らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

「雪崩のとき」  by 石垣りん

2016-08-30 | 本・文学

久しぶりに行った東京堂で、なぜか、石垣りん(1920-2004)の詩集を買った・・・・・・

 

「雪崩のとき」        1949

 

 

「人は

その時がきたのだ、という

 

雪崩のおこるのは

雪崩の季節がきたため と。

 

武装を捨てた頃の

あの永世の誓いや心の平静

世界の国々の権力や争いをそとにした

つつましい民族の冬ごもりは

色々な不自由があっても

また良いものであった。

 

平和

永遠の平和

平和一色の銀世界

そうだ、平和という言葉が

この狭くなった日本の国土に

粉雪のように舞い

どっさり降り積もっていた。

 

 

私は破れた靴下を繕い

編物などしながら時々手を休め

外を眺めたものだ

そして ほっ、とする

ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない

世界に覇を競う国に住むより

このほうが私の生きかたに合っている

と考えたりした。

 

それも過ぎてみれば束の間で

まだととのえた焚木もきれぬまに

人はざわめき出し

その時が来た、という

季節にはさからえないのだ、と。

 

雪はとうに降りやんでしまった、

 

降り積もった雪の下には

もうちいさく 野心や、いつわりや

欲望の芽がかくされていて

”すべてがそうなってきたのだから

仕方がない”というひとつの言葉が

遠い嶺のあたりでころげ出すと

もう他の雪をさそって

しかたがない、しかたがない

しかたがない

と、落ちてくる。

 

ああ あの雪崩、

あの言葉の

だんだん勢いづき

次第に拡がってくるのが

それが近づいてくるのが

 

私にはきこえる

私にはきこえる。            」

 

 

 

岩波文庫、「石垣りん詩集」より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


その犬は、自分を犬と思っていない。

2016-08-29 | 動植物

わんわん。わんわん。

 

その犬は、自分を、犬と思っていない。

 

イヌ科の哺乳類に分類されていることも、知らない。

 

犬である、という認識もない。

 

犬、という言葉も知らない。

 

猫、と名付けられても、尻尾を振るだろう。

 

けれど、犬は、100%犬。

 

完全で、完璧な、存在。

 

存在するだけで、愛される。

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

メルシーが、遊ぼうよ、とわたしのスリッパをくわえて走るようになった。

 

すっかり回復した犬に、よかったねぇ、と言うと、ふぅ、とため息をついて尻尾を振った。

 

スヌーピーのようだった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


2016-08-28 | 色々な思い

東池坊で茶花を習っている友人に誘われて、茶花の展覧会に行ってきた。

 

清楚な花々は観る者たちの心を癒す。

 

会場には着物を召した年配の婦人が多く、ああゆう着物にはああゆう帯がいいのね、などと、束の間の非日常を楽しんだ。

 

花というものが存在しなかったら、わたし達の生活は殺伐としたものになるだろう。

 

けなげに咲いている、道ばたの花に魅せられて立ち止まることがある。

 

根付いた場所できれいな花を咲かせて、潔く散っていく花々には、はっ、とさせられる。

 

「世界に一つだけの花」・・・・・・スマップが解散宣言をし、いつの間にかオリンピックも終わっていた。

 

今朝、空を見て、あゝ、夏が終わった、と思った。

 

今秋は、色々あるかもぉ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


真夜中のメルシー

2016-08-27 | 動植物

電話が鳴った。

 

時計を見ると、午前1時。

 

電話は老母からだった。メルシーの具合がとても悪いの・・・・・・いつものように大喜びで夕食も食べて、寝る前も機嫌が良かったから、何が何だか分からない・・・・・・濡れたタオルで首も冷やしたけれど・・・・・・抱く時に、痛がって、咬まれた・・・・・・

 

 

緑内障を患っている彼女には視力の障がいがあるし、かなり動揺している。

 

仕方がない・・・・・・タクシーで行くけれど、これから支度をするから、1時間半以上はかかる、と電話を切った。

 

身支度をして、タクシーを呼んだ。

 

とても眠かったので、タクシーの中で少しウトウトしようと思っていたが、年配の運転手さんは実家に着くまで、ずっと喋り続けていた。

 

しかも、玄米菜食がいかに体に良いか、というウンチク・・・・・・何十冊も本を読んだそうだ。

 

話をやめてもらうために、あのう、わたし、うちでは、マクロビオティック的な食事をしているんですが、と言うと、じゃあ、お仲間だ、と運転手さんはますます話し続けた・・・・・・わたしが下りる時もまだ何か話していた・・・・・・

 

玄関を開けると、いつもは飛びついてきて、くるくる回るメルシーがやって来ない。

 

