らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

シャッポ

2018-11-30 | ポエム

エンドロールが終わらぬうちに席を立った。

やけに明るいシネマコンプレックスのロビーには、

熊のパディントンがいた。

帽子が、

いつも帽子を被っていた人の棺に入れた物に似ていた。

 

なぜか、祖母も母も、

帽子のことをシャッポと呼んだ。

シャポォ(chapeau)ではなく、シャッポ。

あゝ、シャッポ。

 

たくさん編んだのに自分では被らなかった、

祖母の、毛糸のシャッポ。

凪いだ海に糸を垂らした、

祖父の、休日の麦わら帽。

 

ノースリーブのワンピースにハイヒール。

ハイカラで、見栄っ張りの母と、

夏の神戸を闊歩した、

ツバの広いシャッポ。

 

単身赴任していたアメリカから持ち帰った、

無粋な父の、パナマ帽。

ニッポンでは被らず、

愛用したのは、くしゃくしゃシャッポ。

 

あゝ、シャッポ。

皇族たちの帽子、

エノケンの山高帽、手塚治虫のベレー帽、

シャッポも記号なの?

 

桃色ドレスにマッシュルームハット。

そんないで立ちに憧れるけれど、

黒いプラスチックのサンバイザーが顔を覆う。

夏のあたしは、黒い点。

 

メルシーと散歩していると、

頭に黄色いシャッポをのせた小学生が、

大人びた口調で、サンバイザーに尋ねた。

犬種はトイプードルですか?

 

毎朝、学校に吸い込まれる子供たち。

まあるいシャッポを被った小学生は、

まるで小さな兵隊さん・・・・・・

突然、三ノ宮駅にいた、傷痍軍人の帽子が甦る・・・・・・

 

 

 

 

詩集、『移動遊園地』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ハンドバッグ

2018-11-28 | ポエム

少女あたしは、母のクラッチバッグを羨んだ。

開けると、ほのかに漂う白檀扇子の香り・・・・・・

ハンドバッグは女の象徴。

あゝ、「バーキン」に「ケリー」バッグ。

 

大人あたしは、毎日バッグを持ち歩く。

中では小物が揺れる。

鍵、財布、携帯電話、手帳、口紅、ハンカチ・・・・・・

飴玉が踊り、折りたたみの傘が潜むこともある。

 

嬉しい時のバッグは軽く。

悲しい時のバッグは重い。

バッグとあたしは一心同体。

バッグはあたしの記号なの。

 

母は、ワニ革やエナメルのバッグをホームに持ち込んだ。

運が良かった時のよ、と持ち込んだ。

残りはいらない、と言うので、

あたしは、あたしがあげたバッグを持ち歩く。

 

バッグ、バッグ、ハンドバッグ。

明日もあたしはバッグと共にある。

晴れた日にはバッグも笑うのよ。

 

 

詩集、『移動遊園地』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


パンダ

2018-11-27 | ポエム

パンダの顔が向かってきた。

パンダ、パンダ、パンダ。

パンダダンプ、プンダダンパ、ダン、ダン、ダンプがヒューッ。

 

ダンプのフロントガラス前には、

パンダのぬいぐるみが、ぎっしり。

大きいのもあれば、小さいのもあった。

助手席にも、パンダ、パンダ、パンダの、パンダダンプ。

 

中国土産にパンダの置物をもらったことがある。

小さな剥製のようだった。

たぶん、ウサギの毛だろう。

どこにいったのか、もうない。

 

リアル、パンダは動物園に居て、

人間の視線にさらされながら笹を食べる。

食べて寝て、食べて寝て・・・・・・

存在するだけで愛される。

 

シャンシャンが生まれると、ニッポン中が大騒ぎ。

けれど、パンダは一生囲いの中。

写真の幼いあたしは、王子動物園のゾウを指して、笑っている。

見えない檻の中で、笑っている。

 

遠い星で、「Homo sapiens」と見世物にされたらどうしよう。

天空のペガサスよ、パンダを救い出せ!

大天使ミカエルよ、動物園を開放せよ!

人間も動物も飼いならしてはいけない!

