らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

梅の花

2017-01-31 | スケッチ

昨日は、春が来た、と思った。

 

今日は肌寒く、まだ冬だ、と思った。

 

けれど、歩いていると、満開の梅に出合った。

 

『〈花〉の構造』(石川九楊著)には、

ー寒い雪の中で耐えて咲きほこる「梅」、これが中国での〈花〉の美学である。日本の「桜」は、すぐ満開になり、あわただしく散り、離れる。「華」フアが「花」カとなり、「離れる」の〈花〉になることによって、別離を内包したのだ。別れることを美しいとし、そこに、ひとつの感傷的な美学が生じ、別離=別れることに陶酔する。そういう意味を日本語(漢字語とひらがな語の統合の〈花〉という言葉は隠しもつことになった。やがてそれが漢字語にまで波及し、「散華」にまで及んだ。-とある。

 

たとえ肌寒くても、梅の花を見ると、もう、寒い寒い冬は終わった、と安堵する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


春の気配

2017-01-30 | スケッチ

朝、駅に向かって郊外の道を歩いていたら、梅の花が咲いていた。

 

来月になったら、桜の花にあえるだろう・・・・・・

 

いつもは急行で通過する駅に降りたら、オーバーを脱ぎ捨てて春コートで歩いている人がいた。

 

日差しは穏やかで、時折、まるで春一番のような風がヒューッと吹く。

 

その町にある、ショッピングモールを何気に覗いていたら、真っ赤なスパッツが目に入った。

 

日本製の、ワコールの、冬用のスパッツで25%オフ。

 

まだまだ寒い日があるだろう、と買ってしまった。

 

ジーンズの下に、真っ赤なスパッツ! 

 

イカシタおばあさんなのか、イカレタおばあさんなのか・・・・・・

 

今日あったペコちゃんも真っ赤っか・・・・・・

 

そういえば、戦前の女学校で教育を受けた老母は、よく、家族にアカがいるとお嫁にいけないのよ、と言っていた・・・・・・(注: この場合のアカは共産主義者のこと)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2017-01-29 | ポエム

 

「声」、詩集『水中花』より。

 

こちらから電話したのに、そそくさと切り、

グレゴリオ聖歌のCDを掛けた。

彼女の声は、苦手。

 

幼いころに見た夢が、

声を聞いた、と思った夢が、

時折、甦る・・・・・・

 

少女が桟橋に立っている。

両親もいる。

船が着くと、桟橋が揺れ、

少女は声を聴く。

溺れた子供などいないのに、

少女は、船の下からの声を聞く・・・・・・

 

いつだったか、

昆明の郊外にある、

兵器工場の保養所らしき所で何日か過ごした。

門の前には、兵士が立っていた。

わたしたちは、西洋人たちと外国人用の施設に泊まった。

ヨーロピアン調の豪華な内装だったが、

スイッチを入れると、電気スタンドはショートし、

シャワーを浴びると、水は数時間以上も流れなかった。

 

着いた夜は、眠れなかった。

外は暗く、霧が立ち込めていた。

カラオケ・バーからの音楽と、

離れたベッドからのイビキを耳に感じていた。

真夜中を過ぎたころ、

どこか遠い場所から、女の悲鳴と泣き声が聞こえ、

ますます眠れなくなった。

 

小学生の頃、

リール式のテープレコーダで自分の声を聞いて、

戸惑った。これ、わたしの声?

さまざまな声を聞いて大人になった。

電話口の声で、話者の本性が分かったこともある。

 

リヨンの旧市街を歩いていて、思った。

石畳は、人間の声を吸収する。

地球は、人間の声より鳥の囀りを好むだろう。

 

あの世の「わたし」は声を発するのだろうか、

それとも、テレパシーを使うのだろうか。

窓の外で、子供たちが笑っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もうすぐ、春。

2017-01-28 | スケッチ

風は冷たいが、日差しは春。

 

花屋さんの軒先には、色とりどりの春の花が並び始め、デパートのマネキンは春物の装い。

 

川沿いの小道を歩いていると、向こうから、赤子を抱いた若いママさんが大きな声で歌いながらやってきた。

 

後ろから、小さな女児がちょこちょこついて来る。

 

女の子は西洋人形のような風貌で、日本人(たぶん)のママさんは英語の歌を歌う。

 

女の子は、ニコニコ顔で川を覗きながら、ちょこちょこ歩いている。

 

桜木の上で木漏れ日が揺れ、枝には花の芽。

 

もうすぐ春なのだ。

 

 

 

