らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

ありがとう、メルシー!

2019-04-22 | 動植物






 

 

彦左衛門という名のポメラニアンの死後、老女は、毎日涙ぐんでいた。

そんな彼女のもとに、トイプードルがやって来た。

まるで、ケーキの箱に入ったぬいぐるみ。

娘が、メルシー(フランス語でありがとう)と命名した。

 

犬は、初めての散歩では道路にへたり込んだが、すぐに慣れ、戸外が大好きになった。

老女は、犬を溺愛した。洋服を縫い、幼児語で話しかけた。

 

犬は、最初はケージの中にいたが、そのうち、居間がケージと化し、家がケージとなり、人が来ると、大声で吠えた。まるで、老女のガードマン。

 

クルクル、クルクル、ピョン、クルクル、クルクル、ピョン!

娘が訪れると、犬はソファから飛び降り部屋の中をぐるぐる回りソファに戻り、再び飛び降りてぐるぐる回って、歓待した。

 

時は流れ、

老女はホームに入所し、犬は郊外の一軒家から娘の住むマンションに移り住んだ。

犬は12才になっていた。

 

娘が、エレベーターの鏡に写る犬を指して、これ、メルシーと言うと、人間だと思っている犬は顔をそむけた。

犬は頭が良かった。娘が声を発すると耳を立てて聞き、意図を理解した。

 

娘と犬は、雨が降っても、雪が降っても散歩に出掛けた。

犬は、、人間に話しかけられても他の犬に遭遇しても、吠えた。

が、吠えないとドッグフードのご褒美をもらえることを学習すると、吠えずに立ち止まり、娘の顔を見た。

 

桜が散りかけたある日、散歩から帰って足を洗おうとすると、犬が、キャンと鳴いた。

動物病院の検査の結果、椎間板ヘルニアと精髄管狭窄を患っていることが分かった。

肝臓の数値も高かった。娘の家に来て1年が経っていた。

 

その後、腰が立たなくなった犬は入院した。

退院後、娘は家中にヨガマットを敷いた。

首には包帯、足にはテーピング、胴体には金属入りのコルセット。

歩けなくなった犬は、心が壊れたように吠え続けた。

 

リハビリが始まって、1か月、コルセットの両端にリードを通して支えると、犬はヨガマットの上を歩いた。嬉しそうに歩いた。少しなら戸外も歩けるようになった。

 

再び桜の季節が廻って来たある日、犬は、発作を起こして入院した。

肝臓に加え、心臓や肺まで弱っていた。

何度か通院した。

ある日、リハビリの後のエコー検査で肺に異常があり再び入院した。

 

翌朝、犬の容態が悪化した、と娘の家に病院から電話があった。

他の手術を控えていたのにも関わらず、獣医さん達は必死で看てくれた。

少し良くなったので、娘が帰ろうとしたら、再び悪化。

そして、2時間後、犬は天国に旅立った。

愛嬌のある犬だったので、獣医さんも看護士さんもリハビリのお姉さんも泣いた。

 

犬の死を聞いた老女も電話口で泣いた。

娘は、ありがとうメルシー、メルシー(ありがとう)、メルシーと言った。

彼女は、2年間の犬との生活でたくさんの事を学んだ。

 

 

 

 小さい頃のメルシー

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ノートルダム大聖堂

2019-04-16 | 外国語・外国

フランスの人たちだけでなく、世界中のフランスを愛する人々にも親しまれてきた、あのノートルダム大聖堂が火事に見舞われた。

幸い正面の壮大なファサードは無事だったようだが、上空から見たら十字となる屋根がほぼ全焼・・・・・・

ネットで映像を見て、まさか、と大変ショックを受けた。

 

はるか2000年もの昔から聖地であった場所にそびえ立つノートルダム大聖堂は、1163年に着工され、1345年に完成した。

パリで最も美しい宗教建築物といっても過言ではない。

かのナポレオン皇帝は、1804年に装飾壁掛けを張りめぐらせたノートルダム大聖堂で戴冠式を行った。

そして、その様子を描いたダヴィッドの絵はルーブルに飾られている。

パリ・コミューン(1871年)も第二次世界大戦における破壊をまぬがれた、あの大聖堂がなぜ今燃えなければならないのか・・・・・・

 

