神のうちにいる

 「もし、私たちが神の命令を守るなら、それによって、私たちは神を知っていることがわかります。
 神を知っていると言いながら、その命令を守らない者は、偽り者であり、真理はその人のうちにありません。
 しかし、みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。それによって、私たちが神のうちにいることがわかります。
 神のうちにとどまっていると言う者は、自分でもキリストが歩まれたように歩まなければなりません。」(1ヨハネ2:3-6)

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 「神のうちにいる」とは、神の側により分けられたということ。聖別されたということ。
 そのようにより分けられると、本人の意志とは関係なく、あのイエスの狭い道を歩むことになる。
 十字架と復活の、救いへと至る狭い道のことだ。
 そして、真理がその人の内にあること、また、神の愛が全うされるというのは、もともとのものではなく、救われた結果なのである。
 すべての始まりが命令、みことばを守ろうとすることにあることは確かなことだ。

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[一版]2018年 8月30日
[二版]2020年 1月13日(本日)

 健やかな一日をお祈りします!

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