国境に壁などいらないと思うけれど・・・・・・アメリカの大統領は、難民が押し寄せてくるような政策を実行するのかしら・・・・・・何かが大きく変わろうとしている・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


浮浪者

2017-01-26 | ポエム

 

 

 

浮浪者」、詩集『水中花』より。

 

生存を拒絶したくなるような酷暑の午後、

新宿の、西武線の高架下には、

何人かの浮浪者たちが、寝ていた。

世界に背を向けて、寝ていた。

 

ブルーシート、段ボール、ビニール袋・・・・・・

すえた臭いが漂う空間の、

新しい段ボールの囲いの中に、

一人の、体も衣服もきれいな中年男が、

落ち着かない様子で座っていた。

 

パリで、フランス語教師が言った。

ここでは、ちょっとしたことで転落してコジキになるが、

抜け出すのは難しい。朝、帽子を置いて座れば、夕方には、

安ワインが買えるからね。

 

教会の鐘の音が鳴り響くなか、

石畳の上に犬と並んで帽子を置く男。

パリ・コジキは絵になる。

帽子に投げ入れられたコインは、

ささくれだった都会のヒューマニティ。

 

地下鉄が、しばらくの間止まった。

どの駅だったかは、覚えていない。

わたしは、ドアの傍にもたれかかっていた。

開いたままのドアの前で、

三人の浮浪者が酒盛りをしていた。

一人の男が言う。あれは、ニッポン女性?

別の男が笑う。でも、カメラを持っていないぞ。

残る一人が、写真を撮る仕草をし、

別の男が叫ぶ。ホンダ! スズキ!

隣にいた乗客が、肩をすくめ、

わたしは、ステンレスのフォークになった。

 

帰国後、苗字が変わり、

老後はパリで暮らしたくなった。

旅先の雨空の下、

ランシエンヌ・コメディ通りを歩きながら、

パリ、パリ、パリ、とぶつぶつ言っていると、

連れに諭された、ああなるのがオチだ。

 

見ると、

高級レストランの傍に、

汚れたマットレスの上にぽつねんと座って、

宙を見ている老女がいた。

通行人たちは、無関心。

彼らの世界に、彼女は存在しない。

意識を向けない者は存在しない。パリの街。

 

トウキョウに、イチョウの葉が舞い落ちる季節、

新宿中央公園に向かっていると、

浮浪者と目があった。

顔と表情が著名な作家に似ていて、狼狽えるが、

速足で通り過ぎた後、妙に納得して、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ちょっと、いい話。

2017-01-25 | スケッチ

1か月位前、神田神保町を歩いていたら、イチョウの大木に、「樹木撤去のお知らせ」が貼ってあった。

 

戦前から東京を見守ってきた樹齢100年以上の木もあるというのに、木も生きているのに、と大変残念に思った。

 

今日、同じ道を歩いていたら、先月貼ってあった紙の上に、別の「お知らせ」が貼ってあった。「12月に予定していた樹木の伐採については一旦休止し、再検討をしています」。

 

うあーい、とうれしくなった。

 

あちこちで小さな変化が、よき変化が、起きている・・・・・・

 

それらが共振すれば、ニッポンは変われるような気がする・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


鬼ごっご

2017-01-24 | スケッチ

歩いていたら、小さな広場で、寒空の下、10人ぐらいの子供たちが鬼ごっこをしていた。

 

子供たちは元気一杯。無邪気にはしゃいでいた。

 

笑い声が辺りにこだまする。

 

近くで、ママ友さん達が立ち話・・・・・・

 

平和な都会の一コマ。

 

 

アメリカの、アカデミー賞受賞監督の、オリバー・ストーン氏が、TBSのインタービューで、「日本の重要インフラのITシステムは、米国によっていつでもサイバー攻撃で破壊できる」と語ったそうだ。

 

未だにニッポンはアメリカの仮想敵国なのかしら・・・・・・

 

トランプ政権下のアメリカではいわゆるネオコンが淘汰されるそうなのだが、属国ニッポンはどうなるのかしら・・・・・・

 

ほんとうの鬼は、だあれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


caca

2017-01-23 | ポエム

 

 

 

「caca」、詩集『水中花』より。

 

春だというのに、核の冬のような花冷えの朝、

メルシーが、

マゼンタ色のツツジが咲き誇る公園をどんどん歩いて行く。

と、犬の気配に驚いた雀が飛び立つ。

 

時空を超えた雀は、

サン・ジェルマン・デ・プレ教会前のカフェテラスで、

夫が食べ散らかしたパンくずを啄む、太った雀となる。

 

