしまつたのが不幸なのか、海外をいろいろ訪問してゐても何も目に入らなかつたのかな~と思ひます。

諸外国を旅行すると気付きますが、国旗の掲揚は祝日に限らづいつでもどこでも掲揚してゐる国が多い。トルコなど、税関職員のスクリーンセーバーや壁紙も国旗です。街中いたるところに国旗が掲揚されてゐる。トルコに限らづ、諸外国を旅行した人たちは日本には国旗が掲揚されてゐないことに気付きます。そこで現状に疑問を持ち始める人が多いのです。この選手はサツカーを引退した後、世界中を旅してゐるやうですがその後何を感ぢたのか聞きたい。

ところで、話はズレますが散散日本に対して「被害を受けた」「償え」「菅談話は不十分」とホザゐてゐる嘘つき民族半島のベトナムに対する興味深い記事を発見しましたので、最後に紹介ゐたします。 (これを読むと、嘘つき民族半島の欺瞞がよくわかります)

また、この記事は一止氏が実体験した「歴史とは何か」の質問に対する中国人留学生の返答「政治のツール(道具)」(P115) とも共通するものです。
日本人は嘘を吐く事は恥づべき犯罪だと親から教へられますが、嘘つき民族半島および大陸では、自分たちに不利なことは黙つてをき、歴史はねぢまげ自分たちに都合のよいやうに利用しやう、といふ精神だといふことを日本人はしつかりと認識する必要があります。
嘘つき民族半島および大陸のこの精神は日教組・全教祖の精神にも共通するものでせう。一止氏が本書の中で詳細に検証し、引用してゐる裁判所の判決文も日教組は自分たちの都合のよい部分だけ抜書きし、自分たちの主張を貼り付けさも裁判所の判決が自分たちの主張を裏付けてゐるかのやうな資料を作成してゐます。
また、日教組・全教祖は「日の丸・君が代」押付けは違憲と主張し、日の丸掲揚と君が代斉唱を否定しますが、生徒や保護者で「日の丸の掲揚を望み君が代の斉唱を望む」人がゐたとしたら、自分たちの「日の丸・君が代否定」の押し付けが違憲となることを理解してゐないやうです。
それでゐて「民主主義に反する」と言ふのですから、この教員らの発想は身勝手の一言で++主義といふやうな定義に当てはめることすら不可能な幼稚で稚拙な思考と言へます。
それから、一つ指摘したいことがあります。「日の丸」「君が代」を見たくない、聴きたくない「侵略された国の民族」のために否定し国旗掲揚国歌斉唱および起立を拒否されてゐる嘘つき民族手下の方々、あたくしは新年早々から日本国にわざわざ来日し、日の丸の下を闊歩し写真撮影を行なつてゐる大陸語と思はれる言語を発する集団を見つけました。この人たちはなぜわざわざ日の丸と君が代の国に来るのでせう?
あーたがたの主張してゐることが大嘘なのか、こいつらの行動が大嘘なのかはつきりしてください。
写真を添付ゐたします。
  
一止氏は府高教のやうな教師には学校にゐてほしくないと書かれてゐますが、あたくしは、日本そのものに日教組・全教組・民主党・社民党・共産党はゐてほしくありません。

http://koko-hen.jp/archives/1908696.html#more

韓国軍によるベトナム民間人虐殺問題「SAPIO」01.9.26号

全文起こしここから____________________________

<大論争>
「日本ばかり責めていられない」の声も

「被害者史観」韓国を揺るがすベトナム民間人虐殺の「加害責任」


ジャーナリスト 佐藤和

戦争といえばまず「被害者」だった韓国が、いま揺れている。ベトナム戦争時に従軍した韓国人兵士の「民間人大量虐殺」が報道され、長年のタブーだった「歴史の恥部」の解釈を巡って激しい議論が起きているのだ。
それは虐殺か戦争か。謝罪はするべきか不要か。どこかで聞いたような議論は、しかしベトナムが謝罪も補償も求めていないことで、むしろ国内の政治問題となる可能性もでてきた。ことの経緯と一般韓国人の認識をレポートする。
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「SAPIO」2001.9.26号
特集【韓国「反日症候群」の正体】より