具合が悪そうにうずくまっている。今までこんなことはなかった。

 

大丈夫かぁ、と撫でようとすると、キャンと鳴く。

 

抱こうとすると、咬みそうになる。

 

老母は三か所咬まれていた。

 

どうぶつ病院は、朝9時からなので、7時半ごろまで一寝入りすることにした。

 

メルシーはわたしのベッドのそばに来てうずくまっていた。

 

朝が来ると、いつもなら、起きようよ、とくるくる回ったり、スリッパをくわえて走ったりするのだが、相変わらず具合が悪そうだった。

 

朝ごはんは食べさせない方がよいと思ったので、朝食抜きで散歩に連れて行った。

 

公園まで、抱いて行った。

 

公園でそっとおろすと、おしっこをし、ウンチをした。

 

そして、ゆっくりだが歩き始めた。

 

ゆっくりゆっくり歩いて帰宅。

 

9時になると、病院に電話をし、老母とメルシーを病院に連れて行った。

 

院長先生に、おなかが痛いようですね、と言われた。

 

レントゲンを撮って、血液検査をするので、11時半ごろにお電話をください、と言われたので、その間に、老母をクリニックに連れて行き、咬まれたところの処置をしてもらって化膿止めをもらった。

 

11時半に電話をすると、腸にウンチがたくさんたまって、肝臓が腫れている、とのこと。

 

入院の必要はない、ということなので、迎えに行った。

 

5月中旬に、歯石を取る前の検査で肝臓の数値が悪い、ということで、肝臓ケアのドッグフードに変えた。

 

と、便が固くなり、量も少なくなった。

 

それでも、肝臓にいいんだから、と肝臓ケアのドッグフードを食べさせ続けていた。

 

血液検査の結果、肝臓の数値はよくなっていたが、副作用(?)で便秘になり、おなかがパンパンになっていたのだ。

 

便通が良くなるシロップをもらって、帰宅。

 

1週間後にもう一度来てください、と言われた。

 

老母もわたしもホットして、どっと疲れがでた・・・・・・

 

メルシーに、あのね、病気じゃないんだよ、ウンチがたまっているだけなんだよ、と言い聞かせると、彼はしっぽを振った・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


内は、外。

2016-08-25 | ポエム

「わたし」は、その時の「わたし」に、出会う。

 

内側が、ぐちゃぐちゃなら、外側も、ぐちゃぐちゃ。

 

内は、外。外は、内。

 

内に鬼がいれば、外にも鬼の、鬼は外。

 

今日、出会うのは、どんな、「わたし」?

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 


映写機

2016-08-24 | ポエム

「わたし」は、映写機。

 

スクリーンに、

 

映像を、ちっぽけなコマを、

 

「過去」と「未来」を内在した、「今」コマを、

 

映し出す。

 

「今」の内側を、

 

映し出す。

 

68億以上の映像が、

 

無数のコマが、交差する地球。

 

イマージュは、皆、違う。

 

全て、夢。

 

全て、幻。

 

肉体が朽ちる時、

 

今生の映像を、見る。

 

早送りで、見る。

 

終わると、白い光が、現れる。

 

ジー、カチカチ・・・・・・

 

ジー、カチカチ・・・・・・

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 


タイフーン

2016-08-22 | スケッチ

タイフーンが来た。

 

今朝、犬と散歩に出たら、大雨。

 

犬は、濡れネズミ・・・・・・

 

こういう日に限って、用事がある。

 

昨夕、老母の家に行ったときは晴れていたから、軽装。

 

レインコートも着ず、長靴も履かないで、町をウロウロ・・・・・・

 

おかげで、わたしも濡れネズミ・・・・・・

 

タイフーンが上陸するまでに多摩川を渡ろう、

 

タイフーンが上陸するまでにおうちに帰ろう、と家の近くまで戻ってきたが、スーパーに立ち寄っている間に雨脚はますます激しくなった。

 

ずぶ濡れになったけれど、おうちに帰って、ほっ・・・・・・

 

なんだか、タイフーンが大地と人間を浄化しているような気がする・・・・・・タイフーンさま、どうぞお手柔らかに・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


老眼鏡

2016-08-21 | スケッチ

近視だけど、老眼。

 

外出する時は、遠くが見えないと困るから、近視用の眼鏡をかける。

 

コンピューターの前では、老眼鏡。

 

けれど、近くでスマホや本を見る時は、老眼鏡をはずす。

 

家の中では、老眼鏡をかけたりはずしたり・・・・・・

 

で、時々、老眼鏡をどこに置いたか忘れる。

 

昨日も、老眼鏡を探した。

 