 

なぜか、高村光太郎(1883-1956)が1921年に書いた、「雨にうたるるカテドラル」という詩を思い出し、本棚から古びた詩集を取り出した。

 

「雨にうたるるカテドラル」1921

 

「おう又吹きつのるあめかぜ。

外套の襟を立てて横しぶきのこの雨にぬれながら、

あなたを見上げているのはわたくしです。

毎日一度はきつとここへ来るわたくしです。

あの日本人です。

けさ、

夜明方から急にあれ出した恐ろしい嵐が、

今巴里の果から果を吹きまくつてゐます。

わたくしにはまだこの土地の方角が分かりません。

イイル ド フランスに荒れ狂つてゐるこの嵐の顔がどちらを向いてゐるかさへ知りません。

ただわたくしは今日も此処に立つて、

ノオトルダム ド パリのカテドラル、

あなたを見上げたいばかりにぬれて来ました、

あなたにさはりたいばかりに、

あなたの石のはだに人しれず接吻したいばかりに。

 

おう又吹きつのるあめかぜ。

もう朝のカフエの時刻だのに

さつきポン ヌウフから見れば、

セエヌ河の船は皆小狗のやうに河べりに繋がれたままです。

秋の色にかがやく河岸の並木のやさしいプラタンの葉は、

鷹に追われた頬白の群のやう、

きらきらぱらぱら飛びまよつてゐます。

あなたのうしろのマロニエは、

ひろげた枝のあたまをもまれるたびに

むく鳥いろの葉を空に舞ひ上げます。

逆に吹きおろす雨のしぶきでそれがまた

矢のやうに広場の敷石につきあたつて砕けます。

広場はいちめん、模様のやうに

流れる銀の水と金茶焦茶の小の葉の小島とで一ぱいです。

そして毛あなにひびく土砂降の音です。

何かの吼える音きしむ音です。

人間が声をひそめると

巴里中の人間以外のものが一斉に声を合せて叫び出しました。

外套に金いろのプラタンの葉を浴びながら

わたくしはその中に立つてゐます。

嵐はわたくしの国日本でもこのやうです。

ただ聳え立つあなたの姿を見ないだけです。

 

おうノオトルダム、ノオトルダム、

岩のやうな山のやうな鷲のやうなうづくまる獅子のやうなカテドラル、

灝気の中の暗礁、

巴里の角柱、

目つぶしの雨のつぶてに密封され、

平手打の風の息吹をまともにうけて、

おう眼の前に聳え立つノオトルダム ド パリ、

あなたを見上げてゐるのはわたくしです。

あの日本人です。

わたくしの心は今あなたを見て身ぶるひします。

あなたのこの悲壮劇に似た姿を目にして、

はるか遠くの国から来たわかものの胸はいつぱいです。

何の故かまるで知らずの心の高鳴りは

空中の叫喚に声を合わせてただをののくばかりに響きます。

 

おう又吹きつのるあめかぜ。

出来ることならあなたの存在を吹き消して

もとの虚空に返さうとするかのやうなこの天然四元のたけりやう。

けぶつて燐光を発する雨の乱立。

あなたのいただきを斑らにかすめて飛ぶ雲の鱗。

鐘楼の柱一本でもへし折らうと執念くからみつく旋風のあふり。

薔薇窓のダンテルにぶつけ、はじけ、ながれ、羽ばたく無数の小さな光つたエルフ。

しぶきの間に見えかくれるあの高い建築べりのガルグイユのばけものだけが、

飛びかはすエルフの群を引きうけて、

前足を上げ首をのばし、

歯をむきだして燃える噴水の息をふきかけてゐます。

不思議な石の聖徒の幾列は異様な手つきをして互にうなづき、

横手の巨大な支壁はいつもながらの二の腕を見せてゐます。

その斜めに弧線をゑがく幾本かの腕に

おう何といふあめかぜの集中。

ミサの日のオルグのとどろきを其処に聞きます。

あのほそく高い尖塔のさきの鶏はどうしてゐるでせう。

はためく水の幔まくが今は四方を張りつめました。

その中にあなたは立つ。

 