「償いの必要はない」といった元司令官

ベトナム戦争が終わり、南北ベトナムが統一して既に四半世紀が通ぎた。そして韓国ではここ数年、あの戦争をめぐり長らくタブーとされてきた過去について、かつてない議論が進められている。その過去とは、ベトナム戦争に参戦した韓国軍によるベトナム民間人の虐殺問題だ。

最初にタブーを破ったのは、韓国のハンギョレ新聞社が発行する週刊誌『ハンギョレ21』だった。同誌は99年、韓国軍がべトナム戦当時に起こした虐殺事 件について記事を掲載したのだ(5月6日号/韓国の民主化の中で生まれたハンギョレ新聞社は88年創業、現在新聞発行部数は韓国第4位)。

この記事を書いたのは、韓国人歴史研究者のク・スジョン。彼女はベトナム戦争の韓国軍の残虐行為が記されたベトナム側の資科を入手し、韓国の市民団体の 一行とともにベトナム現地で検証を始めたのだ。ある地域で、猛虎部隊(韓国軍部隊)等による1か月間の作戦で1200名もの住民が虐殺されたという66年 当時のベトナム側の報告を紹介しながら、同時に生存者たちの証言に基づき虐殺の様子を具体的に描いている。

例えば、生存者の証言からは韓国軍による民間人虐殺の方法にいくつか共通した類型があったようだと、同記事には記されている。以下、その部分を略して引用すると——大部分が女性や老人、子供たちである住民を一か所に集め、機関銃を乱射。子供の頭を割ったり首をはね、脚を切ったりして火に放り込む。女性を強姦してから殺害。妊産婦の腹を、胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す。トンネルに追い詰めた村人を毒ガスで殺す——等々だ。

日本の戦争責任を追及してきた韓国の人々にとって、自国軍も虐殺をしていたのだという告発は、苦いものであったに違いない。

続いて同誌の2000年4月27日号には、住民虐殺を行なったという元軍人による加害証言が掲載された。戦争当時、一般住民とゲリラを区別するのは難し く、我が身を守るためには仕方なかったのだとその元軍人は述壊した。しかし同時に、今やその行為に罪悪感を感じ、韓国政府がベトナムに謝罪し被害者に補償 することを望むという彼の声も、同誌では伝えられた。

これと前後して米誌『ニューズウィーク』が「暴かれた英雄の犯罪」と題してベトナム戦争での韓国軍の虐殺問題を取り上げた(2000年4月21日号)。 ク・スジョンらの調査を紹介しつつ、「8000人以上の民間人を殺した韓国軍の虐殺行為の数々」が明らかにされつつあると、7ぺージにわたり大々的に報じ たのだ。

タブーであった虐殺事件についてのこれらの報道に対し、韓国国内では激しい反撃が起きた。同年6月27日には、ベトナム戦に従軍した退役軍人ら2000 人余りがハンギョレ新聞社に乱入しコンピュータなどを破壊した。彼らは「大韓民国枯葉剤後遺症戦友会」のメンバーで、国のために闘った戦友を冒涜(ぼうと く)されたと激しく抗議したのだ。

ベトナムへの韓国人派兵は64年に始まり、延べで30万人以上の兵士を送り込んだ。米国に次ぐ大派兵であった。この戦争で約5000人の韓国人が死んだ。ハンギョレ新聞社に乱入した元兵士たちがそうであったように、アメリカ軍が散布した枯れ葉剤の被害に苦しむ元兵士らが、今も韓国には多い。

ベトナム戦争当時、韓国軍総司令官だった蔡命新は、先の『ニューズウィーク』でのインタビューで「誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった」と明言している。

アメリカ軍によるソンミ事件などの虐殺行為がベトナム戦争当時から国際的に批判を受け議論の的となったのとは対照的に、韓国軍による虐殺行為については、こと韓国国内では長く沈黙が保たれてきた。

冷戦時代、反共産主義が優先された韓国では、自国の恥部となり得る問題は隠されてきた。それどころか自国民が被害者となったケースでも、問題は隠されてきた。例えば朝鮮戦争下での米軍による韓国避難民大量虐殺の事実でさえ、韓国メディアで報道されたのは金泳三政権になってからの94年である。