 

あたしは、母の老犬を引き取った。

散歩に出ると、カラスが笑った。

 

 

 

詩集『移動遊園地』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


電話

2018-11-26 | ポエム

朝の神保町。

「さぼうる」の、店先の赤電話の、受話器が外れていた。

あたしは、宇宙からのシーニュを、メッセージを探した。

申します、申します、もしもし。ハロー。アロー。

 

大学生の頃、家の電話機は一台だけ。

子機もなかった。

今は、誰もが持つのよ、携帯電話。

糸電話は楽しいけれど、リアルな電話は苦手。

 

メルシーは電話がなる前に唸った。

話を終えた母が、

ヨシコさんは来ないの、と言うと、

犬は、玄関ではなくテーブルの下に向かった。

 

リンセンさんは、水晶のペンデュラムを回しながら、

屋久島の神さまと交信する。

回線は、彼女。

ミディアムに徹すると、メッセージが降りてくる。

 

一九六〇年代のフランス映画。

男は受話器を取り、オペレーターに女の番号を告げる。

モンマルトル1540。

街のイマージュと美しすぎる女の差異・・・・・・

 

今日(こんにち)、

あたしのバッグにも携帯電話が潜む。

3.11の時はどこにも繋がらず、

不安のツナミが押し寄せた。

 

進化した星には電話はないそうだ。

が、あたしはテレパシーが使えない。

宇宙人とつながるにはどうすればいいの。

申します、申します。もしもし。ハロー。アロー。

 

今朝(けさ)の雲は、宇宙船。

 

 

 

 

詩集『移動遊園地』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


タイプライター

2018-11-24 | ポエム

f,f,f,f,f,f,f,f,f,f......

一本の指でキーを叩くと、声が聞こえる。

ghghghghghghghghghgh......

早打ちすると、声は消える。

あゝ、捨てられない。

半世紀前のポータブル・タイプライター。

バンコクにいた頃、レポートを書くからとねだると、

サラリーマンの父は、英国製品の安い香港で買ってきた。

 

fjfjfjfjfjfjfjfjfjfj......

ghghghghghghghghghgh......

アメリカ人教師の声が響く教室。

タイプライターの隣にテキストを置き、紙を挟み、

五本の指でキーを打つ。

スペースは親指で、aは小指。

カチャカチャ、カチャカチャ、カチャカチャ。

あたしは、ブラインドタッチに酔いしれた。

 

映画の中の作家が、人差し指でタイプしていた。

ポッツ、ポッツ。

タイプライターから生まれた、傑作、駄作にラブレター。

年の離れたナオビの夫も、人差し指でタイプした。

蒐集した、昔のSFがぎっしり並ぶ部屋で、

ポッツ、ポッツ、とタイプを打って目録作り。

全部読んだの、と尋ねたら、舌を出した。

彼も、本を残したままあの世に消えた。

 

最初の職場には、長い髪のタイピストがいた。

タイトスカートとハイヒールの似合う美人。

背筋をのばして、カチャカチャ、カチャカチャ。

電動タイプライターを猛スピードで叩いて、腱鞘炎になった。

艶めかしかった、白い包帯。

あゝ、丸の内のタイピスト。

物も職業も消えていき、atashi wa ima koko fjgh......

 

窓の外で、鳩が鳴いている。

昨日(きのう)の空は青かった。

 

 

詩集『移動遊園地』より

 

 

 


2018-11-23 | ポエム

つり革を握りしめるあたしの手。

甲には、シミ。

ふと、外人墓地に眠る、ストネブリンク先生の手を、

マニキュアを塗った老女の手を、思い出す。

 

隣のお嬢さんの手のきれいなこと・・・・・・

左手はつり革にそっと添え、

右手でスマートフォンをいじる、

ふっくらとした手のきれいなこと・・・・・・

まるで、あの頃のあたしの手。

 

あの頃住んでいた国の王さまが、

義眼の王さまが、亡くなった。

国民に愛され、七十年以上の在位。

どんな店にも掲げられていた肖像画。

クーデターも、王さまが出向けば収まった。

 

ジャスミンの花かおる、メナム川のほとりは暑かった。

暑いと何も考えない、あたし。

好きか、嫌いだけ。

王さま、お坊さん、トムヤンクン・・・・・・好き。

ベトナムからのアメリカ兵、ドリアン・・・・・・嫌い。

 

好き、嫌い、好き、嫌い、嫌い、嫌い。

あたしはあたしが嫌いだったから、

体育館でのダンスパーティでは壁の花。

金髪の「花咲く乙女たちのかげ」で呟いた。

ツイストぐらい踊れるわ。

 