おう又吹きつのるあめかぜ。

その中で

八世紀間の重みにがつしりと立つカテドラル。

昔の信ある人人の手で一つづつ積まれ刻まれた幾億の石のかたまり。

心理と誠実との永遠への大足場。

あなたはただ黙つて立つ、

吹きあてる嵐の力をぢつと受けて立つ。

あなたは天然の力の強さを知つてゐる、

しかも大地のゆるがぬ限りのあめかぜの跳梁に身をまかせる心の落着を持つてゐる。

おう錆びた、雨にかがやく灰色々と鉄いろの石のはだ、

それにさはるわたくしの手は

まるでエスメラルダの白い手の甲にふれたかのやう。

そのエスメラルダにつながる怪物

嵐をよろこぶせむしのクワジモトがそこらのくりかたの蔭に潜んでゐます。

あの醜いむくろに盛られた正義の魂、

堅靭な力、

傷くる者、打つ者、非を行はうとする者、蔑視する者

ましてけちな人の口の端を黙つて背にうけ

おのれを微塵にして神につかへる、

おうあの怪物をあなたこそ生んだのです。

せむしでない、奇怪でない、もつと明るいもつと日常のクワジモトが

あなたの荘厳なしかも掩ひかばふ母の愛に満ちたやさしい胸に育まれて、

あれからどのくらゐ生まれた事でせう。

 

おう雨にうたるるカテドラル。

息をついて吹きつのるあめかぜの急調に

俄然とおした一瞬の指揮棒、

天空のすべての楽器は混乱して

今そのまはりに旋回する乱舞曲。

おうかかる時黙り返つて聳え立つカテドラル、

嵐に悩む巴里の家家をぢつと見守るカテドラル、

今此処で、

あなたの角石に両手をあてて熱い頬を

あなたのはだにぴつたり寄せかけてゐる者をぶしつけとお思ひ下さいますな、

酔へる者なるわたくしです。

あの日本人です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


頑張っているぅ!

2019-04-15 | スケッチ

パン屋さんに向かっていたら、歩道のそばに嫌いな政党の選挙カーが止めてあった。

歩道では、おそろいのジャンパーを着た応援団の人たちが広がってみんなでおしゃべり。

車道には選挙カー。わたしは歩道を通りたかった。

もしも政党の幹部が通れば、ははーっと頭をさげながらさっと道をあけるだろう、と思いながら、すみません、と言い、通してもらった。

絶対にこの候補者には投票しないぞぉ、というビームを発しながら、通してもらった。

帰り道、アスファルトの隅っこで健気に咲く花に遭遇。

頑張っているぅ、とうれしくなり気持ちが和らいだ・・・・・・

 


選挙

2019-04-14 | 色々な思い


 

 

 

統一地方選挙、後半戦の東京都区部では、11区議長選と20区議選が14日に告示され、21日に投票が行われる。

都民の関心は低く、投票率も低そうだ。

本当は、一人ひとりが、税金の使い道や地域の福祉や防災などをもっと考えなくていけないのだが、わたしもあまり関心がない。

一生懸命演説をし、にこやかに手を振る候補者に遭遇すると、下を向いて通り過ぎてしまう。

候補者の公約を読むだけで疲れてしまう。

でも、棄権はしたくない。

結局、推薦者や所属の党などで、なんとなく選んでしまう。

こんなことでいいのかしら、と思いながら、なんとなく選んでしまう。

あゝ、悩ましい選挙の季節がやって来た・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


お花屋さんは春!

2019-04-13 | スケッチ


 

 

オムツを買いにホームセンターに行った。(わたしのではありません! ワンコのオムツです。)

風はまだ冷たいが、隣接しているお花屋さんはすっかり春! 

なんだかうれしくなった。

 

いよいよ元号が変わろうとしているが、現政権の思惑はあちこちでとん挫。

未だ多くの国々がニッポンの食物を輸入禁止にしているのに、韓国による日本産水産物の禁輸を世界貿易機関(WTO)に訴えたニッポン。

けれど、事実上の「敗訴」・・・・・・

閣僚の辞任ドミノも始まった。

オリンピックは賄賂を使って招聘したことは世界中に知れ渡った。

統計までねつ造・・・・・・

どうしたのかサムライ・ニッポン。

わたしのニッポン、どこへ行く?