サン・シュルピス広場で手に入れた、

念願の、「ナジャ」という名のバッグを撫でながら、

黒より紫の方が良かったかしらと、

束の間の非日常を楽しむわたしの傍を、

職場に向かう人たちが、地下鉄の駅に吸い込まれていく。

 

学校に向かう小学生たちの、元気な声で我に返ると、

メルシーが踏ん張っているので、

お散歩バッグから、

袋や折りたたんだトイレットペーパーを出して、屈む。

 

と、わたしは、

ベルサイユ宮殿近くの、

ナオビとベルナールが働く撮影現場で、

cacaやcrotteと呼ばれる排泄物を踏んで、

草の上で靴を擦っている。

ベルナールの、今日はついているぞ、という笑い声は、

小学生たちの笑い声と重なり、

わたしは、うつつに引き戻される。

 

ナオビは、ベルナールと離婚して、ケープタウンにいる。

突然、鶯が鳴き、

地面に、メルシーのcacaが落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


トランプ大統領

2017-01-22 | 時事

昨年は、英国が、まさかのEU離脱を決め、米国では、まさかのトランプ氏が大統領選で勝利した。

 

そして、一昨日、氏は無事、アメリカの第45代大統領に就任した。

 

アメリカでは、まだ、あちこちでトランプ大統領就任に反対するデモがおこなわれている。

 

こんなに就任に反対される大統領もめずらしい。

 

粗野で無教養で下品で、敵の多い大統領だが、彼には、グローバリズムや軍産複合体の搾取システムを破壊するお役目(?)があるのかもしれない。

 

彼は就任式でこう語った。

 

『ひとつの政権から別の政権へ、または、ひとつの政党から別の政党へ、単なる政権交代をしているわけではなく、ワシントンD.C.から国民であるみなさんへ、政権を取り戻しているからです。』

 

『あまりにも長い間、ワシントンにいる一部の人たちだけが、政府から利益や恩恵を受けてきました。その代償を払ったのは国民です。ワシントンは繁栄しましたが、国民はその富を共有できませんでした・・・・・・』

 

彼が既存のシステムを破壊した後に、「真打ち」が登場するような気もする・・・・・・番長が悪者をボカボカにした後に聖者のような人が登場する、破壊と再生・・・・・・

 

 

 

ニッポンでも、昔はいわゆる「中流」が多かったが最近は格差が広がっている。

 

その上、ニッポンは宗主国さまネオコン組のATMと化しているだけでなく、首相は外国に行くたびに国民の税金をばらまいている。

 

宗主国さまが「アメリカ ファースト」に方向転換をするのならば、ニッポンも「ニッポン ファースト」。

 

米軍の基地などさっさと引き上げて欲しい。

 

ニッポンは、まず、ニッポンの子供たちでしょ・・・・・・まず、フクシマでしょ・・・・・・

 

最近、ニッポンでも、電通の不祥事や高級官僚の天下りにメスが入っている。

 

浄化の始まりだといいのだけれど・・・・・・

 

 

忙しくてテレビを見る暇がなかったので、nikkei.comで大統領就任の動きを追った・・・・・・

 

https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/inauguration2017-live/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


トポスの不思議

2017-01-21 | ポエム

 

 

 

「トポスの不思議」、詩集『水中花』より。

 

早朝、

真っ青な空の下、

横浜と町田の境にある、広い坂道を眺めると、

脳内で、「コーリング ユー」がこだまし、

なぜか、サンフランシスコのケーブルカーを思い出す。

 

午後、

陽光を浴びながら、

上町から、世田谷通りを、西へ西へと歩くと、

ぞろ目のプレートナンバーが次々に通り過ぎ、

わたしは、時空を超え、

神戸のバス道を、青谷から六甲の方へ向かう。

 

夜、

郊外のコミュニティバスに乗り、

昭和薬科大学前の、古びた、屋根付きのバス停に来ると、

そこは、リュブリャナの、夜の停車場。

 

午前十時の下北沢は、午前十時のパリ、レ・アル。

 

クリスマス前の、原宿裏通りは、

パリ、サン・ジェルマン・デ・プレ教会の裏通り。

トポスは、ポスト。

見えない手紙が交差する。

 

ここ、どこ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


タトゥー

2017-01-20 | ポエム

 

 

 

「タトゥー」、詩集『水中花』より

 

夜のはじめ頃、

コインパーキングで、

髪の長い女がしゃがみ込み、

ハンドバッグの中をひっくり返していた。

短いTシャツとジーンズの間から、

背中のタトゥーが見えた。

 