つり革の向こうに多摩川が見えた。

車窓の風景が飛んでいき、

むかしの記憶も飛んでいく。

空(そら)の向こうは空(くう)だから、

今のあたしは、あたしが大好きで、

あたしの手も大好きなのよ、お嬢さん。

 

 

 

詩集『移動遊園地』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ハワイ

2018-11-20 | ポエム

江田駅で降り、病院に向かっていると、

国道246号の、ビルの屋上に鎮座する、

ハワイアン・ウオーターの看板が見えた。

ハイビスカスやヤシの向こうに広がる、ニッポンの梅雨空。

 

あゝ、虹の島、常夏のハワイ。

フラダンス、イルカ、『アロハ・オエ』・・・・・・

今日も、ワイキキには、

アロハシャツを着て、

沈みゆく夕日を眺め、波の音を聞き、

マイタイを飲み、マヒマヒを食す、

非日常を楽しむ観光客がいるだろう。

 

けれど、海辺には別の顔。

ベンチで髭を剃る、疲れた顔の中年男。

朝からトランプに興じる、老人たち。

スーパーのカートに所持品を入れて移動する、老女。

あちこちの店を掛け持ちする、初老のウエートレス。

キャプテン・クック・・・・・・

ポリネシア人たちの楽園は消えた。

 

ドイツ人の提案で、

公園墓地にあるビョウドウ・インに向かった。

邸宅が並ぶ丘を越え、入江を眺めた後、

車が道に迷った。

海岸沿いの道に出ると、

ポンコツ車が並び、浮浪者が屯していた。

たどり着いた墓地には、様々な宗教の墓。

料金を払って、平等院のレプリカに入った。

 

いつだったか、空港の搭乗口前でぼんやりしていたら、

白人の警官たちが、傍にいたアラブ系の男を囲んだ。

ベルトには拳銃。

あたしは緊張した。

ここはアメリカ。

ひっくり返された、男の手荷物。

パスポート、書類、コンピューター、洗面具・・・・・・

しばらくして、警官たちは無言で立ち去った。

 

荒々しい波動は、

ハワイアン・ソングが浄化する。

母音のシャワーを浴びれば、

笑顔が戻るハワイアン。

アロハ、マハロ、ありがとう。

 

伝説のムー大陸はパラレルワールドにあったのか。

 

 

 

詩集、『移動遊園地』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


スロベニアの夜

2018-11-18 | ポエム

しいっ、しぃっ、しぃっ、あちらにお帰り!

きょとんとするあたしに、彼女が笑った。

見えないものがついてきた。

ブレド湖を囲む遊歩道には、明るい街灯。

ホテルは目の前だ。

 

ハロウィン的内装のレストランの外にいた、

鉤鼻の老女を思い出す。

昼間見た白鳥も思い出す。

白鳥の湖、と近寄ると威嚇された。

ブレドは夜だが、トウキョウではもうすぐ夜が明ける。

 

湖に浮かぶ小さな島に向かう渡し舟。

貧しい身なりの、子連れの婦人が、

ジーンズから覗くあたしの網タイツを、

セールで百円の網タイツを、凝視した。

ブレドは昼で、トウキョウは夜。

 

城内のレストランでの、ハプニング。

先生は救急車で医療センターに運ばれ、

翌々日、首都の病院に移動。

あたし達は先生のパスポートを探した。

ブレドは夜中で、トウキョウは朝。

 

ブレドの中華料理店。

名医がいてよかった、しかもお嬢さんはツクバに留学中。

日本語の会話を聞きながら、アジア人ウエートレスと話す。

ここに住んでいるの? 上海から来た。

ブレドは夕方で、トウキョウは真夜中。

 

小雨の降る夜。

あたし達を乗せた車はリュブリャナに向かった。

窓の向こうは沈黙の世界。

病院につくと、面会時間は過ぎていたが、

ニッポンから息子さんが来たのだから、と無理を言った。

 

時が止まったような病棟。

廊下のベンチにぽつねんと座る、何人かの患者。

孤絶の権化のようで、

ストライプ模様のパジャマが収容所を彷彿させた。。

リュブリャナは夜で、トウキョウは夜明け前。

 

ヨコハマで、

病院に向かう車に忘れた傘を受け取った。

旅行前に、捨てようか、と迷っていた古いユニクロの傘。

名前も書いていない傘が、

善意のバトンタッチで、飛行機に乗り、

スロベニアの夜からニッポンに帰還した。

 

 

 

 

詩集『移動遊園地』より

 

 

 

 

 