老眼鏡をかけてコンピュータを見た後、ちょっと気になる本を見るために老眼鏡をはずし、それから、キッチンに行ったり洗面所に行ったりクロゼットの整理をしたりして、再びコンピューターを見ようと思ったら、老眼鏡が見当たらなかった。

 

どこ? どこ? どこ? とあちこち探す。

 

長い間、探したが見つからなかった。

 

近視用の眼鏡をかけて探しても、見つからなかった。

 

どこに置いたのだろう・・・・・・違う次元に行ってしまったのだろうか・・・・・・

 

近視用の眼鏡を頭にかけてもう一度探そうとしたら、頭にはすでに別の眼鏡が・・・・・・探していたものはわたしの頭にあったのだ。

 

シアワセとおんなじ・・・・・・外にはなく、わたしの中にある・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


魔女ママ

2016-08-18 | スケッチ

江の島の方へ向かう急行電車に乗った。

 

お昼どきのせいか座ることができた。

 

荷物を膝の上に載せて、ほっとしていると、辺りに強烈な香水の匂いが漂った。

 

見ると、二人の男の子を連れた、バーのママさんのような、芸能人のような、ド派手なママさんがわたしの前に立っていた。

 

まるで、魔女ママ。

 

オレンジ色のタンクトップに擦り切れたジーンズ。

 

1960年代のブリジット・バルドーのようなアップの髪。

 

厚化粧の顔には、長い長い付けまつげ。

 

ディズニーの映画に出てくるような魔女のような、内側に巻き込むような形の、長い長い爪(5センチはあった)。

 

爪の上にはマニキュアで絵が描かれ、キラキラ光るビーズのようなものがついていた。

 

向かい側に座っていた高校生が口をあんぐり開けて、彼女を見つめていた。

 

わたしの右隣には、二つの空席。そして、左隣には、一つの空席。

 

わたしが、左に詰めれば、親子三人が並んで座れる。

 

わたしが左に詰めると、彼女は軽く会釈をし、二人の子を座らせ、自分の席にはハンドバッグを置き、スマホで時間をチェックした。

 

そして、「お茶、買ってくるわ」と言い、中からお財布を出して、電車から飛び降りた。

 

小学校の高学年と低学年ぐらいの男の子たちは、不安そうな顔をした。

 

わたしも、間に合うかしら、と思った。

 

小さい方の子は、左手で、魔女ママのブランド物のバッグのハンドルをしっかり握った。

 

しばらくすると、魔女ママがペットボトルのお茶を二つ持って、戻ってきた。

 

子供たちはほっとした顔をした。

 

彼女は、お茶を一つづつ男の子たちに渡した。

 

一人の子が、ママのは、と言うと、彼女はバッグを指さした。

 

自分のは、すでにバッグの中にあった。

 

意外なことに、男の子たちのいで立ちは、清潔で、保守的で、リュックもネービー・ブルー。

 

彼らは、母親が車中の視線を浴びているのを意識しているのか、少しおどおどしていて、話もせず、とても静かだった。

 

香水の匂いにむせそうになりながら、魔女ママはあのいで立ちで参観日や運動会に出かけるのだろうか、とか、夕食の時にはどんな会話をするのかしら、などと思ってしまった。

 

ひょっとして、普段はどこかに預けられていて、夏休みだけ一緒に過ごすのかしら、とも思ってしまった。

 

いつも、みんなのアルガママ、多様性を認めましょう、と言いながら、魔女ママ親子を観察してしまうわたしがいた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


夏の夕暮れ

2016-08-16 | ポエム

桜並木に吹く風が、

 

遠慮がちに、秋を運ぶ。

 

うす桃色のワンピースを着た少女が、

 

蝉の声を浴びながら、

 

空を見上げて、佇んでいた。

 

冬の夕暮れは、クレッシェンドで、

 

夏の夕暮れは、デクレッシェンド。

 

冬の夕暮れは、

 

春になり夏が来ることの、予感。

 

夏の夕暮れは、

 

秋の後には冬が来ることへの、警告。

 

けれど、秋が来て冬が来ても、

 

やがて、春が来て夏が来る。

 

季節は巡る、「今ここ」で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


人生

2016-08-15 | ポエム

画家が、絵を描くように、

 

音楽家が、作曲をするように、

 

詩人が、言葉を紡ぐように、

 

「わたし」が、わたしを、作る。

 

人生は、「わたし」の作品。

 

心が、習慣が、人生を、創る。

 

けれど、いつだって、軌道修正ができる。

 

今、意識を変えれば、

 

今日から、人生が変わる。

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 


お墓参り

2016-08-14 | スケッチ

郊外の、霊園の近くに、お墓参りに来た人たちが立ち寄る、昔ながらの落ち着いた喫茶店がある。

 

カウンターの中の棚にはたくさんのコーヒーカップが並ぶのだが、どれもぴかぴか。

 

店内には様々なオブジェも並ぶのだが、埃っぽいものは一つもない。

 

一昨日は、コーヒー豆の入った、金魚鉢くらいの大きさのカップのそばのテーブルに座って、コーヒーとフルーツサンドを注文した。

 

と、カウンターに座っているおばあさんの声が聞こえてきた。あなた、お盆は帰らないの?