わたしの皮膚はヒリヒリし、

今は亡きスムラー氏の、腕の数字が甦る。

半袖のワイシャツを着る季節になると、

腕のタトゥーが見えた。186416。

数字のタトゥーなんて・・・・・・と思っていた。

 

あるクリスマスの日、職場に現れた彼に、

メリー・クリスマス! と言うと、

満面の笑みが返ってきた。

彼が去った後、ソニアが囁いた。

彼はユダヤ人なの。

 

あゝ、『夜と霧』。

みな、同じ所から顕れ、

同じ所に帰ってゆくというのに。

選民などいないというのに。

あゝ、メシアを待つ人々よ。

 

皮膚が、

わたしと他者を隔てるという人がいる。

見知らぬ者どうしのタトゥーとタトゥーが重なり合うと、

どんな化学反応が起きるのだろう。

 

藤田嗣治の手首には、

腕時計のタトゥーがあった。

いつも、十二時。

真昼なのか、真夜中なのか、永遠の今なのか。

画家は、何を希求していたのだろう。

 

描くのが面倒だからタトゥーにしたの。

そう微笑む婦人の眉を、凝視したことがある。

縄文土偶には、たくさんのタトゥー。

ナスカの地上絵は、地球のタトゥーなのか。

 

今宵は、腕に、天使のシールを貼りましょか。

 

 

 

 

 

 

 


2017-01-19 | ポエム

 

 

「鏡」、詩集『水中花』より

 

カフェに入ると、

隅の席に、姿かたちが同じ男が二人いた。

 

一人が、右手でノートパソコンのマウスを動かすと、

もう一人は、左手でマウスを動かす。

一人が、左手でコーヒーを飲めば、

もう一人は、右手でコーヒーを飲む。

 

男の隣は、鏡の壁。

突然、ベルサイユ宮殿の鏡の間が甦る。

鏡は、目の前の事象を映しだす。

けれど、いつも、逆さま。

 

三面鏡に顔を突っ込むと、

顔、顔、顔・・・・・・

後ろの正面、だあれ。

「カガミ」の前で、「ガ」を消すと、「カミ」・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


足跡

2017-01-18 | ポエム

 

 

 

「足跡」、詩集『水中花』より

 

夜、

雪が降り始めた。

 

朝、

うっすら積もった雪の上を歩くと、

足跡が付いた。

ぺたっ、ぺたっ。

 

夕方、

雪は雨になり、

足跡は消えていた。

 

けれど、道には、たくさんの見えない足跡。

先人たちの足跡が、ぺたっ、ぺたっ。

天上を目指す足跡が、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ。

ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ。

ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ。

ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


赤子のほほ笑み

2017-01-17 | スケッチ

狭い店の中で、ベビーカーの赤ちゃんと目があった。

 

にっこり笑うと、赤ちゃんも微笑んだ。

 

微笑み返すと、赤ちゃんは、両手をばたばたさせて喜んだ。

 

商品選びに夢中になっていたお母さんが、えっ、何、何、と赤子を見て、彼の視線を追うと、そこにはわたしのほほ笑み。

 

なぜか、お母さんが、ありがとうございます、とほほ笑んだ。

 

 

帰りに乗ったバスの隣に、話に夢中になっている二人の婦人がいた。

 

一人の婦人は、赤子を抱いていた。

 

赤ちゃんの横目とわたしの横目が交差した。

 

にっこり微笑むと、赤ちゃんも微笑んだ。

 

昨日は、微笑み連鎖の日だった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


住所録

2017-01-16 | スケッチ

携帯電話の住所録を使う人が多いが、アナログ人間のわたしは、長い間、フランスのMIGNONというメーカーの住所録を愛用していた。

 

さすがに革がボロボロになったので、伊東屋さんで、ニッポンの住所録を買って、フランス製の天使シールを貼った。

 

まず、今年頂いた年賀状の住所を新しい住所録に書き込んだ。

 

それから、古い住所録からまだ交流のある人たちの住所を書き写した。

 

当たり前のことだが、フランスの住所録の見出しはA、B、C、D、E、F・・・・・・で、新しい住所録のは、あ、か、さ、た、な・・・・・・なので、今まで「U」所に記載していた、うえださんは、「あ」に書き写したり、と少し面倒だった。

 

この20年で住所が変わった方、交流がなくなった方、亡くなった方・・・・・・新しい住所録を眺めていると、わたしの交友関係の変化と時代の変化を感じる。

 

 

昨日、お年玉付き年賀はがきの抽選があった。

 

いつもは、切手がなんシートか当たるのに、今年はゼロ・・・・・・たぶん、何か別の、もっと良いものが当たるのだろう・・・・・・