 

 

 


上海

2018-11-14 | ポエム

李香蘭は上海のグランドシアターで歌った。

「あわれ春風に 嘆くうぐいすよ

月に切なくも 匂う夜来香(イエライシャン) この香りよ・・・・・・」。

 

グランドシアター、ダンスホール、路面電車、プラタナスの街路樹、租界、外灘(バンド)・・・・・・

感じてみたかった、オールド上海。

行ってみたかった、フランス租界の跡地。

 

あの時、

中国と香港では、七百人以上がSARSで死んでいた。

けれど、あたしはついて行った。

 

観光客の姿はなく、壁新聞の前には大勢の市民。

北京は情報を隠す、と疑心暗鬼のフランス人。

ポーランドからの婦人と観光に出ると、

ガイドが偽のルイ・ヴィトンを勧めた。

ノーボディ ヒア。 ノー ビジネス。

 

一九三〇年代を冷凍保存したホテルに戻ると、

顔がほてっていた。

アールデコの鏡の前で、狂ったように手を洗い、

うがいをし、風邪薬を飲んだ。

怖かった。ウイルスが怖かった。

 

怖い、怖いわ。

鏡の向こうから聞こえる、戦果におののく彼女たちの声。

アナーキーな男と長崎から船に乗って上海に流れて来た女。

ヨーロッパのゲットーからたどり着いた少女。

踊り子になった、ロシア革命を逃れて来た貴族のムスメ。

 

あたしだって、

ユダヤ人の踊り子だったかもしれない。

ロシア人の娼婦だったかもしれない。

顕れる時代と場所は神さま宇宙が決めるのか?

「あたし」が希望するのか?

 

かつて、ホテルの前には華やかな競馬場があった。

ふと、戦前の上海で贅沢三昧をしたという、英語教師を思い出す。

ご主人はジュウなのよ、と言った母は、

女学校で一冊読んだシェークスピアで、

ユダヤ人は皆シャイロック、と思い込む。

 

成田の赤外線サーモグラフィは、無事通過。

けれど、十日の間外出は控えるようにとのお達し、

購入したチャイナブラウスは、着用前にクリーニング。

後日、

テレビ画面の山口淑子が同じ物を着ていた。

 

あゝ、憧れの上海航路・・・・・・

いつか、船で向かうわ、上海に。

その時、太陽は微笑み、

凪いだ海は輝き、

夜来香の花は笑うだろう。

 

 

*李香蘭の歌「夜来香」より

 

詩集『移動遊園地』より

 

 


タクシー

2018-11-11 | ポエム

なぜか混んでいた、

昼下がりのドコモショップ、

母に電話機を届けると、辺りは真っ暗。

犬がエサと散歩を待っている。

彼女はタクシーに乗り、

玉川学園か鶴川にお願いします、と言った。

鶴川に向かった車は停滞に巻き込まれた。

丘の上から見える、街灯や窓辺の光。

ガラス窓に、幾時代かの記憶と光が、

多重露光写真のように重なり合った。

 

ある金曜日の夜。

車窓に映る顔の向こうで、街の光が、後へと遠ざかる。

つかむことのできない光が、遠ざかる。

ブリュッセルのオフィスを後にし、

パリ行きの列車に乗る彼女。

TGVはまだ走っていない。

深夜の北駅に着くと足がすくむ。

怪しい男たちを避け、

急ぎ足でタクシー乗り場に向かい、

運転手さんにサビナの住所を伝えて安堵する・・・・・・

 

真夜中のシャンゼリゼ通り、

タクシーのドアを開けると、

クラシックの音楽が聞こえる。

運転手さんは、初老の白人。

礼儀正しく、背広まで着ている。

助手席で鼻を鳴らす、白いプードル。

光の街を疾走する車が浮上し、

彼女はノートルダム寺院の上空を飛んでいるが、

車はサンジェルマンのホテルの前で停まっていた。

もう着いたの、と連れに呟く・・・・・・

 

そして、ある朝。

タクシーの運転手さんは、大柄の黒人。

ペリフェリック(外環状高速道路)を走ってもいい?  ウイ。

音楽をかけてもいい? もちろん。

リズミカルなアフリカ音楽に笑みがこぼれ、会話が弾む。

彼も彼女もペリフェリック(周縁)の人。

またな。

さよなら。

彼は、パリのペリフェリック(外環状高速道路)に戻り、

彼女は、トウキョウのペリフェリック(周縁)に飛び立つ・・・・・・

 