また全斗煥・盧泰愚両大統領がベトナム戦争で武勲を挙げた軍人であったという政治事情もあり、ベトナム戦での過去は、韓国では幾重にもタブーであり続けた。

しかし、冷戦終結と韓国の民主化により、このタブーは破られた。では韓国のごく一般の市民はこの問題をどう受けとめているのだろう。

「世代によって、受けとめ方はかなり違うでしょうね。若い世代であれぱ、さほど反発もなくふつうに考えられるでしょうが」

そういうのは、米国の大学に留学中の韓国人男性(28)だ。

「自分たちの世代にとって、ベトナム戦争といえば、まず韓国が高度成長を遂げた時代という、明るいイメージとセットになっている。そもそもベトナム戦争について学校で習ったり、語り合ったりした記憶もない。よく『忘れられた戦争』などといういわれ方もされましたが、本当にそのとおりでしたから」

実際に、韓国の歴史教科書には、ベトナム戦争についてほとんど記述はされていない。中学生向けの国定教科書に記されているのは「そして、共産侵略を受けているベトナムを支援するために国軍を派兵した」の約1行のみだ(『入門 韓国の歴史—国定韓国中学校国史教科書』明石書店より)。

そして、教科書以外での「認識」としては、やはり「経済成長」の方が先にくるというのも一般的な認識のようだ。

ベトナム戦争時、韓国からベトナムへは兵士のみではなく、多くの労働者や技術者、ビジネスマンなどが渡っていった。兵士らにアメリカから支給された手当 や労働者らの賃金、韓国企業の得た利益などは約10億ドルにものぼり、それらは本国に送金されて韓国経済を潤した。かつて日本が朝鮮戦争の特需を契機に高 度経済成長したように、韓国がこの「ベトナム特需」を契機に「漢江の奇跡」と呼ばれる驚異的な経済発展を遂げたことは、広く知られるところだ。

ソウル在住の会社員(35・男性)は、こう語る。

「虐殺のことはメディアに取り上げられて知りました。でも詳しく読んだわけでもないし、どこまでが事実なのかわからない。ベトナムと韓国はいい関係にあり、日韓関係とは違うと思う。問題化しないかぎり、このままそっとしておきたい気特ちです。ベトナム戦争では被害にあった韓国人兵士も多く、自分の家族に戦争での負傷者がいれば、複雑な気持ちだと思いますよ」

「日本人の友人の微妙な表情がわかった」

そして「虐殺」と「責任」となると、どうしても「日本」が出てきてしまうところも、この議論を複雑にしている。ソウル在住の大学生(24・男性)は「徴妙な気持ち」と語った。

「自分としては(虐殺の報道は)ショックでした。ベトナムは観光ブームになったときに行きたいな、と思っていたけど、現地の若者と話すときにどういう態 度を取ったらいいか迷いますね。同じ世代の日本人と会ったとき、彼らが徴妙な顔付きをしていたのが、わかったような気もする。教科書や靖国で激しい日本批判があるけれど、自分たちだって同じようなことをやったじゃないか、日本だけを責められるのか、という気持ちにもなる。もっとも、それを日本からいわれれば、やっぱりムカつくけれど」

ソウル在住の会社員(24・女性)も「日本を非難するなら、韓国ももっとベトナムに謝罪するべき。きっぱりした態度をとらないと、逆に日本につけこまれる恐れがあるのではないでしょうか」と、日本を意識した発言をした。

ちなみに、ベトナム政府はこれまで謝罪や補償は一切求めていない。98年、韓国大統領として初めてベトナム訪問をした金大中は「遺憾の意」を表明。韓国外交省も「謝罪ではない」とコメントしていた。しかし、この8月24日、ソウルで行なわれた首脳会談で、ベトナム大統領として初めて訪韓したルオン大統領に対し、金大中大統領は「我々が不幸な戦争に参加し、不本意ながらベトナム国民に苦痛を与えたことを申し訳なく思う」と、「謝罪」に一歩踏み込んだ発言をした。

「うまいやり方ですね。意図はともかく、これで日本から『韓国は謝ってさえいないじゃないか』と突っ込まれるスキをなくしたわけだから」

と、韓国政治に詳しい韓国人ジャーナリストはいう。

だが、これで韓国人全体が『自分たちも加害者だった』と認識したと考えない方がいい。むしろ、この謝罪は日本に向けた外交力ードとみた方がいいでしょう

歴史認識が世界中で「外交ツール」となってしまった時代に、しかもベトナムだけでなく、そこに「日本」も絡んでくるだけに、この問題、韓国内では難しい議論となりそうだ。

 

 

 



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