けれど、あちこちで種まきが始まっているような気もする。

春よ来い、早く来い!

ほんとうの春を待ち望む・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


桜とゴジラ

2019-04-11 | スケッチ

昨日の東京は、雨。

おまけにとても寒かった。まるで、冬。(気の早いわたしは、コートはすべてクリーニング屋さんに持って行き、セーターもすべて洗ってしまっていたので、春物のシャツにフリーズの重ね着・・・・・・)

今日は、晴天。けれど、風が強い。

この風でほとんどの桜は散ってしまうだろう。

歩いていたら、ゴジラの前で桜の花びらが舞っていた。(写真の白いドットが花びら)

良寛禅師の世辞の句は、『散る桜 残る桜も 散る桜』。

今、統一地方選挙で右往左往している政治家のおじさん達にこの句を捧げたい・・・・・・

正確な言葉は覚えていないが、ブッダは、生じたものは滅する、と言われた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


シャボン玉

2019-04-09 | ポエム

水の入ったコップに洗剤を入れ、

ストローをつけ、

ふーっ、と吹く。

 

シャボン玉が、

ふーっ、と顕れ、

ふーっ、と消える。

 

みな、シャボン玉。

ふーっ、と顕れ、

ふーっ、と消える。

 

大きさは違う。

輝きも違う。

けれど、みな、シャボン玉。

 

ふーっ、と顕れ、

ふーっ、と消える。

ふーっ、ふーっ、ふーっ・・・・・・

りんね、りんね、ふーっ・・・・・・

 

 

 

 

詩集『水中花』より

 

 

 

 

 

 

 


平成!

2019-04-06 | スケッチ

歩いていたら、ド派手な観光バスに遭遇。

携帯のカメラを向けると、乗客と目があったので、小心者のわたしは、バスの下の方だけ写した。

HEISEI ENTERPRISE Inc.という会社名があった。

あゝ、平成!

まだ元号は変わっていないのに、「令和」が発表されて、「平成」が過去のような錯覚を覚える、「昭和」生まれのわたし・・・・・・

それにしても、「令和」を考えた方はスゴイ。

右翼のおじさんは、『万葉集』という国書から選ばれた元号だ、と満足し、

左翼のおじさんは、その『万葉集』の歌は中国の『文選』に載っている詩を踏まえたものだし、そもそも元号は、中国のマネである、と満足し、

スピリチュアルな人は、令は、霊や零のイメージを喚起するし、神さまのお告げを意味すると満足し、

わたしのような普通のおばさんも、何となくいい感じ! と満足。

「令和」が良き時代になりますように!

 

 

 

 

 

 

 

 

 


花びらシャワー

2019-04-05 | ポエム

花びらが、ひらひら舞って、小川がピンク色。

あたり一面、ピンク、ピンクの、花びらシャワー。

風が吹くと、ピンクの、花びら、花吹雪。

わたしの上にも、花びらシャワー。

ひらひら、ひらひら、花びらシャワー。

 

今年も、桜が、散ってゆく。

また来年、また来年、と散ってゆく。

わたしは、終えたい、輪廻の旅路。

卒業したいよ、三次元。

浴びたい、浴びたい、浄化のシャワー。

 

 

 

詩集、『みんな、「わたし」。』より

 

 

 

 

今日の東京は、強風。

桜がどんどん散ってゆく・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


えっへん!

2019-04-04 | スケッチ

1日からニッポン列島は、元号騒ぎ。

西暦は、イエス・キリスト誕生前と誕生後というように、キリスト教徒が作った暦だし、

ユダヤの人はユダヤ暦、タイの仏教徒は仏暦、そしてイスラム教徒の人はヒジュラ暦を西暦と併用して使用している。

だから、ニッポンに独自の元号があっても構わないと思うけれど、

新しい元号の発表は天皇陛下の退位と同時でもよかったような気がする。

統一地方選挙の最中に発表し、そのことによって自民党の支持率が上がるなんて、

なんだか釈然としない・・・・・・

けれど、「令和」という時代は、姑息なことが通じなくなる時代になるような気もする・・・・・・

そんなことを考えながら歩いていると、ウルトラマンに遭遇。

えっへん! とにらみをきかせているような不思議な雰囲気。

まあるい物体は地球かしらん・・・・・・

みんなの集合意識が変われば世界はあっという間に変わるだろう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「令和」に思う・・・・・・

