らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

パジャマ

2018-09-27 | ポエム

ウルトラマン商店街を、

 

お母さんと小さな男の子が歩いていた。

 

手をつないで歩いていた。

 

男の子が言った。

 

お母さん、今日はパジャマじゃないんだね。

 

お母さんは大声で笑った。

 

わたしも笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018-09-24 | ポエム

電車に、乗った。

 

顔、顔、顔。

 

地下道を、歩いた。

 

顔、顔、顔。

 

エレベーターに、乗った。

 

顔、顔、顔。

 

顔には、その人の「今」が、顕れる。

 

過去と未来を内在した、「今」が、顕れる。

 

表情には、本性。

 

「わたし」は、分かりやすい。

 

 

 

 

詩集、『みんな、「わたし」。』より

 

 

 

今年90歳になるヌーヴェル・バーグの祖母、アニエス・ヴァルダ監督と、世界のさまざまな場所で顔を撮りそれを大きく引き伸ばして貼るストリート・アーティストのJRが、フランスの田舎町を旅して様々な人たちと作品を作り上げていくドキュメンタリー映画、『顔たち、ところどころ』を観てほのぼのとした気分になった。

 

ちょっと悲しくなるシーンもあったが、人生を肯定できる映画だった。

 

つくづく、顔はわたしの作品! と思った。

 

 

 


時間を、外す。

2018-09-20 | ポエム

時計を、外して、

 

時間を、外す。

 

過去も、未来も、考えない。

 

「今」、「今」、「今」、「今」、「今」。

 

人生は、どこまでいっても、「今」。

 

だから、時間を、外す。

 

 

 

詩集、『みんな、「わたし」。』より

 

 

 

 

アメリカの国立太陽観測所が、理由を明らかにせずに突然閉鎖された。太陽周辺で何かが起きているのかしら・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2018-09-19 | ポエム

窓を開けると、

 

色々なものが、見える。

 

青い空が、見える。

 

鳥が、見える。

 

花が、見える。

 

醜いビルも、見える。

 

冷たい風も、入ってくる。

 

それでも、窓を開ける。心の窓を。

 

 

 

 

詩集、『みんな、「わたし」。』より

 

 

 

 

 


町の音

2018-09-17 | スケッチ

肉体が溶けてしまいそうだった暑い夏が去った朝。

 

わたしは、エアコンのリモコンを片付け、窓を開けた。

 

と、

 

町の音が部屋に入り込んできた。

 

教会の鐘の音、自動車のエンジン音、救急車のサイレン、フトンを叩く音、掃除機の音・・・・・・

 

子供の笑い声、犬の鳴き声、鳥の囀り、風の呟き・・・・・・

 

どんな町にも音と声がある。

 

五次元以上の世界は、やさしい静寂に包まれているような気がする。

 

音や声はあるのだろうか?

 

宇宙人は声を発するのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 


五次元地球

2018-09-16 | ポエム

五次元地球には、

 

時間はなく、「時を打たない時計」がある。

 

半身半霊の人間はテレパシーで意思の疎通をはかり、

 

国も、国境も、戦争も、兵器もなく、平和がある。

 

万物の共栄共存がある。

 

原子力発電所もなく、フリー・エネルギーがある。

 

海山にはほんとうの美があり、温暖な気候がある。

 

貨幣制度も、競争も、ヒエラルキーもなく、みな平等で歓喜がある。

 

至福があり、光の王国がある。

 

「あなた」である、「あたし」がある。

 

ある、

 

ある、ある、

 

ある、ある、ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


三次元地球

2018-09-15 | ポエム

三次元地球には、

 

時間があり、時を刻む時計がある。

 

様々な言語があり、様々な国があり、国境があり、戦争がある。

 

兵器があり、傷ついた人がいる。

 

工場があり、無数の物がある。

 

原子力発電所があり、廃墟がある。

 

汚れた海があり、荒れた山があり、災害がある。

 

貨幣制度があり、競争があり、ヒエラルキーがあり、支配がある。

 

打ち捨てられた愛があり、地獄がある。

 

あなたがあり、あたしがある。

 

ある、

 

ある、ある、

 

ある、ある、ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


次元上昇

2018-09-12 | ポエム

ラッパ鳴る、

 

三次元地球の闇夜の後には、

 

五次元地球の夜明けが訪れる。

 

地球、只今次元上昇中・・・・・・

 

人間、只今波動調整中・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


申し訳ありません・・・・・・

2018-09-11 | 色々な思い

トウキョウは、突然、秋。

 

気温が下がってとてもうれしいけれど、ちょっと淋しい。

 

工事現場のそばを歩いていると、看板のおじさんが、「ご迷惑をかけて申し訳ありません」と頭を下げて謝っていた。

 

外国だと、「立ち入り禁止」などの標識がそっけなく掲げられるだけだろう。

 

けれど、ニッポンでは、取りあえず、謝る・・・・・・

 

むかし、友人に、アメリカは訴訟社会だから交通事故を起こしても謝らないらしいわよ、と言われて、驚いたことがある。

 

テニスの大阪なおみ選手が、全米オープンテニス、女子シングルスの優勝スピーチで、「みんながセリーナを応援していたことは知っています。こんな結果になってごめんなさい」と謝り、セリーナには、「あなたとプレーすることができて感謝しています」と感謝の意を伝えて、ちょこんと頭を下げた。