 

 

 

詩集、『移動遊園地』より

 

 

 


突然、グダニスク・・・・・・

2018-11-09 | ポエム

彼女が、メルシーを引き取った。

夕闇せまる頃、

花吹雪の中を急ぎ足で帰宅し、

老犬を抱き、

仙川沿いの小道に向かっていると、

口輪をはめられた大型犬がいて、

彼女は、突然、グダニスク・・・・・・

 

夜の便で届くはずのスーツケースを待っていた。

ホテルの外に出てみると、

散歩中のドーベルマンには、口輪。

暗闇の広がる街は治安が悪そうで、

石畳の上には、兵士の亡霊。

日中の教会は祈る人で溢れるが、

夜の帳が下りると闇夜が広がる、ダンチッヒ。

 

ロビーは、かつての共産主義的豪華さを誇示するが、

部屋は、つましい学者の書斎のようで、

窓から見える、ワレサの造船所に覚えた不思議な懐かしさ。

机の上の、「Warning」と書かれたスリへの注意を促す紙に、

独裁者たちよりはまし、とうそぶく彼女も、

同伴者たちとホテルの食堂に落ち着いた。

 

ニッポンの先生の困惑。

ポーランド語とロシア語が同じように聞こえると言うと、

同じテーブルの人が無言で立ち去った・・・・・・

あゝ、ポーランドの重さ。

出発前に買った詩集には、

「侵略する国よりは、侵略された祖国の方が好き」とあった。*

 

光り輝くバルト海を見つめる、中国人学者の呟き。

サンクトペテルブルグ、行く、学位を取りに、帰国したら、夫、行く。十年間、別居。文化大革命の時、悲惨・・・・・・

一九九〇年代には地味な服を着ていたが、

あの日は、花柄ジャケットに身を包み、

息子はニュージーランド、と微笑んだ。

 

春が来ると、

ルサンチマンは蒸発し、

燻製と化した冬の記憶は、壺の中。

触媒に触れるまでは、壺の中。

突然、

桜並木の枝が揺れ、

メルシーのリードを引く彼女の、

奇妙な既視感・・・・・・

 

 

 

*ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩「可能性」

(つかだみちこ訳)より

 

 

 

詩集、『移動遊園地』より

 

 

 


遊歩者(フラヌール)

2018-11-06 | ポエム

ところで、彼女は徘徊する。

路地から路地へと、

ふらふら、フラヌール、遊歩者。

犬や猫に挨拶をし、

土地の嘆きを聞き、

沈みゆく太陽を凝視して、呟く。

ニッポン、ふらふら、フラダンス。

 

コウベの元町を歩けば、

ブリュッセルのパサージュ、「ギャルリー・サンチュベール」が甦る。

カフェ「オーバカナル」でパリを想う時、

隅田川はセーヌ川で、

伊勢丹は「ギャルリー・ラファイエット」。

神戸屋のクロワッサンすらも運ぶよ、

「カフェ・ダゲール」の朝。

 

けれど、彼女はニセモノ、偽りのフラヌール。

闇夜を避け、

アブサントやヤクには手を出さない。

安全地帯で、ふらふら、フラヌール、遊歩者。

囲いの中のリベラル。

牧場のブラックシープ。

 

あゝ、ミドルクラス・モラリティ、

幼き頃の刷り込みよ。

それでも行き着く先はおんなじと、

バスタブに身を沈め、

心、ふらふら、フラヌール、遊歩者。

泡となった記憶は水と共に排水管。

浴びたい、浴びたい、母音のシャワー。

 

アロハ、マハロ、ふらふら、フラダンス。

引越ししましょか、海辺の町に、

メリケン波止場から船に乗り、

終の棲家を探しましょ。

ふらふら、フラヌール、遊歩者。

 

今宵の月はまんまるで、

「不思議のメダイ」が微笑むよ。

 

 

 

 

詩集、『移動遊園地』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018-11-02 | ポエム

百貨店の隅で、

靴が、

彼女を待っていた。

 

まるくて、ぺったんこで、オレンジ色の靴が、

太いストラップの付いた靴が、

幼児のころに履いていたような靴が、

彼女を待っていた。

 

履いてみると、足にぴったり合った。

どこまでも歩いて行ける、と思った。

その靴を履いて夕日を見に行くと、

富士山が見えた。

 

 

 

 

詩集、『移動遊園地』より。