2019-04-02 | 色々な思い

「令和」が決まって一夜が明けた。

早くも書店では「万葉集」の売れ行きが好調らしい。わたしも本棚から「万葉秀歌」を取り出した。

書道界でも、大きな一字書には、「令」や「和」が増えるだろう。

ネットサーフィンをすると、色々な人が様々なことを呟いている。

 

で、『常用字解』 白川静 著 で二つの漢字の意味を探ってみた。

「令」

『象形。深い儀礼用の帽子を被り、跪いて神託(神のお告げ)を受ける人の形。神の神託として与えられるものを令といい、「神のおつげ、おつげ」の意味となり、天子など上位の人の「みことのり、いいつけ、いいつける」の意味となる。

甲骨文字・金文では令を命の意味に用いており、令が命のもとの字である。令は神のお告げを受け、神意に従うことから、「よい、りっぱ」の意味となり、また使役の「しむ」の意味にも用いて、命と分けて使うようになった。』

 

「和」

『会意。禾(か)と口とを組み合わせた形。禾は軍門に立てる標識の木の形。禾を並べた秝(れき)は軍門の形である。口はサイで、神への祈りの分である祝詞を入れる器の形。サイをおいた軍門の前で誓約して講和する(戦争をやめ、平和な状態にもどす)ことを和といい、「やわらぐ、やわらげる、なごむ、なごやか」の意味となる。{中庸、一}に「和なる者は、天下の達道なり」とあって、和は最高の徳行を示す語とされている。』

 

そうか・・・・・ちょっと飛躍しすぎるけれど、神さま宇宙のはからいで「令和」が決まったのかも、と思い始めたわたしがいる・・・・・・

計らずして、時代は、現政権の思惑とは違う方向に向いていくような、そんな気がする・・・・・・

古い時代よさようなら・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


エイプリルフール

2019-04-01 | 色々な思い

ウソをつくと、ゴジラさんがガオーッと怒ります。(ウソです。)

 

今日は4月1日、エイプリルフール。

エイプリルフールの起源はよく分かっていないそうだ。

パリでは、エイプリルフールのことを、Poisson d'avril(4月の魚)といい、なぜか子供たちが紙に書いた魚を誰かの背中に張り付けて喜んでいた。

新聞にも、えっ、ホント?というウソ記事が載っていて、皆で楽しんでいた。

ブリュッセルで勤めていた会社も、4月1日になると、マジメそうなウソのNoticeが配布された。

いつだったか、フランス語の辞書を引きながら一生懸命読んでいたら同僚に笑われた。

 

 

今年、ニッポンでは、元号が発表されることもあって、あらかじめ「エイプリルフールにうそつきません」と発表した企業もあった。

11時半ごろ、クリーニング屋さんに行くと、店員さんがラジオを聞いていたので、決まったのですか、と尋ねると、

彼女は、まだなんですよ、「安」が入ると嫌ですね、と言い、わたしも同意した。(わたし達庶民の嗅覚を侮ってはいけません!)

しばらくして、スマホで、新しい元号は「令和」となったと知った。

典拠は、「万葉集」の歌で、日本で記された国書に由来する元号は初めてなのだそうだ。

中国のメディアも「脱中国」と伝え、欧米のメディアもニッポンの右翼化を懸念しているそうだが、

「万葉集」の万葉仮名って、漢字なんだよね、と思いながら、ネットサーフィンをしたら、元になった万葉集の句は、中国の『文選』に載っている、後漢の時代の、張衡の詩の中の、仲春令月時和気清(仲春のよき月に、時は調和し気は清らかに澄んでいる)を踏まえている、というツイートを見つけた。http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/901414/37?tocOpened=1

 

現政権は、毎日エイプリルフールだが、これからは、メッキはすぐに剥がれる時代になるような気がする・・・・・・

今回の元号の騒動を見ていても、何となく、色々なことが政権の思惑とは別の方に動き始めたような気がする。

差別やヘイトスピーチが蔓延する時代から、共栄共存の時代になることを切に願う。

ああ、令月よ、良き時代が来ますように・・・・・・