 

カウンターの中でコーヒーを入れている中年の女性が答えた。今年は帰らないわ。混んでいるし。

 

おばあさんは続けた。そう、帰らないの。で、どこなの?故郷は?

 

女性が、北海道なの、と言うと、おばあさんが言った。北海道だったら、新幹線があるじゃない?

 

女性は、うちの方は新幹線は通ってないのよ、と言い、たわいのない会話が続いた・・・・・・

 

お盆の都心は人が少なく、郊外電車もガラガラだったけれど、帰郷しない人もいるのだ・・・・・・

 

 

お墓参りに出かけた首相は、「TPP批准や補正予算成立を目指し全力尽くしてくことをお誓いした」そうだ。

 

えっ。TPP批准? 次期大統領候補のトランプ氏もヒラリー氏もTPPに反対と明言しているのだけれど・・・・・・

 

この秋は、いろいろあるかもぉ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


女と言葉

2016-08-13 | スケッチ

JR新宿駅、南口に向かっていた。

 

横断歩道の信号が変わるのを待っていたら、大きな看板が目に入った。

 

『言葉に頼りすぎると退屈な女になっていく』。

 

横断歩道を渡りながら、うーん、そうかしら、と反発。

 

俳人、歌人、詩人、小説家・・・・・・言葉を紡ぐ女たちは退屈ではない。

 

みんな、とても個性的で刺激的。

 

作家の瀬戸内寂聴さんなど、言葉の機関銃のような毒舌で聴衆を笑いの渦に巻き込む。

 

もう亡くなられたが、詩人の茨木のり子さんや作家の須賀敦子さんの言葉は心に染み入る。

 

コピーライターの方は、思考しないで感じなさい、と言いたかったのかしら・・・・・・

 

あれを書いたのは、理屈っぽい女性が嫌いないなおじさんかしら・・・・・・それとも感性を大切にする若い女性かしら・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アホです。

2016-08-12 | ポエム

大地や、山や、川が、穢れました。

 

海の幸も、山の幸も、汚染されました。

 

宝石のような果物や農作物も、汚染されました。

 

原発を推進した政治家たちは、アホです。

 

原発を容認した大人たちも、アホです。

 

このままでは、ニッポンが滅びます。

 

嘆くだけで何もしないわたしは、一番のアホです。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

愛媛県の伊方原子力発電所3号機が、本日再稼働される。順調に進めば、15日には発電と送電を開始し、9月にも営業運転に移行されるとか・・・・・・2011年4月に定期検査入りして以来5年3か月ぶりの再稼働・・・・・・大丈夫なのでしょうか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


セミ

2016-08-11 | スケッチ

実家の玄関の前に、仰向けになって死んでいるセミがいた。

 

別の場所に移そうとつまんだら、ブルブルと震えて、低空施行でどこかへ飛んで行った。

 

おしっこは引っかけられなかった。

 

 

駅に向かって歩いていたら、セミの鳴き声が聞こえた。

 

どの種類だろう、と立ち止まって木々を見つめたが、大きな声が聞こえるだけで、姿は見えなかった。

 

セミは種類によって、鳴く時間帯が違うとか。クマゼミとミンミンゼミは午前中で、アブラゼミとツクツクボウシは午後で、ヒグラシは朝夕で、ニイニイゼミは早朝から夕暮れまでなのだそうだ。

 

わたし達日本人は虫の声をウルサイとは思わないが、昔、ポーランド科学院の教授夫妻を明治神宮に案内した時、教授がセミの声に苛立ち、何度も何度も、あのウルサイ昆虫、と文句を言っていたのを思い出す。

 

虫の音は風情があると思うのだが・・・・・・

 

幼虫は3-7年もの間土の中で過ごすのに、セミの地上での命は短い。せいぜい1-3週間。

 

短いからあんなに一生懸命鳴くのかしら・・・・・・

 

わたしも、今までは幼虫だったと思って、これからは成虫として一生懸命生きなきゃ・・・・・・いつも、「今ここ」・・・・・・

 

あゝ、『閑さや岩に染み入る蝉の声』・・・・・・