 

それから、会場の雰囲気が変わった。

 

ネットで動画を見たわたしは驚いた。

 

なおみ選手は、ハイチ系アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、日本にいたのは3歳までで日本語もそんなに上手ではない。

 

それなのに、スピリットがとても日本的・・・・・・お母さんのDNAかしら・・・・・・

 

人種差別の激しいニッポンに、彼女のような日本ムスメが現れたことを大変うれしく思う。

 

ニッポンでは二重国籍が認められていないので、いずれ彼女は国籍の選択を迫られるだろう。

 

彼女は、日米、どちらを選ぶかしらん・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


シャボン玉

2018-09-09 | ポエム

水の入ったコップに洗剤を入れ、

 

ストローをつけ、

 

ふーっ、と吹く。

 

シャボン玉が、

 

ふーっ、と顕れ、

 

ふーっ、と消える。

 

みな、シャボン玉。

 

ふーっ、と顕れ、

 

ふーっ、と消える。

 

大きさは違う。

 

輝きも違う。

 

けれど、みな、シャボン玉。

 

ふーっ、と顕れ、

 

ふーっ、と消える。

 

ふーっ、ふーっ、ふーっ・・・・・・

 

りんね、りんね、ふーっ・・・・・・

 

 

 

 

 

詩集『水中花』より

 

 

 

 

 

 


しあさって

2018-09-07 | ポエム

路地で、

 

小さな女の子が、大きな声で尋ねた。

 

しあさって・・・・・・しあさってって、なあに?

 

お母さんが答えた。

 

あさっての、次の日。

 

女の子は理解した。

 

あしたの、次の日の、次の日ね。

 

あしたも、あさっても、しあさっても、「今」が続くだけ。

 

「今」あした、

 

「今」あさって、

 

「今」しあさって・・・・・・

 

 

 

詩集『水中花』より

 

 

 

 

台風が去ったかと思ったら、今度は大地震。

地震で亡くなれた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

被災された方々に心からお見舞い申し上げます。

被災地が早く復旧しますように。

 

3.11以後、生きているだけでありがたい、と思う時代になってしまった。

オリンピックや万博やカジノより、まず、防災! そしてフクシマと含むすべての被災地の復旧! そう思う。

ニッポンの「食」や「水」を外資に渡してはいけない、とも思う。

インフラの整備で内需拡大ができるような気がするのだが・・・・・・

それにしても、世界中で天変地異。特に、環太平洋の地震や火山の噴火がとても不気味・・・・・・

つくづく、「今」を大切に生きるしかない、と思う・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そっと、寄り添う。

2018-09-05 | ポエム

泣いている人に、そっと、寄り添う。

 

ただ、そっと、寄り添う。

 

言葉は、不要。

 

 

詩集、『みんな、「わたし」。』より

 

 

 

 

 

台風21号の被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。

亡くなれた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

この度の広い範囲に渡る被害には大変驚いております。むかし、一度だけ関空を利用したことがあるのですが、あんなになってしまうなんて・・・・・・

父が神戸支店に勤務していた時に生まれたので、神戸生まれです。大好きな関西の、速やかな復旧をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

 


藤田嗣治展

2018-09-02 | アート・映画・演劇

東京都美術館の、藤田嗣治展に出かけた。

 

藤田嗣治(レオナール・フジタ、1886-1968)は大好きな画家の一人だ。

 

2006年に東京国立近代美術館で開かれた展覧会にも出かけた。

 

昔むかし、父の転勤で神戸にいたころ、母に連れられて京都で開かれた展覧会にも出かけたことがある。(何年だったかは覚えていない・・・・・・)

 

その時気に入った絵、「カフェにて」を今回も観ることができて大変うれしかった。

 

画家は、「私は、世界に日本人として生きたいと願う、それはまた、世界人として日本に生きることにもなるだろうと思う。」と語った。

 

が、評論家の加藤周一は生前、「藤田嗣治は日本人として生まれ、フランス人として死んだ画家である。」と断言した。

 

画家は、東京美術学校で学んだ後、1913年に渡仏し、1917年にパリで個展を開き、1921年のサロン・ドートンで話題になり、エコール・ド・パリの寵児となった。

 

そのころから、あの「素晴らしき乳白色」の肌の裸婦は人気の的となる。

 

しかし1931年から2年余り滞在したブラジルにおける作品にはあの乳白色が消えていた。

 

1933年に帰国した画家は、日本的なものに惹かれ、純和風の家まで建てた。

 

1940年代は多くの作戦記録画を描き、終戦後、そのことで戦争協力への責任などを問われた画家は、1949年に日本を後にし、ニューヨーク経由でパリに戻った。

 

翌年、パリで開かれた個展では、すべての作品が売れ、彼は見事にパリ画壇に復帰した。

 

作品には乳白色が戻り、子供の絵も描くようになった。

 

そして彼は日本国籍を捨て、フランス国籍を習得し、カトリック教徒となりフランスに永住した。

 

最晩年には、ランスにノートル=ダム・ド・ラ・ペを建立した。

 

戦争中にナショナリズムの渦に飲み込まれ、終戦後はその責任を問われた画家が、もしも今生きていて、戦前回帰を望む人たちの活動を見たら何というだろう